第八章第四話
J3リーグが開幕し、怒涛の破竹の勢いを見せる
「プリズンガーディアン島根」。しかし、シーズンが進むにつれてチームを襲った最大の試練は、対戦相手の強度以上に「アウェイ遠征の過酷さ」だった。
J3リーグは北は東北から南は九州まで全国にクラブが点在する。プロ専業のクラブが前日に新幹線や飛行機で移動し、万全のコンディションを整える中、島根の選手たちの現実は過酷を極めていた。
金曜日の午後5時15分。
公務員の響木は職場での業務をきっちり終えると、大急ぎで着替えを済ませ、荷物を抱えてクラブのマイクロバスへと向かう。そこには、農協での出荷作業を終えたCB大河原、集金を終えた信金マンのWB藤井、部活動の指導を終えた高校教師のCH石川が、疲労を滲ませながらも集まっていた。
「みんな、今週もお疲れ様。今夜は関東までの長距離移動だ」
本業が開業医である神田コーチが、バスに乗り込む選手一人ひとりに水分補給のサポートと圧縮ソックスを手渡す。
深夜の高速道路を走るバスの車内。
狭いシートで身体を縮め、少しでも疲労を抜こうと目をつむる生え抜き社会人メンバーたち。
「……くそっ、やっぱり長時間のデスクワークの後に深夜バス移動は、腰にくるな……」
藤井が思わず漏らした呟きに、大河原が苦笑いしながらバンテリンを差し出す。
プロ契約として加入したGK桐生、CH黒木、WB早坂の3人は、そんな社会人メンバーの過酷な日常と、それでも弱音を吐かずにピッチへ向かう姿を静かに見つめていた。
「桐生、黒木、早坂。僕たちの移動環境は恵まれているとは言えない。だが、これを言い訳にすることはないよ」
静かな声で語りかけたのは、響木だった。
彼自身、かつて欧州最高峰のチャーター便移動を経験してきた男だ。しかし今、過密日程と狭いバス移動の中で、一切の不満を見せず、黙々と神田コーチのアドバイスに従ってセルフケアとストレッチに集中している。
「僕たちが背負っているのは、島根の街と、日々の仕事を全力でこなしながらサッカーを愛するプライドだ。過酷な移動も、仲間と戦うための貴重な時間さ」
響木の澄んだ瞳とストイックな姿勢に、プロ契約の3人は胸を打たれる。
「響木さん……分かりました。明日のアウェイ戦、俺たちプロ契約組がいつも以上に走って、仕事上がりのみんなの足をカバーします!」
武闘派ボランチの黒木が拳を握り締め、大型GKの桐生も力強く頷いた。
翌土曜日のアウェイゲーム。
【3-4-2-1】のシステムで挑む島根だったが、移動疲労から前半は足重く、相手の猛攻に晒される苦しい展開となった。
しかし、プロ契約の黒木と早坂がピッチを縦横無尽に走り回り、セカンドボールを死に物狂いで回収。最後方では桐生が圧巻のセービングでゴール死守する。
「社会人組を疲れさせるな! 今度は俺たちがチームを支える番だ!」
プロ契約選手たちの熱い気迫に触発され、後半、生え抜き組のエンジンがかかる。
体育教師の石川が執念のタックルでボールを奪い、信金マンの藤井が疲労で悲鳴を上げる足で右サイドを爆走。前線へ絶妙な低空グラウンダーを送り込む。
そして最後は、コンマ数秒の“エアポケット”へ潜り込んでいた響木蒼生が、冷徹なダイレクトシュートで決勝ゴールを叩き込んだ。
『1 - 0』!
泥臭く掴み取ったアウェイでの価値ある勝利。
試合終了のホイッスルとともに、ピッチ上に倒れ込む選手たち。プロ契約も、公務員も、社会人も関係なく、全員が笑顔で抱き合い、肩を組み合った。
「ナイスゴール、響木さん! 最高の遠征になりましたね!」
「ああ。みんなの繋いでくれたボールのおかげだ」
過酷な長距離移動と「二足の草鞋」という試練は、プリズンガーディアン島根の絆をより強固で強大なものへと昇華させていた。




