リディアとメフィの共闘
今回はリディア視点でのお話になります。
お父さんの仕事だった召喚札の修復。
最初の頃は上手くいかなくて、よく怒られながら作業を教わっていた。
普段はすごく優しいお父さんだったから、余計に仕事中のお父さんは苦手に思っていたのを覚えてる。
私たち家族には優しく、仕事には厳しく。
そういう人だった。
昨日、初めて私のところへ来た上位召喚士のアッシュさん。
彼から預かったカードの修復作業がひと段落ついたところで、私は作業場の隣に位置するリビングに来た。
土精の日のお昼には、いつもだったら学校が休みのミズキがテーブルの椅子に座って待っているはずなのに、今日はその姿が見えない。
どうかしたのかしら?
「まだ部屋に――あ」
そうだったわ。
あの子は今日、お友達と一緒に山の方へ行ったんだった。
今朝は私よりも早起きして何かをしていたわね。
すっかり、ひとりでいろんなことが出来るようになったものよね。
本当、子供の成長って驚くくらいに早いものよね。
初めて私がミズキと出会ったのも、今あの子が行っている《リュードウ山》の奥だった。
あの日は珍しく養成校の同期生だったメフィに誘われて、彼女の召喚獣の封印を手伝いをすることになっていた。
あの時は確か、比較的に希少価値の高い召喚獣――無害毒を欲しがっていたのよね、メフィは。
それで、ようやくの思いでアンポズタンの封印を完了した私たちが帰ろうとした時、木の陰で倒れているあの子を見つけた。
手には真っ白なサモンカードを持ってて、揺すっても全然起きそうになくて、最初は死んでしまっているんじゃないか、なんて思ったりもしたけど。
ぐうー。
思わずメフィとふたりで吹き出しちゃうくらいに大きなお腹の音を鳴らして、あの子は呟いたのよね。
「おなか、すいた」
紛らわしい子、なんてメフィは言ってたけど。
きっと彼女も私と同じで、心の内ではホッとしていたんだと思う。
それから私がミズキを引き取ってから、早くも三年が過ぎた。
「時間ってあっという間に過ぎるけど、あの子がウチに来てからは特にそう思うのよね」
「母親か、っての」
ミズキのお昼ご飯の心配がいらなくなった私は、久しぶりにメフィのところへ赴いていた。
《魔女事件》以来すっかっりと街の人から煙たがられてる彼女は、相も変わらずに紫のフードを目深に被ってる。
そうやって自分で意識しちゃってるから、返って誤解されちゃうんだと思うんだけどね。
「そーいえば今日はミズキのヤツ、一緒じゃないんだな」
「お友達と山の方へ行ってるの」
「へえ。昨日の話を聞いて思い立ったのかね」
「昨日の話って?」
「私たちの時代の養成校の話だよ」
「ああ――でも、違うと思うわよ。学校で約束してたらしいもの」
「ふーん。まあ、どーでもいいけどさ」
「イジけてるの?」
「ちげーよっ――てか、なんでだよ!」
「だってメフィ、ミズキのことが可愛くってしょうがないものね」
「違っ――くはないけどさ。そりゃ、リディも一緒だろうが」
メフィは私のことを「リディ」と呼ぶ。
ちなみにメフィの本名も「メフィアラ」なので、おあいこかな。
「私はちゃんとしたミズキのお姉ちゃんだもの。可愛がって当然でしょう?」
「だ、だったら私だってミズキの姉ちゃんだろ」
「それじゃあますますあの子には、メフィに近づくな、って言い聞かせないといけないわね」
「そうだよ、それっ。ミズキに変なこと吹き込むんじゃねーよ。いかがわしいとかさ」
「だってメフィにミズキを取られたくないんだもの」
「ガキかよ……」
でも昨日、ミズキからメフィへの厳戒命令を解いちゃったんだけどね。
「ド、ドラゴンだー!」
メフィの営んでいる召喚札屋の前を一目散で駆け抜けて行った男の人は、仕切りにそう叫びながら屋台通りの坂を登って行った。
「ドラゴン?」
「ええ。でもこの辺りにドラゴンなんて生息してな――」
「ガアアア――!」
その時。
住宅通りの方からは、確かにドラゴンの咆哮が響いてきた。
◇
「いやあなんてーか、久しぶりだな」
「そうね。ここ数年、私は召喚札の修復ばかりしていたし、大丈夫かしら」
「いざって時は私に任せて、あんたは隅っこで隠れてなよ」
「あら。それじゃ、お言葉に甘えてそうしようかしら」
「……少しは手伝えよ。さすがにドラゴン相手にひとりってのはシンドイぜ?」
「ふふ、冗談よ。それに――」
後ろにはミズキが帰ってくる、私たちの家があるもの。
「来るぞ」
「ええ」
「ガアアア!」
体表の青黒い色合い。
ドラゴン種にしては滑らかな皮膚の感じ。
恐らくこのドラゴンは。
「コールだリディ。火以外の援護、頼んだ!」
「ええ、了解」
さすがは現役の召喚士。
ひと目でドラゴンの種族を見極めるなんてね。
いつの間にか具現型での召喚を終えていたメフィは、巨大な歯をしている黒い鎌を両手にコールドラゴンの方へ走り出していた。
その頼もしい後ろ姿を確認してから、羽織っているカーディガンの裾を払い、腰元のカードホルダーから二枚のカードを取り出す。
「術者リディア=エアフィードの名の下に――」
まずは風の精霊。
「ウィンディよ、我が前にその姿を写し出でよ」
全身が淡い黄緑色の長い紙の精霊が現れる。
召喚時にメフィの元へ向かうように指示を出していた為、ウィンディはそのままメフィの元へ飛んでいく。
予想通り、大きく開いたコールドラゴンの口からは青い炎が吐き出された。
一直線の軌道でメフィへと迫る青い炎。
見た目は炎だけど、それに触れてしまったら最期、火傷ではなく触れた部分は一瞬で凍りついてしまう。
けれど、メフィの足は止まらずに突き進む。
だから。
「前唱同様――」
私も迷わずに、もう一枚の召喚を行う。
「ウッドウィッパーよ、我が前にその姿を具現せよ!」
右手のカードは、ウッドウィッパーの大きな黒いツタに変わる。
次にそれで赤いレンガの地面を割りながら、地中へと潜らせる。
「リディ!」
どうやらウィンディは、しっかりと青い炎からメフィを守ってくれたみたい。
私の名を叫びながらウィンディの力を借りて大きく跳躍するメフィの姿が、なによりもそれを物語っている。
あとは顔をメフィの方へ上げているドラゴンの頭をウッドウィッパーで縛り、首を下げさせれば決着がつく。
「今よっ!」
握っているツタへ声を掛ける。
コールドラゴンの足元から地中を伝って行ったウッドウィッパーのツタが飛び出し、想像した通りに頭部に巻きつく。
私が腕を引くと、伸びていたウッドウィッパーのツタは収縮し始め、コールドラゴンの頭部は顎から地面に叩きつけられる。
「メフィ!」
「わかってる――よっ!」
その声と共に振られたメフィの大鎌の刃が紫に輝く綺麗な半円を描くと、コールドラゴンは二度と動くことはなかった。
「お疲れ様。さすがね」
「そりゃお互い様だっての」
コールドラゴンの封印を終えたメフィと一緒に屋台通りの方へ歩いて行く途中。
噴水広場に集まっている人集りが目に入った。
「リディアちゃんたちが、倒したのかい?」
人集りから一歩前に出てくるのは、屋台通りを取り仕切る肉屋の店主さんだった。
「そうですよ。ね、メフィ」
「あ、ああ」
気恥ずかしいのかな?
私が尋ねると、メフィは目を逸らしながらフードを被りなおす。
すると突然、トレードマークの赤いバンダナを外して、店主さんが頭を下げてくる。
「ありがとう!」
「ありがとーな」
「ありがとねー」
店主さんの声に続いて後ろに控えていた人たちからも、思い思いの言葉が飛んでくる。
「もう外したら、それ」
「え?」
「メフィのこと、もう誰も魔女だなんて疑ったりはしないと思うわよ。きっと」
「リディ……」
少しだけ迷ってから、メフィはフードを外してくれた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「あ、ああ」
私たちは噴水広場へと歩き出した。