第六十九話
夜会当日は、朝から大わらわだった。
「では行って来る」
「はい、いってらっしゃいませ、『旦那様』」
わたしは東方辺境諸侯軍の論功行賞を兼ねた解散式で忙しいユリウスの代わりに、レーヴェンガルト男爵の代理として、ユリウスの客間で到着したお客様から挨拶をお受けするというお仕事を頂戴していた。
……本当は、『フォン・クラウス』の名前を戦役の恩賞として貰ったわたしも解散式に出るべきだったんだけど、ユリウスとリヒャルト、代官様やブルグスミューラー伯爵らを交えた相談の結果、招待客を迎えるのにレーヴェンガルト男爵の名代も必要だからと、参加を免除されていた。
「それでは、今後ともよろしくお願いいたしますと、お伝え下さいませ」
「はい、ありがとうございます」
ほとんどのお客さんは王国騎士か勲爵士、あるいは貴族の位を持たない地元の名士で、勲爵士にして明後日には男爵夫人となってしまうわたしの方から挨拶に行って数をこなすというわけにもいかない。
これでも幾分ましな方で、武人を自負する人は解散式に出て直接ユリウスに挨拶を済ませてくれるから、全部で二十組ぐらい、だったかなあ……。
中には、顔見知りのお客さんもいた。
「失礼いたしますぞ、ジネット殿」
「え、マテウスさん!?」
「おうよ! おお、こりゃあえらい別嬪さんになってまあ……」
聞けば『パイプと蜜酒』亭のマテウスさん、ヴェルニエ商工組合の前の議長さんで、街の顔役として夜会にも招待されている名士の一人だった。
驚いたけど、普段から大旦那と呼ばれてるマテウスさんだし、あれだけ大きな冒険者宿のご主人だから、不思議はないか。気付かなかったわたしの負けだね。
唯一、お部屋の外に出られたのは、コンラート様の奥様ユリアーネ様が到着されたので、お迎えに上がった時ぐらいかな。
「ユリアーネ様!」
「お久しぶりです、ジネット殿! それから、あの、お人形、ありがとうございます!」
コンラート様のお姿が見えなかったので聞いてみれば、解散式の会場に竜で直接乗り付けたそうで、前司令官閣下のお仕事でもあるからこれは仕方ない。ユリウスの親友でもあるコンラート様には直接ご挨拶したかったけれど、後回しだ。
もちろん、忙しいのはわたしだけじゃなかった。
お二人の代官は夜会の準備に奔走し、リヒャルトは解散式の恩賞の伝達役という大任があり、マリーはわたしと同じく、リヒャルトの名代としてお客様の応対に追われていた。
……ヴィルトールの王子様の代理を隣国アルールの王女様にさせるなんて、よく考えなくてもおかしいんだけど、そこは両王家が二人の婚約を内々に認めているって事情を知っていれば、そんなものかと頷けてしまう。
そんなこんなで、気付けばもう夕方になっていた。……あまりに忙しくて、今日のお昼はユリウスが置いていった堅焼きパンになってしまったけど、ユリウスは多分、お昼抜きのはずだからまだましだったかもね。
お昼過ぎ、専属のお化粧係がいないわたしの為に、再び『大輪の白百合』服飾工房のダンクマールさんとそのご一行が呼ばれ、大量のお湯を使って数人掛かりで丁寧に全身を洗われた後、髪結いとお化粧と装飾品……とにかく色々、飾られた。
ほんと、大丈夫かな……。
もちろん、わたしが悩もうが悩むまいが、時間は待ってくれない。
夕方のまだ明るいうちに、王子様王女様を乗せた飾り馬車が、騎士の一隊を従えてお屋敷を出発した。
車列はヴェルニエの街をぐるっと一周して、また夜会の会場であるお屋敷に戻って来る。二度手間になるけれど、お祝いの車列とはそう言う決まりなんだとか。
街の中は昨日以上に見物客で溢れ、その人出を当て込んだ物売り屋台も多く出ている。
戦の終わった区切りでもあり、お祭りは付き物だ。
「お待たせ、ユリウス」
「……うむ」
褒めてくれるかなとユリウスの前に立てば、また目を逸らされてしまった。
そりゃあこの『星の大河』、夜会用のドレスだけあって、身体の線がものすごく出るからちょっとわたしも気になってたけど……。
昨日より顔が赤いから、その分だけ許してあげようか。ある意味、分かり易すぎるぐらい褒められてるのと変わりないもんね。
「ね、ユリウス。……二人っきりの時にも着てあげようか?」
「おい!?」
あ、一瞬迷った!
たまには言葉にして欲しくもあるけれど、これがなかなかね……。
遊んでる場合でもないので、早々に切り上げて屋敷の表に向かう。
「俺としては、夜会よりも街頭の警備に駆り出される方が気楽なのだがな……」
「今更でしょ。……解散式の方は無事に終わったの?」
「うむ、王国側がかなりの気遣いを見せてくれた故、大事には至らなかった。金品中心の恩賞の中身には賛否あろうが、一息つけた者も多かろう。もっとも、殿下より例の東方辺境躍進の話が告げられたからな。皆、それどころではなくなってしまった」
昨日と同じく、わたしはユリウスと二人、代官夫妻や招待客に混じってお屋敷の玄関先に並んでいた。みんな着飾っているし人数も多いから、とても華やかだ。
それにしても……夜会服や正装扱いの騎士服よりも、鎧姿の男性が目立つ。
鎧にマントは武人の正装ってユリウスも口にしていたから問題ないんだろうけれど、十歳ぐらいの男の子にも小さな鎧を着ている子がいたりして、ちょっと驚いたよ。
「そうだ、ジネットの恩賞は俺が代わりに受け取っておいたぞ」
「『フォン・クラウス』の称号?」
「うむ。……ああ、一代勲爵士が永代に引き上がっていた」
「……どういうこと!?」
「殿下は結婚の祝いも兼ねている、と口にされていた。元より王子殿下の名付けでは、ジネットの結婚後にそのまま廃名するわけにも行かぬが、永代に引き上げレーヴェンガルト家預かりの嫡子称号とすれば、これは全く名誉なことで角も立たん。……らしい」
らしいって言われても困るけど、問題が起きたわけじゃないし、子供が生まれたら……また考えよう。
でも、困り顔でがしがしと頭を掻くユリウスに、わたしは若干の不安を感じた。
「ユリウスは? 流石に男爵号を前渡しで貰ったから、何もなし……だったよね?」
「いや、それがな。……隣接する王領の一つ、東側のフロワサール領を拝領した」
「……そこって、森ばっかりで誰も住んでないところ、だよね?」
今もその領境の手前まではシャルパンティエ領軍のパーティーが魔物の警戒に出ているから、よく話題に上がっていたお陰で知っている。
但しこのフロワサール領、ほんとに森と荒れ野以外何もなくて、貰っても思いっ切り持て余しそうなんだけど……。
「そうだ。……無事、東方辺境を安寧に導いた功を賞されたのも間違いないのだが、王国は東方辺境躍進に弾みをつけたいのだろう、他にも数名、明らかに過大な評価を下されて領地を下賜され、俺以上に慌てていた者がいたぞ」
「シャルパンティエでさえ、まだまだ開拓し足りないのになあ……」
「殿下には押しつけてごめんなさいと言われたが、恩賞には違いあるまい。中央の言い分だが、ブルグスミューラー閣下曰く、国力の底上げは急務、俺には無人だったシャルパンティエ領を開拓した手腕も期待されている、とのことだった」
どちらにしてもすぐには無理だし、たぶん、同じ開拓をするなら下の湖の方が先だろう。
そもそも、そのお金を何処から捻り出すかがまた問題だ。
「ヴィルトール王家リヒャルト・フォン・ラウエンブルク第三王子殿下、アルール王家マリアンヌ・ラシェル・ド・ラ・クラルテ第一王孫女殿下、ご到着!」
話し込んでる間に、飾り馬車が戻ってきた。わたし達も姿勢を正し、合図を待つ。
「捧礼! 掲げ、剣!」
居並んだ騎士様がざざっと剣を抜き、身体の前で垂直に立てる。
いわゆる剣の礼という、騎士様の見せ場の一つだ。
それに合わせて、わたし達もお迎えのために跪いた。
「出迎えご苦労。皆、楽にせよ」
ばたんと納剣する音が響き渡り、皆が立ち上がって一礼する。
そのまま控え室へと案内されていくお二人を見送り、わたし達もぞろぞろと屋敷の中へ入っていった。
ほんの少しの休憩もなく、主会場への入場はすぐに始まった。
人数が多いから、全員が入場し終わる頃には丁度いい時間になるんだろう。
「ヴェルニエギルドマスター、クーニベルト殿、シャルパンティエギルドマスター、ディートリンデ殿、ご入来!」
あ、ディートリンデさん達だ。ここからじゃ見えないけれど、たぶん、美男美女の組み合わせだから、会場の視線を集めてると思う。
夜会の式次第は、それはもうかっちりと決まっていた。
例えば主会場への入場の順番は、主催者、その補佐役に続いて、身分の低い順に呼び出しがあり、外国からの招待客を挟んで、一番最後に主賓を迎え入れるのが通例だそうだ。
今回なら、主催者はヴェルニエ代官グリュンタール男爵、補佐役がシェーヌ代官リュッセルスブルク男爵で、地元の名士の次に勲爵士や騎士の身分を持つ貴族が呼ばれる。わたしは勲爵士でもあるけれど、ユリウスと一緒に入場するから最後の方になった。
「おい、『洞窟狼』」
「コンラート?」
「例の件は聞いたが、貴様、ダンスは踊れるのか?」
「いや。……しかし、俺だけが踊れぬのなら慌てもするが、その心配がないのでな。気楽なものだぞ」
「……そのうち、王都の夜会に呼びつけてやるとするか」
具体的には、東方辺境にある諸侯家十八家の最後にしてゼールバッハ侯爵夫妻の一つ前で、その後ろには主賓のリヒャルトとそのお相手であるマリーしかいない位置だった。知り合いばかりだから安心だね……と、冗談の一つでも飛ばさないとやってられない気分でもある。
「……そろそろだね」
「うむ」
差し出されたユリウスの腕に、わたしも軽く手を添えた。
さあ、ダンス『の練習』を、無事に終えなきゃ。
手配もしっかり終えたし、『星の大河』のドレスとユリウスがいるから、不安はない。
「レーヴェンガルト男爵ユリウス殿、勲爵士ヤネット・フォン・クラウス殿、ご入来!」
控えの間から会場に歩き出せば、驚くほど広くなっていた。……会場用の広間は柱こそ残っているものの、明らかに幾つかあった部屋を潰して繋げてあるみたいだ。
一番最初の定位置だけは決められていたので、主催のグリュンタール男爵夫妻のすぐ近くで立ち止まり、列に加わる。
「ゼールバッハ侯爵コンラート殿、ゼールバッハ侯爵夫人ユリアーネ殿、ご入来!」
コンラート様は二つ名の『銀の剣士』に相応しい銀の鎧に銀剣で登場され、その腕に手を添えたユリアーネ様は、対を為すように金糸で織られたドレスで会場からはため息が漏れ聞こえた。
いよいよ最後は、主賓のご登場だ。
「ヴィルトール王家リヒャルト・フォン・ラウエンブルク第三王子殿下、アルール王家マリアンヌ・ラシェル・ド・ラ・クラルテ第一王孫女殿下、ご入来!」
リヒャルトは青地に金糸銀糸の夜会服、マリーは薄桃色のかわいらしいドレスでの登場だった。すぐ後ろに、名前は呼ばれないものの、王子様王女様の介添人としてブルクスミューラー伯爵夫妻とラ・ファーベル男爵夫妻が続く。
場慣れした姿は王族らしくもあり、絵に描いたような初々しい若い貴公子とお姫様のようでもあり……ほんと、絵になるお二人だわ。
「お集まりの貴顕に、『東方魔族戦役戦勝祝賀の夕べ』の開式を申し上げる」
主賓の入場が終わると、ようやく夜会の開式が宣言された。
グリュンタール男爵の開式宣言を受けて、緋色の絨毯が覆う一段高い場所にリヒャルトが上り、会場が静まり返る。
「我らがヴィルトールに襲来した魔族は、諸君らの奮励努力によりほぼ一掃された。この東方辺境の地だけでなく、つい先日、北方に於いても駆逐完遂の宣言が為されている。我らは、勝利をつかみ取ったのだ」
リヒャルトは一度言葉を切って、皆を見回した。
「だが……この勝利、ただ祝うには惜しい。故に王国は、辺境の大躍進を決定した。来年初頭より十年で百リーグを目標として、人の住まう大地を東に広げ、更なる開拓と入植を奨励する。詳細は追って知らせるが、現在は最前線となっている土地が後背地に変わる故、諸君らにもこれは絶好の機会となろう」
人の住む地域が広がれば商圏が拡大するし、物も人も流れるわけで、これを放っておく手はなかった。シャルパンティエはダンジョンの利益で経済を回す特殊な土地だけど、魔晶石だって需要が見込める。湖の辺りを開拓すれば、麦だって野菜だって魚だって売りに出せるようになるから、決して他人事じゃない。
「王国としては、尚武の気風に富むその心意気と実力はそのままに、その後背地が文化的にも豊かであれば、とも考えている。今の東方辺境では、ヴェルニエやシェーヌに学舎を用意したところで生徒が集まるとは思えぬ。王都への留学を考える方が現実的であろう。だが、十年後百年後を見据えるならば、種を蒔く時期は、正に今である!」
さあ、リヒャルト一世一代の大勝負が始まる。
「諸君、後ろをご覧戴こう」
演説の合間に、楽団の準備が出来ていた。
……無駄にすごい早業だ。
「見ての通り、楽団であるな。それも王都では名を知られた、人気の名楽士達の一団だ。今回、国王陛下より一声賜り、東方辺境へと同道した。……これまで東方辺境では、楽士が楽を奏でるなど、一切なかったと聞き及ぶ。これを機会に、諸君らにも聞く楽しみ、踊る楽しみを知って貰いたい」
軽く微笑んだリヒャルトは、マリーの手を取って壇上へと誘った。
「最後になるが、望む者には私自らがダンスの基礎を手ほどきさせて戴くとしよう。ダンスを知らぬなら、学べばいい。最初から飛べる雛鳥などいないのだから、恥じることはないのだ」
「わたくしも、リヒャルト殿下のお手伝いをいたします」
「今後の東方辺境が変革するかどうかは、諸君次第である。この夜会で行われるダンスは、その第一歩だと心得よ!」
リヒャルトが合図すると楽団が演奏をはじめ、夜会の幕が上がった。
手はず通り、最初の一曲目は見本と言うことで、リヒャルトとマリーに加え、心得のある代官夫妻とコンラート様夫妻、それにラ・ファーベル男爵夫妻、おまけでリヒャルトの連れてきた騎士様と女官から選ばれたダンスの上手な数人が会場の中央に進み出た。
「見事ですな!」
「ここが東方辺境であるとは信じがたい……」
十組の踊り手は、それはもう見事に、きらきらと輝いて見える憧れの夜会風景を演じきった。
興味のなさそうだった年輩の老紳士達でさえ目を輝かせているのだから、これは大成功の兆しありと見ていいんじゃないかな。
曲が終わって踊り手が一礼すると、会場は拍手と歓声と熱気に包まれた。
でも、ほんとに綺麗でうっとりしちゃったよ。
「ここからは無礼講としましょう。侯爵、頼みます」
「はい、殿下。……さあ、お聞きの通り、殿下は無礼講を命じられた! 遠慮はいらぬ! 男女十名、二十人の踊り手だ、我こそはと思わん者は名乗りを上げよ!」
リヒャルトの隣で、コンラート様が高らかに叫んだ。
……当然、一番はじめに名乗りを上げるのはみんな遠慮したいだろうと想像がつくわけで、わたしの出番が用意されていた。
「はいっ! お願いいたします!」
「……お願い致す」
ダンスなんてこれっぽっちも知らないわたしとユリウスが皮切り役になって、みんなを呼び込むわけだ。
そのまま中央に進み出ると、わたしのお相手にはリヒャルトが手を挙げてくれた。ユリウスは……元から大きすぎるから誰と組になっても目立つけど、マリーに手を差し伸べられている。
「最初は……そうですね、お誘いの作法からいきましょうか」
「えーっと……」
いきなり踊るわけじゃないらしい。
「一曲目は同伴したお相手と踊るのが通例ですが、二曲目からはほぼ自由です。但し、誘うのは男性の側に限られますし、無理強いは御法度です」
「……誘われなかった子は、どうなるのかしら?」
「えー……同伴者が恋人やご夫婦ではない場合、大抵は父親や兄に連れられてきますから、その人の人脈や人望次第……かな? 後は……政治的にお相手を決めることもありますし、礼儀の上で断れない場合、それから……」
「ごめん、リヒャルト。そのぐらいでいいわ」
若くても、流石は王子様。
わたしとしてはリヒャルトを困らせるつもりはなかったんだけど、ほんとごめん。
「では……『一曲、踊っていただけますか、お嬢様』」
「はい、ありがとうございます、貴公子様」
手を出して一礼してくれたリヒャルトに、スカートの裾をつまんで小さくお辞儀する。
「あとはステップと姿勢ですが、基本はこんな感じです」
「うわっ、近いよ!?」
「後は体で覚えましょう!」
「わ、わわっ!?」
アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ。
わたしの生まれて初めての舞踏会は、王子様に振り回されてはじまった。
なかなかすじがいいですよとお世辞を貰い、ようやく解放されたわたしだった。
でも、曲の終わり頃には、足元じゃなくてリヒャルトの顔を見る余裕も出てきて、ちょっと楽しかったかな。
アリアネじゃないけど、憧れの舞踏会を体験できたのはとても嬉しい。
ユリウスの方は気疲れが過ぎたのか、今はワインを手に一息ついている。
「ユリウス、大丈夫?」
「マリー殿下の足を踏んでなるものかと、気を張りすぎた」
「……そうね」
会場を見渡せば、夜会はとてもいい空気に包まれているように思える。
リヒャルトとマリーは少し大変そうだけど、踊っている人もいれば、談笑している人もいた。
いきなりのダンスには反発する人が出るかなと心配していたけれど、これだけ笑顔が多いなら、大丈夫そうだ。
「舞踏会は紳士淑女にとっての戦場でもあると、常々コンラートに吹き込まれていたが、自然体でよいのだな。……うむ?」
「レーヴェンガルト男爵ご夫妻、少し失礼いたしますわね」
「ヒルシュフェルト夫人、それにケッセルシュラガー夫人。お昼はお部屋を訪ねて下さいまして、ありがとうございました!」
わたしとユリウスの元にやってきたのは、お昼にご挨拶をしたうちで年輩のご婦人方だった。確か二人とも、領地持ちの王国騎士の奥方様だったように思う。
「ジネット様、失礼を承知でお尋ねいたしますが……」
「はい?」
「貴女様が『夜風』様の後継となられたのですか?」
「……『夜風』様!?」
聞いたことがないけれど、誰だろう……?
「そのドレス、『星の大河』ですわよね?」
「『夜風』のパウリーネ様のこと、ご存じでしょう?」
もちろん、この『星の大河』をわたしに贈って下さったのはパウリーネ様だけど、『夜風』様の話なんて初耳だ。
ユリウスに目だけで尋ねると、小さく頷かれた。
「失礼、ご婦人方。自分が『孤月』の跡目を継ぎます。彼女もまた、パウリーネ殿から薫陶を受けておりますが、未だ話が通っておらぬはず。……先月は叙任で明後日は結婚と、お披露目こそ今日となりましたが、身辺が落ち着くまでは今しばらくお待ち戴きたい」
「まあ、そうでしたの」
「私達もそろそろ代替わりの時期、娘か孫に継がせましたならば、是非懇意にしてやって下さいまし」
老婦人達は、それだけを告げて人の波に消えていった。
流石にこれはそのまま流せないと、ユリウスに向き直る。
「ユリウスは何か知ってそうだけど……『夜風』様の後継って、何かあるの?」
「『夜風』は無論、パウリーネ殿の二つ名だが、『孤月』と共に、国王陛下の耳目たる役を与えられていると聞いた。まあ、時々手紙をとりまとめて王都――ファーレンシルト男爵に出すぐらいで、難しく考える必要はないそうだが……」
「……大変なことじゃないの」
「いや、人々の暮らしぶりや出来事などを隠さず誇張せず書いて送るだけ、らしいぞ。……王政府にも貴族院にも内密、というおまけつきだがな」
ユリウスはわたしから視線を外し、夜会の人々に視線を向けた。
「ジネット」
「なあに?」
「『孤月』とパウリーネ殿にはな、静かな暮らしを贈りたいと、俺は思うのだ。それを手伝ってくれないか?」
ユリウスにとっては育ての親も同然のお二人で、わたしにも義父母のようなお二人で……。
そっと、ユリウスの手に、手を伸ばす。
「……そうだね。わたしとユリウスなら、それが出来るのね」
「すまんな」
「ううん、いいよ」
小さく、握り返された。
「ねえ、ユリウス」
「うむ?」
「せっかくだし、二人で踊ってみない? 下手は下手同士で、楽しいかも!」
「ふむ。では……『一曲、踊っていただけますか、お嬢様』」
「はい、喜んでお受けいたします!」
わたしはユリウスに手を引かれ、笑顔で踊りの輪に入っていった。




