31 ザリガニも食ってパワーアップッ!
その日の晩は、村の宿に泊まって待つことにした。
「それで、鉛の球なんて、何に使うんです?」
アナが首をかしげるが、分からないかな。
「もちろん、ラッパ銃で撃ち放つのに使うのよ」
ラッパ銃は何でも込めてぶっ放すことができるが、石や鉄くずを使うと銃身が傷付いてすぐに摩耗してしまう。
一方で、柔らかい鉛の弾なら、銃身を痛めることなく発射することが可能だ。
「なるほど、考えましたね」
アナは感心してくれるが、地球の知識を元にしたものだからな。
持ち上げられると正直心苦しい。
「ほへ?」
一方、イリィはというと宿の夕食、真っ赤なボルシチュー、ボルシチに挑んでいた。
赤いスープは共産圏の赤…… ではなく、原料のテーブルビートが赤いから付いた色だった。
テーブルビートは火焔菜と呼ばれるくらいだしな。
他にもキャベツにニンジン、ネギ、ベーコンという農村らしい野菜たっぷりの具を入れ、コリアンダーで風味を付けたスープだ。
仕上げに小麦粉で少々とろみを加えてある。
うん、
「やっぱり農村は食べ物が素朴で美味しいわよね」
そう実感できる味だった。
「これも美味しい」
そう言いながらイリィが頬張るのは、茹でザリガニだ。
香草にパセリ、タマネギ、月桂樹の葉、胡椒の実を入れたお湯で塩ゆでしたもの。
元日本人の感覚だとゲテモノっぽいが、この世界では普通に食べられている料理だ。
地球でもザリガニはロシアやスウェーデン、中国などでは普通の食材だったりするしな。
ザリガニも食ってパワーアップッ、みたいな。
「味や食感は蒸しエビや茹でガニ、ロブスターなどと変わらないですね」
自分も食べてみたアナが言う。
俺も食べてみるが、これは……
「ビールやウォッカが欲しくなるのが難だけどね」
それだけ美味いってことだったが。
翌朝、岩妖精の鍛冶から鉛の球を受け取る。
直径8ミリほど、散弾銃で言うシカ撃ち用のダブルオーバックと言われる大きさのものだ。
「これを、あらかじめ用意しておいた油紙で黒色火薬と一緒に包み込んで……」
「何それ」
俺の手元を覗き込むイリィに説明してやる。
「紙薬莢っていうものね。一回の射撃に必要な火薬と銃弾を一緒にしておくことで素早い装填が可能になるわ」
まぁ、実際にやって見せるのが早いだろう。
俺はラッパ銃の火打石を備えた撃鉄を上げると、紙薬莢の端を歯で噛み切って火皿に火薬を入れた。
火皿はバネ仕掛けで閉じられる火蓋によって塞がれ、俺は残りの火薬を銃口から注ぎ、包み紙ごと弾丸を突っ込む。
槊杖と呼ばれる棒で突き固め、
「これで射撃準備は完了よ」
後は引き金を絞れば弾が出る。
「ふむ、弩に装填するより早いですね」
アナが感心したように言った。
まぁね。
「それじゃあ、試し撃ちしてみましょうか」
農家のおばさんに頼んで、捨てるところだった案山子を三体もらってくる。
ブランダーバスにはサイトは付いていない。
まぁ、地球でもショートバレルのショットガンにはサイトが付いていないのが普通だったから問題ないか。
また、SWATなどの特殊部隊では、近距離ではサイトを使わないポイント・シューティングという特殊な射撃法を使う。
これはサイトを用いず自然な感覚で発砲するものだ。
それに習い、感覚のみでサイティングし引金を引く。
火打石を備えた撃鉄が火打ち金を叩き、その火花が火皿の火薬に火を着ける。
その火薬の爆発が火門と言う穴を通して銃身に込められた発射薬に引火、それにより銃弾が発射されるのだ。
轟音、そして並べられた三体の案山子が目茶目茶に吹き飛ばされる。
銃口から立ち上るむせかえるような硝煙の匂いが鼻についた。
「臭い……」
匂いに敏感なイリィは顔をしかめている。
一方アナは、
「これは…… 凄いですね」
ラッパ銃の威力に驚いた様子で言う。
「中級の攻撃魔術並みの威力でしょうか。広範囲に弾が飛び散るのは、やはり銃口がラッパのように広がっているからですか?」
それは違うな。
「ラッパ銃の銃口が広がっているのは、揺れる馬上や船上でも弾を込めやすくするためよ」
弾の拡散具合には関係しないはずだった。
「連射が効かないのが難点だけど、開幕爆撃にはもってこいよね」
戦闘開始と同時に高火力の範囲攻撃魔術をぶっ放すことを開幕爆撃と呼ぶ。
それの火薬銃バージョンだった。
そもそも弾をばらまくラッパ銃の場合、混戦になると使えなくなってしまうしな。
「射程は短いけど広範囲に弾をばらまくから一度に複数を相手取れるし、逆に距離を詰めて撃てば範囲は限られても濃密な一撃を加えられるから威力が跳ね上がるしね」
そういうことだった。
「ふっ!」
召喚陣からわらわらと現れる【超肉体の悪魔】に、魔力強化神経に加速された動きでラッパ銃を向け引金を絞った。
火打石の付いた撃鉄が、火打金を兼ねた火蓋を叩いて火花を散らす。
それが火皿の火薬に引火して、火門という穴を通じ銃身に込められた火薬を激発させるのだ。
その爆発で複数込められた鉛玉が撃ち出される。
轟!
爆音と共に扇状に放たれた鉛玉が【超肉体の悪魔】たちを薙ぎ払う。
近距離から放たれた濃密な弾幕が大ダメージを与える。
「乱れ打ちっ!」
そこにアナが【乱れ打ち】のスキルで【口にするのもはばかられるムチ+1】による範囲攻撃を放つ。
【超肉体の悪魔】たちの耐久力がこれによりガリガリと削られていく。
「魔力球」
更に、イリィは魔力で形成した手榴弾を投げ込んだ。
【肉体の悪魔】を上回る耐久力を誇る【超肉体の悪魔】もさすがにこれには耐え切れず、倒れ伏したのだった。
「やっぱりラッパ銃の開幕爆撃は効くわねぇ」
俺はラッパ銃に黒色火薬と鉛玉を再装填しながら言う。
力の修練場の未踏破区域。
ここに現れる化け物じみた攻撃力と耐久力を誇る【超肉体の悪魔】は普通なら勝つにしても酷く消耗させられる強敵だったが、ラッパ銃の威力により、その負担は激減していた。
弾薬が続く限り、連戦も可能だ。
「しかし、【呪いの染料】に【呪われた悪魔の血】ねぇ」
【超肉体の悪魔】は、【肉体の悪魔】が呪いで強化された存在であるという。
その為か、ここで入手できるアイテムには呪われているものが多い。
「イリィ?」
腰の辺りを突かれて、彼女に気付く。
枯れ枝のよう、とも思える細く不健康に青白い手が差し出された。
その朱く濁り切った瞳は、【呪われた悪魔の血】に吸い付けられている。
「欲しいの?」
「ん」
小さくうなずくイリィに、俺は【呪われた悪魔の血】が入った薬ビンを渡してやる。
イリィはビンのコルク栓を抜くと、彼女のトレードマーク、デフォルメされた顔の付いた赤帽子の口の部分に傾ける。
「あ……」
ごくごくと喉を鳴らすような音を立てて、【呪われた悪魔の血】が飲み干される。
呪いがかかったポーションを摂取した赤帽子は呪力が更に強化されたらしく、凄みを増していた。
鑑定してみると、【赤帽子+1】に進化しているのが分かる。
邪妖精、赤帽子はその被った帽子が本体だって話もあながち嘘ではないのかも知れない。
「あとは、ジムゾンの店に行って、イリィに呪紋を入れてもらう訳だけど」
アナの空間跳躍の呪文で、ビアツェルトの街に行く。
ジムゾンに【呪いの染料】を渡すと、彼は顔をしかめた。
「これは呪いの品ですよ、お嬢さん」
だが、それはこちらも分かっている。
「ええ、でもイリィは邪妖精の赤帽子。呪われた品でも問題ないわ」
というか、逆にパワーアップする。
「ふむ、それでどのような呪紋を?」
「半身強化を」
これは、左手から心臓、そして左目の辺りまでを覆う呪いの呪紋だ。
一次的に心臓を強化した上、左手のみを魔力強化神経と同様の効果で加速させる。
「イリィは左利きだから呪文のトリガーを引くのにも、武器を扱うにも左半身を強化するのは都合がいい訳」
「武器ですか?」
アナがいぶかしげに問う。
「ええ、ハイレベルアップによる進化は天使だけのものじゃないのよ」
それは今後、分かって行くはずだった。




