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奥様、大変です! 旦那様が殺されました  作者: kkkkk


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1/3

1.火事

「奥様、大変です!」


 ノックもせずにメアリーが扉を開けた。侍女にあるまじき無礼な態度だが、よほど重要な要件なのだろう。メアリーがここまで取り乱すのは珍しい。


 情報収集のための茶会を主催していたフィオナ・レイモンドは、参加していた貴族婦人に「ごゆっくり、おくつろぎください」と愛想笑いを浮かべた。

 目でメアリーに合図して、フィオナは応接室の扉を開けた。


「奥様……旦那様が……」


 フィオナは言葉に詰まったメアリーの手を握りしめた。メアリーの口から出てくるのが悪い知らせであることは予想できた。ロックウッド侯爵家に訪問していたアーサーに、何かがあったのだ。


「アーサーがどうしたの?」


 フィオナの問いに答えず、メアリーは落ち着きなく視線を逸らすばかり。


 フィオナはドレスの裾を持ち上げることを忘れ、アーサーの寝室に走った。ドレスが廊下に擦れる音が響いた。貴族夫人として恥ずべき無作法も、気にならなかった。すれ違う家人たちは壁際に身を寄せ、フィオナの通る道を開けた。


「アーサーは?」


 扉の前に立つ侍女が「先ほど運び込まれました」と会釈した。フィオナは震える手で扉を押し開けた。


 カーテンを閉め切った室内の空気は暗く、薬と焦げた布の匂いが混じっていた。息をするだけで胸が痛む。ベッドの上に横たわるアーサー。横には処置を終えた医者と看護師が立っていた。

 アーサーの顔は煤で黒ずみ、胸元から肩にかけて包帯が巻かれていた。胸が微かに上下しており、呼吸は浅い。命の灯が消えかけていた。

 フィオナは一歩、また一歩とアーサーに近づいた。ゆっくり、慎重に。


「アーサー」

「子供を助けるために、アーサー様は猛火に包まれた民家に飛び込んだそうです」


 フィオナの呼びかけに応えたのは、アーサーではなく医者だった。


 ロックウッド侯爵家に向かう途中、民家の火災に遭遇した。火の回りが早く、民家はすぐにでも崩れそうだった。誰もが民家に残された子供を助けるのをためらった。アーサーは家人の制止を無視して、炎の中へ飛び込んだ。


 アーサーは大量の煙を吸い込んでおり、建物から子供を救出した途端に意識を失った。屋敷に運ばれたアーサーは落下物で負傷しているものの、火傷は酷くない。


 ――なぜ飛び込んだのか?


 見栄でも、義務でも、誇りでもない。アーサーはそういう人だった。

 そう考えると、フィオナの胸にストンと落ちた。


 フィオナはベッドの側に膝をつき、そっとアーサーの手を握った。いつものように温かい手。だが、握力を失っていた。


「バカじゃないの」


 悪態をついたはずなのに、涙が一粒、アーサーの指に落ちた。


「あなたらしいわね」


 返事はない。だが、アーサーの指先が、ほんのわずかに動いた気がした。


「……死んだら承知しないわよ」


 フィオナは小さく呟くと、メアリーを呼び寄せた。


「出かけます。ついてきなさい」


 メアリーが頷くと、フィオナは力を込めて寝室のドアを開けた。


 **


 消火が終わった建物は、黒く焼け焦げた何かが散乱していた。部分的に焼け残った民家の骨組みが被害の大きさを物語っていた。消防士が3人、現場検証をしていた。


 煤で汚れるのを気にせずに、フィオナは焼け跡に足を踏み入れた。火は消えていて熱はない。ただ、燃え残った部材が発する匂いが喉の奥に張り付いた。


「奥様、危険です。これ以上は……」


 メアリーが制止するのを無視して、フィオナは奥に進んだ。


「子供がいたのは、ここかしら?」


 フィオナが尋ねると、「ええ、この下です」と消防士は焼け焦げた床板の残骸を指差した。床板の周りにはレンガ片が散乱していた。どうやら、アーサーと子供は板の裏に隠れて落下物を防いだようだ。


 白い手袋に黒くなるのも構わず、フィオナは床板を持ち上げた。床板の下には燃え残った縄が転がっていた。


「これは?」

「強盗が押し入って、火を放ったそうです。子供は両手両足を縄で縛られていました」

「子供を焼き殺そうとしたの?」

「酷い話です。あの子です」


 消防士は引きつった笑みを浮かべて、座り込む子供を指差した。

 全身が煤で黒ずんだ少年が瓦礫にもたれていた。この少年を助けるために、アーサーは民家に飛び込んだ。


 少年は震えていた。フィオナは少年の前に屈み込むと、コートを身体に被せた。

 少年は肩をビクッと震わせ、落ち着きなくフィオナを見た。


「怖かったでしょう?」


 フィオナが笑みを浮かべると、少年の目に涙の粒がこぼれそうに溜まった。

 強盗に手足を縛られ、焼き殺されそうになった少年。恐怖心から、すぐには話せないだろう。


「両親は?」


 フィオナの問いかけに、少年は首を横に振った。


「行くところはあるの? なければ、私と来なさい」


 フィオナが手を差し出すと、少年は小さく頷いた。


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