5 レストラン「我が家」
「やべぇ。一式全部領主の館に置いてきた」
ウェリニアの街から離れた高台まで逃げてきたジンは思い出したかのようにそうつぶやく。すでに追ってくる気配もなくやっと落ち着いて今後の事を考えられるようになった。しかし現状はこの身一つで逃げてきたようなものだった。
「何度目だよ。その言葉つぶやくの。
これじゃなんぼ荷台があっても足りないぞ。
だからさっさとする事しろって……」
「あーわかった。俺が悪うございましたよ。
だが捧演も終わってないし、どーすっか」
捧演が終わっていない以上この国を去る事は出来ない。だが捧演を行う場所すら聞いていないのでどのみち誰かに案内して貰わなければならないだろう。それに吟遊詩人の証たる帽子や楽器も置いてきてしまった。
問題山積みの現状にうんざりしていると、かすかに人の声と軽やかな音楽が聞こえた。街の明かりはすでにかなり遠くにある。一体何だろうとその音の出どころを探すと海沿いに一つだけぽつんと灯る家の明かりが見えた。
そこから聞こえてくるのは厳つい男達の笑い声と微かに聞こえる女性の歌声。どうやらその明りは夜店らしい。店は繁盛しているようで店の外にも多くの人影が見える。
その笑い声と共においしそうな匂いが風に乗ってやってきた。その香ばしい匂いにぐぅ~という正直な腹が音をたてる。
「……行かんぞ。面倒に巻き込まれるに決まっている」
首を傾げながらこちらを振り向く相棒の機嫌は悪い。寝ている所を無理矢理起こされたからだろう。それでもその首下を優しくさすりながらなんとか言い宥める。
「そんなこと言っても情報を集めないとどうしようもないだろう?幸い多少は金を服に隠してあったから飯ぐらいは食えるさ」
あっけらかんと言うジンにカーズは深くため息をつくように首をうなだれると、観念したかのようにその明りへと向かっていった。
夜店からの声が直接聞こえてくる距離まで来るとその盛況ぶりが見て取れた。店の外まであふれた人だかりは乱雑に置かれた椅子やテーブルを取り囲みながら酒や料理をかき込んでいた。
辺りを見渡しても見えるのは厳つい声をした男ばかり。いつもならうんざりする光景だが先程までの逃走劇を思い浮かべれば気楽なものだ。悪意のない好意ほど厄介な物はないのだから。
そう判断し店へと続く一本道へと緩やかな丘を駆け降りた。浜辺に作られた道の終着点にあったその店は街の家々とは異なり暖かなオレンジ色に染められていた。店は思っていたよりも大きく側には厩舎もあるようで、すでに何匹かの馬体が繋がれているのが見える。
ジンはあえてカーズから降りずその店にまで行くことにした。どうせこの国の人間に自分の姿は知られている。ならば女性の姿が明らかに少ないだろうこの場所で聞き込みするのは悪くない手段だ。それに最悪の場合はそのまま乗って逃げればいい。
だがジンのその心配は杞憂に終わった。その場にいた男達はものの見事に出来上がっておりジンの事等気にも留めない。皆思い思いにその宴を楽しんでいた。内心ほっとしたままカーズから降り入り口近くまでやって来た時にその女性は現れた。
「ビールお待たせ!今日は存分に飲んでいきなぁ!
ただしツケは許さないどね!」
恰幅の良いその女性は両手に巨大なジョッキいっぱいに注がれたビールをいくつもお盆に乗せたまま大声を轟かせる。ジンは領主と同年代か少し上ぐらいであろう女性の声にこの国に来てから何度目かの驚きを覚える。
その声は領主と同じ癖が見られたから。全く吟遊詩人泣かせの国だな。普通の夜店の女主人がこのレベルだとやり辛くってたまらない。
そしてビールに殺到した客達をすり抜け、最後の一つを椅子に座って涼んでいた初老の男性に飲み物を渡しきると彼女は店の前で佇むジンに気が付いた。
「いらっしゃい!
……ってあんた話題の吟遊詩人さんじゃないかい?
どうしたのさ。そんな恰好で」
その威勢のいい声は喧騒の中でもはっきりと辺り一面に認識される。と同時に場の視線はジンへと集まる。これはやばいか?ジンはカーズの手綱へと力を籠めるがそれを静止したのもその女性だった。
「そう構えなさんな。取って食いはしないよ。
あんたらさっさと席を空けな!めったにないお客様だ。
ほらどいたどいた」
客達からはえーという不満が広がるが彼女の一喝で男たちは笑いながらその指示に従う。あっという間にテーブルと椅子が用意され客達に誘われるがままジンは椅子に腰を下ろした。
「ようこそ!レストラン〝カーザミーア″へ!
私達は誰だって歓迎するよ。
金さえ払ってくれるならね!」
豪快にビールをテーブルへと置きながらこの店の女主人ケーラはその吟遊詩人を出迎えるのだった。
「あんたの話は主人から聞いてるよ。
なんだってえらい演奏して見せたそうじゃないか?」
両手に料理を運びながら再び語りかけてきた彼女はジンの倍ほどの大きさを誇っていた。縦にではなく横にだが。
その迫力に圧倒されそうになるが、ジンの視線はすぐに彼女が持つ料理の数々に移る。その香ばしい香りを漂わせるのは色とりどりの海鮮料理。真っ赤に茹で上がった大きなエビや様々な魚が入ったスープ。そしてチーズたっぷり乗せられたバケット等どれも素晴らしく美味しそうだった。だが一つの疑問が浮かぶ。
「ありがとう。おかげでえらい目にあったけどな。
しかしあなたの御主人とどこで出会ったのだろうか?」
「検問所でロバを引き連れたでぶっちょに会っただろう?
そいつが私の旦那さ」
「だれがでぶっちょだ!お前も大して変わらんだろうが。
旦那ぁ、あの演奏感動しやしたぜ。
ゆっくりしてってくんな!」
その声に客達から一斉に笑い声が上がる。ジンはその声の主を思い出す。あぁ検問所で会ったあの男か。結局あの騒動の中で別れも言えなかったのだったか。
出された料理を早速口にしながら店の主人に礼を言う。一口食べただけでこの辺鄙な場所にある店がこれだけ繁盛する理由がわかった。美味しい料理と気の利いた女主人これだけあれば十分だ。
「今笑った奴はしっかり覚えてるからね!
会計の時に自分の迂闊さを呪いな!
あんたもだよ!あとで覚えときな!」
「ケーラそりゃねぇよ!」
ほうほうから嘆き声が聞こえるがそれすらも笑いの種の様だ。ケーラと呼ばれた女性は最後の皿を置き終えるとジンへと笑いかける。
「バカしかいないがあんたに危害を与えさせはしないよ。
そんな事したらこの店出禁にしてやるから。
あんたら分かったかい!?」
応よ!酔っ払いの客共から一斉に同意の声が上がると、皆先ほどまでと同じような喧騒に戻っていった。
「ありがとう。いろいろと」
ジンはケーラに改めて礼を言うが、ケーラが手を振りながらそれを制する。
「礼はいらないよ。
とりあえずはその腹の虫をやっつけちまいな。
自慢の料理が冷めちまわないうちにさ」
そしてケーラは忙しなく仕事へと戻っていった。そしてジンの前に残されたのは大量に置かれた料理の数々だった。
「確かにこいつは強敵だ」
目の前に広がる料理の前に舌なめずりしながら、何から食べようかという贅沢な悩みを抱えながらまずはバケットに手を伸ばすジンだった。




