30 黒猫郵便会社のラッパ銃
勝ちました。
何とか王子を行動不能に追い込むことに成功。
「まぁ、王子の全身にはムチの跡のミミズバレが走ってたけど、母親からの愛のムチなんだから甘んじて受けるべきよね」
「あなたも全力フルスイングで攻撃していたでしょう?」
と、アナ。
「私が仕掛けたフェイタル・バインドに拘束されたあの子を、繰り返し打って失神に追い込みましたし」
「正気になぁれっ!
正気になぁれっ!
正気に…… 正気に、正気になぁれっ……!!」
「……なんて唱えながら繰り返し打ち据えた日には、どうなることかと」
「いや、私からの攻撃は、ハリセンによるものだから、精神ダメージのみだし」
大体だな、
「ファミリアを変化させるのは普通、勇者学園に入って一年後が目途なのよ」
俺は勇者学園における定石を説明する。
「ファミリアをアイテム化させれば、パーティ枠に空きができるから、期始めの選定の儀で改めてファミリアを召喚するなり他のメンバーと合流してパーティを組むことができるでしょ」
後者はゲームだと逆ハーレム狙いの場合に選択するパターンだが。
まぁ、それはさておき、焦って前倒しするからこんな目に遭う。
「パーティ枠?」
首を傾げるイリィ。
ああ、彼女には分からないか。
「この国のパーティは四人構成が基本よ。狭いダンジョンや屋内などで戦闘するには、これぐらいが限界なの」
地球でもCQB、室内戦闘術では四人、もしくは二人単位での行動が基本だ。
もちろん、それ以外に狙撃手や催涙弾や煙幕を撃ち込むガスマンなどが居るが、現場に突撃する急襲班にそれらは含まれない。
アナが俺にたずねる。
「あなたはどうするんですか?」
「ファミリアの変化によるアイテム化? もちろんしないわよ」
何故かっていうと、
「今の私は平民よ。平民はあからさまな武器を持てないから、ファミリアが変化したようなちゃんとした武器を持つことはできないわ」
それにだ、
「平民には集会の自由も無いわ。貴族以外の民間人が武器もしくはそれに類するものを持って集まった場合、罪に問われることになる」
「それは……」
「だからこの国では貴族、そして軍や衛兵など以外は人間同士でパーティを組めないの。パーティ枠に空きを作っても組む相手が居ないんじゃどうしようもないでしょ」
それよりは、アナたちにはパーティメンバーとして働いてもらった方が手数が確保できるだけ良い。
それが【無課金ユーザー】の戦略だった。
【無課金ユーザー】は、一番最初のチュートリアル・ガチャでしかファミリアを得られない。
追加のファミリアを得ることができない訳だしね。
「それに、アイテムに変化されちゃったら、こうして愛でることもできないし」
イリィの頬をウリウリと撫でながら言う。
「絶対、そちらの理由が主でしょう、あなたは」
アナはため息交じりにそう言う。
何故ばれる。
「そう言えばアナ、位階が上がった?」
「ええ、レベル12で晴れて大天使に昇格です。絶対防御魔術、聖盾も使えるようになりましたし」
おお、一気に天使らしくなったなぁ。
ハイレベルアップによる進化。
天使は特定のレベルまで育てることで大天使に、そして権天使にと階位を上げることができるのだ。
「天使のローブも格が上がりましたし」
そう言われてみれば、立派になっているような気がした。
天使の初期装備、【初級天使のローブ】が【初級天使のローブ+1】に進化したのだった。
さて、やって参りましたネコの王国、猫妖精たちの妖精郷。
「こんにちは、ミャオ殿下」
ミャオ殿下の商会に向かい、あいさつをする。
「やぁ、ブリュンヒルデさん、こんにちは。またネコゼニを持って来てくださったんですか?」
ミャオ殿下は目を細めると嬉しそうに喉を鳴らす。
今日も美人さんだなぁ。
思わず撫でたくなるのを抑えて、俺は殿下に申し出る。
「今日はネコゼニをお渡しする代わりに殿下にお願いがありまして」
「なんでしょうか?」
「猫妖精は、郵便会社を経営しているとか」
「はい。妖精郷を経由した黒猫印の郵便会社です」
どこかで聞いたような話だが、それはさておく。
「郵便馬車を襲う追い剥ぎから身を守るため、配達員に持たせているという雷のパイプ、ブランダーバスを譲って頂けないかと」
「ああ、あれですか。いいですよ」
軽っ!
いいのかそんなにあっさり渡して。
「何です、そのブランダーバスというのは?」
アナが聞いてくる。
それにはミャオ殿下が答えてくれた。
「岩妖精の発明品で、花火に使う火薬と鉄くず、石、木片など何でも筒に詰めて、火打石で火をつけてやるとそれが筒先から飛び出すって品です」
つまりは原始的なフリントロック式散弾銃というわけだ。
銃口が弾を込めやすいよう広がっていることから、一般にラッパ銃とも呼ばれる。
「音だけで大抵の追剥は逃げて行きますね。でも、鉄くずや石を詰めると筒があっという間に傷んでしまいますから多用はできないんですけど」
「ふむ、あまり役に立ちそうではないですね」
そう、アナは言うが、それがこの世界の一般的な認識なんだな。
日本でも田舎に行くと鳴っていた鳥よけの爆音機みたいな扱いなんだろう。
だからこそ民間の郵便会社が持つことが許されているし、【無課金ユーザー】の俺でも手にすることができるのだった。
「あ、でもボクたちの体格の関係上、岩妖精がドラゴンって呼んでいる、台尻を切り落とし銃身も縮めたピストルモデルしかありませんけど」
「ええ、こちらもその方が取り回しがしやすくていいです」
こうして俺は、一丁のラッパ銃とホルスター、そして角製の容器に入れられた黒色火薬を手に入れた。
「次は、ふもとの村の岩妖精の鍛冶の所に行くわよ」
俺たちは蒸留酒を買って、勇者学園のトレーニング用ダンジョンのふもとの村に向かった。
「鉛の球?」
手土産の蒸留酒を受け取って話を聞いてくれた岩妖精の鍛冶は、俺の要求に首を傾げた。
「ええ、この際、大きさはバラバラでもいいから数が欲しいわ」
「そうは言うが、そんな小さなものを砂型を作って一つ一つ作っていくのは手間だぞ」
砂型を使った鋳造か。
学校の授業で習ったっけ。
だが、今回は別の方法を使う。
「方法は二種類よ」
俺は説明する。
「ペンチ…… やっとこの合わせ目に半球ずつの穴を掘って、そこに注ぎ口を作って造る方法」
「ふむ、それなら同じ大きさの球をいくつでも造れるな」
地球ではモールダーと呼ばれていた道具だ。
火縄銃の弾丸や、鉛のみで造られるソフトポイントの銃弾は、こうやって作ることが可能だった。
「もう一つは、高い所から鋳溶かした鉛の滴を垂らす方法。自然と球になって落ちるから、後はそれを冷やせばできあがり」
「ほう」
「焼き入れの時に冷やす為に使う油なんかで受けてやればできるはずよ」
「なるほどなぁ」
結局、今回は鍛冶師が後者の方法で造り、次回までにモールダーを用意してくれることで落ち着いた。




