第21話「戦費予算案」
王家議会は、重苦しい空気に包まれていた。
高い天井、円形に並ぶ席。
中央に王家の紋章。
本来ならば第一王子が議長を務める場だが、今回は特例として、宰相グレゴールが進行を担う。
「議題は、北方軍増強に伴う戦費予算案」
低く、よく通る声。
資料が各席に配られる。
アルベルトは静かに頁をめくる。
その隣、傍聴席にエレノアの姿。
公式な立場ではない。
だが、今日の議題に無関係ではない。
「昨年度比、二割増」
グレゴールが淡々と続ける。
「財源は三点」
指先が資料を示す。
「一、関税引き上げ」
「二、王家直轄地収益」
「三――」
一瞬、間が空く。
「婚約破棄対象家門の再編資産」
ざわめきが広がる。
やはり。
エレノアは視線を落とす。
数字は冷酷だ。
「効率的な再配分です」
グレゴールが言う。
「不要な家門の資産を、国家防衛へ」
第一王子ルシアンが静かに頷く。
「合理的だ」
議場に同意の声が広がる。
アルベルトは手を挙げた。
「発言を」
空気が引き締まる。
「認める」
ルシアンの声。
「婚約破棄対象家門の再編資産、その内訳を公開すべきだ」
ざわめき。
「機密だ」
ルシアンが即答する。
「総額のみで良い」
「敵に情報を与える」
「敵は数字を知っている可能性が高い」
静かな反論。
「隠す相手は民か?」
空気が張り詰める。
グレゴールが杖を鳴らす。
「公開は慎重にすべきだ」
「慎重とは、いつまでだ」
アルベルトは続ける。
「三年前からの急増と、戦費増額が連動している」
議場がざわつく。
「偶然ではない」
「当然だ」
ルシアンが言う。
「国家は連動する」
「ならば説明できるはずだ」
沈黙。
エレノアの鼓動が早まる。
「兄上」
アルベルトが言う。
「この予算案は、婚約破棄制度の運用を前提としている」
「そうだ」
「ならば運用の妥当性を検証せずに承認はできない」
空気が重く沈む。
ルシアンの瞳が鋭くなる。
「王家の判断を疑うのか」
「疑問を呈する」
「同じことだ」
「違う」
アルベルトの声は低いが、揺れない。
「王家は疑われても耐えられる存在であるべきだ」
一瞬の静寂。
エレノアは、その言葉に胸が熱くなる。
グレゴールが口を開く。
「議論を整理する」
冷静な声。
「予算案の是非と、婚約法運用は別問題だ」
「別ではない」
アルベルトが即座に返す。
「財源として組み込む以上、不可分だ」
論理は通っている。
だが議場は揺れる。
ルシアンが立ち上がる。
「時間がない」
低い声。
「北方は待たぬ」
「民も待たぬ」
アルベルトが返す。
兄弟の視線がぶつかる。
理念と理念。
「予算案は、暫定承認とする」
ルシアンが言う。
「ただし」
一瞬の間。
「婚約法運用の概要説明を、後日公開する」
議場がざわめく。
譲歩。
小さいが、確実な。
アルベルトはゆっくり頷く。
「記録に残せ」
書記官が筆を走らせる。
会議は散会となる。
廊下。
アルベルトが歩く背に、エレノアが追いつく。
「一歩、ですね」
「半歩だ」
苦笑。
「だが進んだ」
その時、背後から声がかかる。
「見事な論理でした」
振り向く。
イザベラ。
傍聴席にいたのだ。
「あなたの国は、面白い」
「面白がっている場合ではない」
アルベルトが言う。
「いいえ」
イザベラは静かに微笑む。
「理念が衝突する国は、強くなれる」
視線がエレノアに向く。
「甘さの代償は、払いましたか」
痛い問い。
「まだです」
エレノアは答える。
「これからです」
イザベラは満足げに頷く。
「公開討論、楽しみにしています」
去っていく王女。
アルベルトが小さく息を吐く。
「外堀が埋まっていく」
「退けません」
「退かない」
静かな確認。
戦費予算は暫定承認。
だが、婚約法運用の説明義務が生まれた。
制度は、今や公の議題。
そして。
公開討論の舞台が、着実に整いつつあった。
甘さの代償は、まだ終わらない。
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