Violent Delights Have Violent Ends ー激しい歓喜は激しい結末を迎えるー
「よう、お前ら、名演技だったぜ!」
ハムレットは勢いよく客室の寝室の扉を開けた。
ハムレットは眼を点にして固まった。
その向こうにあったのは、上体を起こすのもやっとという状態のロミルダと、そんな恋人に手ずから果物を食べさせているジュリアスであった。ロミルダは恥ずかしそうに顔を赤らめて小さく控えめに口を開けている。ジュリアスは恥ずかしがるロミルダに果物を差し出して、にこにことその様子を愛でていた。
所謂あーん、の体勢だである
部屋の中にいた二人の動きがぴたりと止まった。そしてゆっくりと扉の方に顔を向ける。
数旬、だれも動けず沈黙が流れた。
ハムレットの登場を認識するとロミルダは顔を真っ赤にし、即行で明後日の方を向いた。ジュリアスはロミルダに向けていた甘ったるい表情を変えずにハムレットをにらみつける。
むしろ笑顔であるために余計に恐ろしい。
何とも言えない空気の中、おもむろにジュリアスが口を開いた。
「僕はロミィを愛でるのに忙しいんです。空気を読んでとっとと出ていってください」
「おい」
主に対するあまりにもな言い分に、つられてハムレットも再稼働する。
「おまえら、さっきまでの悲恋物語の主人公の雰囲気はどこへやった」
「ここにあるじゃないですか。倒れた恋人と、それを介抱する僕。ほらね」
飄々と断言するジュリアス。顔はハムレットの方を向いてはいるが、身体はロミルダを支えている。王族に対する態度とは到底思えない。
「やっと、ようやくロミィを説得できて、手ずから食べてくれそうだったのに。……いいところで邪魔しやがって」
「聞こえたぞ。ぼそっと何言ってやがる」
「取り敢えず出てってください。淑女の寝室に入るなど何を考えておられるのですか」
「はいはい、分かった分かった。じゃあジュリアス、少し客間の方へ。ロミルダ、少しジュリアスを借りるな」
「ごめんね、ロミィ。ちょっと待っててね」
そう言い残してハムレットとジュリアスは寝室を出て行った。
後には頬を赤く染めたままのロミルダが残されたのであった。
◇
「ただの痺薬でよくもあれだけ盛り上げられたものだ。感心する」
二人が向かい合ってソファに座ると、ハムレットが口を開いた。
「僕の演技力の賜物ですね」
自慢するように胸を張った。ジュリエットで演技力は鍛えられているのだろう。
「それにしても結局、全部おまえらの手の上だったな」
「陛下のご命令であったからこそですよ」
「そうか?」
「そうでなければ僕たちが騒乱罪に問われていたかもしれませんよ」
「ああ、確かにな」
「それで僕たちの、特にロミィの処遇はどうなりそうなのですか」
「ロミィ」と口にするとき、ジュリアスは心配そうに寝室の方へ意識を向けた。なんだかんだ言いつつも心から彼女を愛しているのだと、その態度から窺える。
「ああ、落ち着いたら伯爵家から絶縁して、俺の側近として正式に公表することになりそうだ」
「というと、ジュリアス・カプレーティとロミルダ・モンテッキとして、ということですか?」
「そうだ。さすがにもう性別を偽ることはできないだろうからな」
ハムレットはそう、からかうように口にする。
ジュリアスはさらりと流して話を続けた。
「そうですか。ですが今回の件ではいろいろ偽っていたことが多いですがそれは問題になりませんか?」
「異を唱えるのなんてモンタギュー伯爵とキャピュレット伯爵くらいだろ」
「だといいのですが……」
「まあ、流石に事が事だからな、全て父上にお任せしてある。ロミルダが回復したら伺ってみると良い」
ハムレットは疲れたように溜息をつくと、ソファに深く座りなおした。
その言葉にジュリアスは何か考える様子を見せた後、漸う口を開いた。
「一つ、お願いしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「公表するとき、僕とロミィの婚約も同時に発表していただけませんか?」
「おい」
自分たちのために国王を利用する気か。
「いえ、陛下のお力を利用しようということではなく。公表された後に、変な貴族に取り込まれる危険性を少しでもなくした方がいいでしょう」
「確かにそうだな。うん、いい建前だと思うぞ」
その建前の方が本音だと知りつつ、ハムレットはそう軽口をたたいた。
「そんな身もふたもないことを仰らないで下さいよ」
「さて、僕はロミィの看病に戻るのでとっとと出てってください」
「はいはい。おまえ、王子に向かってほんと何様だよ」
そういうと二人は立ち上がり、ハムレットは廊下へと続く扉に、ジュリアスはロミルダの待つ寝室の扉に手をかけた。
「今回の件の立役者様ですよ」
「ほんとに口の減らない」
◇
ジュリアスが寝室へ戻ると、ロミルダは寝台の上で目を瞑っていた。
「ロミィ、起きてる?」
「……ん、」
ジュリアスに声を掛けられて、ロミルダはそっと目を開けた。
「どうだった?」
「特に問題はない。予想通りだよ。詳しい話は明日にでも、ね?」
「ん、よかった」
ほわ、とロミルダは微笑む。
「そうだ、ロミィ」
「なぁに?」
「婚約、できそうだよ。長い道のりだったね」
ロミルダは目を見開いた。
そんな恋人に、ジュリアスはそっと口付けた。




