第73話:空翔ける太陽と、世界一幸せな小市民
三つのプロポーズが星降る高原で交わされてから、さらに三年の月日が流れた。
地球とアースガルドの交流は本格化し、二つの世界を結ぶ架け橋として、俺たち小林家の生活は公私共に凄まじい変化を遂げていた。
まず、家族の体制について。
女性陣の秘密のトップ会談により、「地球ではシャーロットが妻。異世界でも英国貴族の令嬢であり、アトキンソン家の息女である彼女を第一夫人(正妻)とするのが一番政治的にも丸く収まる」という結論になり、シャーロットが正妻、香織さんと沙織が側室という形に落ち着いた。
そして、小林家には次々と新しい命が誕生していた。
まさかのトップバッターを飾ったのは、香織さんだ。彼女との間に生まれた長男は、現在魔の二歳児として家の中を走り回っている。
さらにシャーロットと沙織も同時期に妊娠し、シャーロットが男の子を、沙織が女の子を無事に出産。俺は一気に三児のパパとなり、賑やかすぎる日常に嬉しい悲鳴を上げていた。
かつての元カノだった佳奈は、同じ大学の気のいい研究員(森さん)とめでたく再婚し、幸せな家庭を築いている。
……が、一方で。
ミリオタ部下だったマリアが、突然「未婚の母になります」と宣言し、可愛い赤ちゃんを出産するという大事件も起きていた。
マリアは父親は頑として「不明です」と言い張っていたが、その事を皆が知った翌日、俺が自宅のリビングで般若のような顔をした香織さんと沙織の前に見事な正座をキメていたことで、シャーロットが「あら、またお姉様が増えるのですね」とニコニコと呟いていたのは、俺の人生の墓場まで持っていく秘密である。
そんな騒がしくも幸せな日常の中、日本政府とアースガルドの間で、新たな大型プロジェクトが動き出した。
「いやぁ、まさか日本の誇る『US-2』が、アースガルドの空を飛ぶ日が来るとはな」
エルディア王国の巨大な湖の畔。
俺はポタ宰相と共に、湖面に浮かぶ青と白の美しい機体――海上自衛隊が誇る世界最高峰の救難飛行艇を見上げていた。
アースガルドは未開の地が多く、道路や鉄道のインフラが全く追いついていない。ヘリコプターでは航続距離が足りない地方都市への物資輸送や連絡網を確立するため、河川や湖沼地をそのまま滑走路として利用できる『飛行艇』の導入が決定したのだ。
日本政府から機体とパイロットが派遣され、俺の『収納』と『転移』のチートをフル活用して、日本の整備施設ごとまるっとこの湖畔に転移させてきたのである。
「コバヤシ伯爵。これで我が国、いやアースガルド全土の地方問題も一気に解決しますぞ。日本国には感謝してもしきれませんな」
ホクホク顔のポタ宰相と握手を交わしていると、整備施設の中から、カーキ色のフライトスーツにヘルメットを被った日本の自衛官たちがゾロゾロと出てきた。
俺が彼らを出迎えようと一歩前に出た、その時だった。
「あっ……!」
先頭を歩いていた小柄な自衛官が、俺の顔を見るなり弾かれたように駆け出し、そのまま俺の胸にポーンッと勢いよく飛びついてきたのだ。
「うおっ!?」
俺がバランスを崩しそうになりながらその体を受け止めると、その自衛官は俺の胸の中でヘルメットのバイザーをカチャリと押し上げた。
「淳志サン!!」
そこにあったのは、まぶしいほどにキラキラと輝く、見覚えのある極上の笑顔だった。
「ミ、ミクちゃん!?」
二十代半ばになり、すっかり凛々しい大人の女性へと成長した、如月ミク。
かつて「パイロットになる」と宣言して俺の前から去っていった彼女が、本当に自衛隊の厳しい訓練を乗り越え、US-2のパイロットとして俺の前に舞い降りてきたのだ。
「私、パイロットになれました! 約束通り、淳志サンの前に降り立ってみせましたよっ!!」
「すげえ! 本当にすげえよお前! よく頑張ったな!!」
俺は興奮のあまり、周囲の目も忘れてミクを抱き上げ、その場でクルクルと回ってしまった。
ミクも「あははははっ!」と、かつてのやきとり屋の看板娘だった頃と全く変わらない、お日様のような声で笑い声を上げる。
そんな感動の再会の光景を、少し離れた場所からニコニコと見守っていた人物がいた。正妻であるシャーロットだ。
彼女は扇子を口元に当て、何気ない様子で、極めて軽やかに呟いた。
「あら。新しい側室の方ですか?」
その一言が、湖畔の空気を一変させた。
「えっ?」
「良いんですか!!!」
俺が固まるよりも早く、ミクが俺の腕の中から身を乗り出し、シャーロットに向かって食い気味に叫んだ。
「なりますなります、すぐなります!! 私、体力には自信ありますし、料理もできますし、飛行機も飛ばせますっ!!」
猛烈な自己アピール。かつての純情女子大生の面影はどこへやら、立派な自衛官(肉食系)へと成長したミクの怒涛の勢いに、俺は完全に置いてけぼりになっていた。
「あらあら、頼もしいですわね」
「うふふ、ミクちゃんなら大歓迎よ。ねえお母さん?」
「ええ。これで制空権まで小林家の身内でおさえられるなんて、これ以上ない人材だわ」
いつの間にか合流していた沙織と香織さんも、完全にウェルカムモードで笑い合っている。
よくよく考えてみれば、この話は誰にとっても完璧すぎるほどWin-Winなのだ。
日本政府としては、異世界の絶対的実力者である俺と強烈な「血のコネクション」ができるため、防衛省と政府のトップは裏でニッコリ。
アースガルド側も、優秀な専属パイロットを国の中枢に迎え入れられるため、エルディアのポタ宰相もアーランドのリリベス女王もニッコリ。
香織と沙織も、昔から知っていて性格の良いミクなら大歓迎でニッコリ。
そして何より、地球にいるミクのお母さんは「うちの娘、自衛隊なんて男社会に入って、一生行き遅れるんじゃ……」と心配していたため、相手が俺だと知れば間違いなく大喜びでニッコリするはずだ。
そしてミク本人は当然のことながらニッコリ。
全員が笑顔になる、完璧な外堀の完成。
俺は、一人だけ冷や汗を流しながら、大きく、深く深呼吸をした。
もう、逃げ場はない。いや、逃げるつもりなんて、最初からなかった。
俺はミクをそっと地面に降ろすと、真っ直ぐに彼女の目を見た。
大空を翔ける翼を手に入れた、俺の大切な、お日様のような女の子。
「ミクちゃ……いや」
俺は姿勢を正し、彼女の小さな、けれど操縦桿を握り続けた力強い両手をしっかりと包み込んだ。
「ミク。……俺の嫁に、なるか?」
その言葉を聞いた瞬間。
ミクの瞳から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、それは悲しみの涙ではない。初恋が報われた、最高の歓喜の涙だった。
彼女は袖でゴシゴシと涙を拭うと、この世界で一番明るく、温かい太陽のような笑顔を俺に向けた。
「ハイッ!! 淳志サンのお嫁さんに、なります!!」
雲一つない、突き抜けるような異世界の青空。
周囲の自衛官たちやエルディアの役人たちから、割れんばかりの祝福の拍手と歓声が湧き上がる。
俺は、笑いながらミクを強く抱きしめた。
神様のミスで命を落とし、デタラメなチート能力をもらって地球に送り返された、あの日。
目立たず、静かに、平和な小市民として生きるはずだった俺の人生は、どうしてこうなったのか。
世界を揺るがす貿易を牛耳る美魔女の妻たち。
魔法少女の姪っ子に、言葉を喋る百獣の王の愛猫。
そして、空飛ぶ自衛官まで身内になってしまった。
波瀾万丈で、カオスで、胃薬が手放せない騒がしい日々。
けれど、俺の腕の中にある温もりと、見守ってくれる愛しい家族たちの笑顔を見渡しながら、俺は心の底から思うのだ。
(うん。やっぱり俺って最高に幸せで、ツイてるよなあ)
二つの世界を股にかける最強のタラシ、小林淳志。
俺の平穏で騒がしい日常は、これからもずっと、この愛すべき家族たちと共に続いていく。
【本編完】




