37.同期
結局宿舎で寝泊まりすることが難しくなってしまったため、街の宿屋に泊まるしかなさそうだ。ノルンならば場所を知っているだろうか。
ソフィアがノルンに聞いてみようかと思ったその時だった。
「…ノルン!!!!ノルンか!?」
とてつもない大声が背後から聞こえたのは。
驚いて振り向こうとすれば、振り向く前にその人物は気づけばソフィアの隣にいたノルンを力強く抱きしめていた。ノルンはその人物の腕に埋もれ、見えなくなってしまっている。
しばし驚きでその光景に呆気にとられる。ノルンは真顔のまま、驚く声をひとつも挙げず慣れているというふうに身動きひとつ取らなかった。
いや、取れなかったという方が正しいのかもしれないが。
そして真顔のままこれまた慣れた様に突撃をかましてきた者の名を呼ぶのだった。
「アラン。おはようございます」
「…アラン?」
先程隊長と呼ばれた男の名だ。
そしてソフィアがこの地を訪れることになった理由となった男である。
「一週間ぶりだな!また家に篭っていたんだろう!仕事熱心なのもいい事だがあまり家にいると師匠が心配するぞ?」
「… 師匠ではなくアランが、でしょう」
「はは。バレていたか。だが、師匠も心配していたぞ。ま、アトラスが居てくれているから大丈夫だとは思うが…」
「おう!」
元気よく溌剌と話す黒髪で緑の透き通った目が印象的な整った顔をした見るからに好青年と言った感じの男。名前を聞いた時から本当はなんとなく理解していた。
フォーリオと聞いた時から引っかかってはいた。
そうだった。フォーリオはこの男の故郷だった。
久しく会うというのに何も変わっていないこの男を見てソフィアはどこか呆れたようにため息を着くのだった。
「…はぁ。まさかここの隊長がお前だったとはな。アラン」
そこでようやく名前を呼ばれアランは視線をノルンの隣にいたソフィアに向ける。
「ん、君は…」
「…ソフィア様。アランとお知り合いでしたか」
未だアランの逞しい腕に捕らわれたノルンがソフィアを見て少し驚いたように言った。
その瞬間目の前の男はハッとすると美しいエメラルドの瞳を輝かせ顔を明るくした。
「…ソフィア!!ソフィアか!」
「……」
相変わらずの調子のアランに無意識に笑みがこぼれる。
さすがに耳元で叫ばれてうるさかったのかノルンはアランの腕を解いて抜け出した。
「あぁ。久しいな。それよりお前は相変わらず元気なやつだな」
「ん?そうか?いや、それよりも本当に久しいな。いつ以来だろうか。それにしても、君はベルンに配属されたのではなかったか?」
「あぁ。そうだ。だが、誰かの代わりにここフォーリオに派遣されたんだ」
そこまで言うとやっとアランも理解したようだった。元気溌剌といった表情が少ししょんぼりとしたものに変わる。
「…そうか。それはすまないことをしたなぁ。俺の代わりに君が来てくれたのか」
「そうだ。全くお前がここの隊長を務めているとは。驚いた」
アランとは見習い騎士時代の同期だった。
見習い騎手を卒業した後はそれぞれの故郷のベルンとフォーリオに分かれて配属されたため、会うこともほとんど無くなっていた。
しかしそれまではあるもう一人とここに居るアトラスを加えていつも四人で行動を共にした。
「アランとソフィア様が…そうだったのですね」
小さく呟くノルンに頷く。
「あぁ。ノルン。君がアランがよく話していた妹だったのだな。アランの話によると弟もいるらしいが」
「…はい」
アランの弟妹好きは見習い騎士時代から知れ渡っていた。二人への愛をソフィア、そしてもう一人の同期とアトラスは懲りずに聞いてあげたものだ。
ソフィアの言葉にノルンは一呼吸おいて頷いた。それに少し違和感を感じたものの、それはアランの言葉によって遮られた。
「ソフィア。ここに来てくれたということは寝床を探しているんだろう」
「…ん?あぁ」
透き通った瞳はまるでアラン自身を表しているようだとふと、久しぶりに思う。
「すまないな。既に聞いたかもしれないがまだ部屋の準備が整っていなくてなぁ」
「構わないよ。本来ならばまだ一週間先だ。宿屋にでも泊まろうと思う」
「そうか。それは申し訳ない。せめて宿屋代は払わせてくれ」
相変わらず律儀な男だ。
そんな変わっていない姿に笑みがこぼれる。
見習い騎士時代から人当たりがよく誰にでも分け隔てなく親切なアランは誰からも慕われていた。
自分とは正反対の人物だと見習い時代はよく思ったものだ。
「いや。大丈夫だ。ありがとう」
しかしそこまでしてもらうつもりはない。
ソフィアとて騎士として働いている以上金銭面に困ってはいない。そのため断るとアランはいやしかし…、ととても申し訳なさそうな顔をしていた。
まぁこれはアランの気遣いなのだろう。けれど今更宿屋代程度で同期に金を払ってもらおうとは思わない。アランが眉を下げて悲しげに見つめてくるものだから思わずソフィアは視線を逸らす。
すると今まで黙って会話を聞いていたノルンがそっと口を開いた。
「…あ…の…ソフィア様。もしソフィア様がよければ私の家に泊まっていかれませんか。…もちろんソフィア様が宿屋の方が落ち着かれるようでしたら案内致します」
「たしかに部屋たくさん余ってるもんなぁ」
「ノルン、いや、しかし…」
少し遠慮がちに最後にはこちらへの配慮も付け加えて丁寧に述べるノルン。その提案に少し戸惑う。
怪我の手当をしてもらい、昼食までご馳走になり、寝床も貸してもらう。そんな図々しいことはできない。
アトラスも呑気に提案を助長するような事を言わないで欲しいのだが。
善意で提案をしてくれたノルンにどう返すのがいいか少し断り方を考えていると、対照的に隣のアランはまるで太陽でも反射しているようにノルンの言葉に眩しく笑った。
(…嫌な予感しかしない)
「ノルン!それは名案だ!ソフィア!ソフィアがいいならノルンの家に泊めてもらうといい。とてもいい家だ」
そう思った時にはアランは顔を明るくさせてノルンの頭に優しく手を置いていた。
(…はぁ…)
心の中でそっとため息を着く。こちらの考えていることなど気にもとめない様子のアラン。
こんなことも久しぶりだな。
呆れながらもふと笑みがもれる。
優しげに瞳を細めてノルンの頭をなでるアラン。
一応反論を言おうとして口を開いたソフィアだったが、二人の様子をみると観念したように眉を下げた。
「わかった。…ノルン。命を助けて貰った上にとても厚かましいが一晩泊めてもらってもいいだろうか」
「はい。ソフィア様」
ノルンの目線に合わせて少し屈む。
するとノルンはソフィアの言葉に一瞬嬉しそうに雰囲気を和らげたような気がした。
「ん?命?そういえばどうして二人は一緒にいるんだ?」
頭に疑問符をぽんぽんぽんとつけたアランを後にして三人でノルンの家を目指す。
そんなアランが二人の出会いを知るのはもう少し先のことだ。
 




