第18話 容量オーバー
帰ってくれと何度頼み込んでも、ミサイル団は一向に聞き入れてくれない。勇者様に何とかしてくださいと視線を送れば、「あんたが何とかしなさい」と言い残し、僕の背から降りて寝室へ向かわれてしまう。
その後ろ姿をぼんやりと眺めていたのだが、ふらついて壁に手をつかれた勇者様は相当疲労困憊だったのだろう。
僕はこれ以上勇者様に頼ることはやめようと決意した。
「あっ、そうだワン。ワンとコウシロウが料理を作ったからお前も食べるワン」
「ああ、それは名案だな。さぁ、遠慮はいらないから食べるといい」
「こいつらの料理は案外いけるのよ」
ここは僕の家なのだけどと言いかけて、やめた。言ったところで話が長引くだけだと諦めたのだ。
食卓に並べられたご馳走は確かにどれも抜群に美味しかったのだが……そんなことはどうでもいい。
僕はミサイル団に帰ってもらいたいのだから。
「で、一体いつまでここに居るつもりなんですか?」
「そんなのあんたがミサイル団に入りたいって言うまでよ」
どうやら僕が謎のミサイル団なる組織に入ると承諾するまで居座るつもりのようだ。
「ところでお前の名前は何というのだ?」
参ったなと長い溜息を吐き出すと、コウシロウさんが名を尋ねてきた。自己紹介は礼儀作法の基本なので、一応名乗ることとする。
「僕はアーサー・ペンドラゴンと申す者です。ちなみに寝室でお休みになられている勇者様はクラリスと言います」
「アーサーか……では、アーサー。君に真実を打ち明けよう」
「何ですか……突然」
「まぁいいから聞くワン。これはこの世界の存続にも関わる重大な話だワン」
「この世界の……存続、ですか」
真剣な面持ちで何を言い出すのかと思えば、くだらないです。世界の滅亡論など勇者様がいる限りあり得ないのですから。
「クラリスとか言ったな、俺のキングパイソンを屠ったあの女」
「キングパイソン? ああ、あの気持ち悪いセクハラおっさんですか」
「おっさんではないっ! キングパイソンだっ!」
「おっさんでいいわよ」
「問題ないワン」
「ムルサッ、ワーンッ!」
やはり仲間のムルサさんやワーンからもおっさんと呼ばれていたようですね。まっ、おっさん以外の何者でもありませんから、納得です。
「それで、勇者様が何なのですか?」
「それはだな。彼女がこの世界の勇者である以上、彼女は今後命を狙われる可能性がある。それだけじゃない。俺たちの予想ではアーサー、君は彼女のポッケモンマスターなのではないか?」
前回のバトルで僕が勇者様のポッケモンマスターだということに、ミサイル団の皆さんも勘づかれたようだ。
今更隠すことでもないので、僕は「そうです」と頷いた。
「やはりな。だとすれば彼女のポッケモンマスターである君も間違いなくやつらに命を狙われることになるだろう」
「やつら? なぜ僕や勇者様が命を狙われるのですか? 意味がわかりません。それにやつらとは一体誰のことです?」
机に肘を突く品のないムルサさんとは違い、コウシロウさんは上品にティーカップを傾けて一呼吸置き、気障っぽく髪をかき上げる。
「円卓団……そう呼ばれる組織に、だっ!」
「円卓団っ!?」
僕はコウシロウさんの言い放った円卓団という言葉に思いっきり反応してしまい、テーブルに両手をついて身を乗り出していた。
僕の様子を黙って観察していたムルサさんが、「その様子だともう襲われた……後のようね」と口にする。
「通りで勇者が疲れきっていた訳だワン」
納得だと頷いたワーンが、言葉とは裏腹にテーブルのクッキーへ手を伸ばし、口へ放り込む。ボリボリと下品な音を立てながら食べている。
その品性を疑う咀嚼音に、神経質な僕は眉をしかめてしまう。
一体この子はどんな教育を受けてきたんだ。
注意をしようか迷ったが、今はそれどころではない。
「詳しく……聞いても?」
「もちろんだ! そのために俺たちは来たのだからな」
コウシロウさんの話は本来ならばどれも信じ難いものだった。
ミサイル団と呼ばれるコウシロウさんたちが属する組織は、僕たちの住む世界とは異なる次元にある、別の世界の組織だという。
本来ミサイル団の目的は珍しいポッケモンを捕獲することにあるらしいのだが、現在はまったく別の目的で動いているらしい。
それが、各世界の滅亡を防ぐためという、なんともアバウトなものだ。
コウシロウさんの話では、僕たちの世界は宇宙空間と呼ばれる無限の闇の中に浮かぶ星の一つに過ぎないのだという。
宇宙と呼ばれる無限空間には、僕たちが暮らす星と似たような星が数多存在し、異なる文明を築き上げている。
しかし、無限に膨らみ続ける宇宙にも限界はあるらしく、キャパシティオーバー――容量の限界を迎えようとしていた。
宇宙が容量オーバーに陥ると、空間と空間に断続的な歪みが発生する。
その結果、何光年も遥か彼方にある星と星に亀裂が生じ、本来は出会うはずのない人々が出会ってしまう、エラーと呼ばれる現象が発生するのだ。
それが転移者と呼ばれる存在だ。
つまり勇者様のご先祖様も、このエラーと呼ばれる現象が原因で、この世界に迷い込んだ一人なのだとか。
「それが世界の滅亡とどう関係しているのですか?」
「それが大いに関係しているんだ」
コウシロウさんが大真面目に答えると、ムルサさんはティーカップの紅茶から一滴、テーブルに垂らしてみせた。
「いい? たとえばこれが私たちの住む世界だとするでしょ。私たちの世界では魔法と呼ばれる馬鹿げたものは存在しない。けど、この世界には物理法則を無視したそれが存在する」
「それが何か?」
「あなたたちからすれば魔法は別段珍しいものではないかもしれないけど、私たちからすればあり得ないことなの」
いまいち話が見えてこない。
仮に存在しないものが存在したとして、何がいけないことなのだろうか? ないものを補い合えるのならいいことじゃないか。
それに……モンスターポールが存在する世界の方がどうかしてると思うのだが……彼らからすればそれは普通なのだろう。
「そこに魔法……あるいは魔力と呼ばれる未知のエネルギーが加われば……」
ムルサさんは先程垂らした紅茶の上から、ティースプーンで掬った紅茶をかけた。
すると当然、水滴のように丸みを帯びていた一滴が崩壊し、べちゃっと広がりを帯びる。
「こうなるの」
「つまりだ、それぞれの世界にはそれぞれの常識や概念が存在するのだが、転移者が別の世界に赴くことにより、そのバランスが崩壊するということだ」
「それがラクナロクを引き起こすきっかけになるということを、ミサイル団は突き止めただワン」
要するに、無いものがある。
それがそれぞれの世界を破滅に導くきっかけになるということを云いたいのだろうか。
一種のパラドックスだと。
「なんとなくですが……云いたいことはよくわかりました。でも、それと僕たちと一体何の関係があるのですか?」
「うん。そこで問題になるのが円卓団なる組織の存在だ」
円卓団――彼らは様々な世界に赴き勇者と呼ばれる存在を捕獲している。
当然ながら、勇者を失った世界は滅亡の一途を辿ることになる。
それすなわちラクナロクなのだと。
宇宙空間はゆっくり広がり、何れ消滅する。そればかりは避けようのないことらしいのだが。
故意にデータを削除するということは、宇宙に多大なる負荷を与えることへ繋がり、消滅を著しく早める結果になってしまう。
それを防ぐために、彼らミサイル団は一時的に勇者を保護して回っているのだという。
「俺たちミサイル団が円卓団を壊滅させるまで、それまでに一つでも多くの星を救わなければならない」
「ちなみに、宇宙空間とやらはあとどの程度持つんですか?」
単純な疑問をぶつけてみた。
「正確にはわからないが、何億年……あるいはもっと先かもな」
「それ……救う必要あるんですか?」
僕じゃなくても、そう思ってしまうと思う。
だが、ムルサさんは言う。
「それは飽くまで本来ならばの話よ。円卓団がこのまま別世界の勇者を騙し、捕獲を続ければどんどん破滅の足音は加速するわ。最悪一年後には……ってのもないとは限らない」
「一年後っ!? さっきと言ってることが違うじゃないですか!」
「落ち着け、アーサー。本当のところなんて誰にもわからないんだ」
「だからワンたちは最悪の可能性を回避するために動いてるワン」
突然、訳のわからない話を聞かされた僕は、正直混乱していた。
それに眠気が酷くて理解が追いつかない。
僕は考える時間が欲しいと言い残し、とりあえず寝ることにした。
寝室のベッドには疲れ果てて眠る勇者様が居り、僕はその横で静かに眠りについた。




