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ある夏の夜

 「で…?どうしてあんなところまで来たんだ。僕が嫌がるのがわかっていただろう。それとも僕が嫌がるとわかってわざと…かな?」


 宮殿内の自室に戻った途端アメディオが口を開く。

 メラメラと魔法石の中で炎が蠢いている。それを横目に見ながら自分の頬を掠めないことを祈る。


 「そんなことはありません!急ぎの用事ならばと思っただけで…」


 頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。何故かアメディオはあの騎士団寮のあたりにクロエが来るのを嫌がるのだ。


 「まあ今回は良いよ。僕は寛大だからね。許してあげるけど、今後は二度と僕の許可なく騎士団寮に近づかないでね。」

 にっこりと笑うが、今はその完璧な微笑みがむしろ恐ろしい。


 「そうそう、それで用事っていうのがね」

 微笑んだままアメディオはこちらに歩み寄る。


 「イズモから来てるヤマトっているだろう。そいつを見てきて欲しいんだ。ほら、招待客用の宮殿あるでしょ、あそこに案内してるから。おまえ、得意でしょ。」

 「…ヤマト様を…ですか…?しかし、他国の要人に対してそれはあまりにも無礼な…」

 言いかけたクロエの頬を火球が掠める。髪が数本焦げた匂いがする。はっと息を呑む。


 「口答えしないでくれる?何のためにおまえを飼ってると思ってるの。さっさと行って?」

 微笑みが消えた冷たい表情で剣に手をかける。


 これ以上怒らせては何をされるかわかったものではない。俯いたまま深呼吸をして、艶やかな毛並みを光らせながら走り始める。


 アメディオはいまいましそうにその姿を見送る。

 「…まあ、こんな他国で魔法の力なんて使うわけないと思うけどね。念のため、見張っておかないとね。それに…」

 「別に見つかってもアレ一匹の責任にできるしね、エリズ?」

 アメディオは隣の部屋に呼び掛ける。


 「あら、アメディオったら悪いことを…そんなことをしたらあの子猫ちゃんが可哀想じゃない。私なら大丈夫よ…待つのは得意だわ。」


 キイ…と部屋のドアが触れてもいないのに開く。返事を返したのはエリズという美しい女だった。長い黒髪は腰まで届き、毛先は煙のように燻っている。真紅の瞳は大きく妖しく光っている。


 「ああ、エリズ…君は本当に美しく思慮深い人だね…僕は早く君を正式な妃として国中に自慢したいよ。」

 「まあ、アメディオなんて事言うのかしら。そんなことをしたらあの子猫ちゃんの立場はどうなるの?私はそんな可哀想な事できないわ。だから…ね?」


 エリズはアメディオに向け両手を伸ばす。まるで世界中の人間を慈しむかのような穏やかな微笑みを浮かべて。それに答えるようにアメディオも歩み寄り、折れそうな肢体を抱き寄せる。


 「わかっているよ、エリズ。だからもう少し待たせてしまうけど…もう少しだから。」


―――3年前―――


 昼間の暑さが残るある夏の夜、エリズはアメディオの前に姿を現した。急に現れた美女にもちろん警戒心は抱いていたが、それ以上にエリズは魅力的だった。


 自分の国にはいない異国の魅力なのか、真紅の瞳に見つめられるともうそれしか見えなくなるのだ。長い黒髪の燻った毛先から香る甘い匂いにも心を奪われた。

 加えてその声だ。女性的ではあるが、甘く低い囁くようなそれは、常にアメディオの心をくすぐる。


 アメディオは出自もわからない、もはや人間かすらもわからない妖しい魅力に取り込まれてしまった。


 「エリズ、君はどこからきたんだ。そしてなぜ王宮の、こんな深くまで入ってこれたんだい。」


 いつだったかアメディオはそう聞いたことがある。


 声を出さず、瞳と口元だけで微笑んだ彼女は囁いた。


 「あら、気になるの?そんなことはどうでもいいことだわ。私とアメディオ、あなたがここに存在している。それ以上大切な真実はどこにあるのかしら。」


 ただ…とエリズは続ける。


 「あなたが王として成るためには、きっと私が必要となるわ。」


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