37 まぁ、なんということをしてくれたのでしょう
アナと合流したのだが、
「まぁ、なんということでしょう」
イリィを見て言われる。
「斧にトゲ付き肩パッド…… 見た目が一気に邪妖精らしくなりましたね」
いや、狙って世紀末覇王伝説の悪役っぽくしてる訳じゃ無いから。
匠の技も光らない!
「フヒヒ……」
イリィも誤解を招くような笑い方をしないで。
照れてるだけなんだろうけど。
本当、コミュ障な子だなぁ。
「それじゃあ今晩は王都に泊まって休みましょう」
とりあえずは、アッヘンバッハ公爵家の屋敷に行けば良いだろう。
「これはお嬢様、よくおいで下さいました」
アッヘンバッハ家の執事、セバスティアンが俺たちを迎えてくれる。
「世話になるわね」
今の自分は家を出た身。
お嬢様扱いすべきではないのだが、彼にそれを言っても今更なので気にしないことにする。
「ええ、ええ、お疲れでしょう。ささ、お茶を出しますからおくつろぎ下さい」
牛乳で煮出した狐色の紅茶に、生クリームを浮かべたロイヤルミルクティーが出された。
お子様舌なイリィには砂糖、クリーム多めで火傷しないよう少し冷めたものが出されるのがさすがセバスティアンといったところ。
芸が細かい。
「凄く嫌いじゃない」
と、イリィ。
セバスティアンは目を細めて言う。
「それはようございました。お代わりもございます」
そして、お茶請けはメイドさんが作ってくれた薫り高いライ麦パンを使ったサンドイッチ。
あれ? 何だか出してくれたメイドさんが怯えてる……
「お嬢様がメイド服を奪ったりするからでしょう」
セバスティアンに突っ込まれる。
ああ、以前、メイド服を強奪…… 貸してもらったメイドだ。
身体を守るかのように胸前で組まれた手が心情を物語っているようで、悪いことをしたなぁ。
安心するよう微笑んであげるが、かえって怯えられた。
困った。
サンドイッチはと言うと、キュウリに玉子、レタス、生ハムなどの具が新鮮で、ソースにはマスタードが効いていてこれがまた美味い。
イリィなど、バクバク食べていた。
少しペースを考えないと夕食が入らなくなるぞ。
「晩餐にはだんなさまも戻られる予定です」
「へぇ、よく抜けられるわね」
「ええ、お嬢様が戻られた時点で、使いを走らせましたから」
ということは、わざわざ時間を作って帰ってくるってことか。
迷惑じゃないといいんだが。
「よくいらっしゃって下さった。本来なら盛大に歓待させていただくところですが」
王城から戻ったナイスミドル、アッヘンバッハ公爵はそう言ってアナに頭を下げた。
「よろしいのです。それに、歓迎ならもう受けました。この家のお茶は本当に美味しい」
アナはにこやかに言ってのける。
セバスティアン?
「お褒めに預かり、恐悦至極!」
片眼鏡を光らせながらセバスティアンが頭を下げて見せる。
その仕草も、慇懃にならず、嬉しそうに口元を緩めている所が彼らしい。
そして夕食。
この聖王国、中でも王都の食文化はイギリスに近い。
料理には手間暇をかけないただ焼いたり茹でたりしただけの素朴な物が多かった。
まずいことで有名なイギリス料理だったが、これは調理法がシンプルなだけに、素材の良し悪しが味にダイレクトに直結しているということでもあった。
故に、公爵家の食事に出されるような一級品の素材を使えばそれなりに美味しい物が出来上がる。
鮮度の高い牛肉を焼いたローストビーフはなかなかに美味い。
それに付け合わせのヨークシャー・プディング。
ヨークシャー・プディングは日本で言うプリンではなく、ふわふわでもちもちのシュークリームの皮みたいなもの。
今日出されたのは、生地にソーセージが入っていることからトード・イン・ザ・ホール、【穴の中のヒキガエル】と呼ばれているものだった。
料理の名に平気でヒキガエルとか付けるところがイギリス風だよな。
ここで出されたのは美味かったが、味の悪いものはフロッグ・イン・ア・ボグ、【沼の中のカエル】と呼ばれる。
イギリス人、最低だ。
食後はチェダーチーズを肴に、蒸留酒を飲む。
地球では、伝統的なチーズ職人が手がける職人チーズ、アルチザナル・チーズと、安価に大量生産することを可能にした工業チーズ、インダストリアル・チーズがあるが、この世界では、贅沢にも職人が作るアルチザナル・チーズを食べることができた。
固く詰まった質感を持つが、口に入れればほろほろと解ける。
「しょっぱい。塩の塊り?」
イリィがチェダーチーズをかじって首をひねる。
確かにチェダーチーズは原料に使う塩の味が効いているけど、歯に当たるのは塩の結晶じゃない。
「それは長期熟成によって結晶になった、乳酸カルシウムの塊りよ」
独特の歯ごたえがあるよな。
そしてチェダーチーズの塩味と風味は蒸留によってアルコール度数を上げた蒸留酒に良く合うのだ。
錬金術が生んだ生命の水。
「そうですか、王城の方もひと段落つきましたか」
「ええ、聖王国の名はまだ残っていますが、実際にはこの国も普通の王国となりました」
ブリュンヒルデ・パパとアナは当たり前だけど、国の現状について語り合っている。
「あなた様方が、前線を行き来しているのもまた良かった」
「それは?」
アナの問いに、アッヘンバッハ公爵はこう答える。
「魔王との戦いの最前線で斥候を行って頂いているようなものです。聖女王陛下の帰還を望む者もまず接触ができない」
なるほど。
俺たちを王都から遠ざけたのも、そもそもそのためだったな。
「また、これが完全に行方不明だったら、天の御使いの加護が聖王国を去ったということで絶望から自暴自棄になる者も出たでしょうが、聖女王陛下は対魔王戦略の最前線に居て戦ってくれている。そのため、聖王国は人間の力で歩むことを余儀なくされているが、天に見放された訳では無い、という説明がついた」
その説明を受け、アナがまじまじとこちらを見た。
「まさか、それを見越して?」
それにはこう答える。
「まぁ、明確に効果を考えてやってた訳じゃ無いけどね」
と。
「私のこと、見直してくれてもいいのよ?」
そう、おどけてみせると呆れられた。
そうそう、そっちの方がいい。
「ふはっ!」
アルコールに弱いらしいイリィは一口で出来上がった様子。
ぐでんぐでんになった彼女の小柄な身体を膝に乗せ、あやしてやる。
こうしてこの日の夜はふけて行った。
翌朝。
魔力も回復した俺たちは、魔王城に向かうことにする。
「それじゃあ、空間跳躍」
「ふはははは、待っていたぞ、小娘共!」
例の悪魔貴族が俺たちを持ち受けていた。
「今度こそ、息の根を止めてやろう」
今度は準備万端、両手に持った両刃の斧を振りかざし、襲い掛かってくる。
「ダブル・トマホゥゥゥゥク!!」
させるか!
「幻影!」
俺は、幻影の魔術で囮を出現させ攻撃をかわす。
悪魔貴族の両手の斧による二連続攻撃は囮に当たり、
「残像よ」
外れた。
「魔剣!」
イリィの魔術がアナの妖精のムチを強化。
そして、初っ端から最大威力でアナのムチが唸る。
「最初からクライマックスです!」
「ぐぉっ!」
食らいMAXだ!
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