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奪う者 奪われる者  作者: mino


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第430話:錯綜

「なんの用なのかな?」


 椅子の背もたれに深く体重を預けると、ムッスは小さくため息をつく。どうしたものかと、面倒だなっという感情を隠しもせずに、目の前に立つ二人の美少女――――クラウディアとララを見上げる。


 関係者以外は入室禁止、特にクラウディアとララは絶対に来ないようムッス直々に命じていたにもかかわらず、お構いなしで入ってきたのだ。


「なんで私が惨鎧斬討伐に参加しちゃいけないのよ! そこんところ説明しなさいよね!」

「そーだそーだ」


 不機嫌な顔で横柄に命じるクラウディアと、その後ろで小さく抗議の腕を掲げるララは本気ではなく冗談混じりなのだろう。


「今回の件は人族全体の醜聞が密接に、複雑に絡みあっている。君たち――――特にエルフであるクラウディア、君が関われば必ず不快な思いをするだろう。そうなれば、遠い故郷にいる君の父君に申し訳が立たない」


 両頬をぷくっ、と膨らませるクラウディアの姿は彼女のことを知らぬ者であれば、美少女が可愛らしく拗ねているように見えるだろう。だが、この場にいる誰もが知っている。クラウディアが本気になって暴れられれば、会議室にいる武官が束になって取り押さえようとしても、動きを封じるどころか返り討ちになることを。


「どうか理解してくれないだろうか」


 人族の為政者としてエルフの王族であるクラウディアを諭すようにムッスは語る。


 これは為政者の仮面を被ったムッスの演技ではなく、紛うことなき本音である。ただし、半分(・・)だけだ。


 人族の有力者や権力者たちが、他種族の、それも大半が未成年の子供たちを組織的に拐っては性的虐待や暴行及び殺害を嬉々として加えていたなど、さらにはその肉を食す宴を繰り広げていたなどと。ムッスでなくとも人族の為政者ならば、絶対に他種族に知られたくないだろう。このような醜聞が公になれば、人族と他種族との間で争いが――――それこそ大規模な戦争が起こりかねないからだ。


 もう半分は――――


(惨鎧斬に君が殺されるようなことは、万が一にもあってはならないからね)


 以前、ジョゼフからムッスはクラウディアの父親について聞いているのだ。


 あのジョゼフがアッシュグラウ・バルリングとは敵対しないほうがいいぞと――――その頃のジョゼフは今の姿からは想像できないほど接しづらく、また他者を寄せ付けない重苦しい空気を常に放っていた。恐ろしいほど荒れていた時期で『槍天のジョゼフ』何者ぞと絡んできた腕自慢や武芸者は皆、悲惨な末路を迎えたものだ。そのジョゼフがわざわざ忠告してきたことがあった。


 当時、ジョゼフを追いかけてきて、そのまま『食客』の一人となったばかりのクラウディアのことをあまり知らなかったムッスは、珍しく助言のような物言いをしたジョゼフに驚きとともに、その父親についても興味を持ったのだ。ジョゼフに「なぜかな?」と尋ねるも、話を聞くにつれて、ムッスは自身の顔が強張っていくのがわかった。そのことをムッスは今でも鮮明に思い出すことができる。


 どちらにしてもムッスからすれば、一部の王侯貴族(バカ)有力者(バカ)たちのせいで、平民や他種族から人族の貴族全てが同類と見なされかねない不祥事である。なぜ広大なレーム大陸の何十とある国の数多いる貴族の中で、このような非常に面倒な厄介事に自分が巻き込まれなければならないのだと、ムッスは自分の悲運を嘆く。


(エルフ族を敵に回すのも面倒だが、それ以上にアッシュグラウ・バルリングの機嫌を損ねるのが不味い。優にレベル100を超える怪物と敵対関係になるなんて、想像するだけでゾッとするよ)

「あ~っ! そういう態度をとるんだ! この偉大なるバルリング家の私に対してっ!!」


 思考の海に浸っていたムッスの態度に、いかに自分が有能で惨鎧斬に対して勝てるかを熱弁していたクラウディアは無視されたと受け取る。


「ぷぷっ。人族にバルリング家と言ってもわかるわけがない」

「あんたねえ! どっちの味方なのよっ!」

「私はジョゼフの味方」


 キリッ、とした顔で堂々と宣うララの顔を見て、クラウディアの透き通るような白い肌に、こめかみに青筋がハッキリと浮かび上がる。


「わっ。すっごい怖い顔。もしかして怒ってるの? なぜ? 今のやり取りで怒るところがあった?」


 不思議、不思議とララは煽るようにクラウディアの周りをウロチョロする。


「あんたのその舐めた態度が私を苛立たせてるんでしょうがっ!!」


 ついに活火山が噴火するかの如く、クラウディアが怒り心頭に発する。


 逃げ回るララを追いかけ回すクラウディアを見て、そのまま無駄に時間を潰してほしいと心の底からムッスは願う。


 嘘の情報を与えて遠ざけてみてはと、文官の一人から進言があったのだが、ムッスはその案をやんわりと却下している。


 なぜなら剣だけではなく、高位の精霊魔法の使い手でもあるクラウディアが本気になれば、遠く離れた地からでも風の精霊にお願いすることで都市カマーの情報を入手することは容易い。その結果、クラウディアはムッスの思惑を無視して動き出すだろう。そうなっては困るのだ。


 そうなるくらいなら自分の目が届くところで動いてもらうほうが何倍もマシというもの。実はララには裏で話を通しており、クラウディアから離れないようムッスは命じていた。


(それにしても……セット共和国が隠したかった醜聞はこれであっていたのだろうか?)


 大富豪ウロード・スヴィニヤーの所業は間違いなくセット共和国が隠したかった不祥事だろう。表沙汰になれば、国際的な信用の失墜は免れない。


 レーム連合国加盟国の総会でも多くの国がセット共和国をこれ幸いと叩き、領土問題や多くの政治的譲歩を引き出すだろう。


 だが、ムッスはなにか見落としがあるように思えてならなかった。


(杞憂であってほしいところだね)


 会議室を飛び出していくクラウディアとそのあとを追うララを見ながら、ムッスは心の中で呟くのであった。



「偉そうなこと言ってたけど、役に立たないな」


 屋敷の居間でソファーに横になっているフフに向かって、ユウは冷めた眼で言い放つ。


「ひ、酷いっす!」


 ピョンッ、とソファーから飛び上がったフフは抗議するのだが、残念ながらフフはユウと契約してから全くと言っていいほど役に立っていなかった。そのくせ、ユウの屋敷に入り浸っているのだ。


「レナさん、そんなことないっすよね?」


 同じくソファーに座って読書していたレナは、フフからの助けを求めるような呼びかけに対して。


「……フフは大言壮語。私は早く惨鎧斬と勝負したいのに、居所を突き止めることができていない」

「うっ。そ、それは……フフにも事情があるっす」

「……事情? どんな?」

「それは内緒っす」

「……怪しい」


 フフの玉ねぎ頭をグリグリと撫でながら、レナは疑うように目を細める。なんとも人懐っこいフフに、気づけばレナはまるで妹分のように可愛がっていた。


「他の人も黙ってみてないで、なんとか言ってほしいっす!」


 このままでは分が悪いとティンたちへ助けを求めるも、しかし驚くほど反応は薄かった。


(な~んか嫌な感じっすね)


 チクチクと肌に突き刺さるようなティンたちの視線に、フフのパッシブスキル『危機察知』が反応する。


(確信はない。でもフフのことを疑っているって、とこっすかね? まあ、最初から好意的なほうが怪しいっすから、これくらいの反応のほうがやりやすいっす)


 この場にマリファ、それにナマリやモモの姿はない。ユウから対惨鎧斬用の罠を張るようにという名目で、孤児院を護衛しているからだ。


 だから、あらかじめマリファは細かい指示をティンたちへ出していた。その中にはフフに決して気を許さないようにという指示が含まれているのだ。


「あ~そういえば、ユウさんは惨鎧斬を倒した際の報酬はいらないんっすよね?」


 にひひっ、と厭らしい笑みをフフは浮かべる。


「フフの身体がいらないなら、代わりに『ネームレス』の、ユウさんのパーティーに入ってあげてもいいっすよ?」


 その言葉に反発するように、ティンたちは露骨に不快そうな顔を浮かべる。


「……それは無理」

「どうしてっすか?」

「……うちにはニーナという最高の斥候職がいる」


 鼻をフンスッ、と鳴らしながら、レナは二階の自室で休んでいるだろうニーナに向かって言うように見上げる。


「あー、ニーナさんがいたっすね。でも、フフだって負けてないっすよ? ジョブは『シーフ』『ハイシーフ』『盗賊頭』! 生粋の斥候職っす。こと斥候に関してはニーナさんを上回ると思うっすよ」


 三つのジョブに就いていることを、さらにはジョブ名まで簡単に明かしたフフに、ティンたちは内心で驚く。嘘を言っていないのであれば、これは重要な情報である。


「……3rdジョブまで就いてるの?」

「驚いたっすか?」


 自分とさほど歳の変わらないフフが、自分と同じく3rdジョブにまで就いていることにレナは感心する。


「それに斥候職だからって戦うのが苦手ってわけじゃないっす」



 これには誰も反論をしない。

 対人戦において斥候職ほど怖い相手はいないからだ。気配を消してからの攻撃は格上でも喰らえば致命傷を、数々の罠を張り巡らされた屋外、屋内、それに森林などの自然環境を利用した場所での戦闘では、まともに戦うことすら困難だろう。


 斥候職を便利屋のように扱い、舐めた態度をとった者がキレた斥候職に殺される事件は冒険者界隈では特に珍しいことではないのだ。


「それにフフにはこれもあるっす!」


 両手の指の間に球体が――――魔眼を挟んでフフはレナに見せつける。


「対人だけじゃなく、たとえ魔物が相手でも遠近長距離問わずに戦えるのが、フフの強みっす!」

「……おぉ」


 様々な色の魔眼に手を伸ばすレナをフフは軽やかに躱す。


「ダメっすよ。これは大事(・・)なフフのコレクションなんっすから」

「……けち」


 魔眼を素早く仕舞うと、フフは迫ってくるレナの頭を押さえながらユウの様子を窺う。


(へあっ!? し、信じられないっす)


 自分の手の内をここまで晒したのだ。少しは心を許したかとフフが視線を向けると、ユウはフフに一切の興味がないようでテーブルに広げられている都市カマーの地図を見つめていた。


 固有スキル『異界の魔眼』を持っているユウならば、フフが開示した情報など聞くまでもないことである。そのことをフフは知っているからこそペラペラと話したのだが、それでもあまりにもあんまりなユウの態度にフフはショックを受けたのだ。


 視線に気づいたのだろう。ユウがふと顔を上げて、フフと目が合う。


「サボってないで働けよ」

「サ、サボッ!? フフは頑張ってるっすよ!」

「なら、さっさと惨鎧斬の潜伏してそうな場所を教えろよ。この一週間なにもしてなかったとは言わせないぞ」

「わかってるっす!!」


 玉ねぎ頭の頭頂部を逆立てながらフフはユウのもとまで向かうと、ペンを手に取り淀みなく地図へ印をつけていく。


「貴族街ですね」


 フフがユウに近づこうとしたのと同時に、さり気なくユウの傍へ移動していたティンが地図を覗き込み呟く。


 印の多くはティンが言うように貴族街に固まっていた。


「これが惨鎧斬が潜伏――――いや、違うな。次に現れる可能性の高い場所か?」

「そうっす。その印にいる人たちを惨鎧斬が狙う可能性が高いっす」


 これはムッス邸の会議室で盗み見た情報なので、精度は高いものである。


「これでフフが有能なことは証明されたっすね」

「まだ惨鎧斬が現れたわけでもないのに、そんなわけないだろ」

「自惚れが凄くて、やんなっちゃう」

「……どんまい」


 ユウとティンからの口撃に、フフの瞼が痙攣する。


(な、なんて嫌味な人たちなんっすか)


 地図を囲んで議論するユウたちを見ながら、フフは心の中で呟く。


(それにしても、本当に温い人たちっす。相手が惨鎧斬ってことを理解してるっすかね。まさか誰も死なずに惨鎧斬を撃退できるとか思ってるっすか? さすがにそこまでバカじゃないっすよね。もし思っていたら、あまりにも楽観的すぎっす)


 惨鎧斬との戦いを脳内で想像すると、フフは思わず口角が上がりそうになる。


(惨鎧斬との戦いで何人か死ねば、嫌でも現実を理解するっす。そのときに、この人たちはどんな顔をするっすかね。さっきレナさんはニーナさんがいるから、フフのことはいらないって言ったっすけど、もし――――仮にもしっすよ? その何人か死ぬ中の一人がニーナさんだったら――――レナさん、確かに()はニーナさんという頼りになる斥候職がいるかもしれないっす。でも、そのニーナさんが、たとえば惨鎧斬との戦いで命を落としたらどうなるっすかね? そうなれば、きっと代わりの斥候職が、フフのことが必要になるっすよ)


 これから始まることを想像して、フフは表と裏の顔で嗤う。


「あ~、フフも混ぜてほしいっす!」



 都市カマーの地中深くに造ったセーフハウスで、瞑想するように目を瞑り椅子に腰掛けていた惨鎧斬が立ち上がる。


「もう十分だな」


 惨鎧斬は無駄に時間を浪費していたわけではない。

 土の精霊の影響を都市カマー全域にまで拡げ、標的の居場所や一日の行動範囲を調べていたのだ。つまり、一週間で数十万の人口を誇る都市カマーの中から標的を見つけ出し、行動パターンを分析していたのだ。それも地中深くからである。


 一術者が行使したとは思えない。あまりにも常識外れの力量であった。


 ふと、頭部に痒みを感じた惨鎧斬は無意識に手を伸ばすのだが、頭部の装甲がそれを許さない。


「ちっ」


 不快そうに左右に頭を振ると、惨鎧斬は行動を開始するのであった。

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i901892
― 新着の感想 ―
このフフって奴なんでこんなに馬鹿っぽくうつるのか疑問だったけど、そもそもユウが第二死徒に超越者って認められてるのも、外に出てるのも推定(亜神 )の片割れがいるのとかも含めて情報がないのか。じゃないとい…
むしろ100レベルを優に超える怪物と同格以上みたいな雰囲気だった全盛期ジョゼフは何者だよ。最低でも40以上レベル差があるのに。
アッシュグラウ・バルリング……前ジョゼフと会話してたエルフの王だっけ?やっぱり王であり英雄なだけあって超越者なんや。 親バカっぽい描写もあったから、敵対したら相当めんどくさそう笑
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