密談(1)
『相談したいことがある。すまないが今日の帰りは琴似で降りてくれないか。そこで話したい。仕事が終わったら連絡くれ』
青木が親友の佐藤からメッセージを受けたのは、遅れに遅れた初雪を札幌でようやく観測した、十一月七日の昼休みだった。
珍しいなと思った。佐藤とは七月に旭川へのドライブで会った以来だが、メッセージのやり取りは普段から結構しているし、夜にわざわざ改まって会いたいとは何らかの事情があると思った。
JRの指令に新設した新型サーバーは順調に動作しており、心配されたファンの音も「ちょっと気になりますかな?」と朝山課長は言っていたが、指令員は「大丈夫ですよ」とにこやかで、その後も苦情は入っていない。
千歳線と函館線で一本ずつ増便された試験列車の状態も良好で、札沼線の試験列車を含めると、日に計三本が走っていた。
遅れた日は+1などの表記がされ、列車運転状況が回復すると+0に戻ったから、ようやくシステムとして使えるレベルになってきたと実感していた。
一番心配されていた新千歳空港駅も、どうやら新千歳空港に着くとGPSを拾えるらしく、トンネル内は緊急停止でもしない限りすぐに走り抜けるので、列車在線位置を拾えなくなって、指令の監視端末にエラー表示を出す……という不具合は、今のところ起こっていない。
これで発信機を量産化できれば、いよいよ利用客相手にもモニターできるかもしれないと青木と高取は思っていた。朝山課長もそう思っているらしく、今はJRの駅員が社用スマホやタブレットでモニターしてくれているらしい。
(JRにはつくづく頭が下がるな……)
青木はいつもの濃紺の背広に、六月に柴原からもらったブルーのネクタイを締めた姿で思った。柴原が毎日作ってくれる弁当も美味しかった。
彼女がこんなに料理が上手だとは思っておらず、卵焼きにせよウィンナーにせよ、何だか可愛らしい弁当が詰まっているのを見て、青木はキュンとし、高取は愛妻弁当を片手に「良いねえ良いねえ」とニヤニヤするのであった。
(高取さんはそろそろ髪を切るべきだな……天然パーマの頭が爆発して、実験に失敗した博士みたいになってる……)
青木は午後の業務をしつつ、ぷっと噴き出しそうになるのを堪えていた。
JRのアプリと同時進行で、今度は自分の好きな店を作るゲームを制作していた。高取と青木がコンビを組んで企画したもので、最初は個人商店から始まり、スーパーマーケットになり、成長すればデパートになったり、最終的には巨大ショッピングモールになったりと、需要があるのかは不明だが、ペンギンやリスを育てるより面白そうなゲームになりそうだった。
当然、赤字を大量に抱えれば経営破綻になる。課金すれば売れる品物が増えたり、良い立地を押さえられたりとせこいゲームだった。
「なんか妙にリアルなゲームですよね、これ。どこかに投資するとかもありますし」
「ああ。俺もあんまり経営に詳しくないけど、多分自力だけでは大きくなれないだろ。だから課金してもらって、黒字にしてもらって、よそを買収する機能を入れるなりしてどんどん会社をデカくしてもらおうぜ」
二人はクスクス笑いながらゲームを作り続けた。久しぶりに作っていて楽しかった。
本気で遊ぶなら、絶対に課金しないと店が大きくなれないゲームである。売れるかどうかさておき、かなり意地悪な造りなのは確かで、高取はこんなゲームを作るのが大好きだった。他のユーザーの店を買収するシステムなどとんでもないと思ったが、これはこれで面白そうである。
「イオングループみたいな巨大企業を目指す……って感じですよね」
「そうだな。あれくらいデカい会社になれねえかな、うちも」
北海道システムワークスは相変わらず中小企業で、先月に九州旅行……もとい九州出張を終えた井上社長は非常にご機嫌が良く、相当満喫してきたであろうことは見て取れた。
青木が「どうでした? 九州のエンジニアの方は?」と皮肉たっぷりに聞くと、「いやあ良かったよ。うん、良い人たちだった。何よりも飯が旨いし酒が堪らんね。ああ、九州は本っ当に良かった!」と禿げ頭を光らせて細い目をさらに細めて、福耳を揺らしながらご満悦だった。皮肉が通じないくらい楽しんできたらしい。
(くそ! 台湾といい九州といい、社長はどこからそんなお金を捻出してるんだ! ずるい!)
そんな思いを抱きながら、青木は高取とゲームを作っていたが、終業の十七時半を迎えた。
ノー残業デーは昨日なのに、珍しく残業せず井上社長はいそいそと帰って行った。
高取は「次の旅行の計画でも立ててんだろ」と言っていたが、青木は不思議だと思った。体調でも崩していなければいいのだが……。まああれだけご機嫌だし、具合が悪いなら休むだろうし、何か用事でもあるのだろうと納得することにした。
「社長帰っちゃいましたし、ゲームも結構キリが良いところまで進みましたし、今日は早めに帰りますか?」
「おう、そうだな。お前いつも遠慮して残ってるけど、なんもそんな気を遣う必要ないんだぞ。社長なんかそんなの気にしない人なんだから」
「そうなんですよね……分かってはいるんですけど、なんか申し訳なくって」
「本当に真面目なやつだよな、お前は。まあいいや、今日は適当に帰ろうぜ」
高取はやれやれと首を振って荷造りを始めた。
青木はロッカー室へ行き、黒いトレンチコートを羽織ってオフィスに戻ってきた。彼のロッカーは新品同様に綺麗に使われており、高取のロッカーは何ヶ月もまともに整理していないらしく、開けたら雪崩が起こりそうなくらいパンパンだった。
高取は椅子に掛けていた黒いジャンパーを羽織った。下はいつものジーンズだった。
「お先でーす」
青木より若い社員がさっさと帰って行った。それに続き他の女性社員らも帰って行く。
社長の退社が早かったり不在だとみんなすぐ帰るが、ちゃんとアプリは作っているんだろうか?と青木は疑問に思うのだった。
「じゃあ僕らも失礼します。お疲れさまでした」
残っていた数名の社員に挨拶して、ビジネスバッグと弁当箱の入った袋を持ち、青木たちも退社した。
高取はいつも通り自家用車に乗り込み、パワーウィンドウを開ける。別に用事は無いのに、何か一言交わしてから別れるのが二人のルールになっていた。
「あのゲーム、当たるかどうか別にして、稼げるシステムにはなるから、明日からも開発を続けようぜ」
「ええ。あとは列車のもですね。今のところサーバーも大人しくしていますし、上手いこといってくれれば、ちょっとは儲けられるかなと思います」
「だな。じゃあ今日は帰るわ。お疲れさん」
「お疲れさまでした」
高取を乗せたクルマは国道12号線に出て行った。残された青木はJR白石駅へ向かい歩いて行った。
辺りはすっかり真っ暗になっており、駅へ向かう道は秋風と言うよりも、初雪を観測しただけあり、既に冬のそれに近かった。
幸い積もるような降り方ではなかったらしく、道路にはそれほど雪は残っておらず、歩道には白い湿ったみぞれが少し残っているだけで、歩きづらい程ではない。この程度ですっ転んでいたら、冬のミラーバーンなど到底歩けやしない。
JRは定刻通り走っているらしいので、まず柴原に『今日は友人に会ってから帰るから、明日のお弁当は要らないよ』とメッセージを送った。何時に帰るか分からないし、もし二次会や三次会になんてなったら、女性を一人で夜中の街を歩かせることになる。
柴原には家まで弁当箱を届けると言っているのだが、毎日発寒中央駅まで青木を迎えに来てくれるし、朝は青木より先に駅に来て、弁当を手渡してくれる。そして「行ってらっしゃい、智ちゃん」と笑顔で手を振って送り出してくれる。ちょっと照れ臭いがありがたいことである。健気で可愛いと思っていた。
少し歩いているとスマホのバイブが振動した。見ると『分かった。でも取りに行くから、帰る時間になったら教えて』と書かれていた。本当に尽くしてくれる子だなあと感心した。
『遅くなっちゃうと悪いし、無理しないで良いんだよ』既読
『ううん。お弁当作るの楽しいから、明日も作りたい』
『そっか笑 じゃあ駅まで来なくて良いよ、梨恵の家に届けるから』既読
『うーん……なら本当に遅くなるなら連絡して。そうじゃなかったら駅に行く』
柴原も折れない。まあここまで言うならお言葉に甘えるかと、笑みを浮かべて青木は『了解だよ』と送った。
あまり拒否し続けて「他の女と会ってたんじゃないでしょうね?」とか言われても困るし、佐藤と会ったからと言って何ら問題はないはずなのだが、誤解を招く行為はしたくなかった。
立ち止まっていた足を再び動かす。次に電話を掛けた。佐藤だ。彼に今から琴似へ向かうことを告げねばならない。
『やあ青木くん』
いつもの軽快な口調で電話に出た。掛けてすぐに出るもんだから、多分待っていたのだろう。
「やあ佐藤くん。君はなかなか出るのが早いね。今、白石の駅に向かっているんだけど、琴似には多分十八時半くらいに着くよ」
『それは良かった。僕は大体それくらいになるだろうと予測して、店を予約しておいたから、今日は飲もうじゃないか』
準備の良いことだ。青木はクスっと笑った。
まるで「僕が相談したいって言ってるんだから、当然定時で帰るよね?」と予想していたかのようである。何かいそいそと帰って行った井上社長に感謝しなければなるまい。
駅に到着すると、ちょうど琴似方面への列車の出発時刻が迫っていた。小樽行きのいしかりライナーに乗り込むと、少し雪の残った線路の上を列車は走り始めた。
十八時二十九分。多くの乗客を運び、定刻通り列車は琴似駅に到着した。
改札を抜けると相変わらず黒い短髪で、トレンチコート越しにも分かる少し出たお腹をし、無精髭は以前にも増して伸びているような風貌の佐藤が立って待っていた。彼も会社帰りなんだろう。テレビマンみたいな顔が背広姿に合っていない。
「やあやあ青木くん、ようこそ琴似へ」
「ここは君の家でも何でもないだろう」
ピッと改札をキタカ定期券で抜けた青木を、「我が家へようこそ」とばかりに佐藤が迎えた。
琴似になど滅多に来ないだろうに、わざわざ出向いてくるにはそれなりに理由があるのだろう。
「それでお店は?」
「うん、すぐそこなんだ。ちょっと早いけど行くとしよう」
佐藤の先導で琴似駅を出た。いつか柴原と一緒に食べたびっくりドンキーが見えた。何だか懐かしく思えた。
琴似駅前はほとんど雪が残っておらず、二人はそのまま西区役所方面へ駅前通りをちょっと歩き、雑居ビルに入った。そこの地下にある居酒屋が佐藤がセッティングした店らしい。
「いらっしゃいませ!」
「どうも、十九時に二名で予約していた佐藤です」
「佐藤様! お待ちしておりました! 個室へどうぞ!」
元気の良い小柄な女性店員が迎えてくれた。濃紺の制服を着ていた。青木は曇る眼鏡をハンカチで拭いた。
二人は店員に促されるまま靴を下駄箱へ入れ、個室へ向かった。居酒屋は混雑しているらしく、そこかしこから笑い声が響き、皆それぞれがお酒を楽しんでいるようだった。
「本日はご来店ありがとうございます。飲み放題プラン二時間となります。ドリンクはグラス交換制となります。またお一人様二品ずつ、メニューをご注文くださいますようお願いします」
二人ともトレンチを脱いで個室の掘りごたつに座ると、先ほどの女性店員が丁寧に説明してくれた。二人は「とりあえず生を」とビールを頼み、メニューについては佐藤が勝手に「ザンギとチーズチヂミと、イカの塩辛とフライドポテトをください」と、あっという間にノルマを達成してしまった。
「君、なんか油ものとか粉もんばっかり頼んでるけど、だから太るんじゃないかい?」
店員が去ってから青木は苦笑しながら言った。
佐藤はそんな青木を見て笑みを浮かべた。既に汗をかいている。確かに店内は少しむっとした暑さがあるが、それでも青木はちょうど良い塩梅に思った。
佐藤がおしぼりで顔を拭き始める。「おいおい親父臭いぞ」と青木が笑うと「君もやると良いよ。これ気持ちいいから」と誘ってきたが、青木はちょっと嫌だったのでお断りした。




