ジオリダム、幸福の祈り《ソラ》
《ソラ》
「ついに、ジオリダムが世界の主導権を握るときが来たな。」
夕飯のために入った店では、市場での異様な熱気が紛れ込んでいた。明らかに、昨日までの陽気な雰囲気と一転していた。
周囲の騒めきに、俺たちは耳を傾ける。
「まずはバルセールを制圧するだろ。そして、レシオを抑え、アリアレジスと戦う。」
「そんなに上手くいくか?」
「いけるわよ。魔道大国としての威信を示すのよ。」
「でも、この戦争の大義は何なんだろう?」
「決まってるでしょ。姫神教からの独立よ。そうすれば、国際法で縛られている研究がもっと自由にできるようになって、よりジオリダム独自の強さを手に入れられるわ。」
俺たちは、運ばれてきた食事を食べながら小声で疑問を共有した。まずは、マキが問う。
「そんなに姫神教の国際法って厳しいの?」
「以前話した気がするが、人の遺伝情報などに手を加えるような、いわゆる禁術を姫神教は禁止している。破った者は、姫神教が直々に厳しい処罰を下すという。」
ユフィの説明を聞き、一気に嫌な予感で顔が強張る。カスガが周囲を警戒しながら話す。
「では、ジオリダムの攻める理由はかなりマズイんじゃないかのう?そんな危険な国際法を犯すなんざ、他の国が黙っておらんじゃろう。」
ユフィがスープを飲もうとした手を止め、考え始める。そして、口を開く。
「正直、俺も事態が飲み込めない。ジオリダムは精霊戦争末期にアリアレジスと協定を結んで以降、平和ボケした国だ。それなりに豊かだしな。確かにアリアレジスに良い思いを持っていない者も多いが、国民の大半が戦争のせの字も考えたことが無いと思っていた。」
それを聞き、ユフィの困惑は伝わってきた。しかし周囲を見ると、戦争へ向けた勇ましい言葉で溢れている。
「たぶん、ここで話している人たちは、戦争が他人事なんだよ。」
カイがウインナーを噛みながら、日常会話の温度で言った。
「今まで戦争のせの字も身近じゃなかったのでしょ?困窮したことも無く、魔道大国と言う自負がある。でもアリアレジス結んだ協定は、ジオリダムに不利な内容だったって言ってたよね。そんななか、希望教とアリアレジスの繋がりと言う、バルセールに攻め込む口実が見つかった。戦争が一度始まったら、次から次へと口実を見つけて、どんどん火は広がっていく気がする。」
カイは同じ温度のまま、トマトを口に入れて続ける。ちなみに、ジオリダムのトマトは他の国よりも酸味が強い。
「力がある方は、負けるまで強気になれてしまうのが、戦争の魔法だと思う。」
いつも通りの表情で淀みなく話すカイに、俺たちは目を離せなくなった。
しかし考えてみれば、これまでもカイは戦争の影を語ることがあったし、エルコトルでの戦闘前、戦場に立ったのも、戦いによって人を殺したことがあるのもカイだけであった。彼の言葉にはどこか、説得力がある。
「僕もこの国に来て、一見すると戦争と縁遠いように感じた。けれど、昨日と今日で、実はこの街に戦争の足音を感じていたよ。立派な市場はあるのに金属製品や革製品は売られていなかったし、広場で行進曲の練習をする演奏者がいたし。不謹慎な言い方だけど、今はお祭りの前日に感じる。自分たちが強国側だという余裕がある。」
言われて見れば、武具類に興味を持つカイが、市場で退屈そうにしていたように思う。行進曲と聞いて、マキも納得して頷いた。
そこに、酒でも入ったのか、一人の男が大声で叫んだ。
「ついに機は訪れたっ。バルセール制圧を足がかりに、アリアレジスを倒すんだ。ジオリダムこそ世界一だっ。」
男の声に応えるように、周りの客が歓声を上げた。見知らぬ者どうしで乾杯をして、盛り上がる。俺たちは居心地が悪くなり、会計をすぐに済ませて店を後にした。
店を出ると、もう夜だと言うのに、街のあちこちで熱気が冷めていなかった。誰もがみな、明日の出征パレードを楽しみにしているようだ。
「号外っ。ラスタ党から、新たな発表だ。」
新聞屋の男が、ビラを配る。ユフィが人波を分けてビラを取り、こちらへ戻ってきた。そして、何かを覚悟するかのような時間を置いて、ビラを見る。
【徴兵令:エクラ種、ハーフエクラ、徴兵検査を受けよ。対象:十五歳以上。期日:…】
俺たちはユフィの顔を見た。彼はその白い肌を、真っ青にさせてビラを見つめていた。
市場の熱狂から遠ざかるため、何よりもユフィを案じて、俺たちはすぐに宿へ戻った。宿の部屋へ入ると、ユフィは取り乱すこともなく、席に着いた。昨日、ここでアンナのことなどで楽しげに話していたのが嘘のようだ。
カスガが気を遣って、水の入ったカップをユフィの前に置いた。しかし、ユフィはそれに反応することなく、カイに問いかける。
「カイは…、この号外をどう見る?」
ユフィは号外のビラをテーブルに置いた。力を入れて握ったのか、端のほうにシワが入っている。
カイは、少しの間考え、話し始めた。
「おそらく、長期戦を想定していると思う。」
そして、先ほど店で淀みなく話したのとは違い、ユフィを慮ってか、言葉を選ぶように話す。
「十五歳の軍属でも無い、たとえば学生とかが、いきなり前線で戦うわけでは無いと思う。でも、将来的にアリアレジスなどと戦うことを想定して、今から訓練や教育をしようと考えているのかもしれない。」
ユフィはその回答を聞くと、いきなり立ち上がり、ビラを細かく破りちぎった。床にビラの破片が落ち、ユフィは手に握った破片をテーブルにドンと叩きつけた。そして、崩れるように膝をついた。俺とカスガが心配して肩に触れる。
「分かっただろう。これが…、エクラ種やハーフエクラの扱いだ。」
ユフィが力無く呟く。俺たちはかける言葉が見つからず、互いの顔を見合う。
しかし、そのとき、俺はテーブルに置いたユフィの左手から感じたのだ。
銀の糸だ。
ユフィの左手首に巻いたブレスレットから、銀の糸が語りかけてくる。しかし俺は、今のユフィを前に、銀の糸のことを告げるべきか迷う。
この銀の糸が語るのは、悲しい記憶だからだ。ただでさえ、今の打ちのめされるユフィにかけられる言葉を見つけられないのに。
しかし、このブレスレットは、実の母であるリサの思いが込められたものだ。もしかしたら、何かユフィの救いとなる記憶もあるかもしれない。
そう考えた俺は、気持ちを引き締めてユフィに話しかける。
「ユフィ、こんなときに空気読めなくて悪いけどよ、ブレスレットから銀の糸の声がするんだ。」
俺がそう言うと、ユフィはゆっくり顔を上げ、俺を見る。その顔は何だか泣きそうで、見たことのないユフィの表情だった。
「何が語られるかは分からねぇ。でも今、語りかけてきたと言うことは、何か意味があるのかもしれない。見ても、いいかい?」
俺が問いかけると、他の三人の少し戸惑う様子が見えた。しかし、ユフィは落ち着いてこう言った。
「構わない。分からないままなのは、性に合わない。」
俺は力強く頷き、ナイフを出してプロクスを唱える。切先に火が灯った。そして、目の前が真っ暗になる。
あの、落ちていく感覚だ。荒く塗りつぶされた黒いペンキと、煌びやかな星々。久しぶりに見るが、やはり子どもが描いたような、雑な空間だ。
やがて、足元が確かになった。
少しの眩しさを覚え、目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開ける。
「ゆ、ユフィっ?」
俺は思わず声を上げてしまった。目の前にユフィがいたのだ。銀色の髪と目に、切れ長の吊り上がった目。目を擦ってもう一度見ても、ユフィだった。
「リサ。」
ユフィが呼びかけて駆け寄る。おかしい。リサを呼び捨てにして、微笑みながら駆け寄るなんて、ユフィらしくない。その男の駆け寄る方を見たら、エクラ種の女が立っていた。この女は、リサで間違いなさそうだ。かなり若いが、柔らかい笑顔がそっくりだ。
「ライブ。」
若いリサが男をそう呼んだ。ライブと呼ばれた男は本を開き、はしゃぐように話す。
「見てくれよ。俺の雷の精霊に聞かせる、新しい神話。出てくる神が少し間抜けでさ、間違って違う畑に雷を落とすっていう、変な神話なんだ。」
「そんな神話があるの?」
「ああ、俺の精霊は幼いヤツが多くてさ、しかも笑えるような神話や童話が好きなヤツが多いんだ。詠唱しながら、つい笑いそうになるよ。」
若い二人は、仲睦まじそうに笑っていた。ふと、ライブの左手首に、あのブレスレットがついているのが見えた。それから、ユフィは銀髪を三つ編みにしているが、ライブは一つに括っているだけだとも思った。
そんな様子を見ていると、落ちる感覚がした。
次に足元が確かになると、ライブとリサがまた二人でいた。先ほどよりも、少し年を重ねたように見える。しかし、仲の良い様子から一変して、リサが顔を覆って泣いている。
「リサ、どうしたんだ?なんで泣いているんだ?」
ライブが心配そうに慌てていると、リサが呼吸を落ち着けて話す。
「どうしよう、ライブ…。私…、お腹に赤ちゃんがいるの…。」
苦しそうなくらい泣きながら、リサが打ち明けた。
「それは、もちろん俺の子だよな?」
ライブの声に、泣きながらリサが頷く。すると、ライブは少しの間も置かず、リサを抱きしめた。
「産んでくれ、リサ。頼む。一緒に生きていこう。」
リサはライブを強く抱き返し、より大きく声を上げて泣く。
「一緒になんて、無理よ。お腹の子はハーフエクラだもの。どちらかが育てるしかないわ。」
「そう、そうだけれど、リサはもちろん、お腹の子もすでにもう、俺の大切な存在なんだ。」
「でも、ジオリダムで人間とエクラの夫婦なんて許されないわ。それに、この子も苦しむわ。」
リサがそう言うと、ライブは抱きしめていたリサを離し、その肩を掴んで言う。
「アリアレジスへ行こう。あそこは移民の国だ。様々な人が生きている。俺たちの居場所も見つかるはずだ。幸い、アリアレジスの学院に知り合いがいる。」
そして、ライブはリサの手を握り、言った。
「頼む。リサを愛しているんだ。三人で生きていこう。」
リサは大粒の涙を流し、ただ俯くだけだった。
俺はその光景を見て、コーダで見たシスター•キュリアの記憶を思い出した。キュリアと夫は、子を授かったことを宝物を掘り当てたように、いや、それ以上に喜んで泣いていた。
しかし、目の前のリサの涙は、どういう涙だろう。俺は子どもだから、男だから、到底理解ができない気がしてしまった。
そして、また落ちる感覚がした。
次に足元が確かになると、ライブとリサは牢獄の鉄格子で隔たれていた。今度は二人とも泣いている。リサが鉄格子越しに、ライブの手を握っている。リサのお腹は大きい。
「どうして…。ライブ、あなたは無実のはずでしょう?どうしてあなたが…。」
「罠に嵌められた…。禁術に手を出したラスタ党の教員が、俺に全てを押し付けて、選挙に立候補しようとした…。」
「そんなこと、許されないわ。禁術の研究だなんて、死刑だってあり得るわ。私、他の先生に事情を話して…。」
「ダメだ。もう何人もの教員が俺の元へ来て言った。教員一人の不正で、学院を潰すわけにはいかない。もう姫神教に、目をつけられているとも。俺の名誉は傷つけないから、命だけ捧げてくれって…。」
リサは、そんな、と呟いて俯いた。ライブは、左手首のブレスレットを外し、リサの手に握らせた。
「お腹の子を、頼む。本当に、本当に、ごめん。」
ライブは息を詰まらせながら言った。
「この子の名前は?産まれたら、自分が決めるって言っていたじゃない。」
リサが顔を上げて言うと、ライブは答える。
「ユフィ。ユリフユ語で、幸福と言う意味だ。男の子でも、女の子でもつけられるだろう?」
ライブの言葉を聞き、リサはその名前を噛み締めるかのように数回頷いた。
そして、また落ちる感覚がした。
次に足元が確かになると、あの真っ白な空間だった。どうやら、記憶の最終地点らしい。
ベッドにリサが仰向けになっており、足を開いている。足の間を覗くように、何人かの女が囲っている。そして、女たちの指示通り、リサが苦しそうな呻き声を上げる。
俺はその様子に得体の知れない迫力を感じ、なんだか怖くて、少し後ずさりしてしまう。
「頑張って、頑張って…、え?」
「この耳…。」
「いいから、お産に集中しなさいっ。」
若い女たちが戸惑うのを、一番年齢を重ねているであろう女が怒鳴る。
そして、リサが力を入れると、赤ん坊の声がした。年上の女が抱き上げ、リサに言う。
「…男の子だよ。耳は、尖っていない。」
リサは呼吸を荒く、ここまで見た記憶のなかで一番なくらい、涙を溢れさせた。周りの女たちは、ハーフ、エクラ、汚らわしい、と小声で呟く。それを年上の女が叱りつけ、リサの横に赤ん坊を寝かせる。
「どんな産まれでも、あんたが母親だよ。」
リサは顔を横に向け、赤ん坊を見た。そして、また涙を溢れさせて言う。
「ユフィ、ユフィ、可愛い、私の…っ。」
まだ真っ赤でしわくちゃの赤ん坊を撫でながら、リサが繰り返し言う。その手首には、あのブレスレットが巻いてあった。
そこに、大きな音で扉を開け、男が入ってくる。年上の女が注意する。
「ちょっとルナセフ先生、男性はまだ外に…。」
「耳は、尖っているのか?どうなんだ?」
男は無神経に聞いてくる。俺は憎らしく思いながらも、銀色の髪や顔立ちがライブと似ており、こいつがユフィの育ての父親だと察する。リサが泣きながら答える。
「尖っていません…。」
「そうか、普通か。良かった。では、ルナセフ家の養子にする。そういう話だっただろう。」
普通と言う言葉選びも、一方的な言い方も腹立たしい。しかし、リサは息を整えながら言った。
「この子はユフィです。どうか、この子を、お願いします…。」
男は無言で、部屋を出た。
「ソラ、ランプを消して…。」
またあの声だ。俺はしばらく両手で顔を覆い、返事が出来なかった。
「…辛い。」
俺は、ようやくその一言を口にした。そして、続ける。
「あんたのせいで、俺はもっと世界を嫌いになるぜ。こんな、醜いことばかり、いいヤツが苦しむ…っ。」
俺はなぜだか悔しくて、喉が熱くなってきた。
「それが、あなたの出した答えならそれで良いでしょう。」
「またそれか。問いも分からないのに、答えなんか出しようないじゃねぇか。イライラする。」
「いずれ問われる時が来ます。」
「それはいつなんだい?」
声の主は沈黙する。
「お得意のダンマリかよ。代わりに一つだけ教えてくれ。ライブはどうなった?死んじまっては無いよな?」
俺は何か、望みを期待して問う。
「それは、このブレスレットの物語ではありません。」
「物語?」
俺は即座に反応した。まさかここで、太陽物語に共通する言葉を聞くとは。
「さあ、ランプを消して…。」
「…分かったよ。」
俺はナイフの切先にフッと息をかけた。
戻るときはまた、あの感覚がした。深い川の底から、水面へ一気に浮き上がる感覚だ。
「見つけて…。」
いつもの鈴のような声がした。今回は、頼りない太陽の元じゃないんだな。
「私を、見つけて…。」
エルコトルで、いつか見つけてやるって言ったけどさ、俺はもしかしたら、そんな強さが無いかもしれない。あんたの元まで行けるか分からない。
仲間の、悲しい記憶に触れてしまったんだ。これで俺が大人で、もっと経験があれば、励ますことができるかもしれない。でもさ、俺は今、世界に戻るのが怖いよ。仲間に何て言っていいか分からないよ。俺は今ほど、馬鹿な自分が嫌なことないよ。
ハッと大きく息を吸って、俺は世界に戻った。元いた宿の部屋だ。目の前にユフィがいる。やはり、ライブとそっくりだ。その銀色の瞳は、俺を見つめている。
誰も、コーダのキュリアの時のように、今回は?とは尋ねてこない。ただ、俺は必死に言葉を探す。そして、やっとの思いで口を開く。
「ユフィ、ユフィは、ユリフユ語で、幸福って意味だって。男でも女でもいいように、父親のライブが考えた。」
俺がそう言うと、ユフィが眉根を寄せる。嫌なのかもしれない。でも、俺は続ける。もしかしたら、賢くて強いユフィなら、救いを見出すかもしれない。
「ライブは、無実なのに禁術の研究をした責任を押し付けられて、牢獄に入れられていた。本当は、リサとユフィとアリアレジスに行こうとしていた。ライブがどうなったかは分からない。」
必死なあまり、時系列がぐちゃぐちゃだ。
「リサは、最後までユフィのことを思っていた。ライブもリサも、どうしようも出来なくて泣いてたけど、ずっとユフィを」
「もういい。」
ユフィが俺の言葉を遮る。そして、目を閉じて俯いて言う。
「…すまない、強い言い方をした。お前の誠意は伝わった。けれど、俺は自分の産まれや父親、リサ先生のことは、とっくに諦めているんだ。」
そう言うと、ユフィはゆっくりと立ち上がり、扉の方へ向かい、言う。
「先ほどは取り乱して悪かった。少し頭を冷やしてくる。」
そして、ユフィは扉を開き、外へ出た。
俺は目をギュッと瞑り、唇を噛み締めた。もうずっと、喉が熱い。でも、一番辛いユフィがああしているのに、俺が泣くわけにはいかない。
マキは何かを察してくれて、俺の肩に手を添える。カイとカスガがビラの破片を片付けて、しばらくユフィの帰りを待った。誰も何も話さず、無言の時間が流れた。
やがて、夜が深くなり、俺たちは先に眠ることにした。ベッドに入るが、俺は銀の糸の記憶が頭を駆け巡り、帰って来ないユフィが心配で、全く寝付けない。
何時かは分からないが、ユフィが帰って来た音がした。しかし、かける言葉が何も見つからず、彼が寝る支度を整えてベッドに入る衣擦れの音を聞いた。
朝日が昇り、カーテン越しに眩しさを覚える。俺はいつの間にか眠りに落ち、いつも通り最後に目が覚めた。身支度を終え、宿のロビーに降りると四人がいた。心なしか、表情はぎこちない。
俺たちは挨拶を交わし、ソファに座った。すると、ユフィが口を開く。
「昨日は心配をかけた。おかげで腹を決めることができた。」
俺たちはユフィを見る。
「そんな深刻な顔をするな。仕方ない。俺はジオリダムの国民で、国立学院の世話になっている身だ。愛国心があるわけではない。しかし、逃げたところで逃げ切れないだろうし、実家に迷惑がかかる。情は無いが、一応は育ててくれた恩はある。」
俺たちは、かける言葉を探して互いの顔を見る。しかし、無言のまま、またユフィを見つめる。
「ソラ、父親やリサ先生のことを知れたこと、感謝する。名前の意味は、アンナから教わっていたが、きちんと意味があることが分かった。」
ユフィは俺をまっすぐに見て言う。また、喉が熱くなって、唇を噛み締める。
「もし、戦場に立つことになったら、俺はアンナとリサ先生のことを思って戦うと、腹に決めた。」
ユフィは自分の手のひらを見て、確かな口調で話した。その様子を見て、カイが話す。
「そっか。確かに、戦場に立つには自分の外に理由が無いと辛いからね。でも、ユフィ。」
ユフィは、カイを見た。そして、カイが一切の淀みも無く言う。
「必ず、生きていてほしい。少しズルをしたり、身を潜めたりしてもいい。生き延びるんだ。僕は大人になっても、君に会いたいよ。」
戦場を生き延びたカイにしか言えない言葉だ。しかし、俺たちも同じ思いだ。大人になっても会いたい。ユフィは俯いて、小さく返事をした。
朝飯を食べるため、市場へ出る。しかし、どの店も営業をしておらず、人もまばらだ。偶然、俺たちはアンナが働く花屋の店長に会えたので、市場や人の流れを尋ねた。
「それはね、みんなパレード目当てだよ。普段、姿を見せない元帥だとか、いわゆる士官も列を成すって言うからね。みんな、朝から場所取りに出ているのさ。」
店長に案内をされ、一番の大通りへ向かう。それは街の門と、政治の中枢となる議事堂を結ぶ通りだった。軍人が一定の距離で立ち、パレードの列が通る道を確保している。
店長が指を指すところへ目をやると、建物のバルコニーや屋根にすら人が登っており、パレードへの関心が高いことが分かる。周囲の人々は、ジオリダムの国力を信じてか前向きな気持ちで、前のめりにパレードを見る気で満々だ。
俺たちはユフィがいる手前、社交辞令だとしても、その祭りのような空気に同調できなかった。
店長がボソリと言ったことが忘れられない。
「しかし、これでこの国もアリアレジスから解放されるねぇ。協定以降、綺麗事を並べてこちらの研究成果を奪うアリアレジスったら憎いったらないよ。」
ボヤきながらも、店長は商売根性を発揮し、ジオリダムの国花であるオレンジのガーベラを売っていた。どうやら、花言葉が探究心と言うことで、魔道大国に相応しいらしい。ガーベラは次々と売れた。ガーベラを手にした若い女たちは、軍隊のパレードを今か今かと待っている。
やがて、十二時の鐘が鳴る。鐘が鳴り終わると、その残響を遮るように、けたたましい行進曲があちこちから聞こえた。
大衆は一斉に声を上げ、国旗やガーベラの花を大きく振った。そして、それぞれ立派な装備をした軍人の名を呼び、自分に手を振られないかと期待した。ある美形の軍人は、馬上からガーベラを受け取り、女は感激のあまり腰から崩れ落ちた。
「いつの間に、こんなに軍事に積極的な国になっていたんだ…。」
ユフィが疑問を口にする。
そして、あの事件が起きた。




