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奪う者 奪われる者  作者: mino


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第429話:隠匿

 惨鎧斬が都市カマーに現れてはや一週間が経過していた。

 その間に惨鎧斬が暴れるどころか姿を見せることもなかったことから、一部の者はすでに惨鎧斬は都市カマーから姿を消したのだと、ムッス侯爵が誇る『食客』や衛兵隊に恐れ慄き逃げ出したのではないかとまことしやかに囁かれていた。


 だが、逆に残りの大部分の者は気を抜くどころか、さらに気を張って精力的に動いていたのだ。


「失礼いたします」


 文官の一人がまとめた報告書を持参して会議室に入室する。広い室内を見渡せば、会議室内では地図に向かって駒を置いたり、ペンで記しをつけているグループ、ボードに貼りつけた紙に今後の予定を書き込むグループ、最後にムッスとともに資料をもとに討議しているグループに分かれていた。


「ムッス様、こちらを」

「ああ、ありがとう」


 どこか疲れたというより、憂鬱な顔でムッスは文官から調書を受け取る。机の上には同様の調書がところ狭しと積まれていた。


 これらの調書はムッスの配下たちが、惨鎧斬がゴッファ領内に現れたのを知るや否や、なぜか都市カマーに居座り続ける有力者たちを問い質して作り上げたものである。


 とはいえ、相手は国家権力すら有する権力者たちだ。文官がどれだけ礼儀礼節をわきまえ、丁寧にお願いしたところで、聞き取りするどころか会うことすら拒否されるだろう。


 国家権力には国家権力である。

 相手に爵位があろうが、王族との伝手があろうとも、ムッスのほうが爵位が上なのだ。しかも、ここはムッスが治める領内である。どれほど相手が拒絶しようが、文官が武官や衛兵を引き連れて半ば無理やり押しかければ、どうとでもなるだろう――――いや、事実なっているのだ。


 有力者を護る配下や護衛の中には手練れの一人や二人はいることもあったのだが、そんなものはムッスが選別し採用した武官からすれば物の数ではない。


 まず謁見を拒否していたにもかかわらず、押し入ってきたムッスの配下たちに激昂する有力者に対して、文官が宥め賺し、それでもごねるようなら相手の醜聞を耳元で囁くのだ。彼らを叩けば出てくる埃は一つや二つではすまない。


 それでも、なおごねるような相手には武官の出番である。理を以て説いても理解できないようなバカには暴を以て理解(・・)させるのだ。どれだけ泣き叫ぼうと、ここは彼らの支配する領内ではない。


 生まれたときより支配者層であった彼らは、身分の低い者たちへ痛みを与えることはあっても、自分が痛みを与えられる経験は皆無であったのだ。


 爪の一~二枚でも剥がしてやれば、思いのほか素直に文官からの聞き取りに応じた。


 そう。素直に応じたのだ。

 そして、文官から提出される調書こそ、ムッスが憂鬱になる原因であった。


「この養殖場(・・・)とは?」


 目の前の文官へ問いかけながら、ムッスもそれがどのようなものかはわかっているのだろう。文官は次のページを読んでいただければ理解できます、とだけ口にする。


「亜人――――それもエルフやダークエルフを主とした繁殖場か……」


 ある子爵から聞き取りした調書には、エルフやダークエルフの女を拐って領内に用意した極秘施設にて監禁し、人族との交配を繰り返して生まれた子を商品として売り捌いていたと記載されていた。


 様々な種族の中からエルフやダークエルフが選ばれたのは、単純に見目麗しく長い期間にわたってその容姿を保てるからである。また理想は純血のエルフやダークエルフ同士の間から生まれる子のほうが商品としての価値が高いのだが、残念ながら商品として売れるほどエルフやダークエルフは妊娠をしないのだ。


 長命種によくある事例で、同種族では妊娠し難い。そのため、人族の中でも容姿に優れた男を用意して、種付けしていたと記載されている。


「まるで家畜扱いだ」


 人族を貶めるようにムッスは呟く。

 ここ数日はこういった報告書ばかりを読むことが習慣のようになっており、ムッスの心はささくれ立っていた。直接、子爵からこの話を聞くことになった文官も同意見なのだろう。表情こそいつもと変わらぬものの、内心では荒んでいた。


「このやり方を教えてくれたのが――――ウロード・スヴィニヤー……またこの名前が出てきたね。これまでの調書が全て――――いや、半分でも真実であれば、セット共和国が非協力的な――――隠匿したいのも無理はない」


 調書に度々出てくるウロード・スヴィニヤーという名に、ムッスは忌々しいモノでも見るかのように目を細める。


「この人物についてはわかったのかな?」

「セット共和国の大富豪で――――当時はバリューに匹敵するほどの財を誇っていたそうです」

「それは凄い」


 これには素直にムッスは驚く。

 最期は失脚して無惨であったとはいえ、バリューの財はウードン王国どころかレーム大陸中を以てしても、匹敵する者など片手で数えるほどだ。


「だけど、疑問がある。それほどの人物を私が知らないとは思えないな」

「すでに故人です。元々はセット共和国に併呑された小国の王族の一人で、議員ではなく商人としての道を選んでいます」


 君主制や貴族制の国家がセット共和国に併呑された際は、王族たちにはそれなりの地位が約束され、都市や町などの運営に関わる議員へとなるのが通例であった。


 だが、ウロードは議員ではなく商いの道へと進むこととなる。王族として保有していた財や幼き頃より学んでいた帝王学の影響もあったのだろうが、なにより商人としてウロードは類稀なる才を発揮する。


 それは表だけではなく、()の商いにまで手を伸ばすのにそれほど時間はかからなかった。


 戦争中の国や紛争地帯の有力者へ武器を始めとする軍需物資を売る――――いわゆる死の商人から、非合法に集められた奴隷を売買する奴隷商人など、ウロードの商才は幅広く発揮されていく。


 時を重ねる毎に途方もない金が、莫大な富がウロードのもとへ山のように積み重なっていった。そのことを聞きつけた耳聡いセット共和国の議員たちは選挙が近づく度に、ウロードへ支援を求めて頭を垂れる。なにも不思議なことではない。選挙には多くの金銭がかかる。味方だけでなく日和見の連中から票を集めるためには、金はいくらあっても足りないくらいである。


 もとは小国の王族の一人でしかなかったはずのウロードは、一商人でありながらセット共和国の政にまで影響を及ぼすまでに権力が増大していた。


 誰も彼には逆らえない。当時のセット共和国大統領ですら、彼の前では跪いたという。


 しかし、彼がこの状況に満足したのもわずかな期間で、すぐに不満を露わにし始めた。セット共和国内で神の如く振る舞うだけでは自尊心が満たされなくなったのだ。


 ならばどうする? 自身への問いかけに対してウロードはいつもの答えを解する。


“饗すればいい”


 レーム大陸中の有力者たちを、権力者たちを、持て成せばいい。

 広大な私有地の別荘へ、ウロードはレーム大陸中から多くの人を招いた。誰もが政や商い、軍などの分野へ多大なる影響を及ぼすことができる力を持つ者たちばかりである。


 その者たちへ、ウロードは出し惜しむことなく自らの財を見せつけた(・・・・・)のだ。


 大陸中から集められた希少な食べ物や酒に、非合法の薬物から金銀をふんだんに使用した食器や熟練の職人たちの手による家具や装飾、どれ一つとっても一財産になるような品ばかりが並ぶ豪邸で、招かれた者たちは酔い痴れた。


 食欲が満たされたあとに待っていたのは、性欲――――人族だけではない。他種族の見目麗しい者たちを、年齢も幅広く揃えられていたのだ。


 このような催しをウロードは財が目減りするのも気にせずに昼夜、年中にわたって続けた。


 すると、凄まじい速さでウロードの人脈は築かれていく。目論見通りの結果にウロードはご満悦であったと調書には書かれている。この先についても調書は続くのだが、ムッスの読む手が止まる。


「この狂気ともいうべき宴にレーム大陸中の権力者、有力者が関わっていたのは十分にわかったよ」

「莫大な資産を誇ったウロードのおよそ五分の二ほどが宴に注ぎ込まれたそうで、どれほどバカげた宴だったかが想像できます」


 乾いた笑みを浮かべながらムッスは調書の続きを読むも、あまりに内容が不快すぎてその手が度々、止まってしまう。


「なぜ他種族の肉を食べる必要が?」

「お読みいただければ」


 「狂人の考えることは理解できません」くらいは、いつものように皮肉を込めて言うと思っていた文官が真面目な顔で続きを促すので、ムッスは黙読していく。


 なぜ、これほどウロードが重宝されたのかがムッスは気になった。ウロードは確かに他を寄せ付けないほどの財力を誇るのだろう。だが、招かれていた客の中にも、十分な財力を誇る者が何人もいたはずである。それこそ他種族の肉くらいは容易に手に入れることが可能なくらいに。


 またこれまでの調書から、惨鎧斬の犯行は復讐のためであることがよくわかる。


 被害者の身体の一部を奪い去っていくのも、惨鎧斬の近親者か、あるいは親しい人の喰われた部位を取り返している――――ウロードの関係者へメッセージを送っているのだろう。


“お前たちのしたことを忘れていないぞ”と。


 現在も狙われ続けている者たちは、当時の関係者の子孫であることもわかっている。


「そういうことだったのかっ」


 ムッスの疑問を解消する答えが調書の最終ページに記されていた。


「ウロードが重宝された理由がよくわかったよ」


 「知りたくもなかったけどね」と、ムッスは付け加えた。


「フフなる少女についても――――」

「調べはついたのかな?」

「いえ、わかったのは村のほうです」

「ん? 確か…………タトルテイル村だったよね。実在した村だったと?」

「はい、その村で間違いありません。村があったこともわかっています。タトルテイル村はウロード・スヴィニヤーよりも先に滅ぼされた村です」

「随分と持って回った言い方を――――ウロードは故人と言っていたね?」

「約百年も前の人物です」

「それよりも先に滅ぼされた村の生き残りが…………彼女はいったい、いくつ(・・・)なんだろうね」

「なんともきな臭い少女です。今も尾行を振り切って、どこにいるのかわからない状態です」


 あまりにも怪しい経歴のフフに、ムッスは自然と口角が上がっていく。都市カマー内でムッスの配下が本気になって捜索して、なお消息が掴めないのだ。


「扉が開いているよ」


 いつの間にか会議室の扉が開いていた。

 重厚な扉が勝手に開くはずもなく、誰かが開けたのは明白である。


「なにをしている! すぐに閉めるんだ!」

「はっ!」


 慌てて文官の一人が扉を閉めるのであった。



「驚いたっす」


 宿屋の部屋に戻ったフフは陰龍の外套を脱ぎながら、思わず呟いた。


「ドゥラランド様から優秀な貴族とは聞いてたっすけど」


 まさかものの一週間でここまで調べ上げるとは、フフは思いもしなかったのだ。


 セット共和国とのやり取りだけで普通は月単位でかかる。ムッスほどの貴族ならば、ギルドを通じて通信の魔導具を介してやり取りすることが可能だろうが、それでもセット共和国側が素直に応じることはまずない。


 ゆえに、どんなにムッスが人員を導入して調査をしても、惨鎧斬やフフのことについては早くとも年単位の時間がかかると、フフは予想していたのだ。


「不味いっすね。これは……あっ!」


 思い出したかのように、フフは慌ててアイテムポーチから一枚の紙を取り出すと書き記していく。


「これでよしっす!」


 次にアイパッチを通して魔眼を入れ替えた。選んだのは“千里眼の魔眼”である。これは通信の魔導具では、ユウに傍受される可能性が高いためであった。


「これで見えてるっすか?」


 もう片方の千里眼の魔眼は遠く離れた聖国ジャーダルクの聖都ファルティマ――――オリヴィエ・ドゥラランドの自室に保管されている。


「合図がきたっす」


 しばらく待っていると、チンツィアから写本が完了した旨が魔眼を通して送られてくる。


「今のところニーナさんに裏切りの様子はないっす」


 チンツィアからニーナについて聞かれるも、フフは問題はないと紙に書いていく。だが、どこか情緒が不安定なので、洗脳の影響が表面にまで出ている可能性がありと、追記する。


「心配しすぎっす」


 続いてチンツィアから、無駄に情報を出し過ぎだと注意を受けるも、あえて出した情報なので気にする必要はなしと、すぐに返信する。


「そろそろ惨鎧斬に動いてもらって、サトウとの共闘を通じてパーティー入りする時期っすかね」


 小言を延々と書いてくるチンツィアを無視して、ペンを鼻と上唇で挟みながらフフは考え込むのであった。

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i901892
― 新着の感想 ―
フフの死臭が濃くなって参りました!
なんかエ◯◯◯◯ン事件みたいだね
実在する大富豪がやらかしたことが公開されましたねぇ。
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