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苦い恋  作者: 春
3/3

3話

こんばんは。



事件も事故も、関係ないと思っているとある日巻き込まれるのだ。






「は???きみ、何をしてくれたんだ??」






電話の応対や指示受け、来客対応といつも通り騒がしい部屋の筈なのに、なぜかその声はしっかり響いた。



「ん?」


「なに??」



その声の出所に、視線が集まった。それは電話対応中の舞も例外ではなく、ごく自然に対応しつつも視線は1課に向ける。



最も、パーテーション等で区切られていて見えないので、見える位置から様子をうかがっている同じ2課の営業事務や営業マン達の様子を更に伺うしか出来ないのだが。



「え、やばくない?」



「マズいと思うわさすがに」



「やらかしたな、あいつ」



ざわざわと、どよめきに近いモノが上がっている。


いったい何事だろうか、と終わった電話の受話器を置けば舞が気にしているのが分かったのだろう、古澤が近づく。



「1課宛の書類が2課に届いてたって言って、さっき河野が1課に行ったんだが、そこのコードにけっつまづいてパソコン作業していた1課のエースのデータをパソコン毎、ぶっ飛ばしたみたいだな」



「え、何その地獄」



「おまけに、そのデータは完成間近でそのデータをもって明日の朝イチプレゼンあるらしいですよ」



米谷も舞にこっそり教える、その表情は我が身に起こったかのように暗い。



「エース君のってことは、でかい新年度の契約なのかしら」


「たぶん?詳細は知らねえけど。アイツ動かす金額デカいからなぁ」


「昼前にやってくれますよね。河野さん。



舞先輩、ランチミーティング行きましょう」


「そうね。先行きは気になるけど、触らぬ神にたたりなし、ね」




2課の問題児は営業の問題児になりそうだとパーテーション越しに視線を向けて鞄を持った。








「俺思うんだけど、河野ってなんで続けられるんだろうなぁ」


「村崎の方が100倍働くのだから、村崎の復帰を促すためにもせめて河野を配置換えするべきだよな」


事件の直後だからか、近所の定食屋さんでも話題は河野の話だ。


「若さで誤魔化せるのなんて次の後輩が配置されるまでだよね。



入社式も先週あったし、研修終わったら営業事務で1人は2課に配属されるでしょ。


営業も2課にとうとう女性が来るって言うし」


「いつも女性営業は1課だったものな」


ガツガツと豚カツ定食を食べていた古澤と高木に皆、たしかにと首を傾げる。


「なんかご存じです?山本さん、桂木さん」


「河野の父親が株主らしいって聞いたが」


「元重役じゃなかったっけ?」


「あー、リアルであるわけか。そういう親の七光入社」


「そりゃあの飯塚課長が唸るわけですねぇ」


舞が鯖の味噌煮を完食して、お茶を飲みながらしみじみ呟けば、全員納得の表情だった。


「あー、事務所戻るの憂鬱だ。



ピリピリしているだろうな」


「俺、このまま営業でようかな」


「残念ながら携帯と財布だけで営業は無理だな・・・」



戻りますか・・・と全員ちょっと憂鬱な気持ちでランチを終えたのだった。







案の定営業のフロアはピリピリとしており、特に1課は慌ただしい。


「戻りました」


「おかえり。かなり大事おおごとのようよ。



今、課長も河野と隣に行ってるわ。昼休みナシって感じ。


私もランチミーティング行ってくるわね」


「あらまぁ・・・はい、行ってらっしゃいませ」


同じ2課営業事務の中で一番プライベートも仲が良い葛葉ももくずはももこが入れ替わりで営業マン達と出て行く。



同じく、鞄をもって舞の担当営業マン達も相次いで新年度の挨拶に次々フロアを後にしていった。



舞も席に着き、不在の間のメールを返信していく。 


「そろそろ新人の席の準備をしないといけないし、消耗品も準備しないと。


総務に行かないといけないかな」





「弓槻、いるか。いるな、よし、来てくれ」


1課との境からひょこっと顔を出した飯塚に名前を呼ばれ、ひとまず立ち上がる。


「課長?」


「仕事中すまないが、1課ミーティングルームに来てくれ」


「(イヤな予感しかしない)」



急かす飯塚に、不安な表情のまま舞が1課ミーティングルームに行けば、泣きじゃくる河野に苛つく1課エース、困った顔の村次、泣きそうになっているエースの営業事務と混沌とした状況である。



「(すごく、カオスな空間)」



職場で泣くのを良しとしない舞は、泣きじゃくる河野を眉間に皺を寄せて見た後、何のご用です?と2人の課長に向き直る。



「子細は後ほど話すとして、弓槻に明日の8時完成で河野の破壊したデータの再入力をしてもらいたい」



「は」



「データはプレゼン用で、相手方の特徴や元の資料は小池に聞いてくれ。よろしく頼む」



「それでイエスと言うとお思いですか。課長」



苛立ちが一気に舞を襲う。


それに比例して眉間に皺も寄り、言葉尻もキツくなる。


1課の面々の視線が集まるが、知ったことかと飯塚を見上げる。



「また、私に河野の尻ぬぐいをさせる気ですか。



ご存じかと思いますが、前回の尻ぬぐいの結果、私の担当営業マンは6人いるんですよ。


更に別件で課長に振って頂いている資料作りも平行してあるわけです。


今、現在、彼女の仕事量はどうなんです?



2人しかいなかった担当は、現在ベテラン営業マン1人のみ。


彼女がやらかした一件であるなら、社会人としてそろそろ自分で自分の尻ぬぐいさせてはいかがです。



僭越ながら、そもそも課長の立場であるならさせるべきではございませんか」



誰が聞いても正論である。


しかし、その正論に、待ったを掛けるのは今回の被害者である。



「もちろん、弓槻にさせるのが道理が通らないことは分かっている。



だが、明日のプレゼンはデカい仕事で、動く金額も当然でかい。俺が挑戦する仕事の中でも1,2を争う。



俺の準備期間も当然長かったし、俺の担当の小池も相当長いこと頑張ってくれた。



今から、俺と小池、それにそこの河野を使っても間に合わない。助けてくれないか」



「お、おねがいします。弓槻先輩」



「ボクからも本当にお願いします。弓槻君



・・・君からしたら、とんでもないことです。



しかし、1課・2課を見渡して期日に間に合う仕事が出来るのは弓槻君しかいません。


どうか、課の垣根を、担当営業の垣根を越えて助けて頂けませんか」


「頼む」


エース、事務の小池、村次、そして飯塚に相次いで頭を下げられ、弓槻は大きな溜息を吐いた。それが答えだった。






「貴女は、泣いているだけなの」


「っえ」


「ここは学校ではないし、給料をもらっている以上年齢なんて関係ないのよ。


起こした事の責任は本来自分で背負うべきで、課長達が私に頭を下げて下さって、なぜ当事者の貴女は被害者面して泣いているだけなの?


・・・ああ、勘違いしないで欲しいんだけど。私に謝れと言っているわけじゃないわ。


貴女は、ちゃんと礼に則って上司や今回ご迷惑を掛けた1課の方々に謝罪はしたの?」



「し、しました」


「それなら速やかに泣くのはやめなさい。泣くなら人目のないところで泣きなさい。



あと、総務に行って来週来る新人二名の為の消耗品の準備をしておいてね。


このあと私がするつもりでさっき総務に調整の電話は入れてあるから。14時に行ってちょうだい」


「っ・・・はい」



「課長、すぐ取りかかるので準備します」



「・・・ああ、よろしく頼む」



「1課長、どちらで仕事をさせて頂けば?」



「小池君の席の隣が開いています。パソコンの移動と書類の移動、小池君一緒にして下さいますか」


「はい!弓槻先輩!行きましょう!!!!」


小池に先導されミーティングルームを出る。



視線が集まるがまずは仕事をする為の基盤を整えることの方が先決と2課のデスクに向かった。



「小池、ごめんなさいね。貴方達の前で苛ついた態度を取るべきではないのに」


「いいえ!


いいえ!!先輩は悪くないです。



河野もそうですけど、2課長のあの説明は理不尽が過ぎますもの」



「本当に河野は謝った?」


舞の言葉にギュッと唇を噛みしめた。それがすべてなんだな、とちいさく溜息を吐いた。







「先ほどは態度が悪く、申し訳御座いませんでした。



明日の朝の期限まで、私に出来ることは全力でさせて頂きます。」



パソコンの移動、必要な書類や資料の移動を済ませ、ランチミーティングから帰ってきた葛葉に状況説明をした後、1課長とエースがいるところを許可を得て話しかけ、2人に謝罪をする。



「いや、いやいや。



なんで弓槻が謝る。お前も言ってみれば被害者なのに」



「いいえ、少なくとも、2課長や河野に向けての不満を露わにした態度は社会人として、イチ営業事務の立場でお二人に見せるものではありませんでした。


なので、ケジメです」



「・・・弓槻君、大変申し訳ありませんが、期待しています。よろしくお願いいたします」



「承りました。私に出来る全力を尽くしましょう」



困った表情の村次に、微笑んで一礼し小池の元に戻る。





姿勢の良い舞の背中を見送って、エースは苦く笑う。



「ピンチだし、河野には怒りしか沸きませんけど」


「・・・はい」


「弓槻の評判の仕事ぶり、間近で感じるのは俺にとっても刺激だし、小池には更に勉強になります。


その機会を伺っていたので不幸中の唯一の幸いです」



「そうですね。ボクも不謹慎ですが、少しばかり楽しみです」



2人がそんな話をしていたことなど露知らず・・・舞は小池から申し受けを受け取り掛かる。



時刻はすでに14時を過ぎ、紙媒体で残っていたプレゼンの資料を簡単に広げた。


プレゼンのためのデータ作成は、当然、ただ残っていた紙媒体を写すのではない。



紙媒体はあくまでエースの手元資料で有り、データの再入力というのはその紙媒体からプレゼン用により情報をピックアップし、見やすいパワーポイントを作ること。



さらにパワーポイントより細かい情報を相手方の手元資料にしなければならない。



時間が無いため、パワーポイントをまず作りその確認をしてもらっている間に手元資料に肉付けしていくという流れになるだろうとガリガリと紙媒体から手順を紙に書き込んでいく。


併せて、おおよその時間の見積もつけ付箋のTO DOリストに書き込む。



「よし、やるかー」



イヤだ、と子供のように拒否したい気持ちはあるがつい先日村次にはお世話になったし、と勝手に恩返しにしようと決めた舞だった。









「課長、今回はいったいどういうことなんです?



なぜウチの弓槻が河野の尻ぬぐいに1課に行くんです??」


「是非ともご説明頂けますか。道理は一切通らないと思うんですがね」


「私たちにも是非教えて下さい。



課長・・・河野を贔屓しすぎではないかしら」



「もし、弓槻さんが村崎さんみたいに休職した場合どうなると思っていらっしゃる?


私、弓槻さんのように仕事裁けませんよ。



というか給料分以上働きませんケド」



「近々、この課にも女性の営業の新人ちゃんは来ますし、営業事務も新人来ますよね?いまのままで行くおつもりですか」




「・・・わかってはいるんだ」



総務から戻らない河野を除く舞の担当営業中心の営業マン達と営業事務が飯塚を囲む。


普段は快活な飯塚であるのに後ろめたさしかないためかすっかり小さくなっていた。


明確な答え・・・正確には2課メンツの求めている河野の処遇について結局飯塚はなにひとつ明らかにすることはなかった。








「出来た、かな」


大まかなパワーポイント資料を完成させたのは21時過ぎだった。


そのまま肉付けや訂正は明日の事前準備を丁度終わらせた小池とエースに投げる。


一度伸びをして立ち上がり、自販機に向かう。


2課は誰もおらず、1課もエースと小池くらいで、村次は居るようだが席には居なかった。


「お腹減ったわね」


朝までやればなんとか手元資料は終わるだろう。


エースには5時に起床してもらうつもりで、それまでに作り上げれば訂正や肉付けも間に合うだろう、とホットの缶コーヒーを胃に流し込みながら考える。



なににせよ、14時からほぼ何も食べず飲まずだったので空腹を訴え鳴く腹をそのままには出来ない。



朝ご飯も一緒に近くのコンビニで買いに行こうか、と舞が2課に上着を取りに行こうとしたとき、丁度営業フロアに村次がどこからか戻ってきた。



立っている舞に気付いた村次は微笑んで足早に近寄るとその手に持っていた買い物袋を掲げて見せた。



「何度か声を掛けたんだが、空返事でね。



集中を乱すのは申し訳なくて、いくらか弁当を買ってきたんだ。



1課の2人はもう食事を先に頂いているからボクと2人でなんだけど、夕飯どうだい?」



「声を掛けて下さっていたんですか・・・!申し訳御座いません!!」



「いいんだ。ちなみに2課の子達から差し入れも頂いているよ。冷蔵庫にあるからね」


「あとでメッセージ送っておきます・・・」


「彼らは君の集中力に慣れっこみたいだから大丈夫とは言ってましたが、メッセージを送れば安心するかと思いますよ」



微笑む村次に先導され、ミーティングルームで遅い夕食になった。


村次がチョイスした夕食はコンビニの弁当ではなく、いつかに食べた近くの弁当屋のものだったようで、まだ出来たてなのかレンジで温めなくても容器が温かかった。


「進捗はどうでしょう?」


「とりあえず先ほどパワーポイントが終わったので今は小池達に渡して確認と訂正と肉付けをしてもらってます。


朝の5時までには手元資料も作り終わる想定ですね。



なので、パワーポイントの方が終わりしだい2人にはそれ以外の準備が終わってるなら寝てもらって、朝の5時に引き継ごうかと。本番にエースが顔色悪いと印象悪いですからねぇ」


「そうですね。たしかに」


「あとでエース達が渋ったら、しっかり説得をお願いしますね」



舞がにこりと笑えば、村次は少し目を見開き微笑みを返した。



「ここのお弁当、本当に美味しいです。ごちそうさまでした」



「いえいえ。お気に入りなんです。ここのお弁当・・・気に入って頂けたなら良かった」



食後の珈琲用で事前にスイッチを入れてあったコーヒーメーカーから珈琲を注ぎ、村次に渡すと、そのまま2課面子からの差し入れもお裾分けをする。



「駅前のお店のレーズンバターサンド、美味しいんですよ。北海道の名品なみに」



お弁当を食べたばかりだが、甘いものは別腹というし、数度の飲みで意外と村次が健啖家であることを知っているが故の勧めである。



「甘いものはいいですよね」


「ふふ、美味しいものは気分も変わりますしね。お酒も肴もデザートも」


「また行きましょう」


「是非」








30分ほどの食事休憩をした後に1課のデスクに戻った後は、途中途中で休憩を挟みつつも予定時間には手元資料の作成を終わらせ、早めに仮眠から戻ってきた小池とエースに渡した。



東の空が明るくなるにはまだ季節柄早く、夜とほとんど変わらない。




「完成しましたか・・・」



小池達が話し込んでいるのを横目に見ていれば、ほうじ茶を片手に村次がどこかホッとした雰囲気で舞に声を掛ける。



「あとは肉付け程度かと思います。


村次課長、朝までお付き合い頂きありがとう御座いました。



質問に答えて下さる課長がいなければもっと時間が掛かったかもしれません」



「いえいえ。1課の相手方の特徴はボクが一番知ってますから」


「なんとか、これで勝ち取ってくれたら良いんですけど」



既にすさまじい勢いで資料を読み始めたエースに、まあきっと大丈夫ですね、と舞は微笑んだ。



「ウチのエースですからね」



「エース、エースと言い過ぎて、若干名前を忘れかけますけど。



彼、プレゼン本当に上手なんですよね。目力も、話術もある。


さすが、村次課長の下で鍛えられているだけのことはある」



「ふふ、褒めても朝ご飯くらいしか出ませんよ」


「あ、そうだ朝ご飯・・・ファミレスに食べに行こうかな」


「せっかくですから、朝粥とか如何です?近くに中華の朝粥出しているお店があるんですよ。昔から、泊まり込んだらそこに行ってました」


「とても素敵です。ではご一緒させて下さい」


眠たいが、限界と言うほどでもない。


「不思議なんですけど、カラオケのオールとか、飲み会のオールとかは眠くて仕方ないんですよね。


オールしたら夕方近くまでだいたい寝ちゃうんですけど、仕事で徹夜しても次の就業時間終了まで眠気なんて無いんです。


社会人の不思議ですかね」


「ふふ、なんとなくわかりますが、それは社会人でも少数派だと思いますよ」


「そんな気もします。ようは、気合いですかね」


テンションが多少ハイにはなっているようで、普段よりマシマシで些細なことで笑ってしまうが許容範囲であって欲しいな、と頭の片隅で思った。




「怒濤の一夜が明けますねぇ」


「ええ。本当に」


社会人って大変だ、と働き始めて何度目か思う一方で、村次から早々に労られたこと、エース達に感謝されたことで舞の自己肯定感はしっかり満たされたのでメンタル的には満足しているのだった。



徹夜しても次の日眠気が来ないのは私の実体験です。


みなさんは如何でしょう??


仕事が忙しくなるとそれ以外目を向けれない作者です。これが社畜?

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