表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

高校生編~エピローグ

第四章

2年後9月。

「ねえ。真奈ひょっとしてまた胸大きくなった?」

 学食で昼食中、友人の山崎瞳がフォークで突く仕草をする。食べ物じゃありません。

「夏の間に燦々と降り注ぐ太陽の元、すくすくと成長したのですよ」

「一緒にゼミ通ってたのに何言ってんのよ。つったく…羨ましい。植物じゃないんだから太陽光で育つわけ無いでしょ?ウエスト細いしボンキュボンって奴?それでチッコイんだから反則だって」

「昔はコンプレックスだったんだよ。どっちも」

「あーテニスだっけ。真奈あんたなんで辞めちゃったの?中学時代すごく強かったんでしょ?」

 そう。私はテニスを辞めたのだ。

「体力の限界!気力も無くなり、引退することになりました」

「それどこかで聞いたことのあるセリフだね」

「この男を惑わすわがままボディーが足引っ張る世界だよ?やってらんないっつーの!特待で入学しなくて正解だったよ。特待だったら今頃クビになってる頃だったわ」

「野球部で夏休み中に居なくなった人とかいるもんね」

「怖いところだよねぇー」

 チャイムが鳴り。午後の授業が始まる。

 私の通う埼玉浦和学院。スポーツが盛んであり最近は学業にも力を入れている私立高校だ。

 もちろんテニスも全国クラスの選手がいる。私は顔も知らないけどね。

 私は特選文系コースで難関国立文系受験に向けに本格的に勉強を開始していた。目指すは法曹界のアイドル!

 弁護士になって堅実な人生を送るのだ。

 言ってて虚しくなるな。学業には勝負事独特の肌がひりつくような喜びがないからどうしても物足りなさを感じてしまう。


 幼馴染の真吾は大阪桐蔭でメキメキと頭角を現し、二年の春夏どちらもベンチ入りし2番手ピッチャーとして活躍している。来年は間違い無くエースになるのだろう。

 阿久津勇太は今朝全体集会で表彰を受けていた。

 そう勇太も浦学に入っていた。特待で入りテニス部に所属しないという離れ業が許されている生徒だ。許されるだけの事はあったUSジュニアオープンを16歳で勝ち抜いて昨日帰国してきたのだから。

 二人共、夢にむかってひた走ってる。

 ぼんやりと考えていると終業のメロディーが鳴った。

 いけないなー今日は授業に集中出来なかった。帰ったら念入りに復習しないと。気を抜くとすぐ置いて行かれる。

「真奈、今日ルミネ付き合ってくんない?」

 瞳ちゃんが帰り支度をまとめて目の前の席に座る。

「うん、いいよーいこいこ。ちょっと待ってね」

 ゴソゴソと帰り支度をしてると廊下からでかい声が聞こえた。

「マナーマナー!どこだー!」

「誰だろ?大声出してる人が居るね」

「そ、そだね…どこの馬鹿だろうねー」

 声が上ずってしまった。よく知ってる声だったものだから。

「ここかっ!」

「げっ!」

「あれ、テニスの阿久津くんじゃないの?真奈知り合いなの?」

「まー知らなくもないかな」

 身長184センチの大男が、大股で近づいてくる。

「おい真奈!お前着拒しやがったな?どういうつもりだ!」

「はぁ…」

「なんとか言えよ!」

「うっさい!あんたしつこすぎ!昨日1分おきに電話してくんだもん。メールの数もそうだよ。なんなんあれ?28件未読とか見た時クラクラしたわ。アンタはストーカーか!」

「お前そりゃないだろ?久々に日本に戻って来たのに電話しちゃダメなんか?」

 勇太はUSオープンが9月頭に行われたため、夏休み前からアメリカ入りしてトレーニングと調整を行なっていたのだ。

 瞳ちゃんはというと、体育会系のでかい男を至近距離から眺めさせられて口をあんぐりさせていた。

「あいつ1年の阿久津だろ?伏木と付き合ってんのか?」

「ありゃどー見ても付き合ってるよな」

 ギャラリーたちがヒソヒソ言ってるのが聞こえる。

 ああ、せっかく進学コースに入ってちょっと可愛い普通の女子やってたのに、このバカのせいで台無しだよ。

「あとお前、俺が日本から居なくなったらクラブに来なくなったんだってな?」

「だって夏期講座受けてたんだもん。高二の夏は重要なのよ。私、弁護士目指して頑張ってんだもん」

「お前が弁護士だと?バカも休み休み言え馬鹿」

 吐き捨てるように言った。

「ちょっと阿久津くんそれは酷いんじゃないかな?」

 ガタッと席を立って瞳ちゃんが勇太に食って掛かる。

「このクラスはリーダーズコースだよ。真奈はこの中でも上位の成績なんだから、弁護士は決して夢じゃないよ」

 いいぞいいぞーそのとおりだ!瞳ちゃん頑張れ!

「へえ?お前頭良かったんだ?」

「あんた私が中学の頃、学年TOPだったの知らなかったの?」

「えーと先輩?」

「山崎よ山崎瞳。真奈の友人よ」

 瞳ちゃんちっちゃい胸をフンッと逸らす。

「そういう意味じゃねーんです山崎先輩。コイツは弁護士なんてつまんねー事目指しちゃダメなんです。コイツはテニスを続けなきゃならねーんです。ちょっとすいませんが、コイツと俺の問題なんで黙っちゃくれませんか?」

 威圧しているつもりはないんだろうけど、瞳ちゃんからすれば恐怖だよ。その顔はさ。まるでネコ科の大型獣じゃん。

「ああ、伏木ってあのテニスの伏木か!中学一位の不思議ちゃん」

「なんでそんなのがこのクラスにいるんだ?」

 うわ…ギャラリー廊下にまで集まっちゃってるよ。それにしても不思議ちゃんってなんだ?私のあだ名なの?

「勇太。私もう辞めたから」

「お前ふざけんなよ?一度や二度の挫折がなんだって言うんだよ」

「挫折した事のないアンタに言われたくない!すげー惨めだったんだよ!」

 1年半前のフェドカップで初戦の中国代表に私は全く手が出なかった。その後の全国ジュニアでもベスト16止まり、春の選抜室内では無名の新人相手に一回戦で負けたのだ。

 伏木時代は終わったとみんなが言った。才能に胡座をかいて練習を疎かにしていたからだと何も知らない奴に笑われ、モデル紛いの事ばっかりやって芸能人気取りだからだと陰口を叩かれた。ふざけるなよ。私は限界まで練習をした。それでもダメだったのだ。

「挫折の経験?俺あるぞ。小2の時お前に徹底的にやられて『バーカ、チビ、年下の癖に生意気なんだよ!悔しかったら勝ってみろ!この負け犬がっ!』って言われた時、本気で辞めようと思った」

 よく覚えてるわね…そんなに悔しかったんかい。

「とにかく付いて来い」

「ヤダよ。瞳ちゃんと約束してるし」

「そうなんすか?先輩?」

 威嚇すんなよ馬鹿勇太っ!

「ううん。私は大した用事じゃないから、全然平気だよ」

 ああ、瞳ちゃんが虎に食われた…

「そーっすか!じゃあコイツ借りますね!」

 ひょい。荷物のように抱きかかえられ小脇に抱えられた。

「ちょ!何してくれちゃってんの?絨毯運ぶみたいに持たないでよ!アンタはペルシャ商人か?抱えるならお姫様抱っことかじゃね?17年生きてて初めてだよこの屈辱っ!」

「はいはい。それはまた今度なー。あ、山崎先輩!」

「なっなに?」

 小柄とはいえ私の身体を軽々と片手で抱える野獣のパワーに瞳ちゃん圧倒されてます。

「コイツの荷物ってこれだけっすか?」

「うん」

「んじゃ貰っていきます」

 左手で私のDバックを背負う…いや、そんな事はどうでもいい。制服のスカートはとても短いのだ。これ絶対後ろからパンツ丸見えだよ!

「下ろしてよ!パンツ見えちゃうでしょ!」

「大人しくしてれば平気だよ。気になるなら手で抑えてろ」

「わーっ!胸掴んでる。胸触んな馬鹿!」

「お?なんかまた大っきくなってね?」

「なに乙女の秘密でかい声で言ってくれちゃってんの?しかもなんで俺は昔の大きさ知ってるってアピールしちゃってる訳?だから揉むなよっ!教室で揉むなってば!」

「じゃ、コイツ連れて帰りますんで、二年の皆さんお騒がせしましたー」

 私を抱えたままズンズン歩く勇太。

 コイツすげー。恥ずかしくないんだ?この糞度胸USオープンで勝っただけあるよ…

 私は抵抗する気力すら失って、首まで真っ赤にしてうなだれていた。

 昇降口まで来て勇太が口を開いた。

「真奈の下駄箱どこ?」

「勇太。もう逆らわないで付いて行くから、下ろして」

「ああ。判った」

 地面に足がつくと同時に、私は大きくテイクバックした。

「こんのぉ馬鹿ちんがぁぁぁぁ!!!!」

 バシッ!

 左手で思いっきりビンタかましてやりましたよ。

「きゃー修羅場ってる」

「あれ阿久津くんじゃない」

「うわーこんなところでよくやるわね」

 うっさいぞギャラリー共めっ!

「いってぇぇなぁ…でも左手だったな。右手大事にしてるんじゃん。諦められないんだろテニス」

 頬をさすりながらニヤリと笑う。

「ふんっ!行くよ!」

 ……諦めてるよ。チビじゃどうしようもないんだから。

 下駄箱を開けるとドサドサっとラブレターが落ちてきた。マンガみたいな光景だが、浦学は男子生徒が1300人いるので、このぐらいの事は驚くことでもない。みんな結構日常的にラブレター貰ったり告られたりはしているのだ。多分。

「おーすげーすげー!真奈モテんだな…」

 律儀に落ちた手紙を拾い上げ、靴箱の中の残りも纏めてくれる。勇太にもなかなかイイとこあるじゃん!と思ったら大間違いだった。

「だけどいらねぇよなぁぁ。こんなモンはよ」

 遠巻きに眺めているギャラリーたちに見せつけるように、手紙の束を引き裂いた。なんつー握力だよ。引き裂く時発達した犬歯が見えたよ。これどう考えても俺のモノ宣言だよね…これ見ても私に近づいてくる勇者なんて、金輪際現れる訳ないよね。

終わったよ……さよなら私の平凡な高校生活。


「それでどこ連れて行く気」

 学園からのバスに乗って勇太を見上げる。

 なにやら携帯をカチカチしてる勇太。ほう…一緒にいて携帯弄るとはいい度胸じゃん。

「んー駅前のファミレスかな?」

 ファミレスに着くと勇太はきょろきょろとあたりを見渡す。ん誰かと待ち合わせ?

「おっ!いたいた!おーい!」

「あっ!」

「お久しぶりですね。真奈」

 サワちゃんが居た。

「サ、サワちゃんご無沙汰」

 引け目を感じてつい吃った。

「真奈!なんですか?日本テニス界の至宝阿久津くんにカバン持ちなんてさせて。本来なら貴女が阿久津くんのカバン持ちをして、影を踏まずに三歩後ろを歩くべきですよ」

「えー酷いよサワちゃん。いいじゃん勇太だし」

「本宮さんこの馬鹿に常識を教えてやって!」

「ちょっと勇太。いつの間にサワちゃんと仲良くなったの?」

「大会会場でよく会うし、フロリダで調整中に本宮さんが留学に来ててだな」

「ふーん…」

 そうだよね。私の知らないところで女子選手と会う機会あるよね。

 うーモヤモヤする。サワちゃんはボーイッシュで中性的な感じだから多分平気だけど、他に女子選手で居たかな?勇太が好きそうなタイプ。勇太のタイプってどんなんだっけ?ああ、私だろ?うは、私ったらすげー自信。私に似た雰囲気の娘っていたかな?

「貴女が心配するようなことは何もありませんよ真奈」

 呆れたようなサワちゃん。わたしの心読まないでよ。

「ん?どうしたどうした?」

 勇太くんちっとも判ってないご様子。

「阿久津くんは真奈に愛されてるってことですよ」

「あ、ならいいや」

 うぉ、こいつら本人無視で完結させちゃってるよ。サワちゃんの中では私と勇太って付き合ってることになっちゃってんの?

「別に付き合ってないから。そんな事より、ねえサワちゃん知ってる?」

「何ですか?」

「私のあだ名って不思議ちゃんだったの?」

 今日気になった質問をぶつけてみた。サワちゃん事も無げに言ったよ。

「そうですよ。知らなかったのですか?フシギのフシキちゃん」

「知らないわよ。なにそれ?」

「貴女全国大会で妙な奇声あげたりしてたじゃないですか。だから言われるんですよ」

「ああ、インパクトの時ウルトラマンみたく『デュワッ!』『ダァァ!』とかやってたよな。あと右手に包帯巻いてきて『クッ!右手が疼く静まれキセキの右手よ』とかやってたよな。あれ見た時こいつ馬鹿だと思った」

 くっ…人の黒歴史を。掛け声はともかく包帯の時は、故障と勘違いした松本コーチに棄権させられそうになって、バレた時に物凄く怒られたな。

ちょっと待てよ?あたしが今までわがまま放題にやってこれたのは天才だからではなく、不思議ちゃんだからしょうがねーって周りが思ってたからなの?うわー聞かなきゃ良かった、知りたくなかった。

 話題変えよ。

「あ、サワちゃん。遅くなったけど全日本ジュニア優勝おめでとう」

「貴女のいない大会での優勝なんて何の意味もありません」

 ピンっと背筋を伸ばしてお茶を飲みながら、強い視線で私を真っ向から見据える。ちょっと怖いっす。

「そんな事ないよ」

「どういう事です?不参加って。その前の室内でも私と戦う前に勝手にコケて」

「もう限界だったんよ」

 笑おうと思ったけど、引きつった笑いしか出来なかった。

「小さい頃から何度も対戦して私は何度も負けました。いつか必ず勝ってやろうって気持ちを糧にして私はテニスをしてました。それなのに貴方は勝手に私の前から消えました。私との戦績無敗のまま勝ち逃げですよ真奈。引退するにしても公式戦で私と勝負して、完膚なきまで叩きのめされてから辞めるのが筋でしょう。私達は友達でライバルだったのではありませんか?」

「サワちゃんは私の大事な友だちだよ。それは今でも変わらない!テニスを辞めても友達だよ!」

思わず大声を上げた。

「そうですか!ですが私はテニスを辞めた真奈と友だちだとは思えません!そんな抜け殻のような人私は知りません。私の大切な友人である伏木真奈は、お馬鹿な行動とか目立っても人一倍練習して人一倍貪欲に試合に臨む人。私にとって憧れであり乗り越え無くてはならない壁そのものな人でしたから」

 サワちゃん。きっついなぁ。

 でもすごく優しいよね。

「真奈戻ってきて下さい。前に言ってた新しい武器、私はまだ見せてもらってないじゃないですか」

 泣かないでよ。サワちゃん。私なんかの為に泣かないでよ。


「お前さ。本宮さんの言葉なんとも思わない訳?」

「そんな訳ないでしょ、動揺しまくってるよ」

 サワちゃんと別れた私達は西口の公園を歩いていた。平日の夕方でもあるため辺りには人が溢れかえっている。

「だよな。俺も隣で聞いててウルっと来たくれーだもんな」

「もう頭ん中グチャグチャ…勇太抱いて」

「おう。こうか?」

「違うホテル行こ」

 勇太は私を抱き寄せた姿勢のまま固まった。

「もうどうでもいいよ。苦しいのよ。忘れさせてよ」

 ぎゅっと回した腕に力を込める。腕が届かないよ。胸板厚くなったし、へへっ、大きくなったなぁ。

 勇太はそっと私の方に手を置き、そして思いっきり突き放した。

「真奈てめえふざけんじゃねー」

「え、なんで」

 あたしの事好きって言ったじゃん。優しくしてよ。

「逃げてんじゃねーぞ!今苦しいのは当たり前なんだよ!だからこそ苦しんだ末の答えに意味があるんじゃねーか!」

「このまま勇太のお嫁さんにしてくれてもいいじゃん。それだってひとつの選択だよ」

 なんで優しくしてくれないの。怖いよ勇太なんでそんなに怒ってるの?

「お前よ。この場所覚えてるか?あん時お前は俺になんつった?俺はまだプロになってないぞ?逃げたいから自分から言い出した約束まで無かったことにするつもりなのかよ!」

「あ…」

 中学生の私、競技者としての自信を持っていた私の事を思い出す。追われる者の恐怖に怯えてはいても全力で走っていた。先駆者としての誇りや矜持を胸に頑張っていたのだ。

 なんださっきのセリフは?プライドなんか欠片もない、ただ男に縋るだけの情けない女そのものだ。

ダメだよ。いくら何でもここまで堕ちちゃダメだよ。しっかりしろよ私。

「ごめん勇太。ありがとうね私を叱ってくれて。どうかしてたよ」

「いいよ。お前がテンパると異常行動起こすの知ってるしな。俺なぁすごく我慢したんだぞ?さっき」

 勇太が私の頭をポンポンする。大人が子供にするように。ああーいつの間にか丁度いい位置関係になっちゃたんだな。

「だよね。ごめんね」

「それに先輩との約束もあるからな。バレたら殺される」

「ん?誰?先輩?約束?」

「菱川先輩だよ。あれ?知らないのか?俺と菱川先輩お互いプロになるまで、絶対にお前に手を出さない約束してるんだよ。ついでにお前に男を近寄らせない約束もしてるぞ?」

 意外そうな顔をする勇太が、とんでもないことを言いおった。

「あんたが浦学入った理由てそれなの?」

「当たり前じゃねーか。どこでも良かったしな」

 何を馬鹿な事をとでも言いたげな勇太。

「あのさ…もしもだよ?あたしが例えばクラスの男子と付き合ったりしたら?」

「別れさせる。そもそも付き合わさせない」

「ええええ!!!!花の女子高生に恋愛禁止条例?」

「恋愛なんかしてる暇ねーんだろ?諦めろよ。そんな暇あったらラケット持て」

「ん、鉛筆持つ。勉強するもん」

「勉強、楽しいか?今の自分に満足してんのか?」

「楽しくないけど、でも学生だし。私それしか取り得残ってないし」

 そうなのだ。テニス辞めちゃったんだから勉強頑張るしかないじゃん。

「それしかだと?」

 勇太がイラッっとしてるのがよく判った。

「小学生から中学までお前と対戦して、お前との才能の差に絶望してテニス辞めた人間何人居るんだろうな?そいつらは思っただろうな『伏木みたいなのが世界に選ばれた人間なんだ』って、その時点でお前はそいつらの夢背負ってんだよ。そんでその夢を託されて進むはずのお前は何に絶望したの?」

「知ってるでしょ!身長よ!チビな私じゃもう限界なんだよ」

「お前そればっかりだな。マイケルチャンが聞いたらぶん殴られんぞ?女子の世界じゃトップランカーでも160ぐらいの選手はゴロゴロいる。それより小さくても、お前には神から与えられた右手があるじゃねーか。お前を知るみんなが欲しがる「キセキの右手」があるじゃねーか!テニス辞めるなら今すぐその右手を切り落とせ」

「でっ出来るわけないっしょ!」

 右手を切り落とすイメージが浮かんでゾッとした。昔ミートハンマーで手を潰されそうになった事があるのだ。

 あの時、テニスが出来なくなってしまう事を恐怖していた。

 命の危険よりテニスが出来なくなる事を恐怖していた。

 今も右手を無くす=テニスが出来なくなると瞬時に連想した。

 そうだよね。テニスを失う事など考えられない。きっかけは確かに受験の為の体力づくりだったのかもしれない。でも毎日4時間以上もトレーニングを続けてきた理由は何?決まってる。テニスが好きで好きで仕方がないからだ。

「うう…」

 ああ……閉じ込めていた気持ちを自覚してしまったよ…やっぱり私は…

「お前が何故勝てないか教えてやる。お前どこかで自分の身長を受け入れられてないんだよ。身の丈にあった戦いをせずに絶えず言い訳に使ってる。本宮さんが話してた武器はどうした?なんで使わなかった?」

「完成しなかった。いっぱい練習したんだけど使い物にならなかった」

「何やろうとしてたんだ?コツさえ掴めばお前のセンスなら楽勝だろ?」

「あたしのムーンボールの高速スピン版」

「エッグボールか。ああ、たしかに良いかもしんねー」

「ストロークで押し込まれる事が多いからさ、特に絶対に負けたくないサワちゃんはパワーストローカーだから、ストロークでも武器が欲しかったの」

「すげーいいんじゃね。間違いなく強力な武器になる。ん、どれ」

 荷物を置くと、勇太は私の前にしゃがみこんだ。

「ちょっ、何してるの?」

「心配すんな別にエロいことするわけじゃねー脹脛は結構張ってるな太腿は四頭筋に比べ二頭筋が弱いが。真奈お前走ってたのか?」

 足首から太腿まで揉むようにして勇太が尋ねる。

「うん。早朝のランニングは欠かしてないよ。ねえ勇太やめて恥ずかしいよ」

 これじゃ傍から見たら、女子高生のパンツを脱がしてる変態みたいだ。

「ひっ!今度は何!」

「どこって脇腹だよ。後背筋と腹斜筋弱ってんな」

 ブラウスの上からモミモミされてしまった。

「もうっ!何なのよ?」

「エッグボール打ちたいなら足腰かなり強化しなきゃならねーんだよ。体幹トレーニング足りてない。家でもメディシン使ってきっちり鍛えろ」

「え?なんで今さらトレーニングの話?あたしテニスやらないよ?男を惑わすわがままボディー維持する為に、軽くやってるだけだもん」

 嘘だ。もうテニスがやりたくて堪らなくなってる。

「エッグ打ちたくねーの?俺打てるから教えられるぜ?

「なんかもーあんた何でもありの化け物になっちゃったね」

 打ちたいよ。またサワちゃんと勝負したいよ。

「で、どうなの?打てるようになればかなり変わるぜ?お前の弱点が武器に変わるんだから」

 勇太が意地悪く聞いてくる。

「埼玉ジュニア3月だよね。半年か…間に合うかな?」

「間に合わせるんだよ」

 ニヤリと発達した犬歯を見せて勇太が笑った。


『背番号1を貰えた』

『おめでと来年はエースだね。私またテニスやることにしたよ』

『そうか真奈頑張れ』

『がんばるよ。真吾も頑張りすぎて体を壊さないでね』

 夏の甲子園の後、高校野球では秋に大会が行われる。この大会から『来年に向けたチーム編成』になりこの大会の結果が春のセンバツに反映されるらしい。

 真吾は無駄なメールを全くしない。結果だけを連絡してくる。

 寮生で、携帯を夜間のみ使用を許されるからなのだろう。とは言っても私もあまりメールをする方ではない。時間はいくらあっても足りないのだ。

「テニス再開したのか?」

 朝10km走ってメディシンボールを振り回しているとパパが起きてきた。

「うん。心の奥に寝かしていた熾火がどうやっても消えなかった。やるよ。もう迷わない」

「お前がテニス止められる訳ないんだよ。勉強なんていつでも出来るんだ。今やりたいことを頑張ればいい。失敗しても学業なんてお前なら一年浪人すれば取り戻せる」

「そーよ。パパの言うとおりよ」

 ママも起きてきて会話に加わる。

「そのままニートでもいいわよぉーママ真奈ちゃん一人食べさせるのわけないんだから」

 いや、子供にニート勧める親ってどーなのよ?

「ありがとう。私はこの家に生まれて本当に良かったよ」


「真奈。必ず帰ってきてくれると信じてたわ」

「コーチごめんなさい勝手に休んじゃって」

 夕方OTCに行くと松本コーチが抱きしめてくれた。

「皆が貴方に何も言わずに放っておいた理由はね。貴方が小さい頃から今までどれだけ努力を続けてきたのか皆判っているの。誰でも走り続けたら休憩は必要なのよ。だから好きなだけ休んで貰ったの。貴方がまた走りだす力を蓄えるために。勇太だって貴方がクラブに来なくなるまでは我慢してたのよ。それで充電は出来た?」

 ん…体が震えるのが判った。みんな私を信じて待っていてくれたのか。ありがとう。本当にありがとう。

「はい。それはもう目一杯!」

「復帰戦は埼玉ジュニアね。関東大会、全国まで一気にカムバックよ!」

「はい!」


学園 食堂

「はぁー、まさか私があんたの為にお弁当を作るようになるとわね」

ほんとトホホである。嘆きながら肩掛けの保冷バックからお弁当を取り出した。

「阿久津くん良かったね。毎日愛妻弁当で」

「おう」

 お昼は学食で瞳ちゃんと勇太と一緒に食べるようにになっていた。

 勇太はしょっちゅうウチのクラスに来るのでクラスに妙に馴染んでしまい、中でも瞳ちゃんとは普通に会話するようになってしまった。

「それにしてもすごい量ね…何これで二人分?」

「あーそか、瞳ちゃんは私がテニスやってる頃の食事量知らないもんね。うん。このぐらいは食べる。つーか食べないと痩せてしまう」

「食事はトレーニングの一環だからなー真奈が作ってくれれば楽しみながらトレーニング出来るって事」

勇太の言うように私らにとって食事は娯楽ではない。食べて体を作るのも仕事のウチなのだ。特に今の私は筋肉増強の為、練習直後プロテインを飲んでいる程だった。

「アスリートって凄いんだね…ねえ?おかず真奈が全部作ったの?」

「ううん全部作るのには時間足りないから、下拵えとかはママとやってるよ」

「ウメーおふくろの飯よりずっとウメー」

 貪り喰らう勇太。どーぶつかよ!

「しかし意外だったよな。お前小さい頃からテニス漬けで飯なんて全部母親任せだったはずだろ?いつの間に身につけたんだ?」

「中学の時から始めてたわよ。野球選手の妻にいつでもなれるように」

「けっ!あーそうかよ!」

 みるみる不機嫌になる勇太。ふっふっふっ、これは面白い。

「え?なになに?え?真奈って彼氏いるの?彼氏阿久津くんじゃないの?」

 瞳ちゃん身を乗り出して勇太と私の顔を交互に見る。

「こいつの幼馴染のことだよ先輩」

「幼馴染が甲子園目指して大阪で一人頑張ってるんだわ。ん?勇太何やってんの?」

「その噂の幼馴染様に『真奈の作った弁当超ウメー!先輩はたこ焼きでも食ってろ』ってメール送ってやった」

「は?何してくれちゃってんのあんたは?まあいいか真吾は夜しかメール見れないし、それと、ちゃんと今はパンやパスタメインの料理も作れるように頑張ってるから」

「なんだそりゃ?」

「当たり前でしょ。あんたアメリカかヨーロッパじゃん。肉じゃが作れたって意味ないわよ。ブフ・ブルギニョンとか作れるようにしておかないと。向こうじゃお米とか日本の食材手に入れるの大変なんだから」

「お、おう」

「ニヤニヤニヤニヤ。そっちはテニス選手の奥さんになるための料理ですか?

「いやいやいやいや今の失言だから!勇太も真に受けないでね?」

待たせてるからね、こっちも色々準備しておかないとだめじゃんさ。


元旦 調神社

「ひー並んでるねぇ」

「氷川に比べればマシだろう。あそこはここの比じゃないぞ」

確かに、幼い頃に菱川伏木の両家族で行ったことがあるけど、入り口で人の波に飲まれて二度と会えなかったな。

年が明けて元旦早朝。狛兎のいる神社に初詣に来ていた。

年末に真吾が帰ってきていた。三が日はさすがに部活の練習も休みになるのだ。

地元のプロサッカーチームもお参りに訪れる、ツキが授かる神社は早朝にもかかわらず混雑していた。やっぱり私ら競技者がお参りするならココだよね。

「なんつーか色々お疲れさん。一人で大阪はやっぱり大変だよね」

じっと真吾の顔を見る。身体はまた一回り大きくなったが、顔が一段と締まってきた。

「どうした?苦労と思ったことはない。好きな事をやっているだけだしな」

 事も無げに真吾が言う。あんたが泣き事言わないのはよく知ってるよ。

「んで選抜は出れるの?」

「ああ、決勝で負けたが問題ない」

「そっか、勝てるといいね。いつも思うんだけどさ野球って不公平なスポーツだよね。団体競技って割りにはピッチャーやってる選手が勝敗の6割ぐらい左右しない?」

「テニスに比べればそう思うかもしれないな。だがその分やりがいはある」

「私には無理だな。多分頭ん中で不公平不公平呟いてる気がするわ」

 小さく真吾が笑っている。何を想像してるんだ何を。

「ところで真奈の調子はどうだ?」

「んー悪くはないと思う。今まで避けてた筋力アップも積極的にやってるよ」

 過剰に筋肉を付けると身長は伸びにくくなるのだ。私は今まで筋肉を余り付けずにやってきた。少しでも背が伸びる事を期待して。でも復帰時から背はもう伸びない事を受け入れて、今の身体をパワーアップすることにしたのだ。

 これは勇太に指摘されたことだったけどね。

「阿久津とは上手くやれてるみたいだな。阿久津に説得されてテニス復帰したんだろう?」

「まあね…そこはその、これでも感謝してるんだ。辞めて気づいたの私がどれだけテニスを好きだったか。だから再開するきっかけが貰えて良かったよ」

「そうか、やはり離れていると細かい感情は見えなくなるな。俺は真奈がテニスを辞めて今まで背負っていた重圧から開放されたと思ってたよ。気付かなくて済まなかった。」

「私の事なんか気にしちゃダメよ。真吾は今年の春夏で人生決まるんだから自分の事だけ考えてね」

甲子園で活躍という露出がなければ、どんなにいい投手でもプロになれる保証はないのだ。そりゃどっかの球団には潜り込めるだろうが、優勝争いするようなチーム行くなら実績が欲しいとこだろう。幼馴染の私のことを心配してる場合じゃないよ。全くお人好しなんだから。

「ああ、ありがとう。真奈は埼玉大会から始めるのか?いつだ?」

「真吾が選抜で戦ってるころだよ」

「3月末か、お互いがんばろう。さ、やっと前が開けた」

「真吾お賽銭投げるの速すぎ!殺人級じゃん。しかもお賽銭しょぼすぎだし」

 5円玉がえらい勢いで賽銭箱にぶち当たっていた。

「真奈、この後少し時間あるか?話したいことがある」

 真吾が静かな目でそう言った。


3月埼玉テニス場

「あれ全国1位の阿久津だろ?隣りにいるの伏木じゃん」

「うわーあいつら出るのかよ。G3埼玉の大会なんて出る必要ないだろー」

「伏木って故障してブランク明けだからじゃねーの?去年試合に出てないだろ?阿久津は付き添いじゃねーの?」

「彼女の付き添いかよ。よゆーだな」

「やっぱ伏木可愛いな。あの胸阿久津揉みまくってんだろうな。くそっ!くっそ!」

「阿久津死ね。リア充死ね。テニスの才能と可愛い彼女両方手に入れてんじゃねーぞ」

 会場入りした私達はかなりの注目を集めていた。

「埼玉県民の皆様に死ねとか言われてますよ?阿久津さん」

「いや、妬まれんの慣れてるし。つうかほとんどお前絡みじゃねーかよ。おい!俺は埼玉県民に阿久津は伏木のおっぱい揉みまくりの男と思われてるのに、実際には全然触らせて貰えないっておかしくねーか?お前あいつらに訂正してくるか、ちゃんと揉ませろよ」

「うわぁ、なんか最低のキレ方してるよ!この人」

 予想外の要求に、つい後ずさりをしてしまったよ。なんてこと考えるんだコイツは。

「誤解で妬まれるのがやなんだよ」

 その、両手をワシャワシャすんの止めてくんないかな。

「別に埼玉ジュニアぐらい付いて来なくてもいいのに」

「ん?俺も出るぜ?」

「えええええええ!周りにすんげー迷惑だよそれ!そもそもあんたITFサーキット廻ってる国際ジュニアじゃん。なんで国内戦?」

 この大会の上位に入らないと関東大会の出場枠が貰えないので、勇太が出ることで枠が確実に減ったわけである。勇太はすでに国内の枠を飛び越えて、世界のジュニアと戦ってる選手だから、国内のタイトルなどホントは無用のはずなのだ。

「おまえ!いまさら何いってんだ?俺のこのカッコ見れば普通気がつくだろ?」

「えー勇太ってテニスウェアが普段着なんだと思ったんだもん」

「そんな奴いねーよ!」

 いあ、前デートでジャージ着てきた馬鹿が居たんですよ。

「お前が試合やってる間、ただ待ってるのも暇じゃん。言っとくが埼玉関東全国全部出るからな」

「あんたさーあたしの居ない海外試合でちゃんとやれてんの?なんか心配になってきたわ。夜寂しくて泣いてない?私の写真に話しかけたりしてる?」

「この前のブラジルはちとヤバかったぞ。あっちの女の子ってお前みたいな体型してんだよ。後ろ姿似てる子多くてよ。なんかお前の事思い出したわ」

 冗談で言ったのにマジだったんかい。それでコパ・ジェルダウはベスト16止まりだったのか。

「そかそか…遠征中でも私の事考えちゃうんだね。ってどしたの?」

「なあ、あれウチのガッコのテニス部じゃね?ウジャウジャいるな」

 促されて見ると同色ジャージの男女の集団がこちらを見ていた。

「あー、そだね。挨拶しとこ」

「こんにちは2年伏木と1年阿久津です。今日は俺達も出ますんで当たった際にはよろしくお願いします」

 同色ジャージの集団から部長らしき人が出てきた。

「おう阿久津。部長の青木だ。お手柔らかに頼む。伏木も久々の試合だろ?頑張れよ」

「ありがとう青木君」

 って誰だか知らないけど、とりあえず笑顔笑顔。おお!部員男子が皆こっち向いてる。サービスしてあげよう。

「みんなも頑張ってねー!」

「ちょっと!伏木さん部員に変な色目使わないで頂戴っ!」

 集団から気の強そうな女子部員が詰め寄ってくる。おおう!何この人?

「校内でも阿久津くん連れ回していつもベタベタ見苦しいったらありゃしない!アナタみたいな破廉恥な人は決勝で叩きのめしてあげます」

 なんなん?この失礼な女?

 口をパクパクさせていると勇太が頭に手を載せてきた。

「あースイマセン先輩。コイツには後で言い聞かしときますんで勘弁してやって下さい」

 そのナチュラルに自分の所有物扱いすんのほんっと止めてよ。もう。

「田中聡美よ阿久津くん。覚えておいてね」

 気味悪いほどの笑顔で田中さんは自己紹介した。


「なんつうか典型的な悪役だったな」

 失礼な女から距離を取り終えると、勇太がポツリという。

「決勝で会いましょうだってさ。叩きのめすだってさ。ちょっと燃えてきたわ」

『10:30分集合の選手をお呼び出しします。1番コート伏木さん高橋さん…』

「行ってこい」

「うん、勇太もサーブとリターン練習頑張ってね」

「ははは、ひでーなそりゃ」

 勇太にしてみればこんな大会遊びみたいなものだ。巻き込まれる他の参加者が可哀想なだけだった。

 さてと、久々の試合だけど緊張はない。身体も軽い。半年間吐くほど練習した。この半年私より練習した人間は絶対居ない。相手のデーターは一切なし。でも誰であろうと関係ない。私は最強!私は女王!私は伏木真奈!よし。

「スリーセットマッチ伏木サービスプレイ」

「フッ!」

 まずは慣れ親しんだキックサーブから。あ、相手全く対応出来ないのね。

「15-0」

 んじゃーサーブ練習だけで終わらせてもらおっと。

「んはっ!」

 センターにフラット。

「アウト30-0」ん触られたな。

 んじゃもう一度キック。

「40-0」

 これで終わり。

「んはっ!」

 渾身の全力フラット!どうだっ!身長は変わらくても球速は上がったぞ!

「ゲーム伏木1-0」

「うぉぉはええええ!ちびっ娘すげー!」

 ちびっ娘って言うな!

 この後1ゲームも落とすことなく1と2回戦が終了。初日のプログラムが終了した。


 三日目の決勝は田中某だった。決勝まで来るだけの事はあってそれなりに強い。

 といっても所詮は関東クラスだ。従来スタイルのままでも完封出来るだろうが、都合良くも彼女はベースライナーだった。2セット目の初めで私はスタイルを変えた。

「お?伏木スタイル変えたか。ベースラインから出てこなくなった」

「田中相手にストローク勝負かよ。あの体で無謀だろ」

「ダブルとシングル使い分けてるな。いやそれでもダメか?」

「お、意外に善戦してる」

「なあ、伏木のムーンボール速くなってないか?」

「あれムーンの軌道じゃねーよ。エッグボールだ。手元で急激に落ちてる」

「すげえ。ドロップも使わずストロークだけで押し切った」

「キックサーブからムーン、エッグってナダルかよ」

「相手の得意分野で圧勝か。これ関東での本宮戦意識した戦いなんだろうな」

「ゲームセット!マッチウォンバイ伏木。カウント6-0 6-0」

「これ田中トラウマもんだろ。得意分野でこうまで手球に取られたらキツイ。うお、握手拒否してる」

「伏木メンタル強っ!全く動じず真奈ちゃんスマイル全開。ちっくしょーやっぱ可愛いな」

「伏木完全復活だな。1ゲームも落とさず優勝。格が違うよ」

「格が違うといえば男子の阿久津」

「見た見た!決勝サービスエースとリターンエースだけであっさり決めた」

「もう同じ人類じゃねーだろあいつ」

「早いとこプロ行けよ」

「伏木にくっついて同じ大会出てるらしいぜ。見ろよネット裏の最前列に阿久津いるじゃん」

「彼女が心配で離れられませんってか?あいつどんだけ伏木の事好きなんだよ。ストーカーだろあれじゃ」

「どれだけテニス強くても女のそばから離れられないって、あいつプレーヤーとして終わってるな」

「いずれにせよ。表彰台はOTCバカップルか…あーつまらねえ大会だった」


学園 食堂

 学園が歓喜に湧いていた。

 春休み明けの学校は祝賀ムード一色だった。

 私と勇太も埼玉ジュニア優勝で表彰される事になったが完全におまけ扱いだった。

「あーーーーーーなんだろ?これ?すんげームカムカする!!!」

「落ち着けよ真奈」

「真奈、どーしたのよ?突然発狂して」

 キョトンとした顔で瞳ちゃんが尋ねる。

 いつもの学食で、私はどうにもならない思いと戦っていた。

「よりにもよって今年選抜優勝」

「凄いよね。浦学悲願の初優勝。でそれがどうしたの?メデタイことだよ」

「勇太ーーーーーっ!瞳ちゃんに私の気持ち解説プリーズ!!!」

「おまっ!俺に丸投げ?え?説明するまで弁当なし?」

「なになに勇太くん?」

 ワクワクが止まらない瞳ちゃん。でも楽しい話じゃないんだよ。

「しゃーねーな山崎先輩には真奈がいつも世話になってるし。んでだ、真奈の幼馴染って大阪桐蔭のピッチャーなんだよ」

「えーすごいじゃん!」

「野武士は確かにすげー男だ」

 腕を組みウンウン頷く勇太。一応真吾のことは認めてるんだよなぁ。

 それにしても野武士ってなによ?野球する武士で野武士?勇太のくせに面白い事言うじゃん!

「でも負けた。準決だっけ?」

「そー」

「で、野武士は元々浦学の推薦が決まってた。それを蹴って大阪桐蔭に行った。浦学に入ってれば間違いなくレギュラーだろうから優勝出来た。なんて運のない男だ野武士!せめて直接対決で負けたなら浦学ナインを憎めるが、直接対決はなかったから学園の生徒として初優勝は嬉しい。でもイライラすんだよ!この真奈様はよぉ!ってこれで合ってるか?」

「うん大正解。ほらご飯をお食べ。あーん。美味しい?勇太?」

 お預けしていたお弁当を返してあげる。

「すごーい!」

「ん?なにがよ?」

「そこまで真奈の気持ちを説明できる勇太くんに決まってるでしょ!なんなのそれ?テレパシー?愛の成せる技?すごいー!」

 瞳ちゃん大興奮だよ。でもこんだけ的確に説明出来る勇太にもビックリだよ。つうか逆に怖いよ。

「そりゃ人生の半分以上一緒に居ればそうなるんじゃねーの?多分親より一緒に居る時間なげぇ」

 お弁当食べ終えた勇太くん自慢気だ。

「そーかも知んない…うわぁ改めて言われるとなんかキモチ悪い」

「へーお前その気持ち悪いと思った奴に『このままお嫁さんにして』とか言えちゃう女だったんだ。ふーん」

「あ、あ、あ、あんた…それを今ここで言う?あの時はマトモじゃなかったの知ってるでしょ!」

「何その衝撃発言?真奈顔真っ赤だよ?なになに聞かせてよっ!」

 勇太の余計な一言で、この日は一日中追求を受ける羽目になった。


千葉アポロコーストテニスクラブ関東大会会場

「真奈心配しすぎですよ。全国まで一ヶ月、大事を取っただけですから」

「伏木、本宮はただ脚に違和感を感じただけだ。友達が心配なのはわかるが今は自分の試合に集中しなさい」

「コーチの言うとおりですよ真奈。私は貴方が休んでる間にポイントは十分です。貴女が出れなかった選抜室内でもきっちり勝ちましたから、ここで負けてもシード1位は変わりません。真奈はランキングいくつなんでしょうね?全国でシード取れるのですか?」

「は?意地悪ですって?」

「前に私を二位二位連呼した事の些細な仕返しです。ふふふごめんなさいね真奈。でも、貴女前より確実に強くなってますね。楽しみは全国まで取っておきましょう。さあ、私が居ないのですから早く優勝を決めてきて下さい」

「私は残って貴女の試合を見ていますから」

「あ、待って真奈」

「貴女が戻ってきてくれて私も嬉しいです。本当にありがとう」


学園 食堂

「『日本テニス界期待の超新人阿久津勇太ロングインタビュー』って見出しがあったので買って来ましたよテニマガ!」

 瞳ちゃん相変わらずテンション高いよ。

「え?あんたいつの間にインタビューなんてやってたの?はい、あーん」

「ん?関東大会の会場で捕まってた」

 うふふふふ。えらい勢いで食べるな…なんか動物餌付けしてる感じ、よぉしよしよしよし…ムツゴロウさんの気持ちが分かるわー楽しい。

「ああ、いたねー私もちょっと話したわ」

「ちょっと!ラブラブなのはいいんだけどさ!いいや良くない。ここ学校なんだからさバカップルぶり晒すの辞めようよ!」

「えー付き合ってないし」

「はぁ、何寝言いってんの?付き合ってもない男女があーんとかやりません!天が認めてもあたしが認めません!」

 バン!雑誌を丸めてテーブルを叩き宣言する。ひとみちゃん怖いよ。なんで目が血走ってんの。

「いい?阿久津くんインタビューに答えたとおりにお願い。テニスを本格的に始めたきっかけは?」

 ヒョイッとマイクを当ててるように拳を出す。

「小2の時一つ上の同じクラブの女子に『バーカ、チビ、年下の癖に生意気なんだよ!悔しかったら勝ってみろ!この負け犬がっ!』って言われて悔しくて真面目に取り組んだ」

 引っ張るなぁ…このネタ引っ張りすぎだろ…

「それって、真奈のこと?ねえねえ?」

「いえす」

「テニスを続けていて嬉しかったことは?」

「真奈と一緒にまたテニスが出来るようになった事」

「はぁぁぁ?あんた頭腐ってんでしょ?そんなの紙面に載せるテニマガも頭おかしいわ!」

 うわーこれインタビューアーも思わず苦笑いって感じだったんだろうな。こんな阿呆にインタビューすんなよ。

「しょうがねーだろ!とっさに思いつかなかったんだよ」

いや、全然しょうがなくないから。

「あははは、『真奈と言うと伏木真奈選手?筆者が問うと阿久津選手は10分以上伏木選手について熱く語ってくれた<割愛>』だってさ」

「ぎゃぁぁぁぁ!!!!!!!!あんたおかしい!頭のネジが絶対足りてない!だから私のインタビュー変だったんだっ!」

「伏木選手とテニスを選ぶならどっち?」

「真奈がテニスしてるのが一番好きだ」

「話咬み合ってないし!インタビューアも意地になってない?意地になってこの馬鹿と張り合っちゃってるよ!」

「プロへの転向は?」

「近いうちに答えを出します。そんな遠くない事になると思います」

「おー普通に答えてるね。良かった良かった」

「やはりプロ化の際の拠点は海外に?まずは国内で?ぶはははは!」

 瞳ちゃん質問を読んで笑い出したよ。これは…

「真奈が作ったご飯を食べられるならどこでもいい」

「あほかぁぁぁぁぁ!いやいやいやいやありえないでしょ?私こんな酷いインタビュー記事読んだことないわ!あんたこれおばさんに見せたら泣くよ?」

「いや、お袋もストレートな愛情表現でいいわね。やっぱり勇太は真奈ちゃん一筋よねって褒めてくれたぞ」

何故か自慢げな勇太。おばさんもコイツの病気が伝染っちゃったのね。

「おかしいよ。ちゃんと自分のテニスの事話そうよ。あんた私の事しか語ってないじゃん。これじゃまるで私が一緒に行くこと前提じゃん」

「一緒に海外転戦しようぜ?」

 ニヤニヤ笑いながら話す勇太。コイツわざとだ。私は確信した。いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないだろー、と思いたい。

「お?『迫る全国ジュニア選手権。有力選手紹介』伏木真奈。あははははは!」

 雑誌をパラパラしてた瞳ちゃん。余計なものを見つけてくれた。

「いや、読まなくていいからさ瞳ちゃん」

「『抱負、ブランク明けなので一戦一戦丁寧にいきます』あはははは!ひーっひーっ!『阿久津選手に一言オフレコで』『え?それなら話しますけど。正直ちょっとうざいっていうか、ぶっちゃけ愛が重いです。ストーカー入ってる?みたいな』あははははははは!!!」

「おまえひどくね?あんまりじゃね?」

 勇太涙目になってる。あははごめんね。

「ごめん!本音を言ってって言われたからつい!」

「真奈、それ追い討ちだよ……」

 上げて落とすか…テニマガ、なかなか芸の道を判ってるな。うむ。


自宅 ダイニング

「真奈、お前野球君とテニス君どうするつもりなんだ?」

 夕食後、いきなりパパが切り出した。ついに言われちゃったなぁ。いずれ言われることだとは覚悟していたけど。

「あら、私も聞きたいわ。ねえ真奈どうなの?」

 ママ身を乗り出さないで…

「あんまりこういうこと言いたくないが、お前男からすると、ちょっとどーかと思うぞ?二人だって蛇の生殺しだ。本来なら付き合う相手なんて選り取り見取りな連中だぞ」

「だよねぇ…」

「お前、確かどちらにもプロになるまで付き合わないって言ってたよな」

「うん」

「この前の選抜で野球君残念だったけど、それでもあれだけ投げればドラフトに引っかかる。テニス君はもういつでもプロになれるんだろ?お前さ、そろそろちゃんと自分の気持はっきりさせないと俺怒るよ?オマエ何様よ?この期に及んで『スポーツ選手は怪我とかあるし引退後の生活に不安があるし、狙うならやっぱ上級公務員?』とか言ったら家から叩きだすよ?」

 いや、さすがにそれは…言いませんよ。

「そうよ。ママはかっこいい男の子にモテモテの真奈が誇らしいけど…阿久津さんも菱川さんも真奈がお嫁に来てくれると思って話すのよ!ママいい加減、相手に話し合わせるの辛くなっちゃった!罪悪感で胸が痛いの」

 急に話しだしたかと思うといきなり突っ伏すママ。うわ…そんな事になってたのね。

「ええええええ!ごめんママごめんなさい!」

「お前、俺の結奈泣かすなよ」

 いい年してるのに相変わらずパパはママにべた惚れだ。もちろん私だってママが大好きだぞ。

「うん。まあーある意味もう答えは出てるかな」

「なんだと?」

「きゃー誰々?どっちどっち?それとも第三の男登場とか?学園の秀才メガネ君とか?きゃーきゃー」

ママが異様な盛り上がりを見せてるよぉ。誰よ?秀才メガネ君ってさ。

「いや、第三の男とかないから」

 そう、もうとっくに答えは出ているのだ。ただその答えを素直に受け入れられない自分もいる。それに前進する為には私が資格を得る必要もあるのだ。

「決めた事はそういう事じゃないの。あ、ちょっとはそういうのと絡むんだけどさ」

「まどろっこしいなぁ!んじゃなんなの?まさかこのまま続きはWEB?」

「うん。フシキの国のマナの広告バナーをクリックすると1/255の確率で答えがわかるよ!」

「え?おまえブログとかやってんの?どこにそんな時間あるの?まさか精神と時の部屋使ってたりしてる?」

「ごめん嘘。真面目に話すよ。まず決めたのは職業の事」

 いい加減にしないとパパの暴走が果てしなく続くしね。

「おう!それでもイイや話してみろよ!」

 なんでこんなに偉そうなのよ。全く。

「高校出たらプロになる。私はこの先テニスと共に生きていく」

「あら?いいと思うけど男の子たちの件は?」

 ママ小首を傾げるのは止めて!もういい年なんだからさ…

「プロで生きていくのが最優先。テニスをもう諦めない。交際とどちらも両立出来れば最高なんだけどかなり難しいと思ってる。これが私の決めた事」

「うーん。判るような判らないような。朝トイレの後のようにスッキリしない」

 腕組みをして唸り声を上げながらパパが言う。

 ほっそりとだけど道は見えているんだよ。パパ。

「残尿感?アナタ病院行きましょう。泌尿器科かしら?」

 頼むから真面目に話しさせてよ。

「ほら、そこ!保険証探しに行かない!病院なんてもう夜だからやってない!頻尿とか残尿感は歳だから!以上!はいその話は終了ね。んで」


『夏が終わるまで、私の夏が終わるまで。お願いちょっとだけ時間をちょうだい』


「あれ?かっこ良く締めたかったのに、なんか締まらないじゃん。まーつまりそういうことだから!」

 こうしてグダグダな報告が終わった。

 8月全日本ジュニア。両親への報告の通り、私はこの大会に人生を賭けていたのだ。

そしてその日がやってきた。


8月大阪 靭テニスセンター

「丁度決勝やってる頃だよな」

「10時半開始だから、そろそろ終わってるかも?」

 もちろんテニスの話ではない。ここから10kmちょい離れた場所でやっている高校球児の祭典の話だ。

 大会本部にスコアの報告をして、私と勇太は二人でご飯をどこで食べるか?と話していたのだ。私も勇太もこの会場には何度も来ているので、周辺の食べ物屋さんはばっちり抑えている。

「中で食っちゃう?」

「んー混んでそう。勇太ラーメン行こうよー」

「おう」

「あと2回だな。っておい聞いてんのか?」

 テニスセンターのすぐ隣りにあるラーメン屋さんにはテレビが置いてあった。

 そしてここは大阪、みんな甲子園が大好きだ。多分テニスの100倍ぐらい。

 ラーメンを注文して、テレビを見ると真吾の背中が写っていた。

「いや、あれ見てよテレビテレビ!」

「ん?お!野武士チーム勝ちそうじゃん。すげーな。これなんつうの?ノーヒットノーランとか言う奴?」

「多分そう」

 アナウンサーが頻りに騒いでる。ただ残念なことに野球のルールの細かいところは判らない。完全試合とノーヒットノーランって何が違うのよ?

 バッターが当たりそこねのショートゴロで、一塁にヘッドスライディングしてゲームが終わった。

 店に居たお客さんから歓声が上がる。地元のチームの優勝に喜んでいた。お前らに教えてやりたい!ピッチャーは埼玉県民だと!お前ら埼玉に足向けて寝るなと!

「うぉ、すげえ!勝ちやがったよ野武士!」

「埼玉県民の菱川投手頑張ったね!」

 勇太も興奮していた。なんだかんだ言っても真吾の勝利が嬉しいのだ。

「凄いね本当に凄いね。埼玉県民が一人で大阪に来てちゃんと結果を掴みとるんだもん。今日もう試合なくてよかったわ。これ今試合やったら負けるよ。よゆーで」

 テレビでは大阪桐蔭の校歌が流れている。真吾も歌っていた。

「お前さーメソメソすんなよ。モチベーションに変えろよ。それと埼玉埼玉うるせーよ」

 勇太がラーメンをすすりながら睨む。

「うん。そだね」

 これで真吾は時の人だ。私に並ぶどころか追い越して遥か遠くまで行ってしまった。

幼馴染として誇らしい限りだよ。

 私も負けじと食べ始めた。勇太なんでそんなに食べるの早いの?ちゃんと噛んでるのか心配になるわ。

「お!いいこと思いついた」

「何?」

「俺らもやろうぜ。一ゲームも取らせないで優勝しようぜ」

 ニヤリと勇太が笑う。そりゃーあんたには出来るだろーさ!人類から逸脱してんだから!

「無理だよ。決勝多分サワちゃんだし。勝つだけでも精一杯だよ」

「眠たいこと言うなや」

 何そのエセ関西弁?はっきり言ってすげー合わない!


翌日 靭テニスセンター

「おめでとう。あなた達って恵まれてるわよね」

 準決を終えて本部前で松本コーチを見つけると、妙な事を言い出した。

「あなた達ってお互い運命の相手じゃない」

「えええええ?まさか前世で恋人同士とか言うつもりですか?ないないないない!ですよ」

「いや、ありだろう」

 うんうん頷く勇太。

「たまたまOTCにすごい資質を持った子供二人が同時期に現れた。これは奇跡的な確率よ。二人はお互いをライバル視して競い合ってきた。勇太も真奈も相手が居なかったら才能が開花しなかったと思うの。今があるのは相手のおかげ、だから運命の相手」

 そういう意味なら間違い無くそうだ。勇太が居なかったら、ここまでテニスにのめり込むこともなく、体力づくりレベルで終わっていたのかもしれない。それは勇太も同じようなもんだろう。

「指導者として二人の成長にずーっと携わってこれた喜びは他に変えがたいものよ。でも私にもそんな相手が欲しかったって羨ましく思う時もあるの」

 松本コーチとは10年前からの付き合いだけど、今はともかく昔は丸顔の可愛い感じだったのに、なんでモテなかったんだろ?不思議だわ。

 はっ!人の縁ってこういうのなの?私も一歩間違うとこうなっちゃうの?こわい。

「あーコーチにもそういう相手が居たら、いつまでも独身じゃなかったかもなー」

 酷いことを…平然と勇太が言った。

「そうなのよ。私にも勇太がいればねぇ逃さなかったのに……真奈?あなたは恵まれているの。その上努力もしている。勝てない理由はどこにもないのよ?勝ちなさい。伏木真奈完全復活をテニス界に見せつけてあげなさい」

「はい!」

 なんつー遠まわしな激励なんだろう。でも、コーチが心配するのも理由があった。

 準決で第一シードのサワちゃんが敗れたのだ。

 今年は伏木に勝って同世代ナンバーワンを名実のものとする!と宣言していた彼女が。

 さっきちょっと話したけどさすがに落ち込んでいた。

「プレースタイルが真奈に似てる子なんですよ。おかげで変に意識しちゃってこのザマです。笑って下さい真奈。そして絶対勝って下さい。偽物なんかに負けないで下さい」

 サワちゃんの話だとオールラウンダーで多彩な球種と繊細なタッチがウリの選手らしい。 そして私より15センチほど大きいと…

 ふーん。つまり昔望んでいた私の理想形との戦いってわけか。ふーん上等じゃん。


決勝日 勇太の視点

 朝から真奈の様子が変だ。

 いつもなら元気いっぱいに、とてつもなく可愛く大騒ぎするのに今朝は妙に大人しい。

 おお!静かな真奈もコレはコレで良いな。すげーぞ真奈!おしとやかバージョンでも俺の心を鷲掴みだ。どうしてお前はそんなにも可愛いんだ?長い焦げ茶色の髪を纏め上げると覗くテニスプレイヤーとしてあるまじき白い項。整った目鼻立ち、瑞々しい柔らかそうな桜色の唇。その小柄なボディに不釣り合いなママさん譲りの大きな胸。くっ、今日も完璧じゃねぇか。

 しかし大人しすぎるな?決勝ちゃんと戦えるのか?

「真奈どうした?具合でも悪いのか?」

 思わず聞いちまったぜ。具合が悪いなら、決勝なんか棄権させて安静にさせなければ。

「ううん。何でもないよ。なんだろう。これから決勝っていうのにすごく落ち着いてるんだ」

 お前は俺を萌え殺すつもりなのか!そんなに可愛らしく微笑まないでくれ。何故お前の声はこんなにも俺の心をざわめかすんだ。今すぐ持ち帰って独り占めしたくなるだろーが。

「さ、そろそろ行こう。勇太頑張ってね」

「ああ、お前もな。偽物なんか軽くひねってやれ」

 し、心配だ。自分の試合なんてどうでもいい。真奈の試合をいますぐ見に行きたい。だが、試合放棄なんぞしたのがバレたら、真奈は許してくれないだろう。真奈に虐められるのはむしろ大歓迎だが、軽蔑はされたくない。真奈大丈夫なのか?本当に?真奈の代わりに偽物を叩きのめしてやりたい!決勝は真奈と本宮さんのもんだろーが!それが何年も続いてる伝統だろ?偽物風情が二人の戦いに割り込むなよ。真奈、本宮さんとえらく仲いいよな。本宮さんも真奈の事好きみたいだし、まさかレズってことはねーよな?もしそうだったら俺死ぬわ。二人共殺して俺も死ぬ。

 不安だ色々と、早く終わらせて真奈の試合を見に行こう。4番コートだったよな。

 もういい。早いとこやろうぜ?日本最速狙ってやる。

 コイントス。俺サービスな。

 対戦相手の君すまねーな。お前からスーパージュニア本戦出場の機会奪っちまうけど許してくれな。予選ワイルドカードで我慢してくれ。

 サービスゲームは2分で終わるがリターンゲームは3分掛かるか。

 おい!早くサーブしろ!ルーティーンなんてしなくていいよ。靴紐結ぶな!ガットを揃えるな!深呼吸するな!

 今始まって10分過ぎたぐらいか?くそっ!10分以内で終わらせたかったぜ!

「タイム」

 ほれ!コール掛かったぜ。

 泣くなよ。俺だってこんな公開処刑みてーな真似したくねーんだよ。

 だけど判るだろ?対戦相手の君、君は真奈のために負けてくれ。君も知っての通り、真奈は世界中の誰よりも価値のある女なんだ。

 遅延行為は止めてくれよ。これで学生テニスとはサヨナラだから大人しく負けてくれ。再来週のUSオープン、真奈と出られる十月スーパージュニアからはITFジュニアとATPのポイント貯めに集中しよう。学校はどうしようか?真奈のミニスカたまんねーよな。コートじゃあいつ昔っからショーパンだもんな。悩むな…でも早いとこプロにならねーと、いつまでたっても付き合えねーしな。

「ゲームセット!マッチウォンバイ阿久津。カウント6-0 6-0」

 おしっ!握手握手。

 真奈、待たせたな。今行くぜ!

 居た!マイスイートエンジェル真奈。軽く自慢だが俺の目は一キロ先からでも真奈の姿を視認出来る!

 第一セット終わったところか。スコアは6-0すげえぞ真奈。流石だよ。

 ドリンクをラッパ飲みにする姿可愛いぞ。そうだタオル被っておけ。体力は少しでも温存しろ。

「おい見ろよ阿久津だ」

「あいつ男子の決勝どうしたんだ」

 勝ったに決まってるだろう。ひそひそ話しても聞こえるぞ?俺の耳は真奈のどんな声も聞き逃さないように訓練してある。ボソッと小さい声で「勇太のこと大好き」とかいつ言うかわからねーだろ?

 やっと第二セット開始だ。

 リターンする真奈の動きを見て驚いた。

 ああ…真奈お前は今、集中の世界に居るんだな。

 相手のサーブへの反応が非常にいい。リターンがピンポイントにコントロールされている。

 見ろよあの力強さを。あのカバーリング力を。

 いいカウンターだ。逆を突いて相手は棒立ちじゃねーか。

 頭を使って逆を突いたわけじゃねーんだ。あいつの本能が勝手に決めるんだ。

 見ろよ。あの芸術的なキックサーブを。来るのが判っていても身体に食い込んで打てない代物だ。

 あいつのフラットを見ろ。小さい体でも理想的な間接連動と稼動域を拡げることで極限の高速サーブを打つ。

 まさにあいつの努力の結晶だ。キックとの落差で目が追いつかないだろ?

 誰だ?あいつの努力が足りないと言った馬鹿は!あいつほど努力している選手はいねーだろ!あのチッコイ身体で長年トップを維持することがどれだけ大変なことか!

 相手のサーブでも、ああこれだ。高速サーブをドロップで返してやがる。2連続だ。見ろよ観客共よ、こんな真似出来る奴なんて世界中どこ探したっていない。真奈だから出来るんだ。

 サーブ&ダッシュすればムーンで頭を抜かれ、スライスで逃げてもドライブで潰される。もう相手は打つ手がないじゃねーか。

 距離をとった戦いも、もう強みの一つだ。お前にはエースを取れるエッグボールがある。

 圧倒的じゃねーか。負けるわけがねえ。

 真奈。お前は本当にすげえ奴だ。小さい頃の俺は、大人のコーチが言うことよりお前の言う事を信じてたんだぜ。ひとつだけ上の可愛い女の子なのにお前はなんでも上手に出来たから。俺はお前の真似したくて頑張った。お前は自己管理も子供の頃からしっかりしてたよな?理由が判らなくても俺は何でも真似をした。伏木先生の真似すれば上手くなれることを知っていたからな。

 そうだ。真奈知っているか?初めて会った時から俺はお前に一目惚れしてた。ブスブス言ったがありゃ嘘だ。いつもお前に見蕩れていた。

 全小二人で優勝した時から、国際サーキットをいつか一緒に回りたいと思ってた。

 もうすぐ叶いそうだよ俺の夢。真奈もう少しだ。集中切らすな。

 ここで完全復活と国内敵無しをアピールして海外に出るつもりなんだろ?納得が出来ない勝ち方だったら国内ツアーに参戦する気なんだろ?聞かなくても分かるぞ。俺はお前のことだったら何でも分かるんだ。

 野武士のことも知ってるぞ。『待たなくていい』って言われたんだろ?

 本人から聞いてるぞ。

 もう国内に留まる意味なんかねーだろうが!さっさと分かりやすく勝って来い!女王は誰なのか知らしめて来いっ!

「ゲームセット!マッチウォンバイ伏木。カウント6-0 6-0」

 真奈が小さく両手でガッツポーズして、続いて勢い良く両手の拳を突き上げた。会場の歓声がそれに合わせて一段と激しくなる。相変わらず派手な女だ。何をやっても華がある。

 矢も盾もたまらず、俺は興奮に包まれる観客を掻き分けるように走り出した。


 審判のコールをきっかけに、ボールの音だけの世界が騒がしい物に変わった。

 よし!勝った!

 どおだっ!両手を高く突き上げると、会場のボルテージは一挙に上がった。

 ああ、最高だテニス止めなくて良かった。

 観てくれた皆ありがとう。

 支えてくれた皆ありがとう。

 握手をする頃には涙が溢れていた。

 パパママ。娘のわがままをいつも聞いてくれてありがとう。

 サワちゃん。私なんかの為に泣いてくれてありがとう。

 コーチ。復帰を信じてくれてありがとう。

 勇太・・・勇太にはとても感謝の言葉だけじゃ足りない…

「真奈っ!」

 歓声に混じって一際大きな声が聞こえた。

 あああああ勇太だぁ!!!!

 出入り口通路に勇太が居た。彼の姿を見て何も考えられなくなり、そのまま一直線に突っ走り、飛び込むように抱きついた。

「ゆうたゆうたゆうたぁー私ちゃんと勝てたよ。見ていてくれた?」

「おう。2セット目の最初から見てたぞ」

 首にぶら下がる私を優しく抱きしめてくれる。そのまま同じ目線まで引き上げてくれた。

 勇太はいつもそうだ。私が辛い時は抱きしめてくれ、嬉しい時は共に喜んでくれ、私が間違った時は叱ってくれる。いつもそばに居てくれる。へへっお父さんみたいだ。年下なのになぁ。

 近くに居るのが当たり前すぎて、どれほど勇太が私を想ってくれてるか見えてなかったよ。ううん気付かないふりしてたんだ。馬鹿だ私…

こんな素敵な男性、世界中のドコ捜したって居るワケがない。

今まで言えなかったことが自然と口から出た。

「アメリカでもヨーロッパでもついて行くから。勇太の足手まといにならない事証明したから」

「そんな風に考えてたのか。でも頑張ったな。すげーよお前やっぱりお前は俺の先生だ」

ギュウっと私の腰に回された手に力がこもる。

 駄目だ。もう想いが溢れて止まらない。

「ゆうたぁ私の勇太。大好きだよ。これからも一緒にいてよ。ずーっと…」

「当たり前だ。離せと言われても離さない。真奈、昔から変わらず愛してるぞ」

ああ、幸せって絵に描いたらきっとこんな感じなんだろうな。

もー駄目だ我慢ならない!キスしたい。しちゃおうファーストキス。女だけど私のほうが年上だから私からしても問題ないはずっ!行くぞー勇太ー逃げるなよー!

「伏木君いつまでイチャついとる!荷物持って早く引き上げて!二人共続きは家に帰ってからやりなさい!」

あ、ここテニス会場だった。うわぁ、みんな見てるよ帽子かぶったオジサン達が睨んでるよ。

え?ギャラリーがニヤニヤ笑ってるよ。写真撮られまくってるよ。

「はい。申し訳ありません!大至急!」

 表彰式のあと、わたし達はトーナメントディレクターと関西テニス協会に滅茶苦茶怒られた。引率の松本コーチはお偉方にコメツキバッタのように頭下げてた。ごめんなさいコーチ。 

勿論、帰りの新幹線では東京駅までノンストップでお説教だった。勇太の腕にすがりついてたら、ますます怒られて引き離された。止めてよ盗らないでよ私の物なんだから。


学園 食堂

『女王の帰還<挫折からの復活>

 一年半前、全日本選抜室内一回戦負け。

 人目もはばからず泣き崩れる彼女を見て、誰もが終わったと思っていた。誰もが身長差という無情なハンデに負けたと思っていた。

 彼女はその日を境に、公の場から一年以上も姿を消した。

 その伏木真奈が帰ってきた。

 神から授かりしキセキの右手に新たな武器エッグボールを引っさげて』

「こうして紙面に載ってるのを見ると、ほんとに真奈ってテニス界の大物だったのね。ってあんた何してんの?」

 全日本ジュニア特集号のテニマガから目を離すと、瞳ちゃんは当たり前のことを聞いてくる。

「勇太にお弁当食べて貰ってるの。はい、あーんして。美味しい?」

 ああ、私の勇太がお弁当食べてくれる。すっごい幸せ。

「やめてー前も言ったけどここは学校なのよ!つうか前より悪化してるよ。おもいっきりデレデレじゃん。わずかに残っていたツン要素どこに落としたー!なんでそんなにお弁当食べるのに密着してるの?胸おもいっきり当たってるじゃん」

「うん。当ててんの。だって勇太のものだから」

「耳が汚れるわっ!」

「真奈、山崎先輩の言うとおりだぞ。後でな」

「あん…勇太がそう言うなら我慢するよ」

「やめろぉ!お前らー彼氏居ない歴=生まれた歳のあたしに何の嫌がらせだぁこらぁぁぁ!」

 怒りの瞳ちゃん。完璧血圧上がってるよ。

「お前らなんなの?なんでテニス雑誌にこんな写真載ってるの?」

「ん?どれどれ」

 メインが勝利直後の両手を上げてるとこか。しゃがんで顔を覆っている写真は選抜室内の時だな。最後のは飛びついた瞬間か。よく撮れたなーこんなもん。腕組んで成田出国するとこまで撮られてるじゃん。

「QYK」

「は?」

「急に勇太が来て、そん時自分の気持が溢れちゃった」

「あれ幼馴染君は?今日本で一番有名な高校生君は?メジャーからスカウトされて揉めてるさ。真奈って男二人の間をどっちにもフラフラしてて読者から反感持たれて『真奈って子だけは不幸な最後を』って編集部にカミソリ送られてくる少女漫画の主人公やってたんだよね?」

 瞳ちゃん酷すぎんだろーそれ。

 いや、そうなのか?そうだったかも。ぐぬぬ反論出来ん。

「真吾には初詣の時振られたんだよね。『もう俺の事は待たないでくれ。俺はお前の幼馴染で十分だ』って言われちゃったんだ」

 そうなのだ。私は神社であっさりと理由もなく振られたのだ。言われた私も幼馴染は継続と聞いて納得しちゃってたから、よく考えればその頃からもう勇太に傾いちゃってたんだろうなぁ。

「他に女出来ちゃったんだ。菱川ギャルズって追っかけ集団が報道されてたぐらいだもんね。なーんだ。会った事ないけど親近感持ってたのに、ちょっとガッカリだな」

「家が隣同士の幼馴染が結婚するのは都市伝説だしさー」

「あーちょっとまて」

 黙って聞いていた勇太が突然口を挟んだ。

「俺の口からは言えねーけど、これだけは野武士の名誉のために言っておく。野武士に女はいねーぞ。それに別に真奈が嫌いになったわけじゃない」

 珍しく真面目な口調だ。そんな顔も素敵よ勇太。

「えー勇太くんって秘奥義技の解説とかする解説役じゃん。この件も解説してよ」

 瞳ちゃんが口を尖らせてブー垂れる。そうだそうだ!瞳ちゃん頑張れ!

「山崎先輩わりーがこれはダメだ。真奈、よく考えれば理由は判るはずだぞ?中学3年の秋から今年の正月までお前の周りに起きたことを考えれば推測出来るはずだ。お前の気持ちをお前以上に判る男は、俺だけじゃなかったろ?」

 自分で考えろって?ふむー。何っ!中3の秋だとっ!

「中3の秋って言うと、勇太がウチのクラスの女と付き合ってて物凄くムカついてて……ぐぉぉぉぉ!今だから言える!あんときゃ毎日ムカついてましたっ!!!!!」

「え、なにそれ浮気?浮気なの?」

 食いついてくる瞳ちゃんを勇太が手で制し

「お前にとってはそれは『言って無い気持ち』だよな?だから『誰にもバレてない』と思ってるよな?でも俺、その時は判らなかったけど、あとで気付いてるから。野武士も気付いてるよ。その事だけじゃなく色々なお前の事を。俺の事を、野武士自身の事を」

「それ、当時の私達を今なら判る事を加えて、俯瞰的に神の視点で見れば判るってことね」

「なんか難しい話してるわね?ねえ真奈、今日ウチに泊まりなさいよ。明日は休めるんでしょ?んであんたのタダレた男関係をあたしに全部白状しなさいよ。第三者のあたしならすぐ気づくかもしれないよ?」

 うわ、瞳ちゃん完全やじうまモードだ。遠慮しとこう。こわい。

 こりゃーアレの出番だよな。ケータイの短縮1っと…

「ん、私の相棒と話すよ。『あ、あ・た・し。部長ったら最近ちっともお店に寄ってくれなくて真奈ちゃん寂しい。浮気しちゃうぞっ?仕事終わったら迎えにきてぇん。真奈からのオ・ネ・ガ・イ』よしっ!。勇太、帰りOTC一緒に行こ。別件で話したいことあるし」

「おう」

「わけわかんない!なにこのビッチは!!!平然と受け流す彼氏もイミフ!!!」


自宅 リビング

「それでは部長。本日は宜しくお願い致します」

「ねえ?やっぱりお前敵?エネミーなの?どっかの自動車会社のスパイなの?頭の悪いお前に説明してやるとな。お前のお昼休みって時間的に会議中なの。部長さん緊急かと思ってそのまま席で電話取っちゃったわけよ?するとでかい声でこっちの制止も聞かず、なんか話し続ける飲み屋のねーちゃん風な女が居たわけよ。しかも会議室のみんなに丸聞こえなわけよ。部長さん悲しくなっちゃったよ。これまで築き上げた家庭を大事にしているイメージが崩壊したよ!」

「娘からって言えばよかったじゃん」

「この星のどこに『お店に来てくれないと、浮気しちゃうぞ』とか親にいう娘が居るんだよ!お前の出身ビッチ星の常識で語らないでくれる?ねえ?」

「今日はビッチってよく言われる日だなぁ…わたしまだ生娘なのに。そりゃー勇太にいろんな事してあげたいし、迫られたら断らないけど。この前ニューヨークでさ夜勇太の部屋に行って一緒に寝ようとしたら追い出されちゃったんだよね。あいつ意外と真面目なとこあんのよ」

「聞きたかないよっ!娘のそんな生々しいカミングアウトは!」

「まーなんにしても、ごめん。悪乗りしすぎた」

「いいよ。部内ミーティングだったから、部長会議だったらお前を殺して俺も死ぬとこだ。ただし二度とやるなよ?」

「ごめんね。パパ。もうやらない」

パパの膝に両手を重ねて上目遣いで見上げてみました。いや反省はしてるよ。ほんとに。

「んで?どうした?話があるんだろ?人生設計の相談か?」

「それはまた今度。今夜の特集は私と真吾と勇太の過去を探る旅。何故、真吾は私を振ったのか?その謎に迫ります!」

「はぁ?」

 胡散臭そうに睨めつけるパパ。

「な、なに?」

「俺理由見当ついてるし、細かい状況聞ければ、ほぼ事実を言い当てられると思うよ?だけどそれがビッチ的な考えの元なら協力出来ねえ」

「ビッチ的な考えってなによ!」

「だから結論を聞いて『真吾ってこんなこと考えたんだ。やっぱりわたしは真吾が好き。でも勇太も好きで選べない。うわーん!あたしって可哀想!』って奴」

 40半ばのおっさんがJKの真似すんな。今更ながら思うけど、あたしって最低だったな……

「それはないわ。言ってなかったけど私、高校卒業したら勇太とフランス行って同棲すっから。スポンサーとかまだ話を詰めてる段階だけどね。あっち拠点でワールドツアー回ろうと思ってる。公私共にパートナーになるつもりだから別れるとかありえない。というか別れたくない!勇太を他の女にくれてやるとかありえない!」

おおう。つい熱くなってしまったぜ。

「お?俺にとってはその話のほうがすげー重大なんだが?そうか将来の事やっと決まったんだな。おめでとう真奈」

 パパすごいイイ笑顔してるね。でも急に表情を戻すと言葉を続けた。

「んでさ、お前のその報告に、お前の知りたがってた答えがあるんだけど判んない?」

「んーなんとなく判ったけど、まさかぁーあたしがフランスに勇太と行く事を1月の時点で予測出来るの?」

 私の邪魔になるから身を引いたって事なの?

「別にフランスとは限らなくていいだろ?大事なのは「お前がテニスで海外転戦する事を望んでる」これに気づくかどうかだけだ。気づけば、どういう形が理想か予測はつく」

「パパすげぇ!和真ってマジで頭いいのね?惚れたわ。あと30歳若ければ結婚してあげるのに」

 また蔑むような目でわたしを見るなよ。褒めてんのに。

「なあ勇太くんってこんな生き物のどこが好きなんだろ?お前判る?俺ちっとも判んない。彼にも同じ事聞いたんだけど答えがキモすぎて訳わからなかった。マイスイートハニーがどうのとか言い出すんだぜ?」

「それはさすがに盛ってるでしょ?」

 勇太今頃なにしてるかな。会いたくなっちゃったな。パパの話聞いたら電話しよ。

「まーいいや、とっととやって俺は寝る。ほら年表書いて。当時じゃなくて今の気持ち付きで」

「うん…ちょっと恥ずかしいけど」

「気にすんな。俺とお前の仲だろ?俺酒取って来るから」


「何これ?簡単すぎ。もっとドラマ無いの?この北条って子の親友がお前の事憎んで、知り合いの質の悪い男に襲わせて、傷物にされて野球くんと別れてクズと付き合って妊娠したらテニス君が現れて、ドラックに溺れたら白血病で、テニス君の愛の力で白血病が治っちゃう涙が100リットルぐらい出ちゃうドラマ無いの?」

 せっかく分かりやすく年表書いたのに!パパはそれ見て好き勝手言ってる。

「簡単すぎて申し訳ありません部長。是非お知恵をお貸し頂けないでしょうか?」

 下手に出よおっと。早く気持ちをスッキリさせたいしさ。

「ノリわりーな!ちくしょー!おい!んじゃ行くぞー!勇太は真奈と離れたくないからアメリカに行かない、真吾、自分に自信を付ける為に真奈から離れて大阪に行く。更に1年後に真奈と離れたくない勇太は同じ学校へ。しかもテニスの実績もどんどん積み上げてる。真奈好きだったテニスを辞める。勇太がまたラケットを握らせ復活に尽力する」

「…すごい判りやすいね」

「この時の真吾くんの気持ちは?」

「勇太に比べて自分は全く真奈の役に立ててないって考えると思う」

 なるほど、ここでさっきのフランスの話につながるのか。

「ただな。単純に身を引いたわけじゃねーだろうな。付き合って別れたら元彼元カノで疎遠になるが、付き合わなければ幼馴染としての絆はずっと残るってのが一つ。2つ目は仮に真吾を選んでも世界ツアーを真奈がしていたらすれ違い気味になるだろう。『こんな事なら勇太と一緒になればよかった。そうすれば一緒に転戦できたのに』って必ず真吾を選んだことを後悔する。これは男としてかなりきつい。もし好きな女に、んなこと言われたら耐えられねーつまり自己保身っていうのかな?そうなる前に別れた。一緒になっても不幸な関係にしかならないから」

「なるほどねぇ」

 やっぱりパパは凄いな。良くそこまで分析できるよ。

 グラスを傾け口を湿らすと話を続ける。

「それでだ、一緒になると不幸になる関係。これに真奈が気づくとは思えない。仮に気付いたとしても、真奈は自分から別れを切り出すことは出来ない。だから俺から今のうちに言おう。…これが真実にもっとも近いと思うぞ。お前の事を不幸にはしたくないって気持ちはあったはずだ」

「真吾も私のこと真剣に考えてくれてたんだね。私は自分の事だけで精一杯だったよ。駄目だなぁ」

 ありがと真吾。私の幼馴染。

「ただな。結局最後にものを言ったのは愛の量の差だと思う。真奈お前はこの年表見ただけでも勇太くんに愛されてる。コイツすげーよ。俺だったら女の為にここまで出来ねーよ。つーか誰にもできねーよこんなの」

 しみじみと呆れ返るようにパパが言う。

 だよね。私の彼氏サイコーの男だよね。涙が出るよ。愛しすぎて。

「うんうん。判ってる。パパありがとう。ごめん私今から勇太に電話する。さっきっから声が聞きたくてたまらなくて」

「おう!未来の息子によろしくな。おやすみ」

走りだす私にパパが軽く手を上げた。未来の息子だって…勇太に話したら喜んでくれるかな?

大好きな勇太と、一緒にご飯食べて一緒に練習して一緒にツアーに参戦して…夢みたいだ。頑張らなきゃね。これからは自分の為だけじゃない。二人の未来の為に大好きなテニスをするのだ。勇太と一緒ならどこまででも行けるよ。きっとね。



三年後 五月某日 フランス

「全仏オープン準決勝、日本人初となる決勝進出を賭けて、ランキング一位ラファエル・ナダルに挑みますのは日本の誇る俊英、ランキング十三位阿久津勇太。解説の山本さん。阿久津選手の勝算は」

「どちらも強力なストローカーだね、ラリーに付き合うと阿久津君には分が悪い。何でも出来る阿久津君はネット際の攻防に持ち込んで勝機を見出して欲しいね」

「お?ファミリー席に伏木真奈プロの姿が見えます。先週のストラスブール国際で今期二勝目を上げた日本の誇る若き天才。惜しくも今大会準々決勝で敗れました。伏木選手は阿久津選手の婚約者でもあります」

「北米ラウンド後の10月に日本で結婚式とプレスリリースが出てたね」

「えーナダル攻略について阿久津選手からコメントが届いています『真奈のエッグボールなら毎晩攻略してる』ん?ナダルといえばエッグボールですし、たしかに伏木選手はエッグボーラーですが…お?ファミリー席の伏木選手サングラス越しに判るほど顔が真っ赤です。あれ?この放送聞いてます?あ、聞いてるんですね」

「そのコメント、テニスの話じゃないね。一緒に住んでるでしょ?あの二人」

「あーっと伏木さん。顔を覆って身悶えしています」

「阿久津君。昔からインタビューアー泣かせでね。何を聞いても真奈ちゃんの話しかしないんだ」

「伏木さん頻りにカメラに謝ってます」

「阿久津君の事知りたかったら真奈ちゃんに聞くのがいいよ。あの子も自分の事は説明出来ないけど、阿久津君の事は説明出来るから。真奈ちゃんの事は阿久津君に聞けばいい」

「なんとも聞いているこちらが気恥ずかしくなる熱々なお二人ですが…さあ、阿久津、いよいよゲーム開始です全仏オープン準決勝。サーブは阿久津からです。阿久津、夢の頂点に向かって第一打です!」


エピローグ

待ち侘びた。やっとこの日が来た。

「すげー綺麗だ。うおー俺のスイートエンジェル真奈!サイコーだっ!」

「ありがと勇太も良く似合ってるよ」

 って、言ったよホントにスイートエンジェルとか言うんだこの男・・・

 188センチのでっかい体を純白のタキシードで包んでる。白の表面積が広くて眩しいよ。

「ちょっと、何でそんな色んな抉る様な角度から眺めてるの?やだっ!ドレス捲り上げないで」

「記憶に焼き付ける為だ」

 ハァハァしながらえらそーに言うなよ変態旦那様。

「おいおい。勇太君もーいいだろ?式が終わったらこいつはお前にやるから、今は二人にさせてくれ」

「すんませんおやっさん。んじゃ真奈。式でな」

「うん」

 式場の花嫁控え室で、パパが邪険にも私のドレス姿を見に来た勇太を追い出した。

「ふふん。んでどうよ?感想は?」

 ポーズを付けてみた。

「あーちょっと胸をアピールしすぎてませんかね?勇太君、見てるこっちが可哀想な位に発情してたぞ?」

 それも狙いの一つ。

「すいません!失礼します!ちょっとよろしいですか」

 答える間もなく受付の女性が息を切らして現れた。

「今、受付にヤンキースの菱川投手が現れて、御祝儀置いて帰っちゃったんです。変わった金額でなんと224万円も包んであるんです。お引き留めしたんですが、帰られてしまって。代わりに真奈さん宛にメモを渡されました」

「すげえな!野球君気前いいな!ってか何だその中途半端な金額?」

「さあ?」

 受付の女性はメモを渡すと退出していったのだが、私はメモを見て吹き出した。

「あははははは!あんのクソ真面目!冗談だったつーの」

「『服代返すの忘れてた』って何だこのメモ?」

パパが受け取ったメモひらひらさせながら尋ねる。そりゃー判るわけないよね。

「前にデートした時服買ってあげたのよ。その時メジャー行ったら100倍に返してくれればいいって言ったの。すっかり忘れてたよ」

 初めて女として異性を意識した日だった。いやぁあの頃は若かった若かった。

 女といえば…

「あーそうだパパ。私、前にさ『テニスと共に生きていく(キリッ!』って宣言したじゃん?あれ近々撤回させられるハメになるかも」

「どうした?もしかして故障か?」

 心配気なパパ。ヤダ、私は元気だよ。むしろ元気すぎてさ。

「体は丈夫。むしろそれが問題でね。勇太ってさ一流のアスリートじゃん。体力凄いのよ」

「ん、ああそうだろうな」

「ほら男の人って一回出すと終わりじゃん?あれ精子無くなるってことが原因じゃなくて、体力がないからっての知ってた?体力消耗による性欲の減少」

「え?そうなの?つーか俺、なんか話が見えてきちゃったなー」

パパったらゲンナリしてるよ。いいじゃん?私らの仲だろ?

「体力あるとさ延々と出来んのよ。たとえ出なくなっても。私もそれに応えられる体力あるからさ…すげーんよウチ。結婚したらやっぱ基本生じゃん?あの勢いでヤラれたら私、即妊娠しちゃうと思うのよ。どう思う?」

「どう思うもこう思うもねーよ馬鹿っ!あーあ男親が聞きたくない娘の夜の営み赤裸々に聞かされちゃったよ!あーあ、結婚まで清い体だと信じていたかったのに、パパのふざけた幻想ぶちこわされちゃったよ!」

「あははは、ごめんごめん。つうわけでいきなりおじいちゃんになっても驚かないでね」

「おう。まー俺も孫の顔は見てみたいしな」

「うへへへ、ありがと」

 言い終わると、少しの静寂があった。

 パパが穏やかなまなざしで私を見つめていた。

 私も正面からパパを見返した。

 パパ…和真…歳をとったね。

 そうだよね。私が大人になるぐらい時間経ってるんだもんね。

 記憶の奥で微笑む和真に比べて、深いシワが刻まれて黒々としていた髪にも白いものが混ざってる。

 背も少し縮んだような気がする。

「オマエと出会った頃は、結奈に欲情する妙な娘だったな…それがこんなにも綺麗になりやがって」

「あん時はママのおっぱいに惑わされたんよ。和真もおっぱい好きでしょ?ホレホレ」

 和真とね今はいない山川に見せたかったのよ。このデザインのドレスにした理由はさ。あんたら巨乳フェチだったし…ね。

 山川徹くん。まだ私の中に欠片でも居るなら喜んでね。ムニムニ……どうよ?昔のママよりおっきいんだぞ?この感触じっくりと堪能してくれたまえ!

これはあんたへの鎮魂曲だからね……

突然、自分の胸を揉み出した娘を興味深そうに見つめていた和真がまた口を開く。

「なあ、内緒のバスタイム楽しかったな。俺お前と話すの大好きだったよ」

「うん、私も毎晩和真と話すの楽しみだった」

「誘拐された時、高瀬の住所調べて警察に頼み込んだ。間に合ってよかったよ」

「そうだったのね。和真が来てくれて本当に嬉しかった」

 小学生時代の事が走馬灯の様に思い浮かぶ。その日の出来事は和真にお風呂場で報告した。和真の相談に乗ったこともあったな。一緒に馬鹿なこと言い合ってた。誘惑したことなんかもあったっけ。

「あの頃か?お前から徐々に山川成分が抜けていったのは?」

「多分ね・・・」

「もう居ないと聞かされて、すげー寂しかった」

 言葉を切ると、和真は私の肩に両手を置く。

 あ、和真の手がすごく温かい。

「でもな、それでもお前は俺の最高の友達で、最高の娘だったよ。幸せになれよ真奈!」

「和真、あんたも最高の友達で最高の父親だよ。いつまでも元気でね」

 何だよ泣かすなよ和真。メイク崩れるじゃん。さっきメイクさんがばっちり仕上げてくれたのに!ああ和真もすごい泣いてる。

 あはははは。これって私たち変わった親子にしか判らない感情なんだろうなぁ。

 これは誰にも言えない二人だけの秘密。

 抱き合って笑いながら泣いちゃった。

「それでさ、お前の人生設計を手伝ってきた友達として聞きたい事があんだよ」

「ん、なによ?」

「お前さ、弁護士なるはずだったよね?失敗した時の保険でキープしてた男の子とは結婚せずに、別の男と結婚するよね?当初の予定からズレまくってるよな?それでどーすんだ?これから無理矢理修正したりすんの?」

 ニヤニヤ笑いながら尋ねてくる。また意地悪な質問を…そんな訳ないじゃん!人生設計はここで終了だよ。予定と違っても私は今すごく幸せだもん!

「どおなのその辺?」

 ぐぬぬ、しつこい。今生はこれでいいんだよ。あー!そうか!

「生まれ変わったら本気出すっ!」

「は?」

「だからその時も手伝ってよね」


                                   終わり。

最近、読んでいたテニス漫画が思った方向に行かなくて…

イライラして書いた。後悔はしてない。

でも書ききれてないことがいっぱいあります。

錦織さんの例を言うまでもなく、ほんとに恋愛なんかしてる暇ないでしょうね。超一流のジュニアアスリートは可哀想なぐらい時間がないんです。JTA強化選手エントリーで海外遠征、毎年国別対抗試合、サーキット参加。

その辺まで踏み込みたかったのですが、身も蓋もなくなるので断念しました。

またいつかテニスの話を書いてみたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ