第八章第六話
勝てば文句なしの「J3優勝」、そして悲願の「J2昇格」が決まる2014年J3リーグ最終節。
超満員に膨れ上がったホームスタジアムは、濃紺のユニフォームや手作りの応援旗を掲げた地元・島根のサポーターの熱気で包み込まれていた。
スタンドには、公務員としての響木の職場の同僚たち、農協や信用金庫の仲間、石川先生の教え子である高校生たちの姿もある。地域全体が固唾をのんで見守る中、運命の90分間が始まった。
試合は最終節に相応しい死闘となった。
相手も生き残りを懸けて死に物狂いで襲いかかってくる。激しい肉弾戦の中、農協CBの大河原が泥まみれになりながらハイボールを弾き返し、守護神GKの桐生が間一髪の超ビッグセーブでピンチを凌ぐ。
『1 - 1』の同点のまま迎えた、後半アディショナルタイム3分。これがラストプレイ。
仕事上がりの過酷なアウェイ遠征、深夜バスでの移動、日中の粛々としたデスクワーク――。
二足の草鞋を履き、泥臭く駆け抜けてきたシーズンのすべてが、この一瞬に凝縮されていた。
「一本……絶対に繋ぐぞ!!」
中盤で武闘派CH黒木が鬼気迫るタックルでボールを奪い取ると、体育教師CH石川が倒れ込みながら前線へ魂のパスを出す。
右WBの信金マン藤井が残された力を全て絞り出して爆走し、ペナルティエリア手前へ鋭い低空クロスを送り込んだ。
相手CB陣は、飛び込んできたプロ契約WB早坂を警戒し、ペナルティエリア中央を固める。
だが――響木蒼生が見ていたのは、その激戦区のわずかコンマ数センチ外側、相手の視線が途切れた「絶対的なエアポケット(死角)」だった。
響木はあえて一歩引くバックステップで、DFの影へと姿を消す。
藤井のクロスがDFの足元を抜け、静寂が訪れたコンマ一秒。
そこには、完全なるフリーで右足を合わせる態勢を整えた背番号9の姿があった。
「決めろ……響木さんッ!!」
響木はボールの勢いを殺さず、右足インサイドでボールの軌道を鮮やかに変えた。
吸い込まれるような美しい弾道を描いたボールは、相手GKの伸びた手の先を抜け、右サイドネットへと突き刺さった!
ドスッ――!
『2 - 1』!
直後、スタジアムの屋根を吹き飛ばさんばかりの大歓声を切り裂くように、主審の長笛が三度響き渡る。
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
「試合終了―――ッ!! 勝ったのはプリズンガーディアン島根!! 2014年J3リーグ初代王者!! そして……夢の『J2昇格』決定です!!」
実況の絶叫とともに、ベンチから控え選手やスタッフが一斉にピッチへと雪崩れ込んだ。
スーツ姿の弁護士・法条監督と、白衣を脱いで駆けつけた開業医・神田コーチが力強く抱き合う。
ピッチの上では、農協CBの大河原、信金WBの藤井、体育教師CHの石川が、大声をあげて泣きながら響木に飛びついてきた。
「響木さん……! やった……! 俺たち、本当にJ2に行くんだ!!」
「みんなの繋いでくれたボールのおかげです。最高のシーズンでした」
新加入のプロ契約3名(桐生・黒木・早坂)も、公務員や社会人メンバーと肩を組み、溢れる涙を拭おうともせずに空を仰いでいた。半信半疑から始まったシーズンは、いつしか言葉にできない深い絆で結ばれていた。
スタンドを見上げれば、手振りの横断幕を掲げた職場の同僚たちや市民が、涙を流しながら大歓声を送っている。
公務員として誠実に地域に寄り添い、ストライカーとしてヘディング封印の美学を貫き通した響木蒼生。
二足の草鞋を履き、泥臭く駆け抜けた挑戦は、「J3初代王者」「J2昇格」という最高の結実を迎えたのだった。




