第6話 前編
浮上していく感覚と共に視界が開ける。
影から出た途端、ノルは大慌てでせき込んだ。
「ぷはぁっ! 旦那、いきなり何すんだよ……って、ここはどこだ?」
私達は古い家屋の中にいた。
埃を被った調度品が並べられている。
「私の隠れ家の一つだ。あの森から転移した」
現役時代、私は複数の隠れ家を所有していた。
予め術式を刻んでおくことで、少ない魔力で遠くから一瞬で移動できるよう備えていたのである。
説明を聞いたノルは呆れ返る。
「旦那の影の魔術、さすがに便利すぎるだろ……なんでもありじゃねえか」
「そんなことはない。本来の影の魔術は使い道に困るほど弱く、自分の影を少し動かすことしかできなかった」
「何だそりゃ。そこからどうやって鍛えたんだ?」
「鍛錬で魔力量を増やし、制御力と出力を上げた。あとは発想と工夫で術式の解釈を広げて汎用性を高めるだけだ。他の系統の魔術も極めれば同等の性能に至るだろう」
「はっ、簡単に言ってくれるぜ。旦那みたいな魔術師がたくさんいたら世界が変わるだろうな」
会話の途中、私は足元に横たわる聖騎士の女を注視する。
既に意識を取り戻しているようだが、気を失ったふりをしていた。
(復活が早いな)
私は屈み込んで声をかける。
「体調はどうだ」
「……っ!」
跳ね起きた女が私に攻撃を仕掛けようとする。
しかし武器は没収している上、身体には影の縄を巻き付いていた。
女が光の魔術で浄化を試みても、縄が千切れることはない。
「無駄だ。その拘束はお前の魔力を吸って維持されている。たとえ光の魔術で損耗させても、瞬時に修復される仕組みだ」
「くっ……」
女は悔しげに呻く。
警戒する彼女に対し、私は静かに問いかけた。
「名前は?」
「……殺せ。私が貴様に利することは決してない」
「偽名でもいい。教えてくれ」
私が重ねて要求すると、女は渋々と答えた。
「……サリーア」
「サリーア。私はカイド・モータル。この男は情報屋のノルだ」
「おっす。嬢ちゃんは聖騎士団の刺客で、旦那の暗殺を命じられたってことで合ってるか?」
「…………」
サリーアは答えない。
鋭い目でノルを睨み返すだけだった。
私は彼女に告げる。
「別に情報を吐く必要はない。代わりに私の話を聞いてほしい。真実を知ってもらいたいんだ」
私は長い時間をかけてこれまでの経緯を語った。
過不足なく、事実だけを説明する。
初めは敵意を剥き出しにしていたサリーアだが、途中から汗を流して顔を青くしていた。
「私は家族を奪われたから、七大貴族を殺す。それを悪と断じられようと構わない。己のすべてを懸けて復讐を遂げるだけだ」
「……嘘だ」
「おそらく君は偽りの背景を伝えられているのではないか。たとえば私が不当に貴族の暗殺を企てているとか……」
私の指摘にサリーアは黙り込む。
どうやら図星だったらしい。
「君のような人間を扱う場合、上に立つ者は義憤を掻き立てるような筋書きを用意する。それが最も都合が良いからだ。真実など不要どころか鬱陶しいと感じているに違いない」
「私……が……私こそが、悪なのか……?」
サリーアは呆然と呟く。
ひとまず私の話を真実であると考えた上で、己の認識との齟齬に落ち込んでいるようだった。




