第18話「隣国の王女」
王宮の迎賓館は、久しくないほどの華やぎを見せていた。
白と青の旗が掲げられ、楽団が静かに調律を行っている。
隣国レガリア王国より、正式な使節団が到着したのだ。
名目は「友好確認」。
だが、王都の誰もが知っている。
それが政略の匂いを帯びていることを。
別邸の窓辺で、エレノアはその報せを受け取った。
「王女イザベラ殿下が、第二王子殿下と個別会談を望まれているとのことです」
セシルが淡々と告げる。
胸の奥が、ひどく静かに締めつけられる。
「……正式な打診ですか」
「はい。第一王子殿下も承知済みと」
つまり。
王家として歓迎している。
アルベルトが迎賓館へ向かったのは、その一刻後だった。
迎賓館の応接室。
陽光を受けて立つ少女は、思っていたよりも若い。
金に近い蜂蜜色の髪を結い上げ、澄んだ緑の瞳を持つ。
イザベラ・レガリア。
まだ十八。
だが、その立ち姿は堂々としている。
「第二王子殿下」
柔らかく一礼する。
「お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
アルベルトも礼を返す。
形式的な挨拶が交わされた後、侍従たちが下がる。
二人きり。
「単刀直入に申し上げます」
イザベラは笑みを浮かべる。
「私の父は、この縁談を望んでいます」
「承知している」
「ですが」
彼女の目がまっすぐに向く。
「私は、あなたの評判も承知しております」
評判。
「婚約法の透明化を求めた王子」
アルベルトは無言で頷く。
「興味深い」
イザベラは小さく笑う。
「あなたは、国をどうしたいのですか」
唐突な問い。
「守りたい」
「何を」
「民を」
迷いなく答える。
イザベラの瞳がわずかに輝く。
「理想家ですね」
「現実も見ている」
「そうでしょう」
彼女は椅子に腰掛ける。
「私は駒になる覚悟があります」
さらりと言う。
「国家のために」
その言葉に、アルベルトの脳裏に別の顔が浮かぶ。
エレノア。
「ですが」
イザベラは続ける。
「駒であることと、目を閉じることは違います」
視線が鋭くなる。
「あなたは目を閉じない方だと聞きました」
「……誰から」
「噂は早いものです」
王都の動きは、既に隣国へ届いている。
「縁談は、政治です」
イザベラは率直に言う。
「あなたが受ければ、両国は強く結ばれる」
「受けなければ」
「疑念が生じる」
静かな事実。
「あなたは受けますか」
まっすぐな問い。
アルベルトは沈黙する。
国家のためなら、受けるべきだ。
だが。
「……検討する」
それだけを答える。
イザベラは微笑む。
「賢明です」
立ち上がる。
「私は、あなたの敵ではありません」
「承知している」
「そして」
一瞬、表情が柔らぐ。
「あなたの隣に、すでに誰かがいることも」
空気が止まる。
「……」
「噂です」
小さく笑う。
「安心してください。私は恋をしに来たのではありません」
扉が開き、侍従が戻る。
「政治は退屈です」
イザベラは振り返りざまに言う。
「ですが、あなたの国は面白い」
去っていく背中。
アルベルトは深く息を吐く。
夜。
別邸。
エレノアは資料を整理していた。
扉が開く。
「殿下」
「イザベラ殿下と会った」
率直な報告。
「……」
胸が波打つ。
「賢い方だ」
「そうでしょうね」
声は静か。
「縁談は」
「検討すると答えた」
一瞬、視界が揺れる。
だが、顔には出さない。
「国家のためなら、当然です」
「エレノア」
呼ばれる。
「私は」
「はい」
「駒になる気はない」
低い声。
「だが王族である以上、利用はされる」
「承知しています」
「それでも」
彼が一歩近づく。
「私の選択は、私が決める」
視線が交わる。
胸が強く打つ。
「私は、あなたの妨げになりません」
静かな宣言。
「妨げではない」
即答。
「支えだ」
甘い。
だが不確実。
外で夜風が鳴る。
政略の影が、確かに近づいている。
恋ではなく。
政治の三角形が、静かに形を成していた。
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