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15  最後の愛


『アデラ・ナバロウ』


名前を呼ばれたアデラは真っ赤なドレスを翻して、陛下の前に立つ。


会場の全ての者に

『アデラの行動に不審な点があれば、即捕らえよ』

と通達がいっている。


それ故今までにない緊張が会場中に走る。


アデラは陛下の前に立つと、優雅にカーテシーをする。

実に堂々としたものだ。

何も知らない招待客から、ほーっとため息が漏れた。


流石ヒロイン。皆の心を掴むのは本当に上手い。

商才もある。もちろん顔も美しい。

根性だけが本当に悪かった。


アデラは会場の雰囲気に気分を良くし、自信を深めた。

そして、一言陛下に告げた。


「陛下ぁー。私の事を好きになっちゃいましたかぁ? 好きになったのならこれ、飲んでくださぁい」

アデラは何の策略を企てる事もなく。陛下に瓶に入った水を差し出す。


俺を含め、警備をしている者全てひっくり返りそうになった。


「そのまま渡すんかい?」


『アデラには気をつけて下さい』と言われていた陛下も、少しは緊張していたようだ。だが、拍子抜けした様子でぶっきらぼうに俺にアデラから受け取った瓶を渡す。


「あれ? 陛下ぁ? 私が渡したお水飲まないのですか?」

アデラは陛下も間違いなく、自分の笑顔で惚れさせられると本気で思っていたらしい。


「陛下が毒味もなく、飲む訳がないだろう」

トマスがあきれ顔で言う。


「トマス・・あなた・・私にそんな厳しい口調で話すなんてどうしたの?」


トマスは眉をピクリと動かしただけで、何も言わない。

トマスがアデラの気を引き付けている間に俺は瓶をクレメンテに渡す。


「皆さん見てください。彼女が陛下に渡した瓶の中を拡大したものです」

微生物サイズを拡大したものが白い垂れ幕に写し出された。

何か気味の悪い物が蠢いている。卵から孵ったばかりの幼虫だ。


「何? あの動いているのは生き物なの?」

「あれが入っているのを陛下に飲まそうと思ったのか?」


会場はざわめいた。


「アデラ・ナバロウは寄生虫を自由に操れるパラサイトテイマーだ。今瓶の中の物を陛下に飲ませてこの国を自由に操ろうとした。衛兵、この女を捕まえろ」


俺が命じると、衛兵がアデラを掴まえようと剣を突き出した。

その時、アデラの体が、頭の先から崩れるようにボタッボタッと床に落ちていく。そして、消え去った。

アデラのいた辺りには赤いドレスと蠢く虫で覆い尽くされた。アデラは寄生虫で自分を作っていた。これだけの寄生虫を操り自分そっくりに動かせるなんて、恐ろしい能力だ。


あまりの気持ち悪さに辺りはパニックに陥る。しかし、これをあっという間に処理した人物がいる。クレメンテだ。


彼はこの状況を狂喜して、素早く全てを捕獲し、箒で掃いて袋に詰めた。

「これだけあれば、暫く研究材料に事欠かないぞ」


流石、パラサイト研究の第一人者だ。

ここで俺は我に返った。

「そうだ、アデラだ。アデラを探せ」

さっき確かにアデラの心の声を聞いた。つまり、アデラ本人もこの会場のどこかに来ていたはずなのだ。

沢山の人の中に、ひときわ目立つ金髪の女が、人目を避けるように会場から出ていこうとしている。


「東側のドアにいる女を掴まえろ」と叫んだが騒ぎが大きく伝わらない。その間にアデラは易々と出ていった。


王宮騎士の一人が、ふらぁっと俺の前に立ち塞がる。

「なんだ? 持ち場を離れるな。お前は確か王宮第2騎士団の・・」


俺は話を止めて相手の目を探るように見た。


こいつは操られている。


ボーッとした騎士は、腕に重りでもついているのかと思うほど、緩慢な動作で俺に小さいメモを差し出す。


「なんだ?」


開くと、恐ろしく拙い字が書かれていた。


『式神って、アルが私を見張る為につけてたんだね。仲良くなれると思っていてのに残念ー 

ぷんぷん

でも、緑の宝石が付いた指輪を持って来たら許してあげる。持ってこないとルシアにお仕置きしちゃうぞ(笑)

≪無垢の泉≫で待ってるわ』


クソッ。既にルシアを連れ去られていたなんて・・


俺は自室に戻り、指輪をはめる。


そして、ヴォルダ家に向かう。


ヴォルダ家に着いた時には騒然としていた。

近くの使用人を掴まえる。

「ルシアはどこにいる?」


「それが、侍女と護衛の騎士2人がルシア様を盾に連れ去ったんです」

既に、ここにもアデラの手がまわっていたのか。


今にも高血圧で倒れんばかりに叫んでいるヴォルダ侯爵に向かって走る。

「侯爵、ルシアの居場所は分かっている。今から取り返しに行くから、ここで待っててほしい」


「では、我が騎士団を連れて行ってください」


俺はヴォルダ侯爵の申し出を手で制した。

「ヴォルダ侯爵の気持ちは嬉しいが、この騎士団の中に操られている者がいないとは限らない。だから、私一人で行く」


「殿下にもしもの事があれば、ルシアに顔向け出来ない。どうぞ殿下、ご無事でお戻り下さい」


ヴォルダが悲痛な面持ちで俺の手を握る。


俺がここまで走らせて来た馬は、急がせ過ぎたせいでもう走れそうにない。侯爵に馬だけ借りる。

『よし、行くぞ』と手綱を握った時声が掛かる。


「殿下お待ち下さい」


俺を止めたのは、トマス、ノアン、カンデとリタだった。


「俺たちは絶対に操られていないだろう?」

カンデが胸を叩く。

三人も頷く。


「ありがとう。心強いよ」

俺はこの緊急事態についてきてくれる事が嬉しかった。


魔物や敵なら、俺も対処できるがあの気持ちの悪い虫に、少なからず恐怖を抱いていた。

彼らもそうに違いない。

だから、涙が出そうなほどありがたかった。

「よし、行こう」

俺は馬に跨がって、アデラが待つ『無垢の泉』へ急いだ。




『無垢の泉』の近くにクレメンテが待っていた。


「わしがアデラにパラサイトの生態を教えたばかりにこんな事になった。だから、わしでも役に立つ事をしようと思う」


クレメンテは、大きなガラス瓶を二つ持っている。


「その液体は何ですか?」


俺は泥水色の不気味な液体を眉根を寄せてみた。

「まあまあ、その時が来たら教えるよ」

クレメンテが悪戯っ子のようにワクワクしている。


本当にクレメンテはこの状況を分かっているのか?

だが、今この中で一番頼りになる人物はクレメンテだ。



木々の間を歩いて行くと、目の前が開けた。

直径10メートルの泉がある。

コポコポと底から清らかな水が湧き出している。泉はせいぜい大人の膝辺りの深さだ。


その水底に魔方陣が書かれているのが見えた。


そして、その泉の向こう側にアデラと侍女と二人の騎士に掴まっているルシアがいる。


「来ないで下さい、アル様」

ルシアは健気にも震える声で叫ぶ。


ーー{ルシア} 私のせいでアル様が傷付けられる事は絶対に嫌。それならば・・


ルシアの心の声に俺は焦る。

「ルシア、君がいないと俺はこの世界では安らぎがない。君の綺麗な心だけが俺の癒しなんだ。だから、一緒に帰ってずっと傍にいて欲しい」

だから、無茶はするな。


「えー? どういう事なの? 攻略対象と悪役令嬢が両想いなんて聞いてないわよ?」

アデラが頭を抱えて、ぶつぶつ文句を言っている。


「お前が持ってこいと言った指輪は持ってきたぞ。ルシアを解放しろ」


俺は指輪を高く上げる。


「あー。それそれよぉー。こっちに投げて頂戴」


ーー{アデラ} ふふふ。指輪も王子様もトマスもノアンも私の操り人形にしちゃおう。

まずルシアを囮に王子にパラサイト投入。

今度は王子を囮にトマスとノアンもパラサイト投入。

えーっとカンデは・・・一応仲間にしとこう。


俺はあの虫が体内に入ると思うと背筋が凍った。


「クレメンテ先生、出番です。あの女はルシアを解放する気はないようです」


なんとかしてくれー

俺は一縷の望みを掛けて先生にすがる。


「任せなさい」

クレメンテ先生は二つの瓶の口を開けて交わらない様に地面に流す。


異様な匂いが辺りに立ち込める。

すると、ルシアを押さえていた騎士二人がピクピクと痙攣をして倒れた。同じく侍女も倒れた。

すると、鼻の穴から例のあれが出てきた。

遠目でも分かる、気持ち悪さ。


ルシアが逃げ出すが、アデラの方が速かった。

すぐにルシアの腕を掴む。

「危なかったー。全く何をしたのよ? せっかくの操り人形がいなくなったでしょう」


「ハードンカプリから採取した雄雌両方のフェロモンをぶちまけたんじゃ。釣られて体内から出てきたのう」

クレメンテは作戦が上手く行って上機嫌だ。


ルシアは体を捩って逃げようとする。


「まだ、肝心な物を受け取っていないのに、逃げられては困るのよぉ」

アデラがルシアの喉に短剣を突きつけた。


「止めろ。お前が欲しがっていた指輪をやる。だから、ルシアを放せ」

俺はアデラの近くに指輪を投げた。


アデラはじっと考えていたが、ルシアの腕を掴んだまま、指輪を拾いに行った。


「キャー!! やったわ。全部宝が揃ったわ」

アデラは歓喜の叫び声をあげていた。

そして、5つの宝を泉に投げ入れて行く。  


クレマンから獲った、赤の宝石のブローチ。(偽)

ポチャンッ  


フレディーから獲った、黄色の宝石が付いたハンカチ。(偽)

ふわッ  


トマスから獲った、紫色の宝石のネックレス。(偽)

ポチャッ  


カンデから獲った、青色の宝石の短剣。(偽)

ボチャンッ 


俺から獲った、緑の宝石の指輪。

(本物)

ポチャ  


全ての宝石が浅い泉に消えた。


すると水底が金色に光り出す。

そして、水の中から金色の鍵が浮かび上がってきた。この時、アデラの隙を見てルシアが逃げた。


アデラは目の前の鍵に夢中でルシアの事はどうでもよくなっていた。


俺は走ってルシアを向かえに行く。そして腕の中に抱き締めた。

その泉の向こう側でアデラは鍵の光に照らされている。


アデラはそれを手に取ると、感極まり、涙を流して歓喜を上げる。


「キャー。キャー。やったわ。本物の至宝の鍵よ!! 私はこれで最後の愛を手に入れるのよ」


俺の姉も現世で鍵を手にした喜びで大騒ぎしていたなぁー

とぼんやり思い出していた。


≪無垢の泉≫から幅5メートル、高さ4メートル程の大きな扉が出てきた。

両端には、美しいレリーフが彫られた柱。そして石づくりの荘厳な扉の真ん中に鍵穴があった。


アデラに向かって階段が伸びている。アデラはまっすぐに背筋を伸ばし、ゆっくりと扉に近づく。

アデラのブロンドが揺れて、一枚の絵画のようだ。


そして鍵を差し込み、回す。




ギギギーーー

重い扉がゆっくりと開く。




扉が開くと、一斉に目を血走らせたオークが大勢出てきた。

鍵を持つアデラを見つけ、オーク達は『ウォーーー』と雄叫びを上げた。

魔物の中でも最強クラスの絶倫を誇るオーク達は、叫ぶアデラを抱えて再び扉の向こうに消えて行った。


「嫌ァァァァーーーー」


パタンッ



扉が閉まり、扉が光る粒子となって消えていく。


うん。前世と同じだ。

姉も叫び声を上げてたな。


『The last innocent kingdom of orcs』

通称『ラスキン』

最後の無垢なオークの王国


みんな固まっている。

そうだよな。俺も初めてゲームで見た時は固まった。


姉に頼まれてやったクエストや、攻略対象の好感度上げ。一体何の為だったんだと、呆然となったよ。

でも、よく考えれば人の大切な思い出の品々をポッチャンポッチャンと水に投げ入れるような奴に、まともな幸せが来てたまるか。

当然の結果だな。


ルシアがふるふると震えている。

ーー{ルシア} アル様の大切な指輪を私のせいで失ってしまった・・


「そうそう、あの指輪は恩賞代わりに人々に与える物で、在庫はいくらでもある。だから、町の人でも持っている者は大勢いる」


「そうなんですか・・」

ルシアは良かったとばかりに肩を下ろす。


気を失っていた騎士や侍女も目を覚ました。事の成り行きを呆然と見ていたトマス達も夢から覚めたように気を取り戻した。

「さぁ、帰ろう」

俺たちは泉を後にした。




ヴォルダ侯爵にルシアを届けると、私まで侯爵に抱き締められた。そして可愛い俺のルシアはまさかの宣言。


「アル様、私強くなります。そしてリタ様のようにアル様をお助けできるようになります」


「・・・私は今のままのルシアがいいんだが・・筋骨隆々は・・でも、どんなルシアでもずっと愛しているよ」


「申し訳ございません。殿下、娘を助けて頂いた方に言いたくないのですが・・もう少し離れて下さい」

ヴォルダ侯爵はブレないな。

いいところなんだから、気を利かせて欲しい。


無理か・・。


ゲームのストーリーも無事終わった。後はルシアと結婚式だ。

「ルシア、愛してる」

「アル、愛してます」


ついに『アル』呼び、来た~!

クッソ、可愛い~!!








遠く離れた≪無垢の泉≫で


『次の方をお待ちしています』とばかりに泉の底からブワッと泡を吹き出した。その後泉は再び静けさを取り戻した・・・


           

年末のご多忙な中、最後まで読んで頂き心より感謝しています。

誠にありがとうございました。


時節柄、どうぞお身体にお気をつけて良き新年をお迎え下さい。


(ころも)裕生(ゆう)



文末ですみません。

沢山の誤字脱字報告を承りました。お陰できちんと訂正することが出来ました。

ありがとうございました。

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