それからのこと。
一年の終わりとなる冬至祭でヨアヒムは正式に公爵に任命され、その場で王女ディアーナとの婚姻も発表された。教会法で男子は14歳、女子は12歳から婚姻が認められているため、1週間後に控えたディアーナの12歳の誕生日に婚姻届が出されることとなる。
その後もヨアヒムとディアーナは、王立学院卒業までしばらくは別居婚となる。婚姻を知らされ、ディアーナと初めて対面したヨアヒムが彼の父や兄のように最敬礼でもってしばし動かなくなったのはいい思い出、ではなく、未だにやってしまう行動であった。その度に新妻とその家族をしっかり困惑させている。
心労が嵩んだ前公爵夫人は気候の温暖な南方の港町で長期療養することとなり、使用人を一人だけ連れて向かった。今後は、たまたま売りに出されていた小さな一軒家で暮らすことになるが、近くにあるシャルドン商会の支店の商会員が様子伺いに来てくれるという。ヨアヒムとは違って体躯の良い男達だから夫人も安心だろう。
また、港町で夫人は海を隔てた美しい緑の島国、ネミ王国からやって来た使用人を新たに雇い入れたという。とても親切な女性で、様子伺いの商会員とも微笑ましい仲だとか。
婚姻によって義理の息子、義理の弟となったヨアヒムは国王と王太子とアップル・ブランデーを飲み交わして散々嬉し泣きされ、気絶しそうなほど強く抱きつかれた。父子揃って下戸らしい。ついでに酔ったときの行動も一緒だ。
義理の母となったメティスからは、とある別荘の権利書をぺらりと渡された。ネミ王国とヴァレンティーノ王国の間を行き交う定期船が出る港町にあり、夫と継息子、娘と家族水いらずで過ごすために購入した一軒家らしい。くれるというが、なんとか拝み倒して幾ばくか支払わせてもらった。値下げならぬ値上げ交渉の結果、高級な馬車一台分くらいの値段に落ち着いた。これ以上値段を釣り上げるなら船もつけると脅されたのだった。王家こわい。
前公爵と元公爵長男はそれぞれエリ、サミューと名乗り、シャルドン商会の支店で精力的に働いているらしい。物腰や振る舞いはどうみても高位貴族のそれだが、偉ぶることもなく力仕事や雑用も嫌がらない2人は支店でも重宝されているらしい。帳簿をつけさせても正確で、接客から仕入れまでなんでも熟すといい、近々オープンする細身男性用の洋品店を2人に任せる話も出ている。
婦人用の商品が主力のシャルドン商会では新たな試みで、まずは港町に実験店舗を置くことになっている。逞しい体つきが好まれる王国だが、港町には様々な国の人々が訪れる。そうした人々で様子見というわけだ。
2人は働きすぎが玉に瑕だと支店長から報告を受けているので、きっちり勤務時間を守るよう前公爵夫人に口添えを頼んでいる。
『殿下のデビュタントを彩るドレスを贈る栄誉を、どうか私めにお与えください』
細いプラチナの鎖にラピスラズリを散らしたブレスレットとともに贈られたヨアヒムからの手紙には、角が丸みを帯びた優しい文字が整然と並んでいた。
春の訪れを待って大々的に行われる婚姻式では王妃のドレスを手直しして着ることになっている。本来、王家と公爵家の婚姻ならば、婚約期間に生地から宝石から選び抜いてドレスを仕立てるものだ。ヨアヒムはそのことをひどく気にしていたが時間もない上に、王家には細々とした仕来りがあるため新たにドレスを仕立てることが叶わなかった。その代わりがデビュタントのドレスなのだろう。
夫の瞳の色の宝石と自身の髪の色をあしらったブレスレットと手紙の文面から滲む誠実な人柄に、ディアーナの頬が緩む。
『だんなさまはすらりと背がお高くていらっしゃるから、シンプルなデザインがお似合いかと思いましたの。ロング丈もきっと素敵に着こなされるのでしょうね』
ディアーナは普段着から夜会で着るような盛装まで、自らデザインして仕立てさせた服を領地の公爵邸に山ほど贈った。
普段着には貝殻から作った虹色のボタンを、盛装にはプラチナの糸をさりげなく織り込んだ生地を使ったので完成まで時間がかかったが、なんとか冬の間に間に合った。次に会えるのは冬が終わり、花の月になってから。王都にやって来た夫に自身の色を、自身のデザインを全身に纏わせたかったのだ。ネミの女の、海より深い執着心がぬらりと鎌首をもたげた。
「お覚悟くださいましね、だんなさま」




