22 ビアツェルトと呼ばれた街
「それじゃあ、次の街へ行くわよ」
「はぁっ!?」
アナの表情が凍った。
「じょ、冗談でしょう。ここまで来るのもひたすらモンスターから逃げ回って、軽治癒の魔術で誤魔化しながらやっとのことでたどり着いたのですよ。モンスターに勝てないのはもちろん、これ以上は死人が出ます」
実際俺が死んでたしな。
だがな、
「まぁそう言わないで。次の街、ビアツェルトは美味しいビールとヴルスト、ジャガイモ料理で有名な街よ」
「ビール……」
ごくりと生唾を飲み込むアナ。
「ヴルスト?」
イリィにはドイツ語…… この世界で言う帝国語が分からなかったようだ。
「帝国風ソーセージのことよ」
と教えてやると、期待に瞳を輝かせる。
「ボイルしたてのヴルストをナイフでカットして湯気を立てるそれを口に運ぶ。帝国風ジャガイモ料理の美味しさに舌鼓を打ちながら、ジョッキに注がれた芳醇なホップ感が特徴のビールを喉で楽しむ」
イリィの耳元でささやいてやる。
「うう~っ」
もう一息か?
「帝国では長いことビールに添加物を加えることが禁止されていた過去を持ち、だからこそビール本来が持つ純粋で芳醇なホップ味を大切にしてきたのだというわ」
「……行く」
帝国風ビールが決め手になったのか、イリィは陥落。
一人だけ反対しても仕方がないとアナも折れてくれたのだった。
どうして街の名前がハラールだったりビアツェルト、つまりビールのテントだったりするのか。
それは古代遺跡である空中庭園の中で今なお細々と人々が住み着いている箇所の特産品がハラール料理だったりビールだったりであるためだった。
「古代人って何を考えていたのかしらね」
塔内に開けた広い空間を見上げ、俺はつぶやいた。
バブ・イルの塔は広大な面積を誇り七層に渡る階層を持つ。
神の門の名にふさわしく、天にも届く威容を誇り、内部の空間はバカみたいに広かった。
天井には欠けながらも今なお機能し続ける照明パネルがきらめく。
「来た」
妖精の視野で何らかの兆候を発見したのか、イリィがモンスターの接近を告げる。
そうして現れたのは、
「ゾンビィね」
有名な歩く死体だが、この世界のゾンビィは屍毒、つまり毒ガスブレスを吐く嫌な存在だ。
俺は虹のバンダナを口元に巻いてガードする。
一方アナは、
「しんがりは任せました」
いきなり言われる。
「ええっ、何で私が!」
「何のためにあなたはそのバンダナを用意したんです!」
「それじゃあ、私はゾンビィの毒ガスブレスから耐えるためにこのバンダナを用意したって言うの?」
「違うんですか?」
いや、確かにここで現れるゾンビィ対策として買った防具だけどさぁ。
「くっさっ、死体の臭いが目に染みるぅ!」
奇声を上げながらも俺は毒ガスブレスから逃げ回る。
こんな所で死人の仲間入りなんて冗談じゃないぞ!
BC兵器反対!
何度か死にそうな目に遭ったが、何とか俺たちはビアツェルトの街へとたどり着いた。
街の名前の通りテント張りのレストランに入ってみる。
塔の中なのでテントでも十分なのだ。
「これが帝国風料理?」
試しにワンプレート、大きな一皿に料理を盛り付けたものを注文する。
湯気を立てる白ソーセージ、ヴァイスヴルストは肉を燻さず作る新鮮なもの。
「朝作ったら昼までには食べないといけないっていう、出来立てを食べるこの贅沢よ」
ナイフでカットし、皮を剥いて食べるのが正式な食べ方なんだそうだ。
甘めのマスタードを付けて口に運ぶ。
うん、
「風味づけに使われるパセリ、タマネギ、香草にスパイスがほどよく効いていてたまらないわね」
付け合わせのキャベツの漬物、ザワークラウトも良く漬かっていて美味い。
「この酸っぱさは、酢とは違いますね」
鋭敏な舌を持つアナが一口食べて見抜く。
「そうよ、これは乳酸発酵によるもの。だから自然な酸味が出て美味しいのね」
漬かり具合もちょうどいい。
肉づくしな料理の中でこれは、とても爽やかな存在だ。
一方、イリィはというと、挽肉と香味野菜およびスパイスを型に入れて蒸し焼きにした帝国風ミートローフ、レバーケーゼを口に運んでいた。
「ほろほろ……」
彼女が言う通り、口の中に入れるとほろほろと解ける。
普通のミートローフよりスパイスが効いていて旨味があった。
そして帝国料理として外せないのが塩漬けの豚すね肉を、タマネギ、セロリなどの香味野菜やクローブなどの香辛料とともに数時間煮込んで作るアイスバイン。
マスタードを付けて食べるのだが、これが美味いのなんのって。
「こんなに美味しい豚肉なんて、初めてよ」
うん、何だか豚肉ばかり、豚肉が被っているどころの騒ぎじゃないといったメニューで最初は失敗したかと思ったけど、これなら大満足だ。
しかし、非常に美味しいプレートメニューなのだが、ビールのつまみとして作られたような味の濃さ。
ここはやっぱりドイツ、じゃない帝国産ビール! 飲まずには居られないっ!
「定番のピルスナーを」
注文して出て来たのは爽やかさと重厚でまろやかな味わいが同居する、ちょっとぜいたくな味。
苦みは無いのに、喉にぐびりと来る刺激がある。
「おいしい?」
お子様舌なイリィでも美味しく飲める逸品だった。
「さて、行きましょうか」
俺たちはこの街の外れにある一件のテントに向かう。
そこには【ジムゾン・フィードラー、この街一番の刺青師】とペンキで書かれた看板が立っている。
俺たちが中に入ると、露出の多い絹服を着た太った男が迎えてくれる。
その肌には色とりどりの刺青が余白が見えないほど刻み込まれている。
彼は口元を笑みの形に歪めると、
「百聞は一見にしかず!」
と言う。
「呪紋をお願いしたいんだけど」
さっそく俺は頼む。
「普通の刺青では無く呪紋を入れるとなると、魔法の染料が必要なのだがね、お嬢ちゃん」
ジムゾンはそう答えて値踏みするようにこちらを見る。
「イリィ?」
俺はイリィを促した。
「ん」
イリィは瓶に入った透明な液体を差し出した。
ハラールの街でイリィが拾ってくれたアイテムの中にあったものだ。
光が当たると微細なきらめきがキラキラと光る。
「なるほど」
ジムゾンはそれを見て納得する。
「それで、誰に何の呪紋を? 言っておくがこの染料の量では入れることができるのは一人だけだ」
呪紋は、古代上位種の血を引く者か、その彼らと契約を交わし受肉したファミリアにしか入れることはできない。
「普通なら、攻撃力アップの狂戦士化をアナに入れる所だけど」
「私に、ですか?」
しかし俺は首を振る。
「私に魔力強化神経の呪紋を入れてもらえる?」
「ふむ、あれは全身にある百八の神経の集中点を呪紋でつなぐものだ」
魔力強化神経の呪紋は、人体に百八箇所ある神経の集中点をつなぐ線を魔力素子と呼ばれるナノマシンにより体表に刻み付け、それにより神経をバイパスさせ驚異的な反射スピードを得るものだった。
「一度で済ませるとなると明日の朝までかかるが」
「やってちょうだい」
「それでは服を脱いで、そこのベッドへ横になってくれ」
俺はその指示に従い、ベッドに横たわる。
ジムゾンは何度も鋭い針を俺の身体にチクチクと刺し、透明な魔法の染料を皮下に注入していく。
「痛くないのですか?」
アナにそう聞かれるが、
「うーん、痛くないと言うと嘘になるけど、我慢できないかというとそうでもないかしら」
点滴で針を刺された感じに似てるかな。
確かに皮膚を刺されているんだけど、そんなに痛みを感じない。
背中の辺りがゾクゾクするけど。
しかし、
「透明な染料だから、呪紋を入れた跡が見えないんだけど、それでどうして施術ができるのかしら?」
すると、ジムゾンはちらりとイリィの方を見て、
「内緒だ」
と言う。
その彼のまぶたにも刺青が施されており……
おそらくそれが、妖精の視野の呪紋なのだ。
妖精の塗り薬というものがある。
それをまぶたに塗ると、妖精と同じ、隠されたものを見ることができる千里眼が得られるという。
ただし、妖精たちは姿を隠した自分たちを見ることのできるこの薬が人間の手に渡ることをひどく嫌う。
だから、ジムゾンは同様の効果を持つ呪紋を入れていることを隠しているのだろう。
妖精であるイリィの前では特に。
「ん?」
興味深そうに施術を見ていたイリィがついと指を伸ばし、俺の身体に触れる。
その滑る先は、先ほどから呪紋を入れていた場所。
「やっぱり見えるんだ」
「ん」
イリィはうなずくのだった。




