第445話:食事
『セブンソード』。
デリム帝国建国の祖である初代デリム皇帝に仕えたと言われる七人の従者――――彼らは多大なる貢献により、皇帝から直々に『セブンソード』の称号を賜る。
始まりは小さな、それこそ国とも呼べないような集まりであった。だが、皇祖の人徳と高潔な志に見る間に集まりは拡大していき、あっという間に国家を形成する。レーム大陸南部、もともとは人族が住むどころか踏み込んだことすらない土地である。そこでは様々な困難が待っていた。風土病から人族の進出を拒む他種族にレーム大陸西部では見たこともないような異形の魔物――――だが、皇祖は諦めなかった。皇祖自身が高名な戦士で、数多の脅威を前にしても怯まない。なにより、皇祖に仕える七人の従者の武力が突出していたのだ。
皇祖からの篤い信のみならず、民からも『セブンソード』は畏怖を込められて呼ばれた。つまり『セブンソード』とはただの称号や地位ではないのだ。デリム人にとって、皇帝に匹敵するほどの崇拝対象であったと言っても過言ではない。
だが、それも皇帝が世代を重ねていくごとに形骸化していく。今では『セブンソード』とは貴族たちの政争の道具として扱われていた。
七つある騎士団――――『獅子の騎士団』『鳳凰騎士団』『鷲爪騎士団』『月光の騎士団』『近衛騎士団』『法操騎士団』『鉄鼠騎士団』には、それぞれ各『セブンソード』が団長を務めるのが慣例である。『鉄鼠騎士団』の団長は『セブンソード』最古参のガース・ドーが務めている。彼女はダークエルフで先々代の皇帝の頃よりデリム帝国に仕えているのだが、長命種であることから今後もよほどのことがない限り、その地位を退くことはないだろう。そのため『セブンソード』の枠は必然的に6枠となる。何百年も前から五公爵と一侯爵が、その枠を自陣営の者で埋めているのだ。新たな『セブンソード』が選ばれようとも、前任者の派閥から選ばれる――――出来レースのようなものだ。いつしかデリム人が『セブンソード』に憧れも期待も抱かなくなっても当然だろう。
皇帝を護る剣が、民を護る剣が、デリム帝国の敵を斬り裂く剣が、その役目を忘れた貴族たちの権力争いに利用され続けているのだ。多くのデリム人が貴族に対して冷ややかな視線を向け、嘆くわけである。
五大国の中でも、もっとも広大な領土を誇る超大国、それがデリム帝国なのだが、それは皇祖と七人の従者が偉大であったからこそで、今の傲慢で父祖の功績を自分たちが成したと勘違いしている貴族のおかげではない。
そんな勘違いしていた貴族を正したのがジョゼフ・パル・ヨルムなのだ。当時の『セブンソード』、皇帝から信を置かれているガース・ドーを除く六名を排除し、真の意味で取り戻した。そのやり方こそ粗暴でデリム帝国法を無視しているという指摘もされる。だが、それでもデリム人からすれば、理想の貴族で――――否、理想の『セブンソード』であったのだ。もっとも、それゆえに多くの貴族を敵に回したとも言えるのだが。
ジョゼフが人気のある理由の一つに、皇祖に仕えた七人の従者の一人――――ヨルム家の血を受け継ぐ正当な後継者だからというのもあるだろう。七人の従者は皇祖より『セブンソード』の称号とともに、それぞれが望む物を与えられたという。ある者は国宝級の武具、またある者は国一番の絶世の美女を、広大な領地を、一国の国家予算に匹敵するほどの金銀を求めた者もいる。その中でヨルム家の始祖が求めたものが、そのとんでもない内容ゆえに、デリム人には非常に驚きとともに高く評価されていた。
※
デリム帝国帝都ランドの数ある通りの一つ、いつもと変わらぬ多くの人が行き交っている。露店で呼び込みの声をかける者や、きちんとした店を構えて忙しい昼時の客を捌く店など、同じ五大国のウードン王国とはまた違った店構えや客層が目立つ。
「おい、あれ見ろよ」
デリム人の男が、明らかに貴族の一団を見て、足を止める。
「しっ。無視しろ。絡まれてもなんも良いことなんてねえぞ」
「クソ貴族がよ」
誰もが早足で移動しているのだが、その一団を恐れるように人混みは距離を空けて流れていく。
「シャルムナークさま、本日はこちらの店でいかがでしょうか?」
騎士の一人が、身長167~168センチほどの細身の男の耳元で囁く。男の過度に着飾った装いは、遠くからでもひと目でその男が貴族とわからせるに十分であった。
「ふ~む。よかろう」
大勢の客で繁盛している飲食店の前で、シャルムナークは値踏みするように不躾な視線を向けて頷いた。
「いらっしゃ――――」
店に入ってきた客へ挨拶しようとした店員が、その一団を見て顔を強張らせ、言葉を詰まらせる。
「ふんっ」
騎士の一人はそんな店員を見て、露骨に鼻を鳴らして馬鹿にする。
一団はそのまま店の中を進み、一番場所の良いテーブルの前まで来ると。
「なにをしている」
「な、なにか? 私どもは食事をしているだけで――――ぎゃっ」
「こちらにおわすシャルムナークさまが見えんのか? 言われずとも席を譲るのが平民の礼儀であろうがっ!」
理不尽な叱責をされると、客たちは逃げるように店をあとにする。店に残っているのは怖いもの見たさや、貴族に対して反感を抱く者くらいだ。
「少しは静かになったではないか」
がらんっとした店内を一瞥して、シャルムナークはようやく満足そうに微笑む。
「この程度のことは言われずとも進んで行うべきですが」
「全くです。貴族に対する配慮ができていないと言わざるを得ないですな」
怯えた様子の店員たちを睨みつけながら、騎士はシャルムナークのために椅子を引く。
「なにをしておる。はよう注文を聞きに来んかっ!」
「は、はいっ。ただいま」
遠巻きに見ていた店員が慌てて駆け寄る。
「この店で一番上等な料理と酒を持ってくるがよい」
「い、一番っ……ですか?」
店員が助けを求めるように厨房へ視線を向ける。店主と思わしき男が頷くのを見ると「すぐにっ」そう言って、店の奥へと引っ込んでいく。
「さて、このような下賤な店の料理が私を満足させることができるのか楽しみだ」
「ふははっ。シャルムナークさま、それはいくらなんでも無理難題ではないでしょうか?」
「見れば、テーブルも椅子も気品の欠片もない様子。よく平民はこのような店で飲食できるものですな」
父の代でやっと店を持つことができた店主は、理不尽な貴族たちに侮辱されても黙って料理を作る。ここでなにかを訴えようとも、誰も助けてくれないのだ。なんとか穏便にやり過ごす。それが店と店員を護ることに繋がると、自分に言い聞かせながら。
「さ、先にお酒をお持ちしました」
瓶に入った酒を嗅ぐなり、シャルムナークは顔を顰める。
「偉大なるデリム帝国の子爵位を持つ私に対して、まさか穀物酒のような不浄ものを飲めと申すかっ」
穀物を発酵させた酒は、デリム帝国民の間では広く飲まれる酒であるのだが、一部の貴族では平民酒として馬鹿にされていた。
「お……お許しをっ」
騎士の一人が剣の柄に手をかけたのを見て、店員は慌てて地面に頭を擦り付けて謝罪する。その姿を滑稽と捉えたのか。シャルムナークたちは大笑いする。
「情けない。それでも栄えあるデリム帝国民かっ。誇りはないのか、誇りはっ!」
「よせよせ。平民などが我らと同じ誇りを持っているわけがない。もし、あるなどと抜かすなら、な?」
店員の後頭部を踏みつけながら、騎士は剣を店員の首にあてがう。
「ひ、ひぃっ!? お貴族さまっ、お許しを! お慈悲をっ!!」
涙を流す店員を見て、シャルムナークたちは愉快そうに笑い続ける。公の場で成人した男を辱めて、愉悦に浸っているのだ。
その後も料理を運ぶも。
「臭くて食えたものではないな」
「仰るとおりです。どうやら、ここでは人に食べさせる料理ではなく、家畜などに食べさせる餌を提供しているのでは?」
「なんと! 家畜の餌であったか。私としたことが店選びを間違えてしまったようだ。許せ、許せ」
難癖をつけられないように、細心の注意を払って作った店主の料理にシャルムナークたちは一切手をつけることがなかった。ただ、ただ貶めるためだけに料理を作らせたのだ。
「さて、このような家畜の餌を出しておいて、私に代金を請求するつもりではないだろうな?」
「はい……お代は結構です。ご満足いただける料理を作れず申し訳ございませんでした」
「ふんっ、全くだ。本来であれば、この場で首を刎ねているところだぞ。シャルムナークさまのお優しさに感謝するのだなっ!」
散々に馬鹿にしておいて、最後まで罵倒するシャルムナークたちに、店主や店員たちはなにも言えずに歯を食いしばることしかできなかった。
そして、シャルムナークたちも飽きたのだろう。席を立とうとしたそのとき――――
「おー、腹が減った」
大男が――――ジョゼフがシャルムナークたちの前に立っていた。
「な、なんだ貴様っ! 無礼で――――」
騎士の一人がジョゼフの胸ぐらを掴もうとして、その顔にジョゼフの巨大な裏拳を叩き込まれる。
人体が発したとは思えないような異音であった。鼻の骨と前歯が砕けるのみならず、そのまま裏拳が顔に埋まっていたのだ。
「でけえ声出すなや」
「よいしょっ」と、当たり前のようにジョゼフはシャルムナークの隣に座る。
「ジョ、ジョゼフ……なぜ…………こ、こんな場……所に?」
シャルムナークは恐怖で震える声で尋ねる。そんな問いかけを無視して、ジョゼフはシャルムナークたちが手をつけなかった料理を勝手に食べ始めた。
「良い味じゃねえか」
さらに瓶から直接酒を飲む。
「は、腹が空いておるのなら、遠慮せず食べるといい。こ、ここの代金は私が……よ、喜んで支払おうではないか。なに、私とお前の仲よ」
そう言って、席を立とうとしたシャルムナークであったのだが、立つことができなかった。なぜなら、丸太のようなジョゼフの右脚がシャルムナークの足の上に乗っていたからだ。
「このっ! 無礼者がっ!」
「よせっ!!」
「シャルムナークさま?」
異様な怯えようであった。
全身を震わせて、見ればシャルムナークの着飾った衣服は汗で湿るほどに。
「わ、私はこれでも当主となった。家を継いだのだ。このような公の場で恥を――――ぶぺぇっ!!」
料理を掻き込んでいたジョゼフの裏拳が、今度はシャルムナークの顔で炸裂する。むろん、手加減はしているのだろう。それでもシャルムナークの鼻は曲がり、前歯はボロボロである。鼻と口から吹き出した血で、シャルムナーク自慢の衣装は血塗れだ。
「びゃあ゛あぁ~っ」
「飯食ってる最中だろうが。静かにしろや」
先ほどまでの威勢は完全になくなっていた。小さな子供が泣き喚くように、シャルムナークは嗚咽を漏らし続ける。
そんなシャルムナークたちをよそに、テーブルに用意された大量の料理を一人で食べきったジョゼフは、さらに追加の料理を注文して酒を飲みながら待つ。
「平民を苛めて楽しいか?」
「ち、ちぎゃふっ。こ、これは、躾なのだ」
冗談のように聞こえるかもしれないが、シャルムナークは本気で言っているのだ。貴族に対する平民の態度がなっていないと。ジョゼフが『セブンソード』に就く前の、平民が貴族に対して畏敬の念を抱くべきだと思っているのだ。
「ほう……躾か。なら、俺もお前を躾けてやる」
「お、同じ学び舎で育った学ゆ――――ぎゃあ゛っ!!」
ジョゼフがシャルムナークの太ももを抓る。万力のような握力で抓られたのだ。太ももの一部が千切れて、ズボンが血で真っ赤に染まっていた。本来であれば、その場で飛び上がっていただろうに、ジョゼフの右脚がシャルムナークの足の上に乗っているために逃げることもできない。
「どうせ他の店でも似たようなことをしてるんだろ。あ? どうなんだ」
「し……したっ、いえ! しましたっ!!」
「今日中に迷惑をかけた全ての店に金を払え。明日以降に一件でもうちは払ってもらってませんなんて声が俺の耳に届いてみろ。どうなるかはわかってるよな?」
「あっ……あ゛あ゛っ…………」
「お前みたいな屑を当主にするんだ。一族郎党を皆殺しにしてやる」
無茶苦茶である。
シャルムナークの取り巻きの騎士たちは、昏倒している一人を除いて全員が直立のまま震えていた。
「な、なにをしておる! はよう、金をっ、金を用意して払いに行かぬか!! 私の、一族の命がかかっておるのだぞっ!!」
泣いているのか、それとも怒っているのか。あるいは混ざりあったなんとも言えない顔で、シャルムナークは騎士たちに怒鳴りつけながら命じる。この場から一秒でも早く離れたかったのだろう。騎士たちはすぐさま店を飛び出していく。
「冗談と思ってるんだろ? 俺がそこまでするわけないって」
意地悪な笑みを浮かべながら、ジョゼフがシャルムナークの耳元に顔を寄せる。
だが、シャルムナークは冗談などとは微塵も思っていなかった。なぜなら、過去にジョゼフは六公爵の一つと揉めたことがあるのだ。当時、十歳の子供が公爵家と揉めるなど、誰も信じないような話だろう。だが、揉めた結果はさらに想像を絶するものとなった。当時『近衛騎士団』の団長兼『セブンソード』の一席を担っていたアルフレッド・マルスト・ワズール公爵は解任、さらに領土の三分の一が皇帝直轄領に、そのうえ侯爵へと降爵というデリム帝国の貴族でも耳を疑うような衝撃的な結末を迎えたのだ。
「ゆ、ゆる……許してくれっ」
「久しぶりに帝都に来たからよ。お前が皇城まで案内してくれや」
一刻も早く解放してほしかったシャルムナークであったのだが、ジョゼフの要望を断れるはずもなく。黙って頷くことしかできなかった。
「美味かった」
そう一言だけ述べると、ジョゼフは無造作にアイテムポーチから鷲掴みした銀貨をテーブルに置いて、店主に向かって手を振って去っていく。その後ろ姿を店主たちはいつまでも見送るのであった。




