第八章第一話
2014年、春。ついに創設された「J3リーグ」への参入を控え、「プリズンガーディアン島根」のミーティングルームには、これまでと異なる緊張感と高揚感が漂っていた。
スーツ姿の門倉オーナーが立ち上がり、集まった選手たちを見渡す。
「みんな、いよいよJ3の幕が開く。今日ここで、俺たちの新たな挑戦を支える新体制を発表する」
門倉の呼び込みに応え、まず前へ進み出たのは二人の異色の指導者だった。
「今季からチームの指揮を執る、監督の法条だ。本業は弁護士をしている。法令や契約だけでなく、ピッチ上の戦術理論においても厳密な論理と戦略をもって勝利を掴み取る。よろしく頼む」
鋭い眼光と知性あふれる佇まいの法条監督が深々と一礼する。続いて、柔らかな笑みを浮かべた男性が口を開いた。
「コーチを務める神田です。本業は地元で開業医をしています。過酷なJ3を戦い抜くみんなのコンディション管理と、医学的アプローチに基づいたフィジカルトレーニングを担当します。怪我や疲労の懸念があれば、いつでも相談してください」
弁護士監督に、開業医コーチ――。ライセンスを保持しながら本業と指導者を両立させる二人の着任に、公務員として二足の草鞋を履く響木をはじめ、アマチュアの選手たちも大きく頷き、頼もしそうに拍手を送った。
「そして――Jリーグ参入条件を満たすとともに、チームの戦力を根底から引き上げるために加わった、3名のプロ契約選手を紹介する」
門倉の声に導かれ、ピッチウェアに身を包んだ若き3人の戦士が前へ躍り出た。
「J1の下部組織から移籍してきた守護神、GKの桐生だ。最後方は俺が全部締める。よろしく」
鋭い反射神経と圧倒的な威圧感を纏う大型ゴールキーパーの桐生。
「J2クラブから戦力外を受け、再起をかけてここに来ました。ボランチのMF・黒木です。中盤の刈り取りなら誰にも負けません」
武闘派の匂いを漂わせるプレッシャー重視のボランチ、黒木。
「同じくJ2経験者で、サイドを切り裂くMF・早坂です! 響木さんの足元に、最高のクロスを供給しにきました!」
俊足と精密なキック精度を誇るサイドアタッカーの早坂。
プロの厳しい世界を経験してきた3人が自己紹介を終えると、続いて県リーグ時代から泥臭くチームを支え続けてきた生え抜きの社会人プレイヤーたちも、笑顔で前へ乗り出してきた。
「ようこそ島根へ! 俺は地元の農協で働いてるCBの大河原だ! 体力とパワーならプロ相手でも負けん。後ろは桐生と一緒に鍵をかけるから安心してくれ!」
巨漢CBの大河原が豪快に笑いながら太い腕を叩く。
「信用金庫で営業をやってます、サイドアタッカーの藤井です! 平日は営業で街を走り回り、休日はピッチを爆走してます。早坂くん、右と左で相手のサイドをズタズタに切り裂こうぜ!」
爽やかな営業スマイルを見せる快速サイドアタッカーの藤井。
「高校で体育教師をしております、ボランチの石川です! 我々の武器は本業で培った体力と、サッカーへの熱い情熱です。黒木くんと共に中盤で泥臭く身体を張り、響木さんへ最高のボールを繋ぎます!」
熱血ボランチの石川が力強く胸を叩いた。
公務員の響木をはじめ、農協、信用金庫、高校教師――個性豊かで温かい「兼業プレイヤー」たちの歓迎に、新加入のプロ3名は一瞬気圧されつつも、その胸にある純粋な情熱を感じ取っていた。
しかし、Jリーグの舞台を経験してきたプロとしてのプライドゆえ、彼らは密かに半信半疑の目も向けていた。特に、ヘディングを一切封印しているという噂の元バロンドーラー・響木蒼生に対しては。
「本当に……ヘディングなしでプロのJ3で通用するんですか?」
練習前、GKの桐生が率直な疑問を響木にぶつける。
「試してみるといい。ミニゲームで僕と対峙してみなさい」
法条監督が静かに微笑み、実戦形式のトレーニングが始まった。
新加入のMF黒木と教師ボランチの石川が中盤で激しい奪い合いを見せ、MF早坂と信金サイドアタッカーの藤井がサイドから鋭い低空クロスを供給する。相手ゴール前で待つのは、大型GK桐生と農協巨漢CBの大河原。
響木は空中戦の競り合いには一切参加しない。しかし、早坂のクロスがDFの足元を抜けたコンマ数秒――。
桐生が「ボールを押さえ込める」と確信したコンマ一瞬の死角へ、響木は影のように滑り込んだ。
桐生の指先が届くコンマ数ミリ手前。響木は右足のアウトフロントでボールの軌道を僅かに変え、ノータッチのままゴールネットを揺らしてみせた。
「……なっ!?」
ボールを取りこぼした桐生が、目を丸くして固まる。大河原も口ぐせのように「マジかよ……」と呆然と立ち尽くしていた。
「僕が狙うのは、相手の視線と意識が切れるコンマ数秒の“エアポケット”だ。桐生くん、君のポジショニングの癖、コンマ一秒の目線の揺れは完璧に把握させてもらったよ」
静かに微笑む響木。黒木も早坂も、そして桐生も、息を呑んでその佇まいに圧倒されていた。
プロとしてのプライドを持っていた3人の胸に、
「この男となら、この個性的で温かいチームとなら、J3どころかJ2、J1まで駆け上がれる」という猛烈な熱量が燃え上がった。
弁護士監督、開業医コーチ、公務員ストライカー、頼もしい生え抜き社会人たち、そして新たに加わった3人のプロ選手。
異色の新体制を整えた「プリズンガーディアン島根」が、2014年、J3リーグという新たな戦場へ向かって力強く動き出した。




