2.ヨハン
「奥様、その子は?」
フィオナが屋敷の門をくぐると、駆けてきた執事が目を大きく見開いた。視線の先には全身が煤で真っ黒になった少年。
「行くところがないようなので、屋敷に住み込みで雇います。全身汚れているから、身体を洗って、制服を着せてあげなさい。身支度が整ったら、私の部屋に連れてきて」
フィオナは握っていた少年の手を、執事に引き継いだ。ぽかんと口を開けて立ち尽くす執事のもとにメアリーが駆け寄り、事情を説明していた。
**
「あなた、名前は?」
フィオナの問いに、制服に着替えた少年は「ヨハンです」とひれ伏した。綺麗なグレーの髪に整った顔立ち、背筋が伸びて立ち姿もよい。教育がよく行き届いていたようだ。
「ヨハン……私の息子と同じ名前ね。私はフィオナよ」
ヨハンは「ありがとうございます」と顔を赤くした。ヨハンに椅子にかけるように勧めると、フィオナは紙と羽根ペンをテーブルの上に置いた。
「こんなときに申し訳ないけれど、何があったのか教えてもらえるかしら」
ヨハンは口元に手を当ててから、語り始めた。
==
ヨハンが奥の部屋にいたら、大きな音がした。部屋の扉を恐る恐る開けると、マスクをした強盗が入ってきて、「懐中時計を出せ!」とヨハンに剣を向けた。
恐怖で言葉が出なかったヨハンは、強盗の一人に手足を縄で縛られ、口は猿ぐつわをされた。
強盗は3人、家捜しを始めた。本棚、食糧庫、強盗は家中を引っかきまわして調べた。
「見つけたぞ!」と声がしたら、家探しをする騒音が消えた。
ヨハンは縄を解こうとしたが、外れなかった。猿ぐつわも取れなかった。
逃げようともがいていたら、火が回ってきた。壁際まで這っていき、身を固くしていたらアーサーが入ってきた。アーサーがヨハンの縄を外した直後、天井が崩れた。アーサーとヨハンは天井から落ちてきた板の下に潜り込み、落下物を防いだ。
落下が収まると、アーサーはヨハンを背負って走った。煙が充満する建物から脱出できたことに安堵したアーサーは、そのまま意識を失い倒れ込んだ。
==
「腑に落ちないわね」
ヨハンの話を聞き終えたフィオナは、口元に手を当てた。
「どの部分ですか?」
ヨハンはフィオナを探るように愛想笑いを浮かべた。
「どうして、アーサーは建物の中に子供がいると知ったのかしら? あなたは猿ぐつわをされていた。外にいたアーサーにあなたの声が聞こえたとは思えない」
「たしかに。奥の部屋にいたので、僕の声は外に届かなかったでしょう」
「そうすると、あなたが建物の中にいることを知っていた人間が、アーサーに教えた」
その者は子供が中にいると言った。家の中に誰かいる、ではない。子供だけがいることを知っていた人物。
「つまり、強盗の誰か」とフィオナは苦笑いした。
強盗はアーサーが子供を助けに建物に入ることを知っていた。とすると、アーサーに近い人物、レイモンド子爵家の関係者か?
アーサーを建物内で殺害するために、ヨハンを生きたまま部屋に置き去りにした。ヨハンはアーサーを呼び寄せるための餌だった。
アーサーが生還したのは強盗にとって想定外だったはずだ。屋敷の警備を強化したほうがいい。
「犯人の顔は見たの?」
「いえ。マスクをしていたので、顔は分かりません」
フィオナは羽根ペンを指の間で転がした。
強盗は懐中時計を盗みに民家に侵入したのではない。強盗の目的はアーサーの殺害。ヨハンを縛って火をつければ目的は達成される。とすると、強盗が懐中時計を探していた、というヨハンの証言は疑わしい。
ヨハンを問い詰めたいところだが、今はアーサーの無事を確かめるのが先だ。
「アーサーの部屋に行きます。同行しなさい」
フィオナは早口で言うと、席を立った。




