2話 アファルの隠し子--(1)
3話予定が5〜6話になりそうでおお慌てです。
とりあえず3話分一気投稿です!
何度瞬きしただろうか。
それでも、見慣れない非現実は『現実』を叩きつける。
煉瓦造りの家々。
警報がないのがおかしい暴風。
歩道橋から眺めた海と夕焼け。
欅や銀杏が、堂々と前に倣えを続けていた。
その景色がまるで、脳裏で描いた理想像のように、感じてしまう。
いや、おかしいのはこっちだ。
肩に掛けたショルダーバックでは、校章が猛アピールをしようと必死だ。
脳が、これは夢だと警鐘を鳴らす。
「さっきまで……和国の……そして僕は……何で」
頭を抱える。まるで売れもしない異世界小説の冒頭だ。トラックに轢かれて、神様に出会って、そしてそして。
必死に首を振る。
暗転の直後ここにいた。
神様なぞ、やはり思想の偶像化に過ぎなかったのだ。
いる訳が無い。信仰しているものがないからこそ言える。そしてここは異世界では無い。
もう一度首を振った。
ならここはどこだ。まさか、意識が飛んだだけで、実は病院のベッドの上とかはないだろうか。
「大丈夫か? 君」
聞きなれない声。
ハッとして顔を上に向ける。
そこにはやはり、見慣れない男が突っ立っていた。
ただ分かるとするなら見た目から、話の伝わらない人ではないだろうということそして。
「和国人か?」
「いや、僕は、和国の……」
思わず口を両手で塞ぐ。
和国とはなんだ。
言いたいことはそっちじゃないのに。どうしてこんな事に。
「困惑しているか……」
「……」
「簡単な事情を話そう……全ては期待しないで欲しい」
「……」
「疑っているのか……ならば」
手を伸ばした男だが、まだその手を取るほどの余裕はなかった。
非現実は現実であり、現実だったものが今は、記憶上のもの。手を伸ばしても何も届かない。
言葉を失っている様子を見てとったのか。男はいわゆる名刺のようなものを手渡した。いや、どちらかと言うとポイントカードに近いだろうか。
地図と名前と諸々が書かれている。運がいいのか良くないのか。なんと書かれているのも理解出来た。
「少し散策してみたらどうだ。迷った時は、ここに来てみてくれ。住む場所も食事も準備しておこう」
そう言い出すと、意外とガタイのいい男は、太陽の向いている方へ歩き出した。
男とは別れ、人通りも多くなる。そこはただ単に人の行き交う渋谷の交差点とはどこか違う。
自動車が走っていないという、異世界小説あるあるではなくて、商店街の中にいるような、活気が満ち溢れている。ということだろうか。
この活気を持ち帰りたいほどに。
このような場所は基本、粛々と通り過ぎることは出来ない。
「お兄ちゃん」の一言から始まり、旅話が始まる。そして巧みな話術で商品をオススメする。口は彼らの生命線でもある。
たとえ絶望の底にいたとしても、どうしてか手を差し伸べる。
「その人と同じように……か」
カードをポケットに仕舞う。
ショルダーバックから財布を取り出す。
もしここが異世界ならば、もしかすると中身が変わっている可能性もある。
しかしそこに残っていたのは、数枚の銅貨と数枚の銀貨。
期待は出来ない。
チラリと値札を確認する。直売の果物だ。見慣れない単位にさらに期待が出来なくなる。
「おや、見慣れない子だね」
「……」
案の定だ。
果物の露店を開いている、おばあさんは何かに気がついたのか、店頭に並んでいる果物を手に取り、手渡してきた
「……あまり人馴れしてないみたいだねぇ。分かるよ、辛いだろうね」
「僕が……どうして」
「見たらわかるさ。乞食と新規の違いなんてね。まあ食いな」
そう言いつつ、財布を指さした。
「乞食は、そんな真新しい財布に銅銭入れて歩かないさ」
「そうですか」
「そうよ。お金なんて手持ちにするもんじゃないからね」
ここでは金銭はクレジットカードのように直接持ち歩かないということだろうか。
ということは。
「いや、その財布の中身は大事にしとき」
「えっ」
「中身の価値が低くても、それは命同等の価値があるからね。坊やにとって」
そう言いつつ手招きをする。
裏の空きスペースに他にも果物が置いてある。果物だけではなく、焼いている肉や野菜が並んでいる。
「ん、おばぁ。こいつは?」
「新規だよ。まだ入るとかは聞いてないけどねえ」
「へぇ。しめしめ」
見た目40ぐらいの男性が裏で、食事の準備を整えていた。
「どうだここは」
「どうだとは言われても、困惑ですかね」
「まあ、それが正常らしいな」
「らしい……とは」
「ああ、この次元には二種類いんだ」
息子と思われる男性は、どこからか赤と青の人形を取り出した。
「この青い方。こっちはこの次元に生まれ、一生を終える奴」
人形から伸びるように吹き出しが伸びる。
そこには〈地民〉とかかれている。この『地』に生まれこの『地』で一生を終える『民』。それが〈地民〉だろう。
「そんで、もう片方の赤い方。こいつは、それぞれの理由から、前世の記憶をもちあわせて訪問した〈渡来民〉って奴」
前世の記憶……そう言われると確かに、暗転した時のことこそ覚えていないが、記憶にはある。『前世』という事は、死んでしまったのだろうか。記憶が正しければ、歩道橋の段差を踏み外した。ありえるならその程度だ。そんな事あるだろうか。
「なるほど。そこで考え込むってことはお前はやはりこっちか」
そう言いつつ赤い人形を頷かせている。
「なら、先に行っておくべき場所があるな、おばぁ」
「ですが」
「ああ、食べてからでいいぞ。あと勧誘はしてないから安心しな」
「ですが」
「お前には、この仕事は似合わん」
高笑いしながら、背中をどんどんと叩く。
続けて、「そうれ食え」と言うと、皿を取り出し肉や野菜、果物を盛る。
「おや、坊やそのカードは」
「あ、これですか?」
ポケットからカードが零れ落ちる。
それを指さして、おばあさんは問いかけた。
「これは頂いたんです」
「なるほどねぇ。そこはいいよ。宿を経営している夫婦はそれぞれ頼れる人だからね……私も昔はお世話になったものだよ」
「そうなんですね」
「ちょっと待ってな」
そう言い出すと、ペンとA4のサイズの紙を取り出した。滑るように何かを書いている。トドメとばかりサインを書くと、丸く巻いて、その上にも、糸を巻いて結びつける。
「紹介状さ。ほれ、ここに名前を」
「ですが」
「……決めきれんのか。まあ寄ってみてみ。気持ちが固まるからね」
そう言うと、食事の席に並んだ。店頭に出たのは、男性の方だ。
おばあさんと、孫のような構図でジューシーな、新鮮な味を楽しむ。
「美味しい……」
「当たり前よ。何年ここに露店構えてると思ってんのよ」
「関係ないでしょそこは」
「ははは。そうね……錯誤しそうでしょ?」
「えっ」
「記憶の中の味と同じじゃないかって……ね」
「……そうですね」
「ああ。不思議だね」
どこか達観した表情を浮かべながら、おばあさんは、おすすめの場所だけを伝えて見送ってくれた。
アファルの隠し子--(1) 登場人物
来夢
男・おばあさん・おばあさんの息子




