第20話「甘さの代償」
王都郊外、王家所有の温室。
冬でも花が咲くその場所は、公式行事には使われない。
だからこそ、選ばれた。
エレノアが案内された時、すでにイザベラはそこにいた。
陽光を透かす硝子屋根の下、白い椅子に腰掛け、咲き誇る冬薔薇を眺めている。
「お待ちしておりました」
振り向いた笑顔は、驚くほど自然だった。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
礼を交わす。
周囲に護衛はいるが、距離はある。
私的会談。
「驚きました」
イザベラが率直に言う。
「あなたが私に会いに来るとは」
「確認したいことがありました」
「嫉妬ですか?」
さらりと言う。
エレノアは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに答える。
「それもあります」
正直な返答に、イザベラは楽しそうに笑う。
「安心しました」
「安心?」
「感情のない方かと思っていましたので」
薔薇に触れながら言う。
「私は政略の駒です」
「ええ」
「ですが、愚かではありません」
視線が鋭くなる。
「この縁談が、王位争いの一手であることも承知しています」
エレノアは黙って頷く。
「あなたは殿下の何ですか」
唐突な問い。
言葉が喉に詰まる。
「……共犯者です」
最も近い言葉を選ぶ。
イザベラは目を細める。
「恋人、ではなく?」
「それも、否定しません」
静かな肯定。
温室の空気がわずかに揺れる。
「私は、あなたの敵ではありません」
イザベラが言う。
「王女としては、縁談を受け入れる覚悟があります」
「では」
「ですが」
続ける。
「王として立つ人が、自ら選ばぬ縁談に縛られるのは好みません」
その言葉に、エレノアは息を呑む。
「あなたは」
「私は、強い王の隣に立ちたい」
まっすぐに言う。
「迷いを隠す王ではなく、覚悟を持つ王の」
沈黙。
エレノアは理解する。
この王女は、ただの駒ではない。
「殿下は、決断を先延ばしにしています」
「承知しています」
「あなたはそれを許容するのですか」
痛い問い。
「……今は」
「それは甘さです」
イザベラの声が低くなる。
「甘さは、政治では代償になります」
胸に刺さる。
エレノアは視線を逸らさない。
「代償は払います」
「何を」
「立場を」
言い切る。
「王妃になれなくても、構いません」
温室の空気が止まる。
イザベラの瞳が揺れる。
「本気ですか」
「はい」
「彼を愛しているのに?」
「愛しているからです」
静かな答え。
「彼が王になるなら、その選択を支えます」
イザベラはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと微笑む。
「……あなたは危険ですね」
「よく言われます」
同じ言葉。
イザベラは立ち上がる。
「この縁談、私は拒否しません」
心臓が強く打つ。
「ですが、条件を出します」
「条件?」
「公開討論」
意外な言葉。
「王位継承と婚約法の運用について、兄弟が公開の場で議論すること」
エレノアは目を見開く。
「それは……」
「曖昧なまま縁談を進める気はありません」
王女の覚悟。
「国を結ぶなら、理念も示すべきです」
政治的な一手。
同時に、試金石。
「殿下は受けるでしょうか」
「受ける方だと聞いています」
静かな笑み。
「あなたが隣にいるなら」
その言葉に、胸が熱くなる。
別邸に戻ると、アルベルトが待っていた。
「どうだった」
「……賢い方です」
「そうだろうな」
「条件を出されました」
「何だ」
「公開討論」
アルベルトの目が細まる。
「兄上と、理念をぶつける場を」
沈黙。
やがて、彼は小さく笑う。
「面白い」
「受けますか」
「受ける」
即答。
エレノアの胸が強く打つ。
「退路は」
「もうない」
低い声。
「甘さの代償は、払う」
視線が交わる。
「エレノア」
「はい」
「私は勝つ」
「ええ」
「そのために、君を失う気はない」
甘い。
だが戦の匂いがする。
公開討論。
王位継承。
婚約法。
すべてが一つの舞台に乗る。
温室の甘い香りは消えた。
残るのは、冷たい決意。
恋は消えていない。
だが。
その甘さは、代償を伴う。
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