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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第二章 海神の音楽祭
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6 『乾杯の歌』

 全て綺麗に空となった皿を見つめながら、ジンは心から満たされていた。美味しい料理に気兼ねない客達との会話。領主の館でも豪勢な料理は提供されたが誰かに見られている感じがして窮屈ではあった。

 だがこの場所ではそれもない。すっかり満足したジンは喧騒から少し離れたテラスでゆっくりと穏やかな海を眺めていた。先ほどまであった人だかりも酒から遠のくのは御免被るとばかりに各自で勝手に飲み明かしているようだ。

 冷ややかな海風が頬に辺り先ほどたっぷりと酒を飲まされ火照った身体を癒していく。その気持ちよさにうとうととしだしていたジンであったが、店からの大きな歓声に跳び起きる。


 振り返ったその先には、楽器を持った店の主人アントニーとケーラが店の外に作られた簡易的なステージに上がっていた。あぁ彼が持っていたのはあれだったのかと納得がいく。アントニーが手にしていたのは朱色のアコーディオンだった。

 二人は一度礼をすると歓声が再び起こる。それを待ちわびていたかのように何人かの客は自分の楽器を手に取りそうでない客は皆肩を抱き合いその曲を待ち構えた。

 そして始まったアントニーの演奏は控え目に言っても一線級ではなかった。それこそ彼以上の演奏家はあの街には溢れていたように思う。楽器を持った客達もそのレベルは様々だ。だが集まった男たちは気にも留めずに大合唱を始める。



『 友よ、いざ飲み明かそうよ


  心ゆくまで


  誇りある青春の日々を


  楽しい夜のひと夜を


  若い胸には燃える恋心


  優しい瞳が愛をささやく


  またと帰らぬ日の為に


  盃をかかげよ!     』


 

 その店を訪れた客達は誰もが皆一心となって歌いあげめいめいに持った酒を掲げる。その声は笑顔溢れ期待と喜びに満ちていた。それまではどこにでも見られる夜店の光景。だが彼女の声が響き渡ると世界は一転した。



『 この世の命は短く


  やがては消えゆく


  ねー だから今日も楽しく


  すごしましょうよ!


  このひとときは再び来ない


  虚しくいつか過ぎてしまう!


  若い日は夢とはかなく消えてしまう 』

  


 ケーラの伸びやかな美声が波のさざ波をバックに満天の星空の下響き渡る。その見た目とは裏腹に繊細で優美な歌声を遮るものはいない。誰もが彼女の曲に酔いしれる。


 だがそれを許す彼女ではない。両手で観客をあおり共に歌おうと誘いかける。観客たちはそれに歓声を持って応え、大合唱が響き渡る。


『 あー あー 過ぎてゆく


  あー あー 過ぎてゆく


  あー あーーーーーーーー!!!! 』


 鳴り響く合唱はいつまでも続いていた。そのステージには音楽祭のような洗礼さ等有りはしない。酔いだくれの観客にみすぼらしい舞台。演奏は決して一流とは言えず、聞こえる男達の声は音程もバラバラな濁声だ。だが彼女はそれすらも自らの一部として表現して見せた。

 まるでそれこそが音楽の楽しみだと言わんばかりに。前回のルチアーノの演奏の時も感じたがかなり原曲と受け取り方が違うようだ。この歌は確か一組の男女の恋を歌った劇の中の歌であったはずだったのだが、彼女たちの演奏はもはや純粋にこの音楽の時間を楽しむ曲へと変えてしまっている。

 恐らく演劇を行う吟遊楽団が歌の部分だけこの国の演奏家に伝えたのだろう。そして時が経つにつれ少しづつ内容もかわってしまったようだ。


「本当に大した国だよ」


そうつぶやくとジンはもう一度椅子にもたれ風に身を任せるのだった。


「で?いったい何があったんだい?」


 まだ多くの客でにぎわっていたがその多くはぐでんぐでんになるまで酔いつぶれており注文もまばらとなったようだ。


男共の世話をしながら、一息ついたかのようにケーラはジンの隣に座り込み冷たいジュースを手渡した。その表情は晴れやかで、ジンもまたジュースを受け取りながら笑顔で応えた。


「演奏を終えて領主の家で寝て居たら領主の娘が入って来た。


 それからいろいろあって逃げたら街中騒ぎになってこの様さ」


 ジンの言葉に聞き耳を立てていた他の客達が騒めく。


「領主の娘ってテレサか?


 ありゃ見た目はちょっとしたもんだろ」


 そうだそうだと野次馬共はテレサの魅力を語りだす。やれデカい尻がイイだの、意外と豊満な胸を揉みたいだの言いたい放題だ。


「吟遊詩人は放浪の身だ。責任のとれない事はしない」


「でもこの国に来る吟遊詩人達は喜んで女達と寝るけどねぇ」


 ケーラのその一言の前にジンの毅然とした言葉など無意味である。吟遊詩人の誇りはどこにいった。まぁその気持ちはわかるけども。


 「はぁ、奴らは後でぶっとばすとして俺はとにかくやらんのだ」


 同僚達の青ざめる姿が思い浮かぶが今それを嘆いても仕方ない。とりあえずは目の前の問題をどうするかだ。荷物は無くても何とかなる(後でこっぴどく文句言われるのは確定だが)考えるべきは捧演をどうするかだ。捧演を行う場所は領主しか知らないらしく誰に聞いてもわからなかった。


「ならそういえばいいのに。吟遊詩人が嫌がっているなら娘共も領主が止めるんじゃないのかい?」


 そのもっともな質問にジンは苦虫をかみ砕いたような表情となる。その頭に浮かんだのは過去のおぞましい光景だった。


「いや、そうなんだがそういうことを言うと勘違いする野郎がいてな……


 頼むからこれ以上言わせないでくれ」


 思わし気なジンに皆一様に不思議な顔をする。一体この吟遊詩人を此処まで怖がらせる理由はなんなのだと。何人かにはそのおおよその理由に見当がついたようであったがその言葉を口にするのはためらいがあった。


「……それってもしかして男色ってやつかい」


 だんまりを続けていた男共を見かねてケーラが核心をつく。


「やめろ、言葉にするな」

 

 ケーラが言い切る前にジンはうんざりしたかのように耳を塞いだ。最初はケーラの言葉にぎょっとした一同だったがジンの反応をみるとお互いに顔を見合わせ一斉に馬鹿笑いが広がった。


「仕方ねえ、お前の見た目が良すぎるのが悪い」


「そんなに嫌なら女抱いちまえ。いつでも替わってやるぜ」


 好き放題にのたまう客達にジンも声を荒げる。


「ふざけんな!マジであそこまで身の危険を感じたことはなかったんだぞ!


 俺だって好き好んでこんなになりたかった訳じゃねぇ!」


 ジンの懸命な言い分も酔っ払い共には届かない。むしろ笑いの種を作るだけである。これがジンの自らの姿に対するコンプレックスの原因だったりするのだが、容姿を変えること等出来ず今に至る。


「第一なんでこの国の連中は吟遊詩人と寝たがる?


 確実に出ていく奴らなんだぞ?」


 ジンはずっと持っていた疑問を口にする。片親だけで子を育てるのは容易でないはずだ。それをなぜ皆問題にしないのか。


「純粋に外から来た吟遊詩人に魅力を感じる娘は多いがね。


 一番の理由は音楽祭さ。あんたもあの熱狂を見ただろう?


 それで優れた吟遊詩人の子を持てれば子を領主に出来るって思う人が多いんだよ。


 事実ルチアーノも吟遊詩人の子だしね。この国史上最高の奏者と呼ばれているあいつを見ればそう思うのも無理はないさ。


 だから例え未婚の娘が吟遊詩人の子を持っても非難されないし、むしろ喜ばれるのさ。後の結婚相手にもね」


 私はそんなの関係ないと思うんだけどねぇとため息をつきながらケーラは遠い目をする。その瞳にはどこか寂し気な気配があったが、それを振り払うかのようにジンを見つめた。


「まぁ大方の事情はわかったよ。


 誰かが悪いという訳ではなさそうだ。若い子達があんたに熱を上げるのもわかるしね。だがうちの国の連中が迷惑かけた事には違いない。


 仕方ないねぇ。あんたら店はしまいだよ。あんまり時間はない。国の娘共の尻拭いをするとしよう」


 えーという声が一斉に上がったが、ツケを倍にするよ!というケーラの一言を前に皆先ほどまでの泥酔っぷりが嘘のように一斉に機敏な行動をとり始めた。


 「……何をする気だ?」


 その変わり様を呆然と眺めながらジンはケーラに尋ねた。


 「まぁ手品みたいなもんさ。


  安心しな。案内するよ。


  捧演を行う祠までさ」



 人懐っこい笑顔でケーラはそう答えるのだった。



毎度おなじみ曲紹介のコーナーです。


今回の曲はオペラ『椿姫』の劇中歌『乾杯の歌』です。


基本的にクラシック?なにそれおいしいの?という私ですがそれでもこの曲は聴いたことがありますね。どこでと言われると辛いんですが……


本来は男性と女性一人づつがソロで歌う曲なのですが、男達は大合唱になっちゃってます。


ですので実際の曲とは違うイメージですが、オペラ歌手の圧倒的歌唱力が楽しめる曲ですのでケーラの姿を想像しながら聴いて頂けるとうれしいです。


次回からの投稿は毎日行っていくつもりです。時間はちょっと不定期になってしまうと思いますがこれからも拙作を読んでいただけると幸いです。




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