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誰ぞ彼のララバイ-せかせか異世界紀行-  作者: トウガ ミト
1章 『東露』の街
35/35

祖国の土――①オーツナムの先人

半年空いたのは、気のせいです。はい。冬眠なんてしてません。はい。忙しかったけど、言い訳はしたくないので、見なかったことにしてください、はい。


今回は少し長めです。書き方は日々模索中なのでお許しください。これだって言うのに辿り着けば、統一します。あと多々訂正していきます。


では。

「要は、その港町に行けば倭国ワーグに行ける可能性があると」

「ああ。ギルマスの知り合いがその町にいる。まあ、不在の可能性もあるが、行く気があるのなら行ってみてくれ」

 参考になるのか、参考にならないのか。

 カツトヨの言葉を頭に来霧はアファル亭を出た。

「空振りにならないのを願うしかないね。ありがとう」

 まず向かうのは東門付近。

 そこで全員落ち合うことになっている。


 僕らTTOACの初めての旅立ちだ。



 1.

 東門の正面。カフェテリアの中から飛び出してくる声。

「あ、来霧さん」

「何でそこにっ」

 その声はキーリのものだった。予め進路を伝えていたためか、いつもよりも厚着の姿で現れる。時間からして、開店直後との思われるカフェテリアだが、姿を見せたキーリの姿からみて、既に20分程、来店から時間が経っているように伺える。

「早く来すぎたんですよ。店長は優しくて、店内で待っているのを許可してもらったんだ。今のところ、クララさんにSnowさんにシャラさんらが後から合流したんですけどね」

「『ら』っておい」

「あ、翡翠さんが切れかけですね」

「ふむむーぅ。落ち着いて下さいよ」

 こんな朝からこんな波瀾しか待っていないような状況でいいのか。

 そう自身に問いかけながら来霧は東門の先を覗き込むように見入る。


 本当に迷惑なお客様だ。

 時々キーリが何とか仕切ろうと室内の方に戻っていったは、外にいても分かる。でも、漏れてくる言葉からは、空振りしているように聞こえる。そもそも新ギルドの中でも前に出ていないからか、人数のせいか押し負けているようだ。

 で、問題はその言い争いがいつ終わるかということだ。まあ、制限時間は今のところはないのだが。

(外組がいないとは……本当に暇だな)

「ほう。暇なんだ」

「え。って、え、来てたんなら言ってくれればよかったのにな」

「でも、背後から現れるのもいいじゃん? そう思わない? 来くん」

「時と場合があるだろ?」

「して欲しそうに背中向けてるんだと思ったのになぁ」

「一方的な勘違いだよ」

 そうやって、英里とぐだぐだしている内に気になったのかカフェ組が店舗から出てきた。

 それからあまり時間が経たない内にノコと、その付添いのヒエロワが東門に集まった。

「で、どうだったんだ?」

 翡翠に唐突に訊かれる。一瞬何のことかと思ったが、翡翠が胸のバッジを指しているようだったので何のことかは理解できた。

「あの後のことか?」

「ああ。そうだ。手続きは終わらせてきたんだろう?」

「ん。まあね」

 一度頷くと、訳はなく思い出そうと考えた。

 正直、一週間前前のことだったが、変に印象強かったので、苦も無く思い出すことができた。


 2.

「確かに本物だね。これにて登録過程は終わりだ」

 資料を整理しつつアンネは、そう伝えた。

 あとはギルド紋章の製造ってところだろうか。基本一つでいいようだし、大小お任せのようだが、少なくとも二日はかかる模様だ。まあ、これで近日中にここから旅立つのが決定したといってもいいだろう。

 そこでアンネは一回、目を逸らす。涙はでてなかったが、瞬きを数回ほどしていた。見えないように俯いているようだが、感傷的になっていると思われる。俯いているのは恐らく、正面から見られて、敬遠されてしまうことでも気にしているかもしれない。もしかすると、日々の受付の仕事で書類に目を通してきているだろうから、目が疲れているだけかもしれない。

「……君の先輩にあたるギルドが、今も各国を旅をしている。何だか知っているかい?」

「ええ。知っています。確か『Eternal Trial』でしたよね。拠点を持たない事実上の旅ギルドですよね。商業系とはそこが決定的に違う」

「その通りだよ。今はどこら辺にいるだろうか」

「さあ、見当も付きません」

 急に訊かれたって、放浪としているようなギルドの居場所を知っているとでもいうのか。

 突然、訊いてくる意味が分からない。

 そもそも、ここ近くはストブルとタジンスタンしか行っていないのだ。こんな近所に現れたら、情報がすぐさまこちらにも来るはずなのに。まさか、移動系ギルドだと、アンネに話したからだろうか。


「君じゃないよ。カツトヨ。君は知っていると見た」

「俺というより、うちのギルマスが知っているみたいですがね」

「ほう、クエーサーさんがね」

「なんでも、今は休憩期間だそうで」

「そんな期間もあるのか。皆散り散りってことかな」

「年中していると思っていたんですか?」

「まあね、こちらには全くそんな旅人集団が訪れないから、情報も少なかったんだよね」

 あからさまに作ったとしか思えないような笑顔になるアンネ。そして、それに苦笑するカツトヨ。

 二人の会話からすると今はギルド活動を一時的に休止しているようだ。彼ら曰く一、二ヶ月ほどのことらしいが。

「アンネさん」

「なんだい?」

「知っていると気付いたのって、どうやって」

「干渉術だよ」

「干渉術……」

「僕はね、サブに持っているんだよ〈干渉者イランダー〉を」

「それもこいつの場合、他人の意識していることを読み取る『意識干渉』らしいが。まあ、その証拠に、うちのギルマスが、『エタトラ』に関しての情報を持っているてばれたしな。まあ、それも、練度が足りないから、活動期間という、具体的な内容は読み取れないみたいだが」

「酷いなぁ。それじゃあ、僕の能力が中途半端だと断言されてるみたいじゃないか」

「ん、まあ、その通りだがな」

 そう言って、カツトヨはアンネの顔を見ながら苦笑した顔をする。

「まあ、その能力も結構メジャーな組み合わせ・・・・・だそうだ」

「ありきたりって言いたい訳か」

「まあ、そう言えるな。もっと個性的な奴もあったろう?」

「わ、悪かったなぁ。でも、これは望んでやっているんだよ」

「英雄部隊のあれか」

「そうだね。それにアンネ=ラディストも歴史を残す上で使っていたんだろうしね」

「名前元かぁ……」

「まあ、そういうこと。じゃあ」

 片手をアンネは指し伸ばしていた。何のつもりだろうか。そんなアンネに少しの不信感を感じ、こちらからは手を伸ばさなかった。

「なに疑ってるんだい? お別れの挨拶だよ。握手ぐらいいいじゃないか」

 そう言ってくるのも怪しかった。正直、悪巧みをしている人と考えたくなかったが、握手せねばストックブルクに戻れなくなるかもしれない。追い返されるかもしれない。そんな気もした。だから、またちゃんと帰ってこれるように、関係を悪くしていけない。だから。

「お別れですね、アンネさん。でも必ず帰ってきますから」

 そんな僕の言葉に、二人は揃って顔を合わせる。そして、馬鹿にするように、笑い始める。

 必ずとは言っても、旅人として数日間寄るしか出来ないだろう。でもそれで十分のように思えた。

「……嘘ではないですよ?」

「もちろん。分かってますよ」

「お前らしい答えだな!」


 苦笑しつつカツトヨは、アンネの肩に腕を掛ける。

 長い間ここにいるからだろうか。結構親しい関係なのかもしれない。

「次の戦争のときも頼むぞ」

「不意打ちでない限り任せてください。 徹夜は嫌ですがね」

「なるほどな。じゃあ、そろそろ」

「ええ。お疲れ様です」

 ロビーのエントランスから入口の方向に歩き出す。会話はなかった。そして扉に手をかけたときアンネの方に振り返る。そこにアンネは立ったままだったが、手を振ることも去り際の会釈もなかった。


 3.

 その日から今日にかけて様々なことがあった。探索はもちろん、戦闘に参加したし、ストックブルクを訪れた旅芸人や、『申』からの使者。新メンバーを招集して、これからに関して話し合う場も設けた。

 時にはカツトヨらに助言を求め、商人から少しでも多く情報を仕入れた。今どこで、戦争が始まろうとしているのか。その時、他の各国はどう動くと目されるか。もちろん、倭国は今どういう状態にあるのかも、得られる限り収集した。とは言っても、大まかな情勢しか分からなかったのだが。

「リビリアトゥーン聖国と、ガルヴァ王国の間の講和会議がローデニアで執り行われることが決定したそうだ」

「えーと、そのリビリアなんたらと、ガルヴァってのはどこの?」

「エウロの方みたいだ。直接的な影響はないと思う」

 キーリは、西の方向を指差しつつ、シャラの問いに答えた。ここに影響が出ると言うのは、この前の戦闘のように、スルディアや、しんの案件だろう。実質、大陸の東側を占めているのはスルディアと、申王朝位だからだ。

「じゃあしん繋がりはないってことか、あとスルディアも」

 来霧がそう結論付けようとした時、挙手したのは、またもやキーリだった。

「近い内にですが、ファグ半島の張王朝と申の皇帝が面会するだとか」

「それが一体、何になるっていうの?」

「シャラさん、いいですか? 僕たちは一つの旅ギルドとして倭国に向かいます。ですが、僕ら新人ギルドのできることなんて限られていますよね? ていうか限界が近すぎますよね。僕らだけで旅なんてできるはずがない」

「つまりはスポンサー的な後ろ盾になって貰おうと?」

「そこまでいかなくとも、何かのきっかけになると思います。倭国に移っても、隣国に変わりないでしょうし」

「隣国ね。まあ、割り込もうってことなら、喜ばしい結果に帰結するとは必ずしもは言えないけど」

 シャラルはキーリの言葉に頷きを交えながら注視する。まるでキーリの顔に米粒がくっついているのに気付いたかのように傍からは見える。キーリもまた状況に気付いたのか少し取り乱した仕草を見せる。

「な、何かあったんですかっ」

「いや、えーとね。何だか詳しいなって」

「これぐらい、商人からでも仕入れれますよ?」

「そうだよね。でもキーリに知り合いの商人がいたってことがびっくりだわ」

「そ、そうですか?」

「そうよ。交渉とか苦手そう。市場とかいかなさそう。部屋に籠ってそうの三拍子揃ってる印象よ? キーリに対しては」

「そう思われていたんですか……」

「ま、まあまあ、そこまでにしようや」

 キーリは俯きながらそう呟く。かなり傷ついているようだ。その顔を前に流石のシャラルも苦笑いを浮かべている。来霧の時と打って変わって……だ。

「とにかく。こんな所で立ち止まってても進まないだろ。シャラル、キーリ」

「ん、まあ、そうね。いつもの癖みたいのが出てしまったわ。出発に向けての準備を整えましょう」

「じゃあ、解散だね」

 来霧は周囲を見渡しながら、解散の声を上げた。その声の後も情報交換・共有は続いたが、それは、次向かう町までのモンスターの出現率とか、その対策程度で終わった。


 4.

 時は少し過ぎ、出発二日目……。森の小道と、町二つ超えたあたりだった。そこは丁度、第一目的地の臨める峠の途中だ。

「暑いって。もう夏なのか」

「まさか。四季で言ってもまだ春のはずよ、白髪」

「白髪って言うなあ……一応気にはしているんだからな毎回」

「ん、気に入っているって?」

「わざとだろ。その聞き間違え」

「ははは。いつも通りのようだなあ。来霧とシャラの調子は」

「うるせー。翡翠は黙ってろよ」

「そもそも、来霧さんが気温に負けているのは、慣れてしまったツンドラ気候帯から離れているせいでは? 大まかな気候帯分別では、ここもツンドラ気候帯となっていますが、その気候帯の中でも端の方に来ているわけで」

「ん、つまり、キーリの説明によると、もうすぐ温暖な世界が待っているってことか」

「さらに、湿気という天敵もいるってわけね」

「ふむむ~う。嬉しいのか、悲しいのか、分かりませんね」

「あれっ。Snowさんって雨が好きなんじゃ」

台風タイフウ……という暴風雨ボウフウウは、あんまり好きじゃないんですよお。ノコちゃんも気を付けるのです」

「はあ、タイフウですか。ボウフウウですか」

 キョトンとするノコを尻目に、来霧は先々登っていく。砂の浮き出た道が若葉色の世界に段々と遷移していくが、それに伴って太陽も、凶暴性を奮い始める。ついにはギラギラと照りつけて徒歩で疲れが溜まり始めている苛めて、春らしからぬ日光に苦戦する。それに加えて、せめて他のメンバーに抜かされまいと、置いて行かれまいと、急ぎ足なのが余計に苦しめる。

 まあ、先に行かれて、ただ一人で歩くよりかはましかもしれない。後ろが峠と反対方向の茂みに隠れない限り。

「おお。あれか」

 よく考えてみれば、来霧から汗は滴り落ちておらず、肌が敏感になっていただけかもしれない。そんな現象につゆも気づかずに、来霧は皆の方に振り返る。ちゃんとついてきているのを確認すると、両手をメガホンのようにして、大声で叫ぶ。

 視界の先に広がるのは小さな村落とその先の海。

「へえ、ここにいるのね」

 シャラルが追い付いて早々、そう言漏らした。

「ああここで待ち合わせているよ」

「ふむむ~う。思ったより、小さいですね」

「外見は校倉のロッジって感じかな。でもこの暖かさだと……」

「キーリは意外とバカなのね。冬はストブル以上なんじゃない? だから暖炉だか、ストーブだかわからないけど、煙突のある一軒家がある。ねえ白髪」

「……ああ。うん。まあ、ストブルでも、煙突ある家あったけどね。」

 似たような景色を見たことがある感覚に、一瞬襲われた後、来霧は一、二回頷いて見せる。

 そして。

「ねえ、来くん」

「何。英里っち」

「ほらあれ。手を振っている人がいるけど」

「うん? こちらの人数を知らせ済みだからかもね。多分あの人だろうね」

「多分って……」

「顔合わせはまだだったから」

 さあ行こうと、英里の背中を軽く押す。目の前に広がっている海と町だが、まずこの下り坂を降り切らなければいけないのだ。

 まずは、あの手の振っている人のもとへ。


 5.

「あんたたちだね!」

「多分、そのあんたたち・・・・・だと思いますよ」

「おいおい余波さあん。それだけじゃ伝わんねえだろう」

「そうかしらね」

「いやいや、そおだからさ」

 背後のノコの荒い息を聞きながら、来霧は棒のように突っ立っていた。

「悪いな、その人、脳筋婆さんだからよ、いろいろと終ってんだよ」

「あんたもそろそろでしょ! さあ、部外者はしっしっ」

「そうだけどよ……で、呆然としているよおだが、まずは紹介からだな。俺は利格(りかく)ってんだ。この婆さんとはちょっとした知り合いでさあ」

「地元の方?」

「ん、まあ違うな。何てゆーか、知り合いんちに寄ってみたって感じかな。まあ、婆さんはここに居を構えてるって感じだろうが……ってヤバいこと言ってないだろ! 何で睨むんだよ」

「最初から最後まで失礼なことを言ってるじゃないかい」

「ん、そおだったかな?」

 見知らぬ二人の間で交わされる会話は、余計に話しづらくする。そして、何も話は続かない。ただ、口喧嘩が始まっては、時間をくうだけ。

 来霧は、口喧嘩を続ける二人を余所に、周囲の町並みを見回す。どうも、この町は峠から見るよりもより小さく、一つ一つの道が狭い。そして、家々は比較的に一階建てのロッジ風建築が多い。人々はチラホラと見られるが細い道に集う僕らのせいで迷惑そうな表情をしている。正面の道の先には白い地平線が少し見え、その先が、流氷覆う海だと、分かりやすく教えてくれている。

「とにかく、落ち着きましょう。地元の方々が困ってるようだし」

 来霧は、メンバーに周囲に気を配るよう伝える。

 道路を塞いでいるのはもちろん、騒がしいわけで、他の住民に変な視線を受ける。まあ、こんなものを町よるたびに受ける可能性もあり、今のうちに体験するのはいいことかもしれないが。

「もうそろそろ話題を変えるべきでは」

「ん、そうねえ。じゃあ私の家で続きをしようか。白い髪の少年」

「いやいや、情報は来てないんですか?」

 慌てて来霧は確認を取る。もし当たっていたとしても、流石に『白い髪の少年』は、シャラからの呼称が浮かんで気持ち悪い。

「そうね。同行しましょ、白い髪の少年さん」

「おい、シャラ」

「省略して呼んだ方がいい?」

「いや、一緒だから」

「二人とも仲いいのね」

 シャラルが、逃すことなく弄りモードに入る。そしてそこに余計な余波の一声が乱入した。確かに喧嘩するほど仲が良いとは言うが、あくまでもこれは直接物理ではない。間接物理だ。そして精神攻撃でもある。果たしてこれを仲が良い範疇に入れてもいいのか、謎に感じる。

「まあまあ、そうゆーのはそこまでにして……時間ぽいから」

「じゃまたいつかね。利格」

「寄れたら寄るわ。それまで頼むから」

「大丈夫よ。まだ残っていけるだろうから」

 余波の自宅に向かう前に、利格は僕達の前から逃げるように去っていった。

 時間とか、なんとか行っていたが、真の理由はそこにはないのかもしれない。

 そう思った時だった。

「おかえり。お婆ちゃん」

「シエールかい? 丁度いい。お客さんだよ」

「はぁい」

 余波の自宅の扉を開けたのは、7、8歳くらいの少女。この図と言い、余波の孫なのだろう。可愛らしいその姿は、昔見たビデオを思い立たせる。たしか、いとこが自宅に訪れてきた時に録ったものだったと思う。

「突然すみませんねぇ。孫のシエールです。普段は大人しいんですけどね、客が来るとなったら張り切っちゃってね」

「でも、お婆ちゃん」

 シエールという少女は、どこか納得いかなさそうだった。恐らくだが、少女は普段の余波さんの姿を見て育ってきたのだろう。先程の利格とかという若い男も、余波を慕っているように思えた。だから、弱気な言葉から始まったのが、気にかかったのだろう。来霧はそう、勝手ながら想像した。決定的な証拠が有るわけでは無かったが、有りうることだろう。

「いえいえ。お気になさらず。寧ろシャイでしたら、余波さんの後ろに隠れていたほうがいいでしょうね」

「そうかい? じゃあ、早速だが居間で話を始めようかね」

 余波を先頭として、玄関という短い動線を抜ける。そこは広い居間と、隣接した台所が、文字通りオープンとした空間として広がっていた。台所のキッチンの先には、庭らしきものが、ギリギリ見える。そことを阻む扉ガラスは、外の光が弱くなった上に、点された今の明かりとで、ほぼ完璧な鏡になろうとしている。扉ガラスに顔を近付けさせれば、何となく広いことは分かるが、鮮明な色でそれを眺めるのは明日になりそうだ。

「で、倭国(ワーグ)へはどういう日程で向かうんですか?」

「明日の朝……早朝4時に出航する。まず1日目で、バジオルクまで向かう。1日目はそこで泊まって終わりじゃ。2日目は、朝5時頃に出航し、グヮンドのどこかで停泊。又は、宿で夜を明かす。そして、3日目。3日目で、ヅーグに寄って旦休みつつ、その日の内に出航。ハクタに日が沈む頃に到着。ここまでは着いてきているかい?」

「ええ。何とか」

「ここで、重要議題になるのは、1日目からそうじゃが、海賊や、怪物の類いから船を守ること。常に出てくるわけではないから、気が滅入る仕事じゃが、この人数なら……何とかなるかもな」

 余波の言葉に何度か頷きつつ、頭に叩きつける。寄る町寄る町で、観光もできるだろうが、それは、ストレス発散目的に終わってしまうのではないか。どこか恐れている自分がそこにいた。


 6.

 春だからだろうか。

 そう片付けてしまいそうだ。

 もといた世界では、流氷のある地域に当たるだろうが、思ったほどではなかった。四季というものが、遠くなっていた感覚の中で、こんな光景を見るとは思わなかった。

「今期はいつも以上に溶けるのが早いねぇ……頼む仕事が減ってしまったよ」

 よく考えれば、前日の内に海を臨んで、そういう指摘はできたのだろうが、まあ良いだろう。そう割りきるべきだと、自分自身の心が告げている。

 もう既に日は昇り、バジオルクの町も視界に現れるだろうという時だ。その時、水面からなにかが飛び出した。

「まだ、視界にはないな」

「ああ。そうみたいだね。そちらの方は?」

「首尾はさっきいった通りだな」

海狼(イグルド)とのご対面はまだってか」

「対面したくはねえがな」

 ひょっこりと顔を出し、右手で縁を掴みながら、翡翠はそう答える。どこか苦笑混じりなのは、まだ余裕の印なのだろう。このまま、寄港まで任せていいのかもしれない。

「翡翠さーん。無理は禁物ですよー」

「手でメガホン作らなくても聞こえてるって。翡翠にはさ」

「来くん。これは気持ちの問題だよ!」

「だとさ。有りがたいな」

 ニヤニヤしながら、翡翠は自分に向けてそう答える。

 ああ。間違いない。まだ元気なんだろう。だからからかえる力も残っているのだろう。そのように、内心では感じながら、引き続き船上から周囲を見回す。バジオルクを探すためでもあるが、見えるところで突然襲撃をされるのを恐れているからでもあった。目の前から吹く風を、思い思いに浴びるシャラと英里っち。何となく、夕焼けシーンを望みたくもなる。そうしたら、船上に二人の影が、上手い具合に映えて、夕日を写す水面にベストマッチな感じがする。もしこの場に、カメラがあれば、そのシーンを逃さなかっただろう。カメラと言う機器の存在すらしないこの世界だ。そう言う夢もありだろう。そう思う。倭国(ワーグ)に渡る理由もそう言うものだから……

 時に、風は荒々しく吹き、僕らを後押しする。まるで、急がなければ、何かを失う瞬間に出会えないよと、言ってきているかのように。

「おっ」

「余波さん。見えてきましたか? バジオルクの港町は」

「もうすぐみたいだねえ。まだ隠れているけど、あの地形は……その近くの崖に違いないよ」

 余波さんの視線の先には、レンガ調の三階建てぐらいの建築物が、ちらりと、それも小さな波で、地震でも来たかのように穏やかに揺れている。建築物次第に大きく、実寸大に戻らないのは、一旦この船舶が航行スピードを緩めたためだろう。写真に見た豪華客船と比べると、この船は()内海(うちつうみ)の間を忙しなく縦横運行する観光船程度だ。この距離を毎日となると、無理な話だが、使い古された浮き輪があるあたり、かなり前から使われたものなのだろう。

「その通りだよ。これはねぇ、私が若かった頃、さっきの男の知り合いを乗せていたのさ。まあ、あの男は……利格は、私の若かりし頃なんて知る由もないだろうけどねぇ。……そんなことはさておき、バジオルクで今日は夜を越すよっ」

「了解ですー」

「分かりました」

 余波の言葉に、クララやキーリを始め、ほぼ全員の声が、稲妻に遅れた雷音の如く、いや、そこまで喧しいものではなかったが、続けて起こった。ただし、翡翠に関しては、声に反応して「どしたどした」と答えることしかできていなかったが。


 7.

 バジオルクは、想定を遥かに超す大都市だ。とはいっても、元いた世界のここと比べると、人口は数万人と圧倒的に少ない。ただ勝るのは都市の面積程度かもしれない。まあ、そうとはいっても、明確なこの町の面積を知らないので、詳細には出せないだろうが。ただ、明らかになったのは漁獲と、貿易が産業の中心であるということだった。もしかすると、ストックブルクに送られてきている青物の一部はここから来ているのかもしれない。

「で、明日の早朝よりバジオルクを出るつもりだから、準備は万端にしておきなさい」

「じゃあ、さっさと済ませちゃいましょう? そして、この町を散策してみましょうよ」

 早速、シャラルが先陣を切って提案する。こういう時は、いつも彼女にリーダーシップを発揮されてきた。だからって、迷惑案件は、経験上ほぼなかった。しかし、その場面場面が増えるごとに、きっと自分は嫉妬を感じてしまうのだろうか。

「ふむむ~ぅ賛成ですっ」

「いいね、いいねっ。来くんも行こうよ」

「ああ、もちろんだよ」

 内心苦笑いを浮かべながらそう応答する。散策に行きたくないわけではないのだが、一先ず落ち着きたいのだ。また明日、船で揺られるというのにここで体力、金銭を使い果たしたくないのだ。

「ああ。来霧くん」

 そう思っていたとき、唐突に余波が背後から声を掛けてきた。

「なんですか?」

「まだ先の話だが、夕食後にこれからについてのアドバイスを、しておこうと思ってね」

「分かりました。じゃあ……夕食に余裕をもって帰ってきますね」

「何でよ。来くん」

「どうせ、途中で土産買ってくるつもりだろ? だったら夕食前にそれも済ませておかなきゃいけないだろうに」

 気付けば『お土産を買う』という、前言撤回を招く、プラグを立ててしまった気がするが、そこは、それでいいと思った。どうせ、また敵モブ討伐して、集めていけばいいのだから。使わないで、お金を腐らせてしまうより、使ってしまったほうがいい。そんな言葉を、どこかで読んだ気がした。その通りである。残して、ちまちま使っていったところで、経済は好転しないのだ。もちろん、一時の大浪費も然りだが。そうして、数分前の、金銭を保存する予定が、180度傾いた。


 町の多くはレンガ造りの建物。また、その少数派を、外見は、校倉造りのロッジなどが占めている。森林浴目当てだとか、森の鎮守(せいれい)を守りしているとか、敵モブの山下りを阻止する目的だとか、訳は多岐にわたるようだ。その中には、静かな佇まいを利用した木雑貨店があった。

「へへへ。どうかな。来くん」

 そこを訪れたという、英里が何故か同模様のコップを、自分に見せびらかしてくる。お揃いを選び、それを他の男性陣ではなく、自分一点に集中して、見せびらかしてくる時点で、言いたいことはおおよそ察することはできる。しかしそれでも、

「いい木の香りがするね……誰かへの贈り物?」

「ふふふ。誰だと思う? 当ててみてっ」

「うーん。英里っちが送りそうなひと……さてはリフレさんだな」

「……リフレインには、大好きな和菓子を送るつもりなんだけどねっ」

 ここで、あえて気付かない振りをかましてみる。ここで、恋愛騒動とか、後々面倒くさくなるので、知っていることを伝えるのはもっと後になるだろう。こうして『鈍感』ステータスを偽装するのもありかもしれない。

「じゃあ、余波さんかな」

「……じゃあ、そうする」

 完全に落ち込んだ返答だ。もしかするとこういう感情には鈍いと受け取られたかもしれない。まあ、それを狙っていた自分がいるので、今はそれでいいのかもしれないのだが。

「そう言えば、余波さんに来くん、呼ばれてたよね」

「ん。そうだけど」

「どんな内容か訊いた?」

「うん。なんでも倭国(ワーグ)に渡った後のアドバイスがあるとか」

「ふぅん」

 この様子から見ると、英里は余波さんを疑っているようだ。

「なんかあった?」

「いや。だって、正直余波さんについて無知に近いからさ。来くんとこの人の紹介だからって、どうも疑心がね。見た目で判断するのはどうかと思うけど、老齢だろうし、何か裏にありそうなのよね」

「ふむ。じゃあ、こちら側も注意しながら話を聞いてこようかな」

 倭国(ワーグ)に送ってもらっているということは、その船旅を経験しているということだ。もしかすると渡ってきた、何か目的のある人物かもしれない。

 そう思いながら、英里から一旦別れた。そして、そのまま真っ直ぐに宿泊先のホテルロビーに向かった。


「待っていたよ」

「お待たせしました」

 余波さんの手元にはブラックのコーヒーらしきもの。

「飲み物はいるかい?」

「あ、大丈夫です」

「じゃあ、本題と行こうかね」

 その『本題』という言葉に、思わず息を飲んでしまう。

「さっきはアドバイスといったが、その前に訊いておきたいことがあってね」

「なんでしょうか」

「ここに来る前。いや、それ以上に私に会う前。カツトヨの方は、戦火に遭ったとか」

「ええ。そうでした。初めてのものでしたね。都市の歴史からしたらそうではないのかもしれませんが」

「そうかい。でも、慣れちゃいかんよ。昔の息を忘れてしまう。周りの息に飲まれないように」

「でも、そんなこと余波さんが?」

「あの町は、元はもっと栄えていたんだけどねぇ」

 そう言うと、余波さんは瞼を閉じる。回想でもしているのだろうか。

「と言いますと……」

「あの町は一度滅びかけたことがあるのよ。結構寂れてる見た目だったじゃろ? 確かシエールが一歳の頃だったかな。となると、結構最近の話のように聴こえるけど、でも、その時はそうじゃなかった。一分一分が長かった。あの町が寂れているのは、戦争に巻き込まれたせい。風が運んだ噂では、町の殆どが、戦死、又は逃亡。『廃る』しかその町の行く末には無かった。でも、その場に残る人もいた。だから、ただ見つめているだけじゃいけなかった。私は渡来民。誰かを守ることは出来た。そう。あの町の人々……-1に戻されてしまった町を選んだ人々を守ることが。それで何もかも済んだ訳じゃない。自警団のようなものを作り、自衛出来るようにした。でも、私は残らなければいけなかった。ほぼ全員が、地元又は移民の地民だったから。渡来民の存在は欠かせなかった。だから、私はそこに残っていたのよ」

 『そこ』とは、オーツナムのことだろう。だがそれ以上に......

「残った......とは、他に何か」

「ええ。私はお世話になってきたギルドを捨てた。とは言っても、縁を切った訳じゃない。海を渡るとき、便利な道(・・・・)を使わず、私に頼ってきてくれる。だから、ただギルドからは、離別の道を選んだ。私の大きな夢は、小さな幸せに変わった。それ以上求められない、限られた幸せに。だけど、あなた達には、そうなってほしくない。大望を持ち続けて欲しい。そう言う願いがあった。カツトヨの話に乗ったのはそう言うのがあったんだよ」

「そうでしたか」

 思った以上に内容は重かった。でも、このまま重い空気のままでいいとは思えない。何か切り出さなければいけない。細くても続く光の筋を。

「正直言うと、少し疑っていました。何も知らないに等しかったから。でも、その記憶を受け取ったからには、疑っていちゃいけませんよね。うん。僕らもいつか、そんなことがあるかもしれません。他人事じゃ駄目な気がしてきました。でも、正直、実際に起こったら、混乱してしまうと思います。自分なら。ただ失わずで済むように、善処ぐらい出来たらなと。まあ、まだ考えるの早すぎかもしれませんが」

「ふふふ。そうね。まだ分からないものね。でも、気を付けて」

「はい」

倭国ワーグは、町ごとに守護となるギルドが存在する地域。その内、統一もされるかもしれない。でも、それまでは、各都市のイザコザに間違いなく巻き込まれるわ。変な動きは慎んだ方がいいのかもしれない」

「そうですね」

 少し俯いて余波の言葉にこたえる。倭国ワーグは所謂、戦国時代化しているのは、予め知っていた。だからこそ、唐突に芽を摘まれないようにしなければいけない。でもだからって、行動を慎んでいては何も始まらない。彼らに危惧される存在になるには、それなりに力を得なければいけない。慎んでいて、どこからその力が生まれてくるというのだろうか。少なくとも自分ならできないだろう。

「で、アドバイスとは?」

「そうだねぇ」

 余波は、惚け顔になって顎に拳を当てる。本当にないのだろうか。

「これが裏目に出ないようにしなければ。いや......」

 僕は、余波さんらしくない囁きの様な声を傍受しようと、耳を近づける。その仕草に気付いたのか、余波は少し仰け反って、頭突きをかます。

「何だい。何だい。あんたらは、さらに求めるのかい? まあいいけどねぇ。......この航路を選んだのはあんたらをイザコザに巻き込ませないため。と、も一つある。このまま下っていくとトウア半島がある。それは分かるわよね」

「ええ」

「そこで、また停泊するよ。早朝出発なら間に合うはず。行けばわかるさ」

 含みのある言葉を残して、余波は、席を立つ。ふんわりとした柔らか味のある、一人座りのソファー。その足が擦れる音。

「ちょ、ちょっと」

「何だい?」

「何か、隠し事とかないですか?」

「何だい。何だい。そんなに疑われているとはね」

 余波から、素の溜息が漏れる。

「無いと、答えたら嘘になるかもねぇ。オーツナムに定住し始めてから、ほかの場所へ行く橋渡しは頻繁にしているからねぇ。それとも何か? 彼らの個人情報でも晒せというのかい? ばかばかしい。さあさ。出航に備えな。わたしゃ、もう一人お呼びの方がいてね。先に失礼するよ」

 言い放たれる言葉に、ソファーの表面の布地が揺れる。振り返ることなく、ロビーを離れる余波。来霧には、その背姿を見送ることしかできなかった。

「もう一人……ね」

 後姿を見送った後、そう呟いて旅館の表に向かう。そして、不審者のごとく周囲を確認する。そして、一息つくとまだ肌寒さの残る夜風を浴びながら、昇っているはずの月を探した。

★登場人物★(敬称略)

TTOAC

来霧、シャラル、キーリ、クララ、ヒエロワ、

Snow、英里、翡翠、ノコ


その他

カツトヨ、アンネ

余波、利格、シエール

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