第四章⑤
使用人用のドアから出てすぐ、ピーは種を発動させる。さまようように宙に蔓を伸ばす種がより強く反応するほうへ向かえばいいから、二人は走る。
「みんなが安心してこの国で生きていくためにさ、こんな悪はのさばらせてちゃだめなんだよ」
走りながらピーは言う。その声音から、ペストマスク越しの横顔から、ただの仇討ちではない強い意志を感じる。
「僕たち薬売りがもっと、自分たちも力のある者としての自覚を持って生きていたら、抑止力になり得たんじゃないかなって思うんだ。だから、僕はクインガーデナーであるお嬢さんの味方だし、今回の悪事の当事者たちは倒す」
「……ピー以外の薬売りは、クインガーデナーの味方じゃないのか?」
決意のこもったピーの口調に、ジャックは疑問に思う。ピーしか薬売りを知らなかったが、この言い方ではピーは他にもいる薬売りたちの中で異端ということになる。
「ガーデナーが女王に重用されるようになってからは、手を貸さないことに決めた薬売りが多かったらしい。あの惨劇のあと、女王がランバージャックを粛清してからはさらにだ。自分たちもいつ難癖をつけて消されるかわかんないって、みんな裏に隠れたんだ。でも僕は、小さなお嬢さんがたったひとりでクインガーデナーとしてやっていこうとしている姿を見て、力になろうって決めたんだ」
そんな決意があったのかと、ジャックは納得した。だから、本当は表に出るのが嫌なのに、ロランヌのお願いを聞いてクインガーデナーを頼れない貧しい人々に薬を売ってくれたのだろう。
「──ここだ」
三番街と四番街の狭間にある、通称教会地区でピーは足を止めた。彼が手に持つ種から伸びる蔓は、ある建物に向かっている。
「ここに僕を襲ったやつがいるのは間違いない。それに、薬のにおいもする」
言うや否や、ピーは目の前の建物の木製のドアを蹴破った。忍ぶつもりも潜むつもりもないらしい。狭い室内で乱闘になることも覚悟して、ジャックは武器を構えた。
「何だてめぇら!?」
「うるさい」
「ぐぇっ」
飛びかかってきた敵に、ピーは懐から取り出した種を放った。直後、その種が破裂音をさせて爆ぜる。
「ピー、何だそれ?」
ピーの種を逃れた者を斬り伏せながらジャックは尋ねた。種の爆発によって倒れた者は、その部分が抉れている。多くの者が胸のあたりだ。
「発芽するときに熱と衝撃を伴う種。発芽しろって命じてるだけ」
「お、おう……」
ピーの答えを聞いて、間違っても流れ弾を食らわないようにとジャックは気を引き締めて進む。
進めども進めども先々で阻むように敵が現れる。大抵のものはピーの爆破種によって倒れるが、逃れてジャックに向かってくる者もいる。
ジャックはそれらにナイフを投げ、足を止める。そして一歩で距離を詰め、後ろに回り込んで首筋を一閃する。
ジャックたちの侵入に気づきあとからやってくる者たちは斧や棒などの武器になるものを携行しているが、そんなものは無意味だ。だが、いかんせん数が多い。
「これじゃ俺を襲ったやつを取り逃がす! 一気に畳むよ」
ピーが言ってジャックが返事をするより前に、彼は突然立ち止まって床に手をつけた。その直後、ドンッという音と共に床板をぶち破ってたくさんの植物が生えてきた。生えた植物は瞬く間に成長し、ジャックたちに襲いかかろうとしてきた敵を片っ端から枝に絡めとっていく。
いつまで湧いて出続けてくるかわからない敵をすべて倒すのは無意味と考えたらしく、ピーは相手の動きを止めることにしたようだ。
まずいと思って引き返そうとする敵も伸びた枝がまとめて絡め取り、ジャックとピーの他に動く者のいなくなった廊下を二人は駆けていった。
「いた! 動くな!」
廊下を進んでいくと、建物の裏口についた。そこには、荷物をまとめて逃げ出そうとする数人の男たちの姿がある。ここにくるまでの間ピーが握りしめていた種から伸びる蔓が、そのうちのひとりを絡めとって雁字搦めにした。
「逃がすかよ!」
捕まった仲間を見捨て逃げようとする他の奴らも、ジャックが投げナイフを放ってドアに縫い止めた。そのあと、手刀で意識を奪う。誰ひとり逃げられなくしてから、ピーは雁字搦めにした敵の襟首を掴んで締め上げる。
「この組織の親玉は誰だ? なぜこんなことをする!?」
日頃の飄々として掴みどころがないピーの姿からは想像もできないほど、怒気を孕んだ声だった。貧しい人々のために薬を売っていただけなのに命を狙われたのだ。怒るのは当然のことと言える。だが、怒りをぶつけられ体を拘束されても、相手の男は怯むことはなかった。
ピーの顔を正面から見つめ返し、不敵に笑う。
「キング様の大いなる計画の妨げになるから、排除しようとしたまでだ。この生ぬるく腐った国で目覚めないまま死んでいくお前のような者には、あの方の計画は理解できまいが」
「キング様? 計画? お前は何言ってるんだ? 貧しい人に怪しげな薬を与えて冥界の庭に寄生植物生やして昏睡にするのが大いなる計画だっていうなら、ずいぶんと崇高な計画だな」
「この国を生まれ変わらせるための贄となるのだから、路地裏で野垂れ死ぬより有意義だろ。キング様は無意味な者の生にも意義を与えてくださる」
「ふざけるなよ!」
男の言い分に腹を立てたピーが、声を荒らげた。それに呼応するように、男を締め上げる蔓にさらに力が入る。ゴキグキッと嫌な音がして、男の顔が苦痛に歪んだ。
「俺を締め上げたところで何も変わらない。薬は作られ続けるし、貧しい者は夢を見続ける。こんな現実で生き続けるよりも、朦朧とした意識の中で束の間幸せな夢を見たほうがマシというものだからな」
「他に薬を作る場所があるってことか!?」
「そもそも、俺たち自体が陽動だったとも気がつかんのか?」
苦痛に耐えながらも、男は勝ち誇った笑みを浮かべていた。不吉に思い、ジャックは〝目〟を開いた。
「ピー、危ない!」
ジャックがピーの冥界の庭を覗くと、何者かの手が伸びてきてメグスリノキを害そうとしていた。身動きが取れないはずの、目の前の敵の手だ。こいつが能力を使ってピーの冥界の庭に攻撃をしようとしているとわかって、ジャックは咄嗟にナイフを投げた。
「ぐわっ」
ピーが男から距離を取り、飛んできたナイフはぐるぐる巻きついた蔓越しに男の胸を貫いた。胸に血がにじみ、男は口から血の混じった泡を吹く。
「……今頃キング様は、大望を叶える足がかりを得ているはずだ。お前たちが、こんなところで無駄足を踏んでいる間にな」
血の泡を吹きながら、男はなおも勝ち誇ったように言う。その言葉や態度から、ジャックは自分たちがここにいるのは間違いだと気がついた。
遅かれ早かれここへ来るよう誘導されていたのだと理解した途端、背中に嫌な汗が走る。
「キング様は、必ずあの女狐を蹴落とし、明るい世界を……開いてくださる。ガーデナーばかりが優遇される腐った世界ではなく、ランバージャックこそが……」
最後まで言い終えることなく、男は脱力して動かなくなった。
「……くそっ」
自分たちがまんまと敵の策に嵌っていたことがわかり、ジャックは苛立った。
嫌な予感がしながらも、その正体をまだ掴めていない。だから、これまで集めた情報を精査するしかない。
「キングってなんなんだ……女狐ってのは、女王の悪口だろう?」
ピーの呟きに、ジャックはひらめきを得た。
「女王の悪口……わかった! 女王への反逆を企てる者たちだから親玉が〝キング〟なんて名乗ってて、時計塔をシンボルマークになんて使ってるんだ!」
この国には、時計塔より高い建物は存在しない。なぜなら、女王がおわす飛空城に近づく行為は不敬に当たるから。そのため、女王への敬意が強い国民は時計塔にすら登らないほどだ。
女王へ敬意を抱いていないからこそ、こいつらは時計塔をシンボルマークにしているということだ。
「てことは、今回の事件を起こしたやつらは、女王へ反逆を企てるランバージャックの残党や能力を持った者たちってことになる。さっき、大望を叶える足がかりを得てるはずだって言ってたけど……」
ランバージャックがすべて粛清されたわけではなく生き残りがいたこと。不遇の者たちを集めて女王への反逆を企てていること。今回の薬の件が計画の一端に過ぎないこと。
これらのことが繋がった瞬間、ジャックの嫌な予感が突然形をとった。
「やばい、ピー! 屋敷に戻らないと!」
「どうした?」
裏口から飛び出て走り出したジャックを追いながら、ピーが問う。説明するのももどかしいが、これからの局面は人手が少しでもいることがわかっていた。だから、ジャックは口を開く。
「ロール様が危ない! ランバージャックが女王への反逆として狙うなら、クインガーデナーしかいない!」
「そうか……!」
口にした途端、さらにその不安は濃密なものとなった。それはピーにも伝わったらしく、隣を走る彼も焦っているのがわかる。
どうか間に合ってくれ、杞憂であってくれ──そう願いつつ、ジャックは夜の道を屋敷へ向かってひた走った。




