39.穏やかな夕食
ノルンとアトラスが先程の青年を連れて戻ってきた頃にはテーブルの上はたくさんの料理で溢れていた。
手を合わせていただきます、と挨拶をして始まった食事はノルンと食べた昼食同様、とても穏やかで暖かかった。
「まぁ。それじゃあソフィアさんはアランの代わりにここへ来てくださったのね」
「はい」
「そうだったのね」
「…でも兄さん、昨日会った時もすごい元気そうだったけど」
「ふふ、そうだったわね」
「はい。今日もいつも通り元気でした」
「ノルンにタックルしてたな」
レオと呼ばれた見たことがあると思っていた青年はアランの弟だった。道理で、とソフィアは思った。
顔こそアランよりつり目気味なものの、綺麗なエメラルドの瞳と少し色素の薄い黒髪はアランとよく似ている。
隣同士に座り会話をする2人を眺める。
二人を前にしていたら、見習い騎手時代の時の同期との談笑が脳裏に蘇ってくるようだった。
「ソフィア様。どうかしましたか?」
静かに微笑むソフィアを見て不思議に思ったのかノルンが声をかける。
「…ん。いや。アランの兄妹は君たちだったのかと思ってな。…見習いだった時からアランは君たちのことをよく話していたよ。肌身離さず君たち2人の写真を持ち歩いていた」
「だな。俺と初めて会った時も自己紹介でいきなりお前たちの話を聞いたからなぁ」
「……」
「……」
懐かしいな、とソフィアが言葉を漏らすと二人はどこか恥ずかしそうに真顔で頬だけ薄らと赤らめてスプーンを持ったまま下を向いていた。
「はは。性格はアランとは真逆だな」
「あいつはもっと喧しいからな」
ソフィアとアトラスの話に固まって俯く二人はどこか年相応で微笑ましかった。
その後夕食を食べ終えそろそろ三人がお暇しようと腰を上げた時だった。
ノルンが何かを思い出したように手にしていたトランクの中から一通の手紙を取りだした。
そしてフローリアに差し出す。
「まぁ。どなたからかしら」
「昨日街に降りたのですがその時にトムさんから師匠にと預かりました」
「そう。わざわざありがとう」
フローリアは手紙を受け取るとノルンに微笑む。
「いえ。それでは師匠そろそろお暇させていただきます」
「ええ。また近いうちに顔を見せてちょうだい」
「はい。また何か御用がありましたらいつでも呼んでください」
「ありがとう。ノルン。ソフィアさんもアトラスもまたいつでも遊びに来てくださいね。今日は夕食が賑やかで嬉しかったわぁ」
フローリアにそう言われるもこういう時咄嗟に言葉が出てこず口ごもる。
アトラスは元気よくおう、と返事をしている。
結局うまく言葉が見つからず、フローリアに礼を述べ頭を下げるのがやっとだった。
こういう時誰とでもすぐに親しくなれるアトラスやアランが羨ましく思えるのだ。
「では、師匠。それではまた」
ノルンも挨拶を済ませ、玄関の扉に手をかける。
すると部屋の奥から急いだような足音が聞こえてきたと思ったら、いつ居なくなっていたのか二階に上がっていたレオが降りてきた。
そしてノルンの目の前までくると、会った時から変わらずの無愛想な表情で、無言で手に持っていたものをグルグルとノルンの首にまきつけた。
それはチャコールにグレーの縦線が入った暖かそうなマフラーだった。
「…外は雪が降っていたでしょ。なのに何でこんな薄着なの。……全く。薬師が風邪でもひいたらどうするの」
レオの言葉に窓の外を見ればたしかに、先程までは降っていなかったのに今ははらはらと雪がまた舞い落ちている。
ブツブツと言いながら、しかし器用にノルンの首にふわふわのマフラーを巻いていくレオ。
ノルンは無言でされるままである。
それをフローリアとアトラスは微笑ましそうに見ている。
「全く兄さんにも会ったんだよね?なんで兄さんも何も言わないんだ」
「……」
最後にきゅ、と首元を結んで、これで完了だと言うようにノルンから手を離すレオ。
確かに気にも止めなかったが、これでもかと言うほど防寒着を着ているアトラスと鎧の自分と比べ、ノルンはコート一枚と、マフラーも手袋も付けず見ている側が寒くなるような格好だった。
「ありがとうございます。レオ。また返しに来ます」
ノルンがマフラーに手を当てる。
そして礼を言うもレオは怪訝な顔を示した。
「いいから。どうせマフラー持ってないんでしょ。あんなに買うように言ったのに。持ってていいから外出る時はつけて」
「ですが、それではレオが」
「いいから。僕は他のものも持ってる」
「…わかりました」
二人の会話を聞いていて頬が緩むのを感じた。
レオに言いくるめられたノルンは渋々といった感じで頷く。
そして今度こそ、ノルンは玄関に手をかけた。
暖かそうなマフラーに顔を埋めながら。
「…では、師匠。レオ。また来ます」
「ふふ。ええ、待ってるわ。アトラスとソフィアさんもまたね」
「おう!」
「…ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「嬉しいわ。ありがとう。三人とも気を付けてね」
手を振るフローリアとその横で無言で立つレオに見送られ、三人は今度こそ帰路へとついた。
 




