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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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依頼主は七歳です

 夕食を終えた天城家の食卓には、普段なら食後のお茶や果物が並んでいる時間にもかかわらず、玲奈が自分で作成した数枚の資料が置かれていた。


 修一は一枚目を読み終えたところで早くも難しい顔になり、美咲は資料ではなく、その向こう側へ座っている七歳の娘をじっと見つめている。


 玲奈は両親の反応を急かさなかった。


 自分から話を持ちかけた以上、相手が内容を確認する時間くらいは当然必要になる。


 やがて二枚目まで読み終えた修一が、資料を机へ置いた。


「玲奈が何をしたいのかは分かったけど、父さんは簡単にいいぞとは言えないな」


「わたしも同じ意見よ。玲奈ちゃんが考えて書いたことは分かるけど、インターネットへ何かを公開するのは別の話だからね」


 二人とも最初から否定するつもりではないらしいが、警戒していることは明らかだった。


 玲奈としても、それは予想していた。


「ですから今日は、許可していただける条件について相談したいと思っております」


「最初から許可を取れる前提で話を進めてないか?」


「絶対に認めないとお考えなら、そもそも条件について相談する意味がありませんから」


「そういうところ、本当に交渉慣れしてるみたいに話すよなあ……」


 修一は困ったように笑ったが、美咲はすぐに次の資料へ視線を落とした。


 そこには玲奈が調べた配信活動の危険性と、それに対して現時点で考えている対策がまとめられていた。


 本名を公開しないことや、自宅や学校を特定できる情報を話さないことはもちろん、配信画面へ不用意な情報を映さないことまで書かれている。


 活動時間についても、学校生活や睡眠時間を優先し、その日の宿題が終わっていない場合には配信を行わないという条件を玲奈自身が設定していた。


「玲奈ちゃん、ここまで調べたのは偉いと思う。でも、一番大事なことが抜けてるかな」


 美咲から指摘され、玲奈は資料を確認した。


「どの部分でしょうか?」


「玲奈ちゃん自身が、危険だって気づけない場合について書いてないでしょう?」


 玲奈はすぐに答えず、母親の言葉を考えた。


「わたしが危険だと判断できない場合、という意味でしょうか?」


「そうよ。玲奈ちゃんは同じ年齢の子よりずっとしっかりしてるし、色々調べてることも分かってる。でも七歳なのは変わらないの」


 美咲は責めるような口調ではなく、玲奈にも理解できるようゆっくり話していた。


「玲奈ちゃんが知らない方法で個人情報を調べようとする人がいるかもしれないし、普通の質問に見えても、いくつも答えを集めれば住んでる場所が分かることだってあるかもしれないでしょう?」


「確かに、その可能性までは十分に考えられておりませんでした」


「それに、嫌なことを言ってくる人がいたとき、玲奈ちゃんが平気だと思っても、本当に平気かどうかは別だからね」


 玲奈は少しだけ考え込んだ。


 前世の自分なら、他人から何を言われても耐えることを求められていた。


 王太子の婚約者が感情的になってはいけない。悪意を向けられても表情を崩さず、社交界では優雅に振る舞うことを教育されていた。


 だから玲奈自身、多少の悪口なら気にしない自信はある。


 しかし母が言っているのは、玲奈の精神力だけの問題ではないのだろう。


「では、お母さんかお父さんが確認できる状態にしておく必要がありますね」


「少なくとも最初はそうしてほしいかな。玲奈ちゃんだけで全部判断するのは駄目よ」


「承知いたしました。その条件は受け入れます」


「思ったより素直だな。父さんはもう少し交渉されると思ってたぞ」


「必要性が理解できる条件まで拒否することは、交渉ではなく我儘でしょう?」


 玲奈が当然のように答えると、修一は再び何とも言えない顔になった。


 美咲は少し笑ったあと、今度は活動時間について確認を始めた。


 学校を休んでまで配信しないことや、夜遅くまで活動しないことについては、玲奈も最初から異論がない。


 配信によって成績が落ちたり、睡眠時間が不足したりした場合には、一度活動を止めて原因を確認することにも同意した。


 次に問題となったのは、お金だった。


「玲奈ちゃん、この収益化っていうのは、本当にお金を受け取るつもりなの?」


「もし価値を感じてくださる方がいて、制度上も受け取れるのであれば、そのつもりです」


「そこは迷わないんだなあ」


 修一が苦笑する。


「無償でなければならない理由がございません。わたしの活動へ価値を感じた方が対価を支払いたいと思うのでしたら、受け取ること自体は悪いことではないでしょう?」


「まあ、考え方としては分からなくもないけど、玲奈はまだ七歳だからな」


 当然ながら、収益を受け取る場合には保護者の関与が必要になる。


 税金や各種手続きについても、玲奈一人で完結させられるものではない。


 美咲は元銀行員だったこともあり、お金が関わる部分については修一より遥かに細かかった。


「もし本当に収入が発生するようになったら、お金の管理はお母さんも一緒に確認するからね」


「はい。ただし、わたし自身にも全て確認させてください」


「もちろんよ。玲奈ちゃんが稼いだお金なら、どう動いているか本人も知っておいた方がいいからね」


 その返事を聞いて、玲奈は素直に嬉しくなった。


 前世なら、公爵家の財産について学ぶことはあっても、自分自身が稼いだ金銭を管理するという経験はできなかった。


 もし本当に配信から収益が生まれるなら、それ自体が新しい勉強になる。


 もっとも、現時点では一人の視聴者すら存在していない。


 利益について考える前に、配信できる環境を作る必要があった。


「それで玲奈、この技術協力って書いてある部分はどうするつもりなんだ?」


 修一が資料の一箇所を指差した。


 そこには、キャラクター表示や配信環境の構築について、自分だけでは技術的に難しい可能性が高いと記載してある。


「詳しい方へお願いしたいと思っております。ただし、まだ誰へ依頼するかは決めておりません」


「ネットで知らない人を探して、一人で連絡するのは禁止だからな」


「それについては、お母さんからも同じことを言われると思っておりました」


「じゃあ、どうするんだ?」


 玲奈は少しだけ間を置いた。


「以前、競馬場でパソコンを使っていた男性を覚えていらっしゃいますか?」


「……まさか、あの人に頼むつもりなのか?」


「まず、何をなさっている方なのか確認したいと思っています」


 修一は明らかに渋い顔になった。


「玲奈、知らない人だぞ?」


「ですから、お父さんにも一緒に来ていただきたいのです」


「父さんも?」


「わたし一人で話しかけることに問題があるのでしたら、保護者同伴なら危険性は下がるでしょう?」


「理屈ではそうだけど、あの人が次も競馬場にいるか分からないぞ」


「いらっしゃらなければ、別の方法を考えるだけです」


 玲奈はそこへ固執するつもりはなかった。


 あの男性が本当に必要な技術を持っている保証はないし、依頼を受けてくれるとも限らない。


 ただ、自分が実際に見た範囲では、候補として確認する価値があると考えているだけだった。


 美咲はしばらく考えたあと、修一へ視線を向けた。


「あなたが最初から最後まで一緒にいるなら、話を聞くだけはいいんじゃない?」


「美咲まで玲奈側に回るのか?」


「知らない人だから駄目って言ったら、玲奈ちゃんは別の人を探すでしょう?」


「それは探しますね。必要な技術者がいなければ、計画そのものを実現できませんから」


「ほら、絶対探すじゃない」


 美咲は苦笑しながら、娘へいくつか条件を追加した。


 相手の身元を確認できるまでは、連絡先や個人情報を玲奈から渡さないこと。


 依頼する場合には修一か美咲が必ず内容を確認し、金銭が発生するなら口約束だけで進めないこと。


 相手が少しでも不審だと両親が判断した場合には、その人物への依頼を諦めること。


 玲奈は最後の条件についてだけ少し考えたが、最終的には頷いた。


「分かりました。ただし、なぜ不審だと判断したのかは説明してください」


「それは約束する。父さんたちが何となく嫌だからって理由だけでは反対しないよ」


「でしたら、わたしから異論はございません」


 こうして一時間近く続いた天城家の家族会議は、いくつもの条件付きではあるものの、玲奈が配信活動の準備を始めることを認める形で終わった。


 玲奈にとって重要だったのは、単純に許可を得られたことだけではない。


 自分では十分に調べたつもりでも、母から指摘されるまで気づかなかった危険があった。


 自分が優秀だからといって、自分一人で全てを判断できるわけではない。


 その事実を認めることに、今の玲奈は抵抗を感じなかった。


 むしろ、自分に見えないものを見つけてくれる人間がいるなら、その意見を利用しない方が愚かだと思っている。


 前世では、自分一人で何でもできなければならないと思い込んでいた。


 未来の王妃なのだから弱音を吐いてはいけないと考え、分からないことがあっても必死に学び、誰かへ任せるより自分で抱え込むことが多かった。


 今度は、同じ失敗をする必要などない。


 自分にできることは自分でする。


 自分にできないことは、それを得意とする誰かへ頼めばいい。


 そして頼んだ相手には、その能力に見合った対価を支払う。


 玲奈は、その方が遥かに合理的だと思っていた。


 それから二週間ほど経った休日、玲奈は修一と一緒に再び競馬場を訪れていた。


 本来の目的はいつも通り競馬を楽しむことだったが、玲奈の頭にはもう一つだけ確認したいことがある。


 以前見かけた男性が、今日も競馬場にいるかどうかだった。


「玲奈、探すのはいいけど、競馬もちゃんと楽しめよ?」


「もちろんです。そのために来ていることを忘れたわけではありません」


「だったらいいけど、さっきから人の顔ばっかり見てるぞ」


「人探しをしているのですから、当然ではありませんか?」


「もうちょっと七歳らしく馬見て喜んでほしいんだけどなあ……」


 修一はそう言いながらも、娘と一緒になって以前の男性を探してくれていた。


 しかし午前中は見つからなかった。


 パドックで何頭かの馬を確認し、二人で予想したレースも一度外した。


 玲奈が状態は悪くないと判断した馬が直線で伸びず、修一が本命にしていた馬も掲示板にすら入らなかった。


「今日は駄目でしたね。わたしが見落としているものがありそうです」


「毎回当たったら父さん会社辞めてるよ。外れるくらいが普通なんだって」


「お父さん、それは絶対にお母さんの前では言わない方がよろしいと思います」


「玲奈もそう思うか。父さんも今言ってから気づいたよ」


 二人で笑いながら昼食を済ませ、午後のレースへ向かおうとしたときだった。


 玲奈が不意に足を止めた。


 少し離れた休憩スペースに、見覚えのある男性が座っている。


 以前とほとんど同じだった。


 競馬場へ来ているにもかかわらず、目の前には競馬新聞ではなくノート型のパソコンが開かれている。


 服装も相変わらず無頓着で、髪も少し伸びたままだった。


 そして画面には、玲奈にはまだ理解できない大量の文字が表示されている。


「お父さん、あの方です」


「本当にいたな。毎回来てるのか、たまたまなのか分からないけど」


「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


「父さんも一緒に行く。それと、相手が嫌がったらすぐやめるんだぞ」


「承知しております。それでは参りましょう」


 玲奈は修一と並んで男性のところまで歩いた。


 近づいてみても、男性はパソコンへ集中していて二人に気づいていない。


 玲奈は邪魔にならない程度の距離で立ち止まり、相手が一度手を止めるまで待った。


 数十秒ほどして、男性が飲み物へ手を伸ばした。


「申し訳ありません。少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 突然話しかけられた男性は顔を上げ、最初に玲奈を見てから、その後ろにいる修一へ視線を移した。


「……何か用ですか?」


 少し警戒した声だったが、玲奈は気にしなかった。


「以前こちらでお見かけした際、パソコンで何か作業をしていらっしゃいましたよね?」


「そうだけど、それが何か?」


「あなたは、コンピューターにお詳しいのでしょうか?」


 男性は一瞬だけ玲奈を見つめた。


「まあ、普通の人よりは詳しいと思うけど」


「では、一つお伺いしたいことがございます」


 玲奈は男性の反応を観察しながら、自分が知りたい内容を簡潔に説明した。


 動画配信をする際に、画面上へ架空の人物を表示し、声や動きに合わせてその姿を動かしたいこと。


 さらに配信中の操作を簡単にし、子供でも不用意に個人情報を表示しにくい環境を作りたいこと。


 専門用語については玲奈自身もまだ十分に理解していないため、分からない部分は分からないと正直に伝えた。


 男性は最初こそ面倒そうに聞いていたが、途中から少しだけ表情が変わった。


「それって、VTuberみたいなことがやりたいって話?」


「はい。わたしが調べた範囲では、その呼び方が最も近いと思います」


「だったら既存のソフト使えばいいだろ。わざわざ何か作る必要ある?」


「既存のものも調べました。ただ、わたしが必要としている条件を全て満たすものを見つけられておりません」


 玲奈は持参していた小さなノートを開き、自分が欲しい機能を簡単に見せた。


 男性は面倒そうに受け取ったものの、数行読んだところで眉を寄せた。


「……これ、本当に君が考えたの?」


「はい。分からない部分については、調べた内容を整理しております」


「何歳?」


「七歳になりました」


「お父さん、ちょっといいですか?」


 突然修一へ話が振られ、彼は慌てて一歩前へ出た。


「はい。ちなみに、本人が本気なのは間違いないです」


「いや、そこじゃなくて。これ、やらせるつもりなんですか?」


「条件付きではありますけど、妻とも話し合って準備までは認めることにしました」


「……マジかよ」


 男性は小さく呟き、改めて玲奈を見る。


 玲奈としては、ようやく最低限の確認ができたところだった。


「もし可能でしたら、必要な環境を作ることができるか相談したいと思っております」


「相談って、俺に?」


「はい。まだ正式にお願いすると決めたわけではありませんが、まず技術的に可能か伺いたいのです」


「いやいや、待て。俺が何してる人間かも知らないだろ?」


「ですから、それも含めてこれから確認するつもりです」


「順番おかしくない?」


「最初に能力があるか分からなければ、詳しい経歴を伺っても意味がないでしょう?」


「……なんなんだ、この子」


 男性は明らかに困惑していた。


 その横で修一が小さく頭を下げる。


「すみません。娘、昔からこういう感じでして」


「お父さん、わたしが非常識な子供であるような説明はおやめください」


「七歳で競馬場の知らない男に仕事の相談してる時点で、父さんは十分珍しいと思うぞ」


 男性はしばらく二人を見比べたあと、大きく息を吐いた。


「一応聞くけど、何を頼みたいんだ?」


 玲奈はその質問を待っていた。


「まず、わたしが考えている配信環境を実現する場合に、どの程度の作業が必要なのか教えていただきたいです」


「それを聞いてどうする?」


「必要な時間と費用を確認したうえで、正式に依頼するか判断いたします」


「依頼って、お父さんから?」


「いいえ。お願いしたいのは、わたくしです」


 男性の動きが止まった。


「……君が?」


「はい。依頼主はわたくしですわ」


 前世から染みついた口調が自然に出た玲奈に対して、男性は数秒ほど完全に沈黙した。


 やがて彼はノートを玲奈へ返し、椅子の背もたれへ身体を預けた。


「帰れ」


 玲奈は一度だけ瞬きをした。


「まだ報酬についてのお話もしておりませんが?」


「そういう問題じゃない。小学生から仕事受けたとか、俺が完全にヤバい奴になるだろ」


「保護者であるお父さんも同席しております」


「そういう問題でもないんだよ!」


 男性が思わず声を大きくすると、修一は耐えきれなくなったように笑い始めた。


「すみません。でも俺も、最初は同じような気持ちでした」


「お父さんまで相手側へ回らないでいただけますか?」


「いや、玲奈が普通じゃないのは、父さんも否定できないからなあ」


 玲奈は少し不満だったが、目の前の男性が依頼内容そのものを不可能だとは言わなかったことには気づいていた。


 つまり少なくとも、技術的な内容は理解している。


 そして玲奈の要求を見ても、実現できないとは答えなかった。


 ならば確認すべきことは、まだ残っている。


「ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「今さら名前聞くのかよ。仕事頼む相手なら最初に聞けよ」


「先ほど申し上げたでしょう。能力があるか分からない段階では、詳しい個人情報を伺う必要はございません」


「……久世直人。二十六歳。仕事は、今はフリーみたいなもんだ」


「久世さんですね。覚えました」


「覚えなくていい。依頼も受けないからな」


「それについては、まだ交渉を始めておりませんので」


「今の流れでまだ始まってないのかよ!」


 直人が頭を抱える横で、玲奈は静かに笑った。


 少なくとも名前は分かった。


 そして、自分が求めている技術について理解できる人間らしいことも確認できた。


 今日のところは、それだけでも十分だった。


 玲奈は無理にその場で契約を迫らず、父親と一緒に頭を下げて立ち去った。


「それでは久世さん、本日はありがとうございました。またお会いできましたら、その際に改めてお話しいたします」


「いや、次は来なくていいからな! 本当に依頼とか持ってくるなよ!」


「それを決めるのは、今後の調査結果次第でございます」


「会話が成立してるようで全然成立してねえ!」


 背後から聞こえてくる声に、修一は肩を震わせながら笑っている。


 玲奈はそんな父親を少し睨んだものの、自分自身もわずかに楽しくなっていることには気づいていた。


 久世直人という男が、本当に自分の求める人材なのかはまだ分からない。


 だから次に必要なのは、彼が何をできる人間なのかを正しく知ることだった。


 そして玲奈はまだ知らなかった。


 久世直人が、自分の能力へまともな値段をつけることを諦めかけている人間であることを。


 誰かに利用され、成果を奪われ、それでも技術そのものだけは捨てることができなかった男であることを。


 何より、自分の才能を安く扱うことへ慣れきってしまった人間であることを、今の玲奈はまだ知らない。


 それを知ったとき、天城玲奈は久世直人という技術者へ、彼自身が想像していなかった金額を提示することになる。


 自分の才能を自分のために使うと決めた少女は、やがて他人の才能についても、同じように安売りすることを許さなくなっていくのだった。

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