第51話:赤い鳥のマリーへの伝言と前を向く勇気
彼らの最初の冒険は、目を覆うような惨劇だった。
冒険者として登録し、最初に請け負ったゴブリン退治。
日本の平和な日常に浸りきっていた高校生たちにとって、命のやり取りはあまりにもリアルで、残酷すぎた。
リーダーの女子生徒は不意打ちを受けて頬を深く切り裂かれ、男子生徒の一人も肩を深く刺された。血の匂いと死の恐怖に全員が失禁し、パニックになりながら、泥と自分たちの排泄物にまみれて這いつくばって逃げ帰った。
だが、彼らは折れなかった。
凄惨な凌辱の果てに殺された長谷川先生の姿を、そして自分たちに生きる意味を教えてくてた、小林さんの言葉を、絶対に忘れなかったからだ。
『自分で剣を振って、生きて、死ぬしかない』
彼らは周囲のベテラン冒険者たちから「異世界人のガキ」と嘲笑されながらも、効率的な狩りの方法を必死に考え、実践していった。
知恵を絞り、罠を張り、泥水に顔を突っ込んででも生き汚く戦う。その結果、今では五人が連携すれば、巨大なオーガ一体程度なら無傷で狩れるまでに成長していた。
そんなある日。
彼らが拠点にしている街の近郊で、大規模な魔物の暴走『スタンピード』が発生する兆候が確認された。
「逃げろ! 街が魔物に飲み込まれるぞ!」
腕に覚えのある冒険者や、逃げるアテのある商人たちは、我先にと街を捨てて逃げ出していった。
当然、彼ら五人も逃げるべきだった。
だが、彼らは武器を手に取り、街に留まることを決意した。
この街で、右も左も分からない自分たちに親身になってくれたギルドの受付嬢。
何かと絡んできては酒をたかってくる、ウザいけれど憎めないオッサンのベテラン冒険者。
そして何より、長谷川先生の面影を重ねてしまう、孤児院の優しい先生と子供たち。
彼らを見捨てて逃げることなど、どうしてもできなかったのだ。
彼らは街で一番頑丈な石造りの『冒険者ギルド』を最終防衛ラインに定め、徹底的な迎撃準備を整えた。
街のあちこちに瓦礫でバリケードを築き、魔物が助走をつけて突進できないように構造を複雑化する。
遠距離から小林淳志にもらった『AK-74U』で正確に狙撃して数を減らし、ブービートラップを仕掛けた路地に誘い込んでは、残った冒険者や衛兵たちと共に一斉攻撃を仕掛ける。
ギルドへ通じる狭い通路には閉鎖空間を作り出し、そこに魔物が侵入した瞬間に『スタングレネード』と『ヒグマよけスプレー』を投げ込む。嗅覚と聴覚が鋭い魔物にとって、それは文字通りの地獄だった。
「いける……! このままなら、凌ぎ切れるっ!」
頬に大きな刀傷を持つリーダーの少女が、AKの銃身を冷やしながら叫んだ。
だが、絶望は圧倒的な『数』の暴力として押し寄せてきた。
バリケードが次々と突破され、巨大なオーガの群れが防衛線を蹂躙し始めたのだ。
弾薬も底を尽きかけ、前線が崩壊しようとした、その時だった。
「おらぁぁぁっ!!」
いつも絡んでくるあのウザいオッサン冒険者が、手負いのオーガの背中に決死の覚悟で飛びついたのだ。
「早くしろ! 俺ごとそこの半壊した家を引き倒して、道を塞げ!!」
「そんなっ! オッサンまで潰れちゃうよ!」
女子生徒が悲鳴を上げて躊躇する。
その隙に、オーガがオッサンの右脚に食らいつき、無惨に噛み砕いた。
「バカ野郎!! 俺を犬死にさせんなよ!!」
激痛に顔を歪めながら、オッサンは血走った目で若者たちを怒鳴りつけた。
「……『赤い鳥のマリー』に、よろしくなァッ!!」
身請けを約束していたであろう、馴染みの娼婦の名前。
叶わなかった夢を託すように叫ぶと、オッサンは残った左腕をオーガの眼球に深く突き立てた。
「ガァアアアッ!?」
「アアアアアアアアァッ!!」
激昂したオーガの太い腕が、オッサンの首をギリリと掴み上げる。
男子生徒が、泣き叫びながらトラップのロープを引いた。
轟音と共に、半壊した二階建ての家屋がオーガとオッサンの上に崩れ落ち、道を完全に塞ぎきった。
土煙が舞う中、瓦礫の下敷きになったオッサンは、最後に若者たちを見て、確かに笑ったように見えた。
「……くそっ! くそぉっ!!」
仲間たちの尊い犠牲を払いながらも、ついに魔物の群れはギルドの強固な扉をぶち破り、中へと雪崩れ込んできた。
背後には孤児院の子供たちや、逃げ遅れた街の人々が震えている。
弾薬はもうない。リーダーの少女は、血まみれの剣を両手で構え直した。
(仕方ない。……せめて、一匹でも多く道連れにしてやる……っ!)
少女が死を覚悟した、その瞬間。
ドォォォォォンッ!!!
ギルドの外壁をぶち抜いて、巨大な『鉄の塊』が魔物たちを跳ね飛ばしながら突入してきた。
それは、かつて淳志がアフガニスタンでタリバンと揉めた際に『収納』でパクってきた、対地雷伏撃防護装甲車――通称『MRAP』だった。オーガの怪力や地竜の突進すらも跳ね返す、現代の化け物である。
「うおおおおおっ!! 汚物は消毒だァァァッ!!」
MRAPの屋根の銃座から、鼓膜を劈くようなモーター音が鳴り響く。
淳志が操作するM134『ミニガン』が火を噴いた。
毎分六千発という、異世界の常識を完全に置き去りにした圧倒的な弾幕。それに触れた魔物たちは、悲鳴を上げる間もなく、文字通りミンチとなって『溶けて』いった。
さらに運転席からは、完璧なスーツ姿の香織が涼しい顔で降りてくると、呆然とする五人の若者たちに向けて、新しいアサルトライフルと弾薬の入ったケースを蹴り渡した。
「ほら、弾薬の補給よ! さっさと片付けなさい!」
「こ、小林さん!?と ……だれ?」
息を吹き返した五人は、新しい武器を手に取り、淳志のミニガンと共に残った魔物たちを一掃していった。
数時間後。
スタンピードが完全に鎮圧された街で、淳志はMRAPのボンネットに腰掛けながら、五人に事情を説明していた。
「いや、王城の連中に物資を補給しにきたら、この辺でスタンピードが起きそうだっていうのを聞いてね。逃げてるなら手を出すつもりもなかったんだが、途中の街で『五人組の若いアホな冒険者が残った』って噂を聞いて、すっ飛んできたわけだ」
ちなみに、香織は淳志の『転移』の能力で日本から一緒に連れてきているため、問題なく一緒に帰ることができる。
五人は助かった命に涙を流して感謝したが、その場に集まってきた街の住人や生き残った冒険者たちの反応は違った。
「あんた……そんな凄まじい力を持っていたなら、なんで早く来てくれなかったんだよ!」
「そうだ! あんたがもっと早く来ていれば、死なずに済んだ奴らがいっぱいいたんだぞ!!」
恐怖から解放された反動で、身勝手な責任転嫁の矛先が淳志に向けられたのだ。
淳志が呆れて何かを言い返そうとした、その時だった。
「――図に乗るのもいい加減にしなさい」
香織が、ヒールを鳴らして淳志の前に進み出た。
彼女は、群衆を絶対零度の目で見下ろしながら、冷徹に言い放った。
「淳志は、あなたたちのために生きているわけじゃないわ」
「なっ……」
「もし『誰かに助けてもらうのが当たり前』だと思っているのなら、一日中神様にでもお祈りしてなさいな。……できないでしょう? 淳志だって一緒よ。あなたたちのことを四六時中考え、守り続ける義務も、必要も、何一つないわ」
正論の刃が、群衆の言葉を切り裂いていく。
「それでも『力があるんだから助けろ』と言う人間がいるなら……じゃあ、あなたがその力をつければいいじゃない? 自分で何もしないくせに、他人の力にはタダ乗りしようとするなんて、虫が良すぎるわ」
香織はフッと鼻で笑い、圧倒的な威圧感を放った。
「淳志はね、面倒くさければ、ここにいる全員を魔物に見殺しにすることもできたのよ。なんなら、今からでもこの機関銃で全員皆殺しにできるわ。……それだけの力を持った人間に『何もしないでおいてくれた幸運』を享受していたのに、そんな風に喧嘩を売るとか、正気なの?」
冷や水を浴びせられたように、群衆は完全に押し黙った。
命の恩人に対して、自分たちがいかに傲慢で的外れな八つ当たりをしていたのかを悟ったのだ。
沈黙の中、リーダーの少女が真っ直ぐに立ち上がり、淳志と香織の前に進み出た。
「……ありがとうございました。お二人が来てくれなければ、私たちは死んでいました」
彼女は深く頭を下げ、そして、スカーフェイスの残る顔を上げて、真っ直ぐに淳志の目を見た。
「私たちは、まだまだ弱いです。でも……絶対に逃げません。もっと、もっと頑張ります!」
その瞳の奥にある、強靭な覚悟の光。
淳志は微笑むと、MRAPから降りて、彼女の頭をポンと撫でた。
「……いい面になったな。最初に出会った時とは、見違えたよ」
「ふふっ。こんな、スカーフェイスになっちゃいましたけどね」
少女は照れくさそうに笑い、自分の頬の傷を指差した。
その逞しい笑顔を見て、淳志はいつもの悪い癖――最強の『タラシの業』を、無意識に発動させてしまった。
「なに、勲章みたいなもんだろ。……もし将来貰い手がなかったら、俺と結婚するか?」
「……え?」
少女が目を丸くし、そして、スッと淳志の『背後』を指差した。
淳志の背筋が、ゾクリと凍りついた。
ギギギ、と錆びた機械のように首を後ろに向けると、そこには、先ほど群衆を論破した時よりもさらに恐ろしい、夜叉のような笑みを浮かべた香織が立っていた。
「あ」
「へえ……。ずいぶんと、お熱いプロポーズね。……小林くん?」
そういえば、今回は香織が一緒に異世界に来ていたのだった。
命懸けの死闘を終えた異世界の地で。
最強の怪物たる小林淳志は、現地の群衆と教え子たちが見守る中、瓦礫の上に極めて美しい姿勢で『正座』させられるのだった。




