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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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十倍作れますの?

 玲奈が会議室の机へ置いた資料を見て、東雲隆一はすぐには喜ばなかった。


 新規案件を持ち込んできたのは、国内で産業用機器を製造する中堅メーカーだった。これまで東雲精機が得意としてきた小型高性能モーターを、新しく開発する業務用機器へ採用したいという。


 問題は、その数量だった。


「……今までの十倍近いですね」


「作れます?」


 玲奈が尋ねると、隆一は即答しなかった。


 営業担当者も、製造側の責任者も資料を見ている。以前の東雲精機なら、大口案件が来たという事実だけで社内が浮き足立っていたかもしれない。


 今は違う。


「作れないことはないです。ただ、今の設備と人員のままでは無理ですね」


「何が必要です?」


「まず巻線工程が詰まります。それと検査設備ですね。試作までは今の設備でできますが、この数量を安定して流すなら専用の検査治具も欲しい」


「人は?」


「増やす必要があります。ただ、単純に人数を増やせばいいわけじゃない。最初は経験者が見ないと品質が安定しません」


 玲奈は手元のノートへ書き込んだ。


 売上だけなら魅力的だった。


 現在の東雲精機にとって、この案件が量産まで進めば会社全体の売上を目に見えて押し上げる。


 だが、それだけでは判断できない。


「設備投資はいくら必要ですの?」


 製造責任者が概算を答える。


 安くはない。


 それでも、東雲精機が今後量産案件を増やしていくなら、いずれ必要になる設備でもあった。


「このお客様の仕事がなくなりましたら、その設備は使えます?」


 玲奈の質問に、製造責任者が頷いた。


「専用設備にしすぎなければ使えます。治具は別ですが、検査機本体と巻線設備は他の案件でも使えますね」


「でしたら、そこは重要ですわね」


 玲奈は隆一を見る。


「一社の注文がなくなった瞬間に使い道がなくなる設備へ、大金を払うつもりはございませんもの」


「俺もそれは避けたいですね」


 買収前の東雲精機は、特定顧客への依存度が高かった。


 玲奈はそれを危険だと判断し、新規顧客を増やしてきた。


 その会社が今度は、一件の大口案件へ依存してしまえば意味がない。


「では、次は利益ですわね」


 営業担当者が作成した試算を見る。


 提示されている予定単価。


 材料費。


 加工費。


 検査費。


 梱包と輸送。


 設備の償却。


 新規採用した場合の人件費。


 試作段階では十分に利益が出る。


 しかし量産時の価格については、先方から数量増加を理由とした値下げの希望が出ていた。


「この価格まで下げましたら?」


 玲奈が尋ねる。


 営業担当者は少し渋い顔をした。


「利益は出ます。ただ、想定より不良率が高くなったり、材料価格が上がったりすると厳しいです」


「でしたら、その価格では受けません」


 玲奈は即答した。


「でも、この数量ですよ?」


「数量が十倍なら、損失も十倍になりますでしょう?」


 会議室が静かになる。


「たくさん作れば必ず儲かるのでしたら簡単ですけれど、実際にはそうではございませんもの。忙しくなったのに利益が残りませんでした、では困りますわ」


 隆一が小さく笑った。


「買収前のうちなら受けてたでしょうね」


「でしょうね」


 玲奈も否定しなかった。


「ですから変えたのでしょう?」


 営業担当者は提示価格を持ち帰り、先方との交渉へ入った。


 玲奈自身は同行しない。


 価格の考え方と譲れる範囲は決めるが、実際の交渉まで全て玲奈が行えば、今度は会社が玲奈へ依存する。


 隆一依存を減らしておきながら、天城玲奈依存の会社を作るつもりはなかった。


 三日後。


 先方から再提案が届いた。


 東雲精機が希望した価格そのものではない。


 その代わり、初年度の最低発注数量を保証する条件が追加されていた。


「これはどう思います?」


 営業担当者が尋ねる。


 玲奈は資料を読んだあと、隆一へ渡した。


「隆一様は?」


「悪くないと思います。数量保証があるなら設備投資も判断しやすい」


「製造側は?」


「この条件ならやれます」


「でしたら、進めましょう」


 玲奈はそこで決めた。


 大口案件を受ける。


 同時に設備投資も行う。


 東雲精機を買ってから、これまでにも古い設備の更新は行ってきた。しかし今回は単なる老朽設備の交換ではない。


 会社の生産能力そのものを増やす投資だった。


 発注予定の設備を見ながら、修一は家で娘に尋ねた。


「またお金使うのか?」


「使いますわよ」


「この前、ロボット会社にも出したよな?」


「出しましたわね」


「大丈夫なのか?」


 玲奈は父の心配を笑わなかった。


「今回は、わたくし個人のお金をそのまま入れるわけではございません。東雲精機自身が稼いで残しているお金と、買収時から設備改善用に確保していた資金を中心に使います」


「玲奈の財布と会社の財布は別ってことか」


「当然ですわ」


 玲奈は頷いた。


「東雲精機が設備を買うたびに、わたくしがお小遣いを渡していたら会社として自立できませんもの」


「お小遣いって規模じゃないだろ……」


「例えですわよ」


 美咲が隣で笑っていた。


 玲奈自身に投資余力があることと、所有する会社へ際限なく資金を入れることは別だった。


 会社は会社で利益を出し、その利益から次の成長へ投資する。


 必要なら株主である玲奈が追加資金を入れる選択肢もあるが、それを最初から前提にするつもりはない。


 大口案件の試作は順調に進んだ。


 当然、全てが一度で成功したわけではない。


 要求された耐久試験で想定より早く性能が落ち、材料と構造を一部見直した。二度目の試作では要求を満たし、先方の実機へ組み込んだ評価へ進んだ。


 その間にも、新しい設備の選定は続く。


 ここで玲奈は、一つ条件を付けた。


「今回の案件専用にしないでくださいませ」


 設備メーカーとの打ち合わせに参加した製造責任者へ伝える。


「できるだけ別の製品にも使える構成にしてください。多少高くなっても構いません」


「専用機の方が処理速度は上げられますよ?」


「このお客様が十年注文してくださる保証はございませんもの」


 東雲精機は一社のための工場ではない。


 大口顧客はありがたい。


 しかし、その顧客なしでは生きられない会社へ戻るつもりはなかった。


 設備の発注が決まったあと、玲奈は人員計画も確認した。


 量産開始までに数人を新規採用する。


 ただし経験者だけを高い金で集めるのではなく、若い人材も採用して社内で育てる。


「時間がかかりますよ」


 隆一が言う。


「分かっております」


「即戦力だけ採った方が、今回の案件には楽です」


「今回の案件だけを考えるなら、でしょう?」


 玲奈は隆一を見る。


「五年後も東雲精機を続けるのでしたら、今から育てる人も必要ですわ」


 隆一は何も言わず、少しだけ笑った。


「御堂さんみたいなこと言いますね」


 玲奈の眉が動いた。


「……どうしてそこでお爺様が出てまいりますの?」


「この前、北辰で会ったでしょう。あの人なら同じようなこと言いそうだなと思って」


「一緒にしないでくださいませ」


「嫌なんですか?」


「嫌ではございませんけれど、少々悔しいですわ」


 玲奈はそう答えながらも、否定できなかった。


 十年後を見る。


 今だけ儲かればいいとは考えない。


 それは御堂が何十年も実際に経営を続ける中で身につけたものなのだろう。


 玲奈には、その時間がない。


 ならば学べるものは学ぶしかない。


 設備が納入されるまでの数か月、東雲精機では準備が続いた。


 新しい人員を採用し、作業手順を整理し、検査工程を見直す。


 若手技術者も以前より大きな役割を持つようになった。


 隆一が全てを決める会社ではなくなりつつある。


 玲奈自身も毎日のように工場へ来ることはしなかった。


 学校がある。


 セレスティアの活動もある。


 ネクサリンクの株主として届く報告にも目を通す。


 東雲精機を所有しているからといって、自分が常にそこにいなければ動かない会社にしてはならない。


 だから月次報告と重要な判断へ関わり、それ以外は現場へ任せた。


 そんなある日。


「玲奈ちゃん、最近忙しくない?」


 学校の昼休み。


 陽菜が突然そう尋ねてきた。


 玲奈は弁当を食べる手を止めた。


「以前からそれなりに忙しいですわよ?」


「前より忙しそう」


「そう見えます?」


「うん。たまに授業終わった瞬間、すごい勢いで帰るし」


 玲奈は少し考えた。


 陽菜は東雲精機の細かい経営事情を知らない。


 セレスティアの正体も知らない。


 玲奈にとって数少ない、会社とも配信とも関係のない友人だった。


「少々、新しいことを始めましたので」


「また勉強?」


「それもございます」


「玲奈ちゃんの『それも』って、絶対ほかに何かあるやつだよね」


 玲奈は笑って誤魔化した。


 陽菜が購買で買ってきた菓子を半分渡してくる。


「はい」


「よろしいのです?」


「いいよ。二個入ってたから」


「では、いただきますわ」


 玲奈は受け取った。


 その瞬間だけ、設備投資も、量産計画も、株主報告も頭から消えた。


「今度の日曜日、空いてる?」


 陽菜が尋ねる。


「日曜日ですの?」


「駅前に新しいお店できたから行かない? ずっと勉強とかしてると疲れるでしょ」


 玲奈は反射的に予定を思い出した。


 午前中に東雲精機の資料を確認できる。


 午後にはネクサリンクから月次報告が届く予定だが、月曜日に読んでも問題ない。


 セレスティアの配信予定もない。


「空いておりますわ」


「じゃあ決まり!」


「ええ。楽しみにしております」


 玲奈は微笑んだ。


 会社を大きくする。


 投資する。


 新しい仕事を取る。


 それは楽しい。


 玲奈が自分で選んで始めたことだった。


 だからこそ、それだけが自分の人生になってはいけない。


 まだ玲奈自身も明確な言葉にはしていなかったが、陽菜と過ごす時間は、そのことを少しずつ教えてくれていた。


 数か月後。


 東雲精機へ新しい設備が入った。


 工場の一角に据え付けられた機械を、玲奈は少し離れた場所から眺めた。


「大きいですわね」


「金額も大きかったですけどね」


 隆一が答える。


「そこは存じております。何度確認したと思っておりますの?」


「何度も確認されましたね」


 試運転が始まる。


 最初から予定通りの速度は出ない。


 作業員が調整し、設定を変え、検査条件を確認する。


 それでも少しずつ、量産体制が形になっていった。


 やがて顧客側の最終評価も通った。


 正式な量産発注。


 東雲精機にとって、玲奈が取得してから最大規模の新規案件だった。


「受注、決まりました」


 営業責任者から報告を受けても、玲奈は大声を上げなかった。


 代わりに一つだけ確認する。


「利益は?」


「予定通り確保できます」


「設備投資を含めても?」


「はい」


「品質を落とさず?」


「もちろんです」


 そこでようやく玲奈は笑った。


「でしたら、喜びましょう」


 会議室の空気が少し緩んだ。


 隆一も笑う。


「天城さん、本当に売上だけじゃ喜ばなくなりましたね」


「売上だけ大きくて、お金が残らない会社に興味はございませんもの」


 量産が始まってからも、小さな問題はいくつも起きた。


 新人の作業速度が予定より上がらない。


 検査工程で一時的に滞留が発生する。


 材料の納入が数日遅れる。


 そのたびに現場で修正する。


 玲奈が一つ一つ指示することはなかった。


 数か月前なら隆一へ集まっていた問題の多くを、今は現場の責任者たちが処理している。


 玲奈が見たかったのは、その変化だった。


 そして半年後。


 東雲精機の決算見込みが出た。


 買収前と比較して、売上は明確に増えている。


 それ以上に利益率が改善していた。


 特定顧客への依存度は下がり、新規分野の売上比率が上がった。


 従業員数も増えた。


 設備投資を行い、給与も一部見直したうえで、それでも利益が残っている。


 玲奈は数字を一通り確認したあと、資料を閉じた。


「これなら、東雲精機だけでも次の投資ができますわね」


「できますね」


 隆一が答える。


 会社を買った。


 悪いところを直した。


 新しい顧客を増やした。


 設備へ投資した。


 そして会社自身が、その投資を回収しながら次の成長資金を生み始めている。


 玲奈はそこに、一番大きな意味を感じていた。


 自分の個人資産を入れ続けなくても、東雲精機は自分で成長できる。


「ようやくですわね」


「何がです?」


「わたくしが買った会社ではなく、わたくしが買ったあとも自分で進める会社になってきました」


 隆一はしばらく黙ったあと、静かに頷いた。


 その日の夜。


 玲奈のもとへ、ネクサリンクから新しい月次報告が届いた。


 営業責任者の採用が決まり、瀬川から複数の顧客対応が移管された。


 量産準備も進んでいる。


 そして最後に、一つの報告が添えられていた。


 以前玲奈が見学した工場から、実証導入していたロボットの正式な追加発注が決まった。


 さらに別の物流会社でも、有償実証が始まる。


「こちらも進んでおりますのね」


 玲奈は画面を眺めながら微笑んだ。


 東雲精機はモーターを作る。


 相馬電子技研は制御を支える。


 ネクサリンクは、それらを組み合わせてロボットにする。


 一つの会社ではできなかったことが、複数の会社を繋ぐことで形になり始めていた。


 そして玲奈は、その中心で全てを所有する必要はないと理解している。


 所有する会社。


 出資する会社。


 協力する会社。


 それぞれ違っていい。


 重要なのは、それらを使って何を作れるかだった。


 玲奈は東雲精機とネクサリンクの資料を並べ、次の可能性を考え始めた。


 会社を一つ立て直す段階は終わった。


 今度は、複数の会社を繋いで新しい価値を作る。


 天城玲奈の経営は、少しずつ一社の枠を越え始めていた。

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