23 覚醒魔法(物理)
「ブリュンヒルデ…… 起きなさいブリュンヒルデ」
誰だ、俺を呼ぶのは……
「ブリュンヒルデ」
ぐぅ……
「……覚醒魔法、醒破!」
ドズ!
いきなりみぞおちに衝撃。
文字通り俺は叩き起こされた。
「ゲゲボッ……」
腹に一本の小指が突き込まれていた。
衝撃で肺の中の空気をすべて…… 1cc残らず絞り出される。
かっ、覚醒魔法って……
俺の知ってる醒破と違う!
ただのパーティーアタックじゃねぇか!
そんな俺を見下ろしているのは、
「アナ!?」
違う。
「私はあなたがアナと呼ぶ存在の本来の姿」
は?
「まさか、神から派生した者、神の技……」
「そう」
「天使アナフィエル」
アナは、いやアナフィエルはうなずいて見せる。
「まずは、この世界に来ていただいたお礼を」
天使アナフィエルは優雅な所作で頭を下げる。
「古代上位種と呼ばれる一族の血を引く者も代を重ねる度にその血を薄れさせ、力を弱めつつあります。魔王からこの世界を救うには異世界へと平行移動した方の血を濃く引く者、あなたの助けが必要だったのです」
しかし、
「でも、私はこの世界の生まれ……」
「空間転移の魔術のゲートとなるポータルが、古代上位種の遺跡だということは知っていますね? この魔術は古代上位種が生み出した時空間移動技術です」
つまり、
「あなたを地球と呼ぶ世界からこの世界へと転移させたのはこの技術によるもの。しかしそれにはあなたの時間を巻き戻し、改めてこの世界の人間へと転生させる必要がありました」
「それゆえ私をこの世界に呼び込むことができた。この【ゴチック・エクストラ】の世界へ?」
天使アナフィエルはあっさりとうなずいた。
「ええ、あのゲームはこちらからあなたの世界へアクセスした際に、とある人物の夢の領域、記憶へとリークした情報から構成されたもの」
「リーク?」
「私が何を管理しているかは知っていますね」
まさか、
「……アカシック・レコード」
過去・現在・未来。
この宇宙のすべての記憶が記録されているという、あの。
だから、その記憶を受けた者、おそらくはゲームクリエイターがこの世界をゲームとして地球に再現できたということか。
いや、そもそもこの世界、地球と重なる要素が多過ぎる。
天使など神話体系からモンスターや妖精の種類、ドイツ語に当たる帝国語の存在。
しかし、同じアカシック・レコードを持つ世界の派生としてこの【ゴチック・エクストラ】の世界が在るのだったら?
それらが共通するのも納得できるだろう。
アナフィエルの姿がゆらぐ。
「時間が来たようです。私の力をもってしても、この場の滞在には限界があります」
「待って下さい!」
「【私】をよろしく。いつの日かまた会えることを楽しみにしています」
「アナフィエル!」
「はい?」
気が付けば俺はベッドに横たわっていた。
施術が終わり、隣には天使アナフィエル……
いや、いつものアナが立っていた。
「夢?」
いや、それにしてはリアリティがあり過ぎた。
おそらく現実だろう。
お腹痛いし。
「アナ、私は……」
「どうかしましたか?」
アナは怪訝そうに俺を見る。
彼女に先ほどの記憶は無いらしい。
「はぁ……」
色々とショックだったが、共有できる人が居ないというのもきついなぁ。
まぁ、起きたことは覆せないし、これからだってなるようにしかならない。
俺は開き直ることにした。
そんな俺の気も知らず、アナはこちらを見て言う。
「魔力強化神経の呪紋ですか。目には見えないのですね」
あ、そう言えば施術が終わったんだ。
「無色の染料によるものだから。力を使った時に淡く光が走る程度よ」
これで、ただでさえ高かった俺の敏捷値が倍ほどに加速されるようになった訳だった。
「この呪紋を得るために、ここまで強行軍で来た訳ですか?」
その質問にはこう答える。
「いいえ。これはまだ途中でしかないわよ」
俺たちの戦いはこれからだ。
まぁ、それはともかく朝食を食べるため、朝からやっている食堂を探したが、
「そんなバカな…… 今、朝の九時ですよ」
朝からビールを出している酒場に絶句するアナ。
「ああ、帝国だと朝からビールって普通にアリみたいよ」
ドイツにもヴァイスヴルスト、つまり白ソーセージに、紐パンであるプレッツェル、それにビールがセットになった伝統の朝ごはんがあるって話だったしな。
まぁ、念のため聞いてみる。
「あの、食事はできますか?」
「できますよ。ウチは何でもおいしいよ」
よしよし。
それでメニューだが、定番のヴァイスヴルストもいいが……
「【農夫の朝食】! うん、これよ」
帝国風ジャガイモ料理だ。
出て来たのは、小さく角切りにしたソーセージとあらかじめ茹でたジャガイモをスライスしたもの、タマネギをこんがりと炒めて、最後に溶き卵で閉じたもの。
「うん、田舎の味ね」
熱くて素朴に美味い。
「ホクホク……」
「火の通り加減が絶妙ですね」
イリィとアナが言う通り、ジャガイモの炒め物というのは、火が通っていないとガリッっていう不快な歯ごたえがあるし、かと言って通り過ぎるとボロボロとこぼれて風味が悪くなる。
「調理法に秘密があるのかしら? それともイモの品種?」
いずれにせよ美味い。
やっぱり帝国料理と言ったらジャガイモとソーセージだよな。
朝からビールが欲しくなるのが難点だが、美味しかったです。
俺の敏捷度が上がり回避力が上昇したということは、俺の防御力だけ突出して上がってしまっているということでもある。
だから、それを補うためアナとイリィの防具を強化した。
アナには、ビスチェに仕込む防刃板。
同様なものは地球でも、防弾チョッキにオプションとして用意されていたっけな。
見た目に変化はないが、鎖かたびらを着込むのと同等かそれ以上の防御力が期待できる。
「とうとう鉄を帯びることになりましたか」
アナがため息をつく。
「どうかしたの?」
「下着との兼ね合いが難しいのですよ」
アナは説明してくれる。
「防具の下に着けるブラジャーというのは気を遣うものなのです。ホックを使っていると激しく動いた時に外れたりしますし、打撃を受けた時には衝撃で弾かれた金具やワイヤーが肌を傷付けたりします。縫い目だって場合によっては重い防具の下に着ると擦れてしまったりしますし」
「ああ、だから私の着けているようなノンシーム、ノンワイヤー、ノンホックのスポーツブラ的なチューブトップが好ましい訳ね」
まぁ、アナほど胸が大きくなると肩ひもの無いチューブトップじゃあ対応しきれないだろうけど。
俺は自分が着込んでいるチューブトップを見下ろして言う。
「これ、戦闘用ブラジャーとか言う触れ込みの品だったんだけど、そういうことだったのね」
自分が身に着けていたものだったが、今初めて知ったぞ。
当初はこの世界には防弾ブラジャーでも存在するのか、などと思ったものだったが。
一方、イリィには、タルのフタの盾(小)の表面を革張りにした。
ビアツェルトの街では豚肉料理の副産物として豚革が生産されており、安価に加工ができたのだった。
「これ、あなたが描いたの?」
「ん」
表面には彼女の赤帽子と同じデザインのデフォルメされたブサ可愛い顔の模様が描かれていた。
絵心があるのか無いのか。
いずれにせよ、微妙なセンスだった。
ドヤ顔でそれを見せるイリィは、それはそれで可愛かったが。




