第439話:後始末 後編
「聖者様っ、どうか娘をお救いください!」
「娘はまだ9歳、死ぬには早すぎますっ。お願いします、聖者様のお力で娘を救ってくださいっ」
タトルテイル村の村長を務める男性とその妻は、必死の形相でローブ姿の男に――――ジョンに縋る。そのジョンの視線の先には、ベッドで苦しそうに顔を歪める一人の少女の姿があった。
村長の愛娘は産まれたときより身体が弱く、成長するにつれてそれは顕著になっていく。そして、ついに意識が混濁し、親からの呼びかけにも応じなくなり、そのまま寝込んでしまったのだ。
辺境の村にいるような者では簡単な魔法で傷を治すことはできても、病や原因不明の異常などを治すことなどできない。途方に暮れていた村長のもとへ、村人の一人が駆け込んできたのだ。いわく、聖者様をお連れしました、と。
素性の怪しい男であったのだが、藁にも縋りたい村長夫妻はジョンと名乗る聖者に娘を診てもらうことにしたのだ。
「よかろう」
鷹揚にジョンは頷く。
瀕死の少女を前に、わずかな動揺も見せぬその頼もしい姿に、両親は安堵のため息を漏らす。
「だが、其の方らに覚悟はできているのか?」
「か、覚悟……ですか?」
「左様。この少女を救うには両目を取り除く必要がある」
両目を取り除く、それはわずか9歳にして、今後の愛娘の人生が闇に閉ざされることを意味していた。
タトルテイル村のような辺境の貧しい村で目が見えない者など、嫁の貰い手どころか生きていくことさえ難しい。ジョンの言葉は愛娘の人生が限りなく困難になる通達に等しかったのだ。
「娘の目が見えなくなると言うんですかっ!!」
母親が絶叫する。
当然の反応であったのだが、ジョンの表情は変わらない。むしろ、なぜそのように取り乱す必要があるのだろうか、と。目に入れても痛くないほど可愛がっている、愛している娘を救えるのに、なにが不満なのだろうかと、どこか不思議そうにしていた。
「聖者様のお力を以てしても、娘の失明は避けれないのでしょうか?」
興奮する妻を落ち着かせながら、村長はジョンへ縋るように問いかける。
「この娘は産まれながらに魔眼を、それも非常に強力なモノを宿している。その魔眼が心身を蝕み、ついには意識を失うまでに影響を及ぼしたのだろう。其の方らも、原因に心当たりがあったのでは?」
その言葉に、両親は言葉に詰まる。
心当たりがあるのだ。赤児の頃より、娘に見つめられると石のように身体が動かなくなることがあった。そんな馬鹿なことがあるわけない、と。自分たちの気のせいだと思い込むようにしていたのだが、ある日に娘が空を飛ぶ一羽の鳥を見つめていると、その鳥が突如として墜落したのだ。慌ててその鳥を拾い上げてみると、その鳥は生きていたのだが、石のように硬直していた。少し時間が経つと、その鳥は何事もなかったかのように、空へと再び羽ばたいていったことがあった。
「魔眼を取り除くことで、娘の命が助かることはわかりました。ですが……ですがっ! 今後の娘の人生を考えると、不憫でなりませんっ」
母親は顔を両手で覆って、泣いていた。
村長は涙こそ流さなかったのだが、心の中では様々な感情が渦巻いているのは顔を見れば一目瞭然である。
「一つだけ、ある」
この場でもっとも両親が欲していた言葉をジョンは呟く。その言葉はまるで神からの言葉のように、二人の耳に心地よく響いた。
「他者の目を移植するのだ」
「そっ、それは……」
二人が絶句する。
それはそうだろう。娘の失明を免れるために、他者の目を犠牲にするのだから。
「誰の目でもいいというわけではない。同じような魔眼を持ち、それもアルビノでなければいけない。アルビノで、かつ魔眼を有する。そのような条件を持つ者など、まずいないだろう」
さり気なくジョンは、エルフやダークエルフは産まれながらに魔眼を有していることを伝える。
「先のことで悩むよりも、まずはこの娘の命を助けることが先決だろう」
もっともな言葉に、二人は頷くことしかできなかった。
そして、ジョンは素晴らしい技量と知識を持ち合わせていたのだ。あれほど苦しそうにしていた、弱々しかった愛娘が、数日後には嘘のように活発になっていた。
ただし――――
「お母さん」
「どうしたの?」
包帯で目を覆われた愛娘の頭を母親が撫でる。
「いつ、これを取っていいのかな? 私ね、凄く元気になったみたい」
「それは――――」
「これからはお母さんとお父さんのお手伝いをいっぱいするから、安心してね! お父さんの肩をもんであげるのも喜ぶよね? お母さんはなにをしたら嬉しい? 私、がんばるからなんでも言ってね!」
「そうね、頼りにしているわ」と口にしようとして、母親は口を手で覆う。目には涙が零れ落ちそうなほど溜まっていた。
「あなた……お願いします。娘のために、どうか――――」
「それ以上は言うんじゃないっ」
魔眼を有するアルビノ――――その心当たりが村長にはあった。タトルテイル村では公然の秘密であったのだが、各地から逃げ延びたアルビノたちが作った村と物々交換をしていたのだ。
「ですが、あの娘のことを思うと、私はっ……私はっ!」
「いいか? お前はなにも知らない。これからすることは私が勝手にしたことだ」
「…………あなた」
村長は一つの決断をすることにした。
表向きはこのままでは冬を迎える前に口減らしをしなければいけない。それほど貧しい村の財政状況を改善するため――――だが、裏では愛娘の視力を、光を再び取り戻すためであった。
そして――――
あの夜の惨劇へと続くこととなる。
※
「なんの真似っすか?」
アイパッチを外すと、フフは胸の傷口にアイパッチを押し当てる。アイテムポーチを内蔵したアイパッチ内には、こういうときのために等級の高いポーションを液体のまま保管している。そのポーションをアイパッチ越しに、傷口に流し込んでいるのだ。
(ただの……怪我じゃないっすね)
傷口はポーションによって癒えていくのに、反比例するようにフフの身体は重くなっていく。視界や聴覚が不明瞭になり、身体の反応が鈍い。
「ん? ああ、ロキュスが惨鎧斬になった理由だよね。フフの親がロキュスの村を売ったからだよ。可哀想に、そのせいでロキュスはやっと見つけた安住の地を失って、愛する恋人までバラバラにされちゃった」
全身から滝のような汗を流すフフとは違って、汗一つ流していないニーナは無表情で淡々と語ると、ダガーを――――黒竜・爪の刃についたフフの血を振って落とす。
「知ってる? フフの目に移植されたのは、ロキュスの恋人の目なんだよ」
「な、なにをわけのわからないことを、言ってるっすか。ロキュスの恋人の目が、フフに移植された? そんなわけないっす」
ジリジリと、ニーナから距離を取ろうとするフフであったのだが、狭いあばら家ではその空間は限られていた。
「あー、その記憶も消されてるんだ。フフとロキュスはジョンに気に入られたみたいだからね。だから、今回の任務に選ばれたんだよ」
「撒き餌みたいなもんだよね」とニーナは呟くも、フフからすればニーナが意味不明なことを言いながら、いきなり刺してきただけにしか思えない。
「フフはなんで刺したのかを聞いてるっすよ!」
さすがのフフも感情的になって問いかける。
「――――だからだよ」
「は?」
思わずフフの口から間抜けな声が漏れ出る。
「だから、ユウの眼を欲しくなって、抉ろうと思ったでしょ? それも二回も」
惚けないでよとでも言うように、ニーナはフフを見つめる。
確かにニーナの言うように、フフはユウの目を、眼を、眼球が欲しいと思った。そして、思わず手をユウの眼に向かって伸ばしてしまった。だが、未遂である。なぜなら、その度にニーナが防いできたからだ。
「それ、だけっすか? 思っただけで?」
「十分な理由だよ」
信じられないような理由にフフは愕然とするも、ニーナのほうはなぜ理解できないのか不思議そうにしていた。
「オリヴィエ・ドゥラランドが、私のことを疑っているのはわかっていた」
言葉を紡ぎながら、ニーナは二本のダガーを逆手に握り、フフとの距離を詰めていく。
「それでも許せない。許せるわけがない」
(や、やっと父さんと母さんの、村の皆の仇が討てたのにっ、こんな頭のおかしい女に殺されるなんて、死ぬわけにはいかないっす!!)
逃げに徹するわけにはいかなかった。
今このときにも、フフの身体は悪くなっていく一方であったからだ。この状態でニーナから逃げ切れるとは思えなかった。仮に陰龍の外套を纏っても、ニーナに見破られる。そんな直感が働いていたのだ。
「はあぁぁぁっ!!」
だからこそ、フフは前に出る。ダガーを手にニーナに向かって突っ込んでいく。同時に魔眼の行使も、だがその前に察知したニーナが初動を潰していく。
高速での近距離戦が繰り広げられるのだが、その都度フフの身体に傷が刻み込まれていく。いつの間にか頭頂部で縛っていた髪の紐が千切れて、フフの特徴的な髪型がほどけていた。
フフの戦闘スタイルは斥候職と魔眼を併用したものである。このような近距離戦で、同じ斥候職のニーナが相手では魔眼を使用しようにも、その使用するための隙がなかったのだ。
(どうしてっすか!? そこまでのレベル差はないはずっす)
ことごとく、フフが攻撃をする前に初動で潰されていく。
両者のレベルはニーナが46でフフが45、その差はわずか1である。戦闘において、いくらフフが手傷を負っているとはいえ、ここまで圧倒されるのはおかしいと、フフは歪む視界の先にいるニーナを睨みつけながら思う。
「な……なんでっすか」
荒くなる呼吸を無理やり整えながら、身体が満足に動かないフフは呟く。
「もしかして、フフ程度が私に勝てると思ってたのかな?」
無表情かと思えば、急に笑みを浮かべてニーナ・レバの仮面を被る姿に、無意識にフフは恐怖を覚える。
「ここでフフは終わりかもしれないっすけど、ニーナさんも終わりっすよ」
ここでニーナと会う前に、フフは事前に片方の眼球を『千里眼の魔眼』に入れ替えていたのだ。
つまり、ここでのやり取りはオリヴィエに――――
「無駄だよ」
「なにがっすか……」
「『千里眼の魔眼』は機能してないって言ってるの」
ブラフだと、こちらを動揺させるための虚言であると、フフは決めつける。
現に『千里眼の魔眼』で見えているのだ。もしニーナの言うとおりに魔眼が機能していないのであれば、視力も停止していなければおかしい。都合よく千里眼だけ機能しないなど、あまりにも――――だが、念のためにフフは『千里眼の魔眼』を確かめようとすると。
「見えない、でしょ?」
オリヴィエ・ドゥラランドのもとにあるはずの対となる『千里眼の魔眼』と繋がらない。
「ど……どうして、ニーナさんがドゥ――――」
その言葉を言い終えるよりも先に、ニーナは動く。当然、フフも迎撃しようとするのだが、身体が思うように動かない。このとき、初めてフフは気づいたのだが、宙に真っ赤な線がいくつも浮かび上がっていた。赤いのはフフの血、では線の正体は? それはニーナが張り巡らした魔力の糸である。
「――――お、なじ? な……ぶっ、がは…………なん、で?」
「すぐに全員、同じ場所に送ってあげるから寂しくないよ」
そこでフフの思考は途切れた。
※
あばら家での処理を終えたニーナが路地を歩いていると。
「なんの用かな?」
ニーナから十メートルほど後方の曲がり角から、マリファが姿を現す。その傍らにはコロとランの姿もある。
「もしかして尾行してた?」
「はい」
尾行していたことをニーナに察知されていたのを知られても、マリファは悪びれもせず肯定する。
「マリちゃん、どうしてかな?」
「フフさんはどうしました」
明らかに警戒した様子で、マリファはニーナに近づかない。
「なにか疑ってるのかな?」
「はい。疑っています」
ゆっくりとニーナはマリファのもとへ歩いていく。対してマリファは、その場から動かない。
「う~ん。心当たりがないな~」
「ニーナさんとフフさんは、以前からお知り合いなのでは?」
ピタリと、ニーナの歩みが止まる。
「どうしてそう思ったのかな?」
「フフさんと冒険者ギルドで初めてお会いしたとき、ご主人様や私に対して“お初っす!”と挨拶をされました」
月明かりもないため、マリファからではニーナの顔がよく見えない。ただ、真っ黒な塊がこちらをじっと見ているのだけはわかった。
「あとでネポラたちに調べさせたところ、レナに対しても同様の挨拶をしていたそうです」
「なにかおかしな点でもあるのかな? 初対面なら挨拶するのは当たり前だよ」
「ええ。私もそう思います。ですが、フフさんはただ一人――――ニーナさんには挨拶をしていません。なぜ、フフさんはニーナさんだけには挨拶しなかったのでしょう? あとに現れた私にすら挨拶をするくらい気を遣う方でした」
「それだけ? 偶々じゃないのかな」
「そうですね」
両者の間では、今から決闘を行うかのような緊張感が漂い始めていた。
「そこから怪しいと思って見てたのかな? それとも以前から疑ってたとか?」
マリファがニーナのことを不審に思ったのは今回の件が初めてではない。だが、この場でマリファが口にすることはなかった。なぜなら、敵であるかもしれない者に余計な情報を与える必要などないからだ。
「マリちゃんはそんなこと気にしなくていいんだよ? このままでいいんだからね」
「以前も言っていましたが、このままでとはどのような意味ですか」
「そのままの意味だよ。このまま――――ユウの足枷でいてほしい。それがマリちゃんの存在意義なんだから」
真っ黒い塊が嗤った。
「苦労したんだよ? 色々と頑張って誘導して、マゴさんの奴隷商館の前をユウが通るようにして、マリちゃんを購入させたんだからね」
これまで微塵も動揺することのなかったマリファの肩がわずかに反応する。戯言だと、これ以上はニーナが口を開く前に仕掛ければいいのに、マリファは動くことができなかった。
「どうしてだと思う? マリちゃんにはユウの足枷になってほしかったからだよ。でもね――――」
蛇が、悪意を込めて囁く。
「あれは良くないよ。自分を犠牲にしてユウを勝たせようとするなんて、ユウのことをな~んにもわかってない。そんなことすれば、ユウがどう動くかくらいわからなかったのかな」
「あなたに――――」
「自分が死んでも、それでもユウの心に残れば満足? なんて身勝手な考えなんだろう。ユウが傷つくことを考えなかったのかな」
「――――黙りなさい」
「身の程を知ったほうがいいよ」
「冷静に」――――マリファは必死に感情をコントロールしようと、自らに言い聞かせる。
斥候職であるニーナが自分の尾行に気づくことは、百も承知である。その上で、フフとの関係を問い質す。もし、ニーナがユウにとって不利益な真似をしているのであれば、自分が対応する。
仮に戦闘となった場合でも、コロとランを引き連れた自分が後れを取ることはない。自分とニーナの戦闘力を天秤にかけ、それでも高位の従魔がいる分、自分が有利――――最悪でも相打ちにもっていけると。
「従魔がいる程度で、どうにかなるとでも思った?」
大きな物体が二つ落ちた音が、マリファの耳が拾う。ニーナから視線を外すわけにはいかないマリファは、そちらへ目を向けるわけにはいかなかったのだが、それが足元へ転がってくる。
(コロっ、ランっ!?)
マリファの足に触れたのは、人の胴体ほどもあるコロとランの頭部であった。
(そんなはずはっ!)
事前に周囲へ配置したマリファの虫は反応していない。
ランクアップしたばかりとはいえ、ランク7の高位魔獣をマリファや無数の虫に気づかれずにどのように殺したのか。
「一回、死んでみる?」
「己っ!!」
一瞬、ほんのわずかな間だが、マリファはニーナから視線を外して足元を見てしまった。その一瞬で目の前まで距離を詰めていたニーナに向かって、マリファは無数の虫を放つ。この距離で、数十万匹に及ぶ虫の攻撃を全て躱すのは、どれほどの手練であろうと不可能。
自分が殺されようとも、必ず相打ちに――――そこでマリファの視界が反転する。
そこには自分を見下ろすニーナの姿があった。
ここで自身の首が刎ねられたことをマリファは理解する。
(ご……主人、様っ…………申しわ………………ん……)
闇が支配した。
そこでなにかが激しく揺れ動く。
そのなにかが自分の身体であるとマリファが気づく。
「マリちゃん、聞いてる?」
「…………え、ええ。ここは?」
「もう! しっかりしてよ」
左目から血を流しているニーナが、心配そうにマリファを見つめていた。良く見れば、ニーナの左目はぽっかりと穴が空いており、眼球がくり抜かれていたのだ。
「ニーナさん、その傷は?」
「ええっ!? 私の話を聞いてなかったの? フフちゃんがなんか話があるっていうから会いに行ったの、そしたらいきなり眼を抉られたって言ったよね」
「そう……そうでしたね」
前後の記憶が曖昧で、マリファはしっかりと返事することができなかった。傍ではコロとランが不安そうに主であるマリファを見上げている。
「驚かずに聞いてね。なんと、フフちゃんの正体は『数珠狂い』だったんだよ!」
「『数珠狂い』……ですか?」
「この前ラリットさんが話してた『兇悪七十七凶』の一人だよ。人の目を抉って加工するのが好きな犯罪者!
孤児院の子供たちの眼も、きっとフフちゃんの仕業だよ。私はなんとか逃げ切れたけど、フフちゃんを野放しにするわけにはいかないから、捜すのにマリちゃんたちに協力してほしいの」
曖昧だった記憶が、マリファの中で鮮明になっていく。
「そう……でした。私の虫とコロとランの嗅覚で、フフさんの捜索をしている最中でしたね」
「良かった~。いつものマリちゃんだ」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
なにを混乱していたのだろうか。
自分はご主人様を騙していた『兇悪七十七凶』の一人『数珠狂い』のフフを捜している最中だったのに。
「頼りにしてるよ」
「お任せください」
そういうと、マリファはコロとランに指示を出し、闇世の中を駆けていくのであった。




