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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
7:極点のアゼル
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XX. 大雪原へ

たいへんおそくなりました

 ガユーの街で未調査域に入るための装備を整え、同行を申し出たロアを受け入れた翌朝。

 ブレイズたちは未調査域である大雪原へ向かうため、街の北側にある出入り口の手前にいた。ガユーの商工会から出される『案内役』と、ここで待ち合わせることになっているのだ。


「そろそろ来るんじゃないかな」


 明るくなってきた空を見上げて、ラディが言った。

 ガユーは細かい時刻を知るすべがないド田舎なので、太陽の位置で大まかな時間を判断するしかない。商工会から言われた待ち合わせの時間も、『日が明るくなった頃に』という大変アバウトなものだった。……まあ、ブレイズたちの住むファーネの街だって日時計くらいしかないので、この街のことをとやかく言えやしないのだが。


 自分たちの後ろでは、昨夜いきなり同行を決めたロアが、朝市で急ぎ調達してきた食料品やらを整理していた。彼は商業ギルドや商工会の依頼とは関係ないので、基本的に経費は自腹だ。

 ちなみに装備のほうは、いまのままで問題ないらしい。海を渡る前、王国内でそれなりにいいものを揃えていたようだ。


 ウィットは相変わらず朝が弱いようで、そのへんの壁に寄りかかって眠そうにしている。明るくなってきたことだし、そのうち目が覚めるだろう。


 そんなふうにのんびりと待っていると、やがて街のほうからガタゴトと荷馬車が走るような音が近づいてきた。

 同じ方向から複数の獣の気配がして、反射的にそちらを見ると。


「おぉーい!」

「メルケルさん?」


 手を振りながらこちらに歩いてくるのは、ベルィフの街からこのガユーまで運んでくれた商人のメルケルだった。

 彼の隣を、どこか見覚えのある二頭のでかい狼が歩いている。その狼たちに()かれた荷馬車――牽くのは馬ではなく狼だが――の上には、ガユーまで世話になったソリが丸ごと載せられていた。


「ごめんよ、遅くなった。ソリを(こっち)側に持ってくるのに時間がかかってね」

「メルケルさんが『案内役』なのか?」

「ああ、よろしくな。……それで、そちらは三人って聞いてたんだが?」

「俺が飛び入り参加だ」


 ブレイズたちが四人なのを見て首を傾げるメルケルに、ロアが説明する。

 とはいっても、彼は同行する事情を『ガユーでの用事が早めに済んだので、ブレイズたちを手伝うことにした』としか話さなかったので、やはり詳しいことは分からなかったが。


「――当面の食料は自前で用意してきた。ここからの便乗と、そちらが調査用の小屋に用意した燃料の恩恵にあずかる分は、後払いになるが支払うつもりだ。どうだろう」

「うーん」


 メルケルは少しだけ考える素振りを見せた後、「ま、大丈夫じゃないかね」と言った。


「ソリに乗せるのも燃料の消費も、一人くらいなら大した差じゃないし。あんた精霊使いだろう? 戻ってきてから『癒し』で何人か治してもらえれば、それでまかなえると思うよ」

「分かった。ではそれで」

「うん。会長には説明しとくから、小屋の食料も遠慮なく使うといい。人数が増えた分の補充はしておくよ」


 それで話は済んだようで、メルケルは荷馬車からソリを下ろすべくそちらへ歩いていく。

 特に揉めることもなく交渉が済んで、ブレイズとしてはひと安心だ。やはりどこでも、精霊使いの『癒し』には高い需要があるらしい。


 ほっと息を吐いて、なんとなく、メルケルの連れてきた狼のほうを見る。

 行儀よく『おすわり』の体勢で並んでいる二頭の獣は、その両目をじっと雪原の方へ向けていた。



 ◇



 それから一時間もしないうちに準備は整って、ブレイズたちはメルケルの操るソリの上にいた。

 未調査域たる雪原に設けられた調査用の小屋のうち、街から近い手前側のほうへ向かっている。歩きで一日ほどの距離と聞いているので、ソリなら休憩を挟んでも半日ちょっとで着くだろう。

 今日から数日は手前の小屋で寝泊まりし、雪原に慣れてきたら奥の小屋の様子を見て、また戻って来る予定だ。


「今日はちょっと風が強いねえ。いつもはもっと見晴らしがいいんだが」


 ソリの前方に座るメルケルの声が、風の音に紛れて流れてくる。

 その言葉通り、周囲は風に巻き上げられた粉雪で、白一色に染まっていた。後方を見れば、かろうじてガユーの街の影が見える程度だ。


「ここまで見晴らしが悪いと不安だろうが、基本的に賊や獣に襲われる心配は少ないよ。ここら一帯は本当に何にもないから、賊が住み着きようもないし、獣の餌になるようなものもないんでね」

「獣っつーか、生き物自体はいるのか?」

「一応ね。だから念のため、小屋には忌避剤が置いてある。明るいうちに撒いておくといいよ」


 主に会話しているのはブレイズである。

 ラディはやはり体が冷えるのか、もともと多くない口数がさらに少なくなっていた。見かねたウィットがくっついて熱源になってやっている。ロアも風の精霊に頼んで冷風が直撃しないようにしてくれているが、この寒さでは焼け石に水のようだ。

 とはいえ乗り物の上で火をおこすわけにもいかないので、移動中は耐えてもらうしかない。ガユーで寒冷地用のマントに替えているのだし、深刻なほど冷えてはいないだろう。ただひたすら辛いだけで。


「せめて風がなければ、日が当たってもう少し暖かいんだけどねえ……」

「雪が溶けるほどじゃねえんだろ?」

「意外と晴れた昼間は暖かいもんだよ。……だが夜は冷えるからね。寝る時は凍えないように気をつけなよ、燃料は補充するからケチらなくていい」


 聞けば、小屋は部屋を区切っておらず、大きな暖炉が一つ据え付けられているだけなのだそうだ。その暖炉がオーブンも兼ねているため、台所もないらしい。

 要するに、寝る時は暖炉の近くに集まっての雑魚寝となるわけだ。……まあ、分厚い毛皮が敷いてあるそうなので、床に寝るよりはマシだろうが。


「今回は下見なんだろう? 暖かいところから来たんなら、雪に慣れるのもこれからだろうし、無理はするんじゃないよ」


 そんなふうにメルケルと話していると、やがて粉雪で白い視界の向こうにぼんやりと影が現れる。

 ソリが進んでいる方向だ。……ということは。


「小屋が見えてきたね。あと少しで着くから、もうちょっと辛抱しててくれ」


 メルケルの言葉にほっとする。

 ようやく、ラディを暖かいところで休ませてやれそうだ。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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