最終話 安土城は赤く燃えている
「や、やったぞ、とうとう、できた」
人工たちが死屍累々という有様の中で、登る朝日をバックに輝く城。
丹羽長秀は通算四十五回目となる安土城作りを終えて、天を仰いでいた。
この世界には岡部又右衛門も穴太衆もいない。
だから縄張りどころか、設計から建築から人員手配から全部。
本当に全部が長秀に丸投げされていた。
長秀と大工たちの寿命が削られたようだが、世界最高の高さを持つ摩天楼がこの地に建てられたのだ。
「うむ、いい出来だな」
「世界中から財産を搾り取って建てたものですからなぁ」
信長と秀吉はのんびりと視察を続けているも、答える元気がある者は少ない。
今はギリギリ年の瀬だが、新年をどうしても安土城で迎えたいという信長の要望で、異常な急ピッチでの建築となったからだ。
「ふむ、思えばこの世界に来てから四年か」
「この大陸を制覇してから、結構な時が経ちましたな……」
連合軍を打ち砕いてからは、半年に一回、全財産を賭けた戦いを続けた。
全世界全部族が泣きを入れて配下に入るまで。
名前の如く撫で斬りで進軍を続けた尾張軍は――そのほぼ全財産を、この安土城建築に費やしたのだ。
その大きさ、実に東京都一個分。
全世界の富をかき集めて、王城跡地にデカデカとした城を築城していた。
縦にも高く、高層ビルか摩天楼のような威圧感のある城に仕上がっている。
よくこれが着工から三年ばかりで建ったなと、長秀も己の築城手腕に驚くばかりである。
天下を統一する過程で、信長たちを召喚した王国からもきっちり土地を巻き上げた。
信長たちは当然の如く人類軍にも試合を仕掛けて、立ち退きをさせたあとだったのだ。
謀反を起こしてまでこの地に城を建てたのは何故か。
王国の街並みを見た信長曰く「緩やかな丘がどこまでも続き、ロケーションがいいから」という話だ。
「宇宙工学に基づいて建てられているので、頑丈さは折り紙付きです」
「前々回のように、地揺れで火災が起きたりしないだろうな?」
「震度8くらいなら余裕で耐えられます。台所には特にオーバーテクノロジーを詰め込みましたぞ」
設計士が百人は欲しいような規模の建物を、長秀が苦心と努力の末に、一人で絵図面を書いて完成させた安土城だが。
作った当の本人は、「どうせまた燃えるんだろうなぁ」などと思っていた。
で、その日の晩。
天下統一、もとい、世界統一記念の大宴会が開かれた。
「ふ、フハハハハ、アーッはッはッは!!」
「おい、誰だよ信長様に酒を飲ませたの」
「いや、今日は珍しく、自らお飲みになっておられた」
下戸で酒があまり好きではない信長も、今日ばかりはパカパカ飲んでいた。
前田利家は不安げな顔をしているし、答える長秀はもう遠い目をしている。
「さあ、天下一の花火を打ち上げろ!」
「承知でござる」
ついでとばかりに産業革命まで成し遂げた彼らの元には、無煙火薬が届き始めているのだ。
今日は世界初の花火がお披露目されることになっている。
「さあ、やるでござるよ!」
責任者は滝川一益で、他種族を上手く使いながらの花火大会が行われる。
やがて打ち上げが始まり、集まった民衆は初めて見る花火に感動していた。
が、しかし。
「なあ、慶次」
「へい」
「なんか地味じゃないか?」
「まあ、言われて見れば確かに」
他の世界で花火を見飽きるほど見てきた尾張勢にとっては、ごく普通の花火である。
これには最近丸くなってきた信長も、我慢ができなくなった。
「この平朝臣織田上総介三郎信長の新たなる門出に、ケチをつける気か! 光秀ぇ! 一益を呼べ!」
「いつの肩書ですかそれは……。打ち上げの場を指揮しておりますので、一益殿を呼び戻す頃には花火も終わりに近いかと愚考致します」
光秀が呆れたように答えれば。
目の前に置かれたお膳を蹴飛ばして、信長は立ち上がった。
「ならば儂が出向く! お蘭! 供をせい!」
「え、あ、あの、信長様?」
ドスドスと足音を立てて退席していく信長を、蘭丸が慌てて追いかけて。
面白そうだからと付いて行く、慶次と長可の二人。
このメンツが動いたのだから、惨状が起きることは既に予測できた。
予測は可能だが、しかし回避は不可能。
残された面々にできたのは、色々と察して遠い目をした長秀の盃に酒を注ぎつつ、肩を叩いて慰めることくらいである。
「ま、まあ一応様子は見に行くか」
「そうですな」
と、気まずい場を避けるようにして、勝家と可成も後に続き。
「長秀殿、避難誘導を始めましょう」
「……うむ」
光秀を始めとした諸将は、さっそく城から逃げ出す準備を始める。
「一益ぅ! おみゃーは何をやっとるだぎゃ!?」
「の、信長様!? まさか酒が入っているでござるか!?」
名古屋弁を駆使しながら怒鳴り込んできた信長を前に、一益はぎょっとしていた。
――あ、これマズいやつだ。
とは思いつつも、信長&問題児二人の行動を止めることなどできるはずがない。
「オラ野郎ども、さっさと弾詰めろや! もっと盛れ。火薬を盛れ、火薬を!」
「そうそう、派手にいかなきゃな。折角だから爆発系の魔法も混ぜておこうぜ!」
長可と慶次が好き勝手に花火をカスタイマイズして。
どこかの世界で習得した、花火へ使うには明らかに過剰な量の爆発魔法をセットして。
発射台にこれでもかと弾を装填していくが、一つの台に五、六個は詰められているだろうか。
「ヒャッハー! 焼き討ちだぁ!!」
「撫で焼きだぁ!」
長可配下のチンピラたちも、面白おかしく花火の打ち上げに協力しており。
「放て!!」
という信長の号令と共に――発射場で大爆発が起きる。
悪ふざけで詰め込んだ砲弾が爆裂四散に吹っ飛んでいき。
様子を見に来た勝家の顔面に直撃したあと、追撃まで飛んでいく。
「の、信長さ――あぶっ!? おぼっ!?」
「ご、権六ぅぅぅぅううう!!」
吹き飛んでいく勝家の姿を見て、一瞬で酔いが覚めた信長。
彼もここに至りようやく気付いた。
打上花火には高度な計算が必要で、「とにかく火薬を増やせば派手で綺麗になる」という理論は通じないのだ。
と、理解はできたがもう遅い。
「さあさあ、振り向かずに避難するのでござるよー」
「どうせこうなるだろうと思って、脱出路は多めにしておいた……。なんならこの城の大部分は避難所と避難通路だ……。はは、見栄えが派手なだけのハリボテだったな、うむ……」
「長秀殿。ショックなのは分かるでござるが、今は人命優先でござるよー」
大爆発は辺り一面を飲み込んでいくが。
問題児組が好き勝手にやっている間に、その他の配下たちはもう避難を始めている。
「わ、儂の安土城がぁぁあああ!?」
という信長の叫びと共に安土城は焼け落ちていった。
こんなことがもう四十五回も繰り返されているのだから、それは長秀も嫌になるだろう。
煌々と燃え盛る安土城は空を赤く焦がし、隣国から見えるほどの火柱と化す。
天罰の如き、粛清の光が辺りを包み込む中で――
もうどうにもならないと察した信長は、炎の中で敦盛を舞った。
初回の人生で光秀から襲われた時も、逃げようと思えば逃げられたはずだ。
しかしヤケになると、色々と振り切ってしまうのが信長であった。
雨によってこの大火が収まった時、織田家の家臣は忽然と姿を消したそうなのだが。
彼らが現れてから消えるまでの四年間はまさに、世界中で波乱の嵐が巻き起こった激動の時代だった。
彼らの存在は天罰だったのか。
それとも何かの戒めだったのか。
一連の事件への解釈は、宗教家の中でも分かれるところらしい。
そして、信長はまた目を覚ます。
「お、おお! 勇者召喚は成功だ!」
「勇者様! 我らを魔王からお救い下さい!」
彼は意識が戻ってから、秒で察した。
今度はRPGの世界で、この四人パーティで世界を救うことになるのだと。
「……是非もなし。儂は当然勇者で、長可は戦士。松永は魔法使いでもやっておけ。長秀は商人でもやってみるか?」
「お? なんだ、オレが続投なのか」
「信長様。今度はどこを滅ぼすおつもりで? この松永弾正久秀、どこまでもお供致しますぞぉ……?」
戦国一の問題児、森長可。
最悪なタイミングで裏切ることに定評のある、松永久秀。
そしてどんな世界であろうと、世界観を無視して安土城を建てようとする信長。
この三人と一緒に冒険の旅へ出ろと言われた長秀は、出発前からしてもう真っ白になっていた。
「何にせよ、魔王を倒せばいいのだろう? 単純な話だ」
「はは……左様でございますな」
意気揚々と旅に出た、彼らの行く手には何が待つのか。
それはまだ分からないが、今回も安土城の建築は命じられるだろうし、跡形も無く燃える。
それだけは間違いない。
少なくとも長秀はそう確信している。
「はぁ、しかし。休憩も無しか。……まただよ、まーた異世界だよ」
ボヤキながら歩き始めた信長は、しかし、本気で嫌がっているわけでもない。
彼は「今度の世界では何があるのだろう」と、年甲斐もなくワクワクしていた。
「群がる敵は撫で斬りだ。……いや、このメンツなら撫で焼きの方がいいか?」
ともあれ彼は止まらない。
この世界は撫で焼き勇者パーティが席巻することだろう。
「さあ、此度も世界を征服しに征くぞ!!」
織田信長の快進撃は、まだまだ始まったばかりだ。
戦国☆プレイボール 完
本能寺はよく燃えますが、安土城も負けてはいません。
信長が本拠地にするべく建てた安土城は、本能寺の変から二週間足らずで火災が発生します。
これには明智秀満放火説、織田信雄放火説、野盗放火説、落雷で炎上説。
まあ色々と諸説ありますが、とにかく派手に燃えたようです。
安土城建築については、明智光秀が坂本に建てた城があまりにもスタイリッシュだったことから、信長が対抗意識を燃やして壮大な城にしようと目論んだ。という話があります。
何にせよ甲賀出身の一益に忍者属性が付き、信長に魔王属性が付くような後世的キャラ付けからいけば――安土城の性質は「炎上する」こと。これしかない。
信長が逝った十三日後にこの世から消えた安土城。
主と共に消滅した巨大な城というのはロマンの塊ですね。
(残念なことに二の丸とかは無事で、完全消滅には至らなかったそうですけど)
まあ、信長がこれだけ多くの作品で題材にされているところを見れば、いずれまた違う信長に出会えることでしょうが。
燃えて無くなった安土城のこと、時々でいいから思い出してあげてください。
というわけで、本作は完結となります。
ご愛読、ありがとうございました!