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蒼い月光と紅い皇炎   作者: 秋水
9/16

第9話 夏休みの終わり、新たな仲間と知りたくなかった真実

投稿遅れましたが、9話無事投稿しました。

結局僕は、始業式の前日まで城に泊まっていた。勿論僕自信は早々に寮に戻りたかったのだが、伯父様や夢依に引き止められてズルズルと長居をしてしまった。始業式の前日にようやく開放され、久しぶりに寮の自分の部屋に帰ってきた。暫く留守にしていたせいか、凄く埃っぽかった。


「ん……仕方ない、少しばかり掃除するか」


コートをハンガーに掛け、窓を全開に開き掃除を開始した。はたきで本などを優しく叩くと、埃が結構な量の落ちてきた。


「うわぁ……こんなに汚かったっけ、僕の部屋……」


苦笑しながらもすべての本や家具などの埃を落とし、すべて箒と塵取りで集めゴミ箱に捨てた。


気がつく頃にはお昼過ぎになっていた。掃除に夢中になるあまり、風呂場や窓や玄関なども掃除していたからだ。


「そうか……そう言えばもう昼か」


一息入れるためにコーヒーを淹れ、ソファーに腰を掛けてゆったりとしていた。窓から入ってくる夏独特の生暖かい風を感じながらまったりとしていた。


「ふぅ……こんな静かな日も、凄い久しぶりな気がするな……」


独り言のように呟き、暫くの時間本を読んでいた。夏休み中盤、エーテルに帰る前に雅が翻訳してきてくれた魔道書みたいなものだ。小さく声に出して呼んでみても、途中で仕えたり止まったりと覚えるのに時間がかかりそうだった。


「…………」


読んでいる最中、父様の言葉を思い出して黙りこんだ。


(近々グライエンとユスティアは戦争が起きる……)


もし実際に戦争に巻き込まれたら、夢依を守りながら戦えるのか……それが一番不安で仕方なかった。戦争は国同士の殺し合いみたいなもの、何時何処から攻め込んでくるかもわからない。そんな中、本当に夢依を守り切ることが出来るか……ずっとそのことばかりを考えていた。


「出来ればこの魔法だけは使いたくない……誰も、巻き込みたくないから……でも、いざという時の為に覚悟を決めておかなければいけないのもまた事実……」


一人悶々と悩んでいると、背後から雅が出てきた。


「あら、何をしているかと思えばゆったりしていたのね」


クスクスと笑う雅に視線を移すも、僕は真剣な顔を決して崩さなかった。


「雅か……どうしたの?」


「いえ、特に用は無いんだけどね……どうしてるかなーって思ってね」


「何だ……そうか」


「……やっぱり、戦争は怖い?」


「……」


雅に再び視線を移すと、雅も真剣な表情になっていた。僕の心情がダイレクトに感じれたらしく、雅は冬風が少しでも安心できるようにと相談に乗った。


「そう……だね、正直言うと怖いよ。十数人程度の相手ならそこまででもないんだけど、相手は数千……いや、数万人以上もあるか。そんな大軍勢を相手に夢依を守れるのかってのが一番の心配事かな」


「……そう。でもね、それは決して誰にも分からないことよ。何事もやってみなくては分からないし始まらないもの」


ウィンクをしながら親指を立てる雅、呆れたように短いため息を吐いた後にクスッと笑った。


「確かに……今考えても仕方ないもんな」


「そうよ、そういうのはその時になってから考えなきゃ」


「それは遅い気がするんだけど……」


苦笑しつつも突っ込むが、雅はクスクスと笑いながら頭を優しく撫でた。


「ふふふ、まぁ……私も力を全部貴方に預ける、だから……頑張りなさい」


「うん……」


2人が話し終えて少し時間がたった。そろそろ部屋の掃除を再開しようとした瞬間、ドアを誰かがノックする音が聞こえた。


「はーい」


掃除の手を止め、玄関に向かいドアを開けた。すると、目の前に立っていたのは淳だった。


「おう、久しぶりだな」


「久しぶり。何時頃帰ってきてたの?」


「さっきな」


「そうなんだ」


「上がってもいいか?」


「散らかってるけど、それで構わないならどうぞ」


「じゃあお邪魔する」


淳は苦笑を微かに浮かべながら部屋に入った。部屋の有様を見て笑っていた。その後に淳は手に持っていた菓子折りをテーブルの上に置き、ソファーに腰を掛けた。


「これ実家から持ってきた土産だ。中は開けてからのお楽しみだが、なるべくなら冷暗な場所に置くことをお勧めする」


「ありがとう、コーヒー飲むかい?」


「頂く」


台所に向かい、コーヒを淹れて淳に渡した。

淳は美味そうにそのコーヒーを飲んだ。


「そう言えば、お前が淹れたコーヒーを飲むのは初めてだが……意外と美味いな」


「意外……は余計だけどね」


苦笑すると、淳も苦笑していた。


「さっきまで女性の話し声がお前の部屋から聞こえてたが、雅が来てたのか?」


「そうだよ。用事があるとかで神界に戻っちゃったけどね」


「そうか」


「うん……雅に何か用事?」


「特に用事というものは無いのだが……お前のその格好は何時まで続くんだ?」


「へ……?」


僕は自分の体を見た。すっかり忘れてたと言わんばかりに唖然としていた。


「あっ……」


「明日始業式だろ、どうするんだ?」


「こ、今夜どうにかしてもらうよ」


僕と淳は苦笑し、その状態で暫くの間話し込んでいた。エーテルの事を話していると、淳は話を聞いてる最中安心したような表情で聞いていた。


「……そうか、それは良かったな」


「うん、これで何時でも帰ることは出来るようにはなったんだけど……正直あまり帰りたくはないんだ」


その言葉を聞いて淳が首を傾げた。


「何でだ?」


「理由はいくつかあるんだけど、まず1つ目はあの事の事を余り思い出したくない。許されたんだけど、僕はまだ自分のことを許していないんだ。あそこに行くと悔しさと後悔で押し潰されそうになるんだ。あの時僕がもっと強ければ、忍の事をもっと気にかけていれば……てね。僕はあの時の自分のことを許すつもりもないし、だからといって忘れる事も出来ない」


「それは仕方ないことだ、力があったとして、忍を気にかけていたとして……殺さずに済んでいたのか?」


「それは……」


「どっちにしろ、こうなる運命だったんだろうな。だからそんな事気にするな」


「そう……なのかな」


「多分な……それで、もう一つは?」


「もう一つは……ごめん、言えないんだ……」


「……何故だ?」


俯いて口を紡いだ。父様が言っていた戦争、確証がない上にこんなこと言われたら誰だって戸惑うに決まっている。しかもこんなことを急に言われて、信じてくれるとも限らない。だから、口を紡いだ。


「…………ごめん、どうしても言えないんだ」


「そうか……まぁ、深くは詮索はしない。お前がそういう時は、何か考えがあってのことなんだろう?」


「まぁ……」


安堵の溜息とともに、頬に伝い落ちた冷や汗を拭った。もっと深く追求してくると思っていたからだ。


(……それにしても、今日の淳……なんか変だな)


少しの沈黙の時間が訪れ、僕はこう思った。いつもの淳だったら、もうちょっと口数というか苦笑は多くても笑うことなんて滅多にない。


「……ねぇ、もしかして実家で変なものでも口にしたの?」


「は?!」


気がついた時には、口に出していた。


「何でだよ」


「いや……淳って普段あまり笑わないじゃん、苦笑だけでいつも無愛想だから……何かあったのかなーって」


「無愛想って……お前だけには言われたくなかったけどな」


淳はいつもの苦笑を浮かべ、僕も苦笑を浮かべていた。


「まぁ……妹に言われてな」


「妹さん?」


「あぁ……今病で入院中なんだけどな、この前あった時に無愛想過ぎだと指摘されて……その時から妹の近くにいる時は無駄に愛想よくしていたから、その癖がついてしまっていたのだろう……不快に思ったなら謝る」


「き、気にしないで……淳の普段とは違う一面も見れて、結構新鮮だったというか意外だったんだけどね……そんなことより、妹さんが居たなんて聞いてないよ」


「だって話してないしな」


「確かに」


淳はコーヒーカップを静かにテーブルの上に置き、一緒に持ってきていた小さめの鞄の中から一つの写真を取り出した。


「……これは」


写真には、車いすに乗っている少女と後ろに立っている淳の姿が写っていた。少女は小柄で、どうも似ても似つかない様子だ。


「妹の聖子だ。頭も良くてしっかりしている自慢の妹だ。ただ、生まれ付き体が弱いってのが少し心配なところなんだけどな」


「生まれつき体が弱い……か」


写真に写っている聖子を見つめ、僕の脳裏に何かが過ぎた。ノイズだらけではっきりとは思い出せないけど、小さい時にこんな感じな子に合った事がある気がした。


「えっ……んん……?」


「どうかしたか?」


「いや……おかしいな、君の妹とは初対面……合ってすらいないけど、初めて見たはずなのに……どこかで見たことがある。しかも結構昔……僕が子供の頃だ」


「それはおかしい、聖子は今年で8歳になる。今年16の俺らが子供の時と言ったら、聖子が生まれる前……もしくは生まれた年だ。それは絶対にあり得ない」


「だよね……なんだろう、この胸に突っかかる感じ……」


思わず頭を抱える。子供の頃、夜に深い森の中で出会ったことがある。本人は忘れているが、その時の少女と聖子が混乱して一致しているのだ。


「でも……誰なんだろう……」


「俺に聞かれても……」


「……だよね」


それから数時間、外はすっかり真っ暗になった。淳は夕方に自室に戻り、部屋の掃除を終わらせて早めに寝ていた。雅に女体化を解いてもらうと僕は言った気もしたが、掃除をしている間にすっかり忘れていた。


……。


「……ここは」


気が付くと、暗い森の中に立ち尽くしていた。周りは真っ暗なため、勿論何も見えるはずがない。そんな中一人歩いていると、一人の少女が現れた。8歳位の、銀髪の小さい女の子だ。少女は泣いており、僕は気になって近寄り優しく頭を撫でながら少女に訪ねた。


「君……迷子?こんな暗い森の中で一人は危険だから、僕が一緒に居てあげるからさ……もし親とはぐれちゃったんなら、一緒に探すよ?」


その言葉を聞くと、少女は僕の方に顔を向けた。その瞬間、自然と表情は驚愕の色に染まった。


「お兄ちゃん……お父さんとお母さんを探してくれるの……?」


「あ、あぁ……」


なんと、その少女は実際に身近にいる人にそっくりだった。美しい銀髪、燃えるような紅い瞳、聞き覚えのある声……よりは少し幼いけど、間違いなく夢依だった。


「夢依……なのか、本当に……」


「どうしたの、お兄ちゃん」


「いや、何でもないよ」


疑問が確信にできない以上、そう思っておく位しか出来なかった。こうして僕と少女は、暗い森の中暫く彷徨っていた。歩けど歩けど、出口は遠のいていく気がした。


「ねぇ……本当にこっちの道であってるの?」


「多分……僕もこんな所来たこと無い……と思うし」


しかし、そのまま真っすぐ歩いていると暗い森が途切れている場所があった。少女は喜んで走っていった。


「お父さん、お母さん!」


「あっ……待って、走ると危な……っ!」


思い切って光の中に飛び込むと、目の前に2つのシルエットだけが自分の側に居た。一つは背丈が大きく肩幅も少し広め……恐らく男性だ。もう一人は華奢な体つきで、髪も長いことから女性だと判断できた。だが、僕には凄く懐かしく感じた。


「……え?」


初めて見たはずなのに、何故か見覚えがあった。ただ自分が忘れているだけなのか、それとも会ったと思い込んでいただけなのかは分からない。だけど確信で言えたのは、シルエットが近くにいるだけで心が締め付けられるように苦しくなり……悲しく思えることだった。何故こんなにも悲しいのか、謎でしか無かった。


「分からない……分からないよ、僕は……どうしてこんなにも悔しいんだ……」


ゆっくりと遠ざかっていくシルエットを追いかけるも、全然追いつく気配がしなかった。それどころか、走れば走るほどかけ離れていくものだった。


「待って……お願いだから、待って……!」


気が付くと、視界に写っていたのは自室の天井だけだった。天井に伸ばしていた手を目元を覆うように当てると、水のようなものに触れる感触がした。


「ん……?」


目元を拭ってみると、水滴が指についていた。僕はすぐに、それが涙だと分かった。


「……届かなかった、あの2人の影に……目の前だったのに”また”手が届かなかった……」


悔しいと悲しい感情を必死に胸の中で押し殺そうとしたが、次々と溢れ出てくる為抑えきれずにそれが涙となって頬を次々と伝い落ちた。


「何でだろう、凄く大切な人だったはずなのに……思い出せない。シルエットしか思い出せないのはどうして……」


布団の上で涙を拭いながら考えていると、玄関の方から物音がした。その後足音がこっちに向かってくるのが分かった。ふとそこに視線を移すと、淳が立っていた。


「おはよう、悪夢は終わったか?」


「あぁ……おはよう、これが悪夢なのかどうかは分からないけど……まだ終わってないよ……終わって欲しくない、思い出せるまで……」


「そうか、兎に角学校に行く支度を……って、お前まさか……」


「へっ……?」


淳は小さくため息をつきながら、僕の胸元を指差した。視線を胸元に移すと、忘れていた現実が目の前にあった。


「あっ……忘れてた」


「お前な……まぁいい、今は時間がないから早く支度しろよ」


「分かった」


ベッドから飛び起き急いで制服に着替えた。着替えている最中時計を横目で見ると、7時30分になっていた。


「やばい……夢依の所に急がなきゃ」


着替え終わり、学校の支度も全て終わり急いで女子寮に向かった。淳は先に教室で待っていると言ってくれたし、後は夢依と教室に向かうだけだ。


女子寮に着くと、いつもの樹の下の場所で夢依が一人佇んでいた。


「ご、ごめん……遅くなって」


声をかけると、遅いと言わんばかりに怒られた。


「もう、遅いわよ。いつもはもっと早くこの場所にいるのに、今日はどうしたのよ?」


「ちょっと色々あってね……淳が先に教室に行ってるし、教室に行こうか」


「まぁいいわ、理由は後で聞かせてもらうわよ?」


「……うん」


朝から夢依を怒らせてしまったが、そのまま教室へと向かった。教室のドアの前に立つと、どうやら中が騒がしかった。気になった僕と夢依はドアを開けてみると、黒板の前に皆が群がっていた。そんな中淳がいち早く気付いて駆け寄ってきた。


「おう、いい所に……ちょっと、こっちに来てくれ」


「う、うん」


「朝から何なのよ……まったく」


群れの中を進み、黒板の前にたどり着いた。黒板には、一枚の紙切れが貼ってあった。


「何々……”始業式の時に転校生が来るらしいから、楽しみにしているように。あと、始業式は8時30分から始まるから遅れるな”……って、何だこりゃ」


紙切れの下の方を見てみると、琴珠と言うサインが入っていた。


「なるほど……先生が貼ったのね。それにしても……何で教室に来ないのかしら」


「きっと忙しいんじゃね?」


「そっか、なら仕方ないか」


クラス中がざわめく中、僕は黒板から離れ自分の席に座った。それに気付いた沙織は、僕の元に駆け寄った。


「おはよう、冬風……”ちゃん”」


「……わざとですか、貴方は」


「さぁね」


悪戯っぽく笑う沙織、それに苦笑した。


「ところで、何のようですか?」


「転校生のことでね。冬風君……じゃなくて、冬風ちゃんから見てどう思う?」


「わざわざ言い直さないで下さい、他の人が聞いていたらどうするんですか」


「大丈夫よ、皆黒板に貼ってある紙に釘付けだから」


ウィンクしながら親指を立てていた。深い溜息をつき、頬杖をつきながら空を眺めた。


「転校生……ね、はっきり言って興味無いかな。5月に忍がこっちに来たばかりなのに、また来るなんてどうしてなんだろうね……」


「う~ん……理由はわからないけど、どうやらその転校生は貴族のお嬢様らしいわよ?」


「へ……貴族?」


眼を丸くして沙織の方を見た。


「えぇ、どうやら生まれはグライエンの方らしいのだけれどね。母親がユスティア出身らしく、暫くの間こっちで仕事があるからこっちに転校してくるらしいわよ?」


「そう……か。それにしても、よくそんなこと分かるね」


「ふっふっふ、私の情報網を甘く見ないでくださいよ」


沙織はドヤ顔で胸を叩いた。確かに味方だと凄く頼もしいけど、敵に回すと物凄く厄介になりそうでもあった。


「……さて、そろそろ時間だし体育館に移動するか」


「そうね」


沙織と別れ、淳と夢依と忍……つまりいつものメンバーで体育館に向かった。体育館の扉を開けると、殆どの生徒が集まっていた。自分のクラスの所に並び、式が始まるのを待っていた。並んでから数分後にようやく始業式が始まった。


「えー……………でありますからして、これで私校長からの始業式の挨拶を終わらせていただきます。次は、この学校に新しく転校生がやってきます。では、どうぞ」


校長が合図を出すと、ステージ脇から一人の女性が出てきた。見た目ははっきり言って普通に綺麗な人だった。金のロングヘアーに青い瞳、まるで雪を思わせるかのような白い肌。体育館に集まっている生徒の殆どの視線が彼女に集まっていた。


「初めまして。グライエン王国の学校、鳳炎魔法学園から転校してきました。スティーローズ家長女、フェルニア・スティーローズです。今後とも、よろしくお願いします」


家柄の名前を聞いて体育館に居る生徒の殆どが唖然としているが、少なくとも僕と忍、夢依は驚きの表情に変わっていた。


「スティーローズ家……」


スティーローズ家とは、グライエン王国の4大貴族の一つだ。遥か昔、ユスティアとの戦時中に大魔法で大打撃を与えたが敵味方を巻き込んでしまう奴が居た。荒れ狂う嵐に降り注ぐ雷、燃え盛る炎を纏いし巨龍……それは、誰が見ても地獄絵図としか言いようがなかった。


術者の名は……ヒフィア・スティーローズ。常人より多く魔力を宿し、常人では考えられぬ程の高度な魔法を作り上げた人だ。その功績が称えられて貴族の仲間入りしたらしいが、あまり評判が良い方ではなかったはず。それも無理は無い、先祖があれだけ暴れまわっていたんだから。


「それにしても……なんて言ったらいいのかしら、とんでもないのが来ちゃったわね」


「そうだね。名前と先祖の行いは倉庫にあった書物で拝見しただけで、それ以外は分からない。けど、せめて僕達だけでも警戒はしておいたほうがいいかもね」


「そうね……」


「分かったわ」


やや波乱気味の始業式が幕を下ろし、各自教室に戻った。教室に戻ると、クラスの皆が騒がしかった。やはりあの転校生が原因だろう。僕は自分の席に座り、外を眺めていた。暫くすると担任の琴珠が入ってきた。


「おはよう、夏休みは有意義に過ごせたか?」


琴珠の質問に、十人十色の答えが帰ってきた。


「あー……そうかそうか、まぁそんな事はどうだっていい。とりあえず、さっき体育館で紹介された転校生はうちのクラスに入ることになった」


その言葉を聞いた瞬間、クラス内が更に騒がしくなった。夢依と忍は驚きの表情で固まっていたが、僕は外を眺めて呆けていた。そんな騒がしいクラスの奴らを放っておいて、琴珠は転校生を教室に入れた。


「転校生、自己紹介はさっき体育館で聞いたからとりあえず好きな所に座れ」


「は、はい」


やや緊張気味の返事をし、空いてる席を探していた。今のところ空いてる席は夢依の右隣、僕の前、淳の斜め前だ。


「えっと……じゃあ、あの席で」


「そうか、じゃあ座れ」


「はい」


フェルニアが決めたのは、何故か僕の前の席だった。


「貴方が後ろの席なのね、これからもよろしく」


「えっ……あぁ、よろしく」


フェルニアは微笑みながら僕に手を差し伸べた。僕は手放していた意識を引き戻し、微笑み返して手を優しく握った。


「僕は冬風、普通に呼び捨てで構わないよ」


「そう、よろしくね冬風」


「うん、よろしくね?」


「えぇ」


向い合って話している中、教卓の方で琴珠が咳払いをした。フェルニアは慌てて琴珠の方に視線と体の向きを戻した。


「ごほん……とりあえず、みんな仲良くしてやれよ。今日は解散だ、以上!」


そう言って琴珠は教室を後にした。その瞬間、クラスの皆がフェルニアの所に集まった。よく見ると淳や沙織までその群れの中に入っていた。僕は苦笑いしつつも、内心不安でいっぱいだった。


(どうしてグライエンからわざわざ……まさか敵情視察?いや、そんなわけないよね。でも……)


「どうしたの?」


黙々と考え込んでいると、横から夢依が顔を覗き込んできた。


「……いや、何でもないよ」


「そう……ならいいんだけど、ちょっと険しい顔になっていたわよ」


「そ、そうか……帰ろう」


「そうね、今日はもう終わりだしね」


夢依は帰る支度をした。淳や忍を誘ったが、どうやらもう暫くフェルニアと話してみるということで断られた。こうして2人で帰ることになった。学校から女子寮の前までの帰り道、夢依の口から気になる言葉が聞こえた。


「もしかしたら……何か起こりそうな気がするわ」


「何かって……?」


「分からない、だけど何か嫌な予感がするの」


心配そうに僕を見つめる。そんな夢依の頭を優しく撫でた。


「大丈夫、きっと大丈夫だから」


確信がない以上、これしか言うことが出来なかった。こんな気休め程度の言葉に、夢依は少し安心してくれたようだ。


「そうね、今悩んだって変わらないものね」


自分の頬をパシっと叩いた。そんなことしている間に、女子寮の前まで着いた。


「じゃあ、また明日」


「じゃあね」


夢依が女子寮に入っていくのを見送り、僕は男子寮に魔力転移をした。玄関口まで転移したが、そこには誰も居なかった。


「……まだ皆学校にいるのかな」


無理もない、急にあんな少女が転校してくれば気になってそっちの方に行く。中にはいろうとした瞬間、背後から誰かに話しかけられた。


「冬風君?」


「……っ!」


突然の出来事に、全身が跳ね上がった。


「あ、ごめん。私だよ」


声の方に視線を移すと、藤谷が立っていた。


「なんだ……先輩か」


安心したように安堵の溜息をつく。藤谷はやれやれと苦笑していた。


「ところで、僕に何の用ですか?」


「いや、なんかいつもと雰囲気が違うからさ……どうしたのかなって」


(それは多分僕が女体化しているせいじゃないでしょうか)


言おうと思ったが、一から説明するのが面倒くさくなったので誤魔化すことにした。


「気のせいじゃないですか?」


「そ、そうか……ところで、今日の転校生君のクラスなんだって?」


「はい、そうですよ」


「2年の間でも噂になってるよ。でも一つだけ言わせてくれ、彼女……何かある」


「何か……?」


「今は分からないけど、気をつけておいた方がいい……これは勘だけど、忠告として一応」


「あ、ありがとうございます」


珍しく藤谷からの忠告に、僕は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「……所で、この後何か予定でもあるかな?」


「いえ……特には」


そう言うと、藤谷は嬉しそうな顔をしていた。


「そうか、だったらこれから一緒に昼に行かないか?」


「お昼ですか?」


「あぁ、安くて美味い店を見つけたんだ」


「うーん……いいですよ、荷物置くので少し待って下さい」


「あぁ、分かった」


部屋に急いで戻り、荷物を置いて藤谷の元へ戻った。


「それじゃ行こうか」


「はい」


歩いている最中藤谷の横顔を横目で見てみたが、何故か嬉しそうな表情をしていた。暫く歩くと、中々雰囲気のいい店の前で止まった。


「ここは……」


「この店結構パンが美味いんだよ」


中に入ってみると、店内は小洒落た雰囲気だった。焼きたてのパンの香りが鼻孔を擽り、食欲を沸き立たせた。どうやらこの店はバイキング形式らしく、自分で好きなパンを取りにいけるようだ。


「ごゆっくりどうぞ」


ウェイトレスの女性が席に案内してくれ、一通りこの店の説明をしてお皿を置いて厨房の奥へ消えていった。


「さて、食べようか」


「そうですね」


色んなパンが置いてあって目移りした。しかも時間ごとに新しく焼けたものが追加されるシステムで、更に迷った。


結局食べ過ぎてお腹が苦しくなった。


「さ、流石にもう……」


「ふふ、満足して頂けて何よりだ」


藤谷は余裕の笑みを見せるが、彼も結構食べていたから相当お腹が苦しそうだった。


「さて、じゃあそろそろ出るかい?」


「そうですね」


財布を取ろうとポケットに手を伸ばすと、藤谷が止めた。


「いいよいいよ、今回は私が払うよ」


「え……どういう風の吹き回しですか?」


「そういうのではない、ただ単に私から誘ったのだから私が払うだけさ」


「で、でも……」


言いかけた時、僕の頭に手を置いた。


「これは私の奢りだ、気にしないでくれ」


「……では、お言葉に甘えます」


「よろしい」


藤谷は笑ってカウンターの方に歩いて行った。合計金額を見てみると、2人で200ポッチも行かなかった。確かに安いと思い、店を出て2人帰路を歩いていると藤谷からいろんな事を聞かれた。


「そういえば、実家はどうだったんだい?」


「久しぶりでしたけど、結構楽しかったですよ」


「そうか、それは良かったな」


「はい」


これ以上考えるのは野暮だと思い辞めた。たまにはこんな事もいいかなと思いつつ藤谷と話していた。気が付くと寮まで戻っていた。話に夢中になっていたせいか歩いている時間が短い気がした。


「では、僕はこれで」


「あぁ、じゃあね」


廊下で別れた後自室に戻った。部屋にはいると雅がベッドの上でくつろいでいた。


「おら、おかえり」


「ただいま……あのさ、早くこの女体化解いて欲しいんだけど」


「えぇ~……面d」


「面倒くさいなんて言わせないよ?」


雅が言い切る前に言うと、苦笑しながら頭をかいていた。


「あはは……」


「笑い事じゃないよ……淳と沙織さんにはバレていたけど、クラスの皆にはバレたくないもん」


「はぁ……仕方ないわね、こっち座りなさい」


言われるがままに座ると、背中に手を当ててきた。全身の痛みが来ると覚悟していたが、そんな気配が全くしなかった。気になって振り向いてみると、後ろから抱きしめられていた。


「なっ……?!」


「別に女性のままでもいいじゃないの」


「良くない」


「ちぇー……」


雅はつまらなそうな顔をしつつも解除の魔法を使った。


「っ……!」


覚悟していたとはいえ、かなりの激痛が襲う。痛みと戦うこと数分、体は完全に男性に戻っていた。体を動かすと、ゴキゴキという音と共に少しずつ本来の感覚を取り戻していった。


「やっぱり、女性のままじゃ学校に行きたくない?」


「それもあるけど……万が一の時に備えてだよ」


「そう……」


「解いてくれてありがとう、女性でいるのも楽し……何でもない。けど流石にずっとこのままってわけにも行かないからね」


「言いたいことは分かっているから大丈夫よ、それより久しぶりの学校はどうだった?」


「それなんだけど……」


僕は学校で起きたことを全て話した。転校生が来たことや、フェルニアがグライエン出身と言うことも。それを聞いて雅は、少し険しい顔になった。


「その子……何か怪しいわね」


「怪しい?」


「えぇ……グライエンもユスティア同様鳳炎魔法学園はいくつも存在するはず、ならどうしてユスティアの若霧魔法学園に来たのかしら?」


「確か母親がユスティア出身で、仕事のためにこっちに来たとか聞いたけど」


「その仕事がもし……偵察、スパイだったとしたら?」


「……まさか」


血の気が引いていくのが分かった。学生という身分ならこっちの動きを観察できる、つまりグライエンには何をしようが筒抜けということ。つまり打つ術が無いということだ。


「まぁ、あくまでの想像なんだけどね。でも……気を付けなさいよ、寝首をかかれないようにね」


「う、うん……」


何か胸騒ぎみたいなものがした気がした。雅は用事があるとかで神界に戻り、部屋で一人になった。


「……ちょっと用心しとこう」


時雨とルシファーを呼んだ。すると二人共すぐに来てくれた。


「どうした、何か用か?」


「何のようだ」


「急に呼び出したりしてごめん、ちょっと2人に相談したいことがあるんだ」


時雨とルシファーは訳が分からないという顔で首を傾げた。


「もしかしたらそう遠くない未来……近いうちに戦争が起こるかもしれないんだ、頼む……その時になってからでも構わない、代償はなんだっていい……だから、もっと力を貸して欲しいんだ」


僕は必死に頼み込んだ。


「……戦争か、確かにそんな兆しはある。今以上の力を貸すには質問がある、何故今以上の力を求む?」


「皆を守りたいから……友達や僕を思ってくれている人達を守りたいから……僕が戦わなくっちゃいけないんだ」


「ふむ……まぁいいだろう、俺は構わない。最近何もなくて退屈していたしな、力を貸してやるくらいなら問題ない」


「……そうだな、冬風が気持に何の躊躇いもないなら貸してやろう」


「ありがとう……本当に……ありがとう」


心の底から安心できた。本来だったら雅の力だけでも十分なのだが、それだけでは対処しきれない場合もある。その場合力がなければそこで終わりだ。だが力がれば、それに対処することも可能だと思った。


「じゃあ、俺は紅映が待ってるし行くぜ」


「分かった、本当にありがとう」


「気にするな」


そう言い残して時雨は消えていった。ルシファーは暇なようなのでもう少しここにいるとのことだ。


「そう言えば冬風、我の力を使うときデュランダルを使っているな?」


「うん、そうだけど」


「あれはな、元々大天使ガブリエルの物だったのだ。地獄に堕天する前に奴と戦い、デュランダルを奪って我は地に落ちた。つまり本当の事を言うと我本来の剣ではないのだ」


「えっ……?!」


「ふむ……お前になら預けても良いかもな」


そう言ってルシファーは懐から二本の剣を取り僕に渡した。片方の見た目は黒く禍々しく、刀身には血より紅い模様が入っていた。


もう片方は真っ白で、鍔の形が天使の羽にも見えた。刀身にはよく分からない文字が刻まれていた。


「これは?」


「それは”魔剣プロメテウス”と”天剣暁明星”だ。プロメテウスは元々聖剣だったのだが、大魔王の我の魔力を吸い地獄の亡者の生き血を吸ってこうなった。一方暁の明星は我が天使長だった頃の剣、暁の明星とは我の二つ名だ」


「つまり、大魔王の力と天使長の力が使えるということ?」


「まぁ、ざっくり言ってしまえばそんなものだ」


「……凄い、ありがとう」


僕は嬉いと感謝の気持で複雑な状況だった。


でも、心の底から出る言葉は感謝の気持でいっぱいだった。そして、静かに瞳を閉じた。

気が付くと、外は焔のように紅く染まっていた。どうやら日没のようだ。


「……寝ちゃってたのか、ルシファーが居ないってことは帰ったってことかな」


起き上がると手元にルシファーのくれた剣が置いてあった。それをいつでも魔力で呼べるように、神界においてある濡霞と同じ所に転移させた。


「これでよし」


ベッドから起き上がり、ソファーのところに行くとそこにはあるはずのない一つの箱が置いてあった。


「……何これ?」


手の平サイズの可愛らしい装飾が施された箱だ。思わず手にとって見ると、中身は意外に軽かった。


「……誰のだろう、気になるから開けてみたいのだけど怖い……」


開封を躊躇った。そして考えぬいた末、開けずに引き出しの中に仕舞っておいた。誰かの忘れ物でうっかり開けてしまって怒られたら嫌なので、そっとしておくことにした。


翌日、教室に入るとフェルニアが既に教室に居た。微笑みながら挨拶すると、フェルニアも笑顔で返してくれた。夢依は何故か隣でムスッとしていた。席に座るとフェルニアが質問してきた。


「ねぇ、昨日貴方の部屋に小包置いてなかった?」


「小包?」


「えぇ、小さい箱よ」


箱という言葉を聞き、昨日引き出しに仕舞ったやつだとすぐに気づいた。


「うん、突然机の上に置いてあったから引き出しに仕舞っておいたよ。誰のかわからないから無闇に開けるわけにはいかないからね」


苦笑交じりに言うと、フェルニアは安心したような表情で微笑んだ。


「そう……きちんと気付いてくれたのね」


「え?」


「いいえ、なんでもないわ」


「……そう」


すると、一つ不可解な点を見つけた。なんでフェルニアが昨日僕の部屋の机の上に置いてあった箱のことを知っているのかだ。フェルニアは女性だから男子寮には来られない。来たとしても寮内で凄く噂になっているはず。なのにそんな素振りが一つもなかった。


「……ねえ、一つ聞いいてもいいかな?」


「何かしら?」


「何で箱のことを知っているの?」


訪ねてみると、一瞬キョトンという顔をしたがすぐに微笑みに変わった。


「当たり前でしょう?だって……あれは私が貴方にプレゼントと思って置いておいたものなんだから」


「……!」


思いもよらぬ言葉に息を呑んだ。


「よく……僕の部屋が分かったね。というよりも、何で初対面の僕にプレゼントを?」


「何でと言われましても……女性が男性に物を送るのは変ですか?」


「変じゃないと思うけど……」


頭を悩ませた。確かに親しい間柄の男女なら物をプレゼントする事はある。しかし僕とフェルニアは初対面、しかも貴族と普通の平民(没落したけど元貴族)という身分差まである。なのにどうしてプレゼントをくれたのかが一番の謎だった。


「……?」


「ふふふ……貴方を私達の物にするのが楽しみですわ……」


怪しい笑みを浮かべボソッと呟くフェルニアに対し、少し嫌な予感がしていた。その日の授業が終わり、いつも通り夢依を寮まで送ってから自室に戻った。すると、引き出しの中から薄っすらと光が溢れていた。


「何だこれ……」


引き出しを開けてみると、昨日の箱から薄紫色の光が滲み出ていた。気になり箱を開けてみると、一つの書き置きとともに指輪が入っていた。銀色の指輪に紫色の宝石がはまっていた。


「これは……」


腕にはめてみると、僕の指のサイズと指輪の大きさが一致してピタリとはまった。そこまで大きいものではないから目立たなくていいと思ってしまった。この先どうしようかと考えていると、部屋のドアからノックの音が響いた。


「はーい」


空き箱を引き出しの中にしまい、急いで玄関へ向かった。扉を開けると目の前にはフェルニアが立っていた。


「なっ……なっ?!」


驚きの声を上げそうになった瞬間、背後から誰かに口元を抑えられた。必死に抵抗したが、何故か力が入らなく止む無く抵抗を諦めた。


「……懸命な判断、感謝します」


凛とした声……聞こえた場所からして、今僕の口元を抑えている人だ。抵抗せずにしていると、フェルニアが部屋の入ってきた。しかもご丁寧に玄関の鍵を閉めて。


「お邪魔しますわ」


フェルニアがリビングにあるソファーに腰を掛けた瞬間、僕を拘束していたものが外れた。気になり背後を見てみると、自分とそこまで身長が変わらない華奢な体つきのメイドが立っていた。しかも、フェルニアに似て結構綺麗な人だった。何でこんなことになったのか分からず唖然としていると、メイドが頭を下げた。


「急なご無礼申し訳ございません。しかし騒ぎにしないためにはこうするしか無かったのです」


「は、はぁ……でも、何の用ですか?」


訪ねてみるとメイドは頭を上げ、凛とした瞳で僕を見つめながら口を開いた。


「……貴方には、フェルニア様と共にグライエンに来てもらいます」


「僕が……グライエンに?」


自分の顔から血の気が無くなっていくのがすぐに分かった。何故僕をグライエンに連れて行くのか何となくだがわかった気がした。


「まさか……僕にユスティアを裏切れと?」


「はい。貴方には力がある、このままユスティアの物にしておくには余りにも危険だと判断しました」


「それに、貴方は私と同じ貴族。贈り物はただの挨拶よ。気に入って頂けたかしら?」


脳裏に父様に会ったあの日の事を思い出した。戦争が起きるから忍と兄様を連れて逃げろ……あの時の言葉を一度足りとも忘れたことはなかった。そして、僕の答えも変わらなかった。


「……残念ですが、断らせていただきます。僕の居場所はユスティアで、それ以外はありません。貴方方に付いて行く義理もないし、僕は夢依を守るって決めたから……この贈り物も頂けません」


僕は銀色の腕輪を箱に戻した。フェルニアはその言葉を聞き残念そうにため息を吐いた。


「そう……でもね、グライエンとユスティアの戦力差は一目瞭然よ。グライエンがユスティアに攻め込めば一週間足らずで墜ちるわ。いくら貴族の貴方が立ち向かった所で到底太刀打ちなど出来ないわ」


「やってみないと分からない、その為に僕は力を手に入れたんだから」


空気が冷たい。息を吸い込むのも辛いほど重いプレッシャーがかかっていた。全身から冷や汗がにじみ出てきていた。


「……どうしても考えを改める気はないのね?」


「どうしてもだ」


「……はぁ、なら仕方ないわね」


溜息をつくと、ゆっくりと立ち上がり魔力武装を展開した。武装は西洋刀……つまりサーベルだ。細く美しい鋒を僕に向けた。


「実力行使で貴方を連れて行くわ」


その言葉が言い終わった瞬間には、フェルニアは懐まで飛び込んでいた。


「なっ……水神結界!」


自分を囲むように薄青色の膜が僕を包んだ。フェルニアはこれを見越していたかのように薄笑いを浮かべる。


「甘いわ、詠唱破棄は耐久力がかなり落ちる。つまり連撃には耐えうる事は出来ないよ」


目にも留まらぬ速さで水神結界の耐久を少しずつ削りとっていった。


「ちっ……」


思わず舌打ちをし、手を前に掲げて更に魔法を行使。


「二重結界発動、広域結界時空転移!」


叫ぶように唱えると辺りの景色が一変した。先程まで部屋の中に居たのが、いつの間にか静かな湖の隣の景色へと変わっていた。


「ふっ、その程度の足掻きをしても貴方が不利な現状には変わらないわよ!」


水神結界が打ち破られ、刃が僕の腹部を捉えた。しかしあまりにも手応えが無さ過ぎた。


「流石に一筋縄じゃ行かないようね……正直貴方の契約精霊の事を見誤っていたわ」


刃を引いて次は喉元を狙ってきた。しかし僕は瞬間的に濡霞を抜刀、レイピアを弾き飛ばした。レイピアは高く中を舞い地面に突き刺さった。


「先に行っておくけど、僕はどんな手を使われても考えを改める気はない」


濡霞の鋒をフェルニアに向けた瞬間、背後から殺気を感じ取った。咄嗟に避けると、先ほどのメイドがナイフで切り刻もうとしていた。


「っと……」


しかもナイフからは透明な液体が垂れていた。恐らくあれは神経毒、刺したり切ったりした幹部から神経を乗っ取る気だ。


「動かないでください……殺しませんから」


「動くなと言われて動かない奴は居ないよ。……ってあれ?」


大変なことに気がついた。先程まで視界の端に捉えていたフェルニアが姿を消していたのだ。


「……」


フェルニアの気配を探ろうとするとメイドが攻撃し、気が散ってそれどころでは無くなってしまう。メイドの攻撃を避けていると、どこかで魔力が高まる感覚がした。


「……っ!」


「よそ見している暇は与えません!」


メイドの攻撃をかわしつつ魔力源を探っていると、メイドの後ろで詠唱を完了したフェルニアが目に写った。手から放たれた雷は僕に勢い良く突っ込んでいった。


「雷系……こんなもの!」


濡霞で振り払うと、雷は消え去った。その残滓に紛れてメイドが僕にナイフを突き立てた。急所を外し肩に深く刺さった。


「なっ……!」


数歩よろめき体制を立て直そうとしたが、毒が予想以上に回るのが早かったためそのまま尻餅をついた。


「くそっ……こんな早く効き目が……」


「どうです、私が作り上げた即効性の神経毒は」


「ふっ……正直驚いたよ」


濡霞を手放し壁にもたれかかった。


「貴方の弱点は魔法と自分を守ることを両立できない事。霧状になっている間は魔法を唱えることが出来ず、魔法を使用している時は霧状になることが出来ない。つまり、貴方の慢心が招いた結果です」


「っふ……初めて会った人にそこまで言われるとは……」


メイドが睡眠魔法をかけようと僕に近寄った瞬間、立つことすらままならない程の重力に襲われ倒れこんだ。メイドが必死にフェルニアの方を向くも、フェルニアも重力で立てなくなっていた。


「なっ……この魔法は……っ!」


「計算外だわ……こんな魔法を使えるなんて」


「これは魔法じゃない、僕の……契約した者の力だ」


壁にもたれかかりながら言い放った。2人は伏しながらも驚きの表情を見せた。


「そんな……重力を操れる精霊なんて、聞いたこと無い!」


「この力は隠し通したかったけど……あいつの力じゃ神経毒を解除するのも動かない手足を動かすことも出来ないし、こうするしか手は無かったんだ……」


周りの重力を軽くし、浮くような感覚で立ち上がった。メイドは一気に血の気が引き抵抗し、フェルニアは完全に涙目になり戦意喪失していた。


「あ……あぁ、そんな……手も足も出ないなんて……」


「正直さっきの話は驚いたよ。まさか僕をグライエンに招待してくれるなんてね。そして実力行使で来た。流石だと思うよ」


重力を正常に戻し、2人を開放した。メイドは険しい目つきのまま僕を睨みながらも体制を整え、フェルニアは涙を拭いながら起き上がった。


「……それと、さっき僕の事を貴族貴族って言ってたけど……僕はもう貴族じゃない。ただ少し名の知れた家だったってことしか僕は知らない」


「えっ……?」


その言葉を聞き、フェルニアはキョトンとした顔で僕の方を見た。


「昔月詠家はユスティアでも結構有名の家だった。でも時が経つに連れて忘れられていった。今でも知っている人は居るかもしれないけど、それもかなり限られてくる。月詠家の開祖がエーテルに引っ越したのも、こういうことを見越しての事だったらしい。僕が知っているのはこれくらいだよ、家の倉庫にあった資料を読んで知ったことなんだけどね」


ため息をつきながら肩を竦めた。


「家ではこういう事を教えてくれる人なんて居なかった。だから自分で調べたんだ。過去に起こった出来事や月詠家と繋がりがある家系を……でも、繋がりの方は殆ど書類が抹消されていて、読むことが出来なかったけどね。さて、僕の話はここで終わりだ。次は……僕を狙った本当の理由を聞かせてよ」


「……!」


ちょいとした質問すると、フェルニアは顔色を変えた。質問されて顔色を変えるということは、他人には言えない絶対機密があると思った。


「別に言えないのなら言わなくてもいいよ……」


僕はソファーに腰を掛けた。フェルニアはその隣に座った。メイドはフェルニアの側に立って黙って見守っていた。


「言うわ……それにはまず、こっちに引っ越してきた理由から話さなきゃいけないわね。ある日グライエンの貴族を集めての会議が行われたの。議題はユスティアとの戦争についてだったわ」


「……っ!」


僕は目を見開き、息を呑んだ。父様が言っていた言葉がまた脳裏に流れた。


「それでグライエン第一王子のグレイアス・クラウディオ殿下も参加し、本格的に作戦会議が始まったの。内容は言えないけど、その視察に私が行くことになった。まぁ、作戦を立てたのはグレイアス殿下ではなく側に居た人……恐らく側近の人が立てたものだけど」


「側近……?」


「えぇ、やたらとユスティアに詳しくてとても腕の立つ人よ」


「ユスティアに詳しい……腕の立つ……っ!」


2つの言葉が僕の頭の中で交差し、予測通りの最悪な結論にたどり着いた。


「ねぇ、もしかしてその人に無精髭とか生えてた?僕より少し大きい身長で、髪を後ろで束ねてた?」


いてもたってもいられなくなり、フェルニアの両肩を掴んだ。


「え、えぇ……ご存知なのね」


「知ってるよ、その人の事……」


フェルニアの肩から手を離し、頭を抱えた。深い溜息とともに。


「どんな方なんですの?」


「……聞かないほうがいい話だってある、理由はどうであれね」


「……」


その部屋に一瞬の静寂が訪れた。静寂というには余りにも空気が重苦しいものだった。その空気を痛いほど感じていたにも関わらず、フェルニアは僕に向き合った。


「教えてください、あの人が誰なのかを……」


「さっきも言ったでしょ、聞かな方がいいって。これを聞いたら君はきっと、どうすればいいか本当に分からなくなってしまうから」


「それでも、私は……」


「……本当に、聞きたいの?」


「……はい」


「そうか……なら、話すよ。多分その人は僕の父、月詠 龍彦だ」


「え……父親……なの?」


思った通り、聞いた瞬間にフェルニアは青ざめていた。


「多分……ね。夏に母様の墓参り行った時に、偶然会ったんだ。その時に父様から戦争のことを聞いて逃げるように言われたんだ。僕はそれが本当のことかどうか信じることが出来なかったんだ。それにさっきフェルニアさんから聞いた話しによればー」


「私のことは呼び捨てで構わないわ」


「……分かった。兎に角さっきの話の特徴で分かったんだ」


「そう……どうするのよ、お互いに敵同士なんて……」


「僕はもう覚悟を決めた。例え父様が敵であろうとも、絶対に僕は夢依達を守る……もう、後には引けないから……」


そう呟きながら俯き、拳を固く握り締めた。その僕の横顔は険しく、どこか寂しい感じがした。


「……そんなの、悲しいよ」


気が付いたら隣でフェルニアは涙を流していた。


「何でフェルニアが悲しむのさ」


「だって……実の父親と戦わなきゃいけないんでしょ、しかも戦場の場で……そんなの悲しすぎるわよ」


「別に……父様は僕が小さい頃から居なくなって、それからずっと行方不明だった。それまでに僕に父親らしい事をしてくれたことはなかったし、正直の所僕は尊敬とは裏腹に憎んでいたのかもしれない」


ため息をつきながら立ち上がり、台所に向かった。フェルニアはソファーで座ったまま涙を拭っていた。


すると紅茶の良い香りが漂って来て、フェルニアは泣き止んだ。暫くするとお盆の上に3つのティーカップとクッキーが乗った皿を持って向かった。


「……何も無いのもなんだし、どうぞ」


「あ、ありがとう……」


「メイドさんもどうぞ」


「ありがとうございます」


フェルニアとメイドが紅茶を飲んだ瞬間、さっきまで重苦しかった空気が一気に消え去った。


「あの、これ何処のお茶なんですか……?」


「これ?普通に売っているパックのお茶だけど……」


「嘘……市販のやつでどうやってこの味を出してるのよ……高級茶葉使っていると言われたら信じちゃいそうに美味いんだけど……」


「正直そこまで褒められるとは思ってなかったよ……ちゃんとお湯の温度や茶葉の状態さえ理解してれば普通に……って聞いてないや」


真剣に考え込んでいるメイドを見て苦笑を浮かべた。今まで自分が淹れた紅茶を絶賛してくれる人なんて居なかった(と言うよりも余り人に飲ませたことがない)からなんとも言えぬ気持になっていた。


そんなこんなで盛り上がり、気が付くと夕暮れ時になっていた。メイドはコホンと咳払いをしてフェルニアと共に帰っていった。後片付けをしていると、雅がいつの間にかベッドに座っていた。


「結構賑わっていたわね、まさか冬風の紅茶にそんな効果があったなんて」


「別に、普通に紅茶を出しただけなんだけどな……」


ティーカップを洗い終わりソファーに座ると、雅も隣りに座ってきた。


「それにしても……最悪な展開になったわね、敵情視察に来たクラスメイトと敵に回ったユスティアの”元”最強の魔道士……」


「そうだね、こんなに早く来るとは予想もしていなかったけど……」


苦笑を浮かべながらため息を吐いた。雅も苦笑を浮かべていたが、その瞳の奥には何かを抱えているようだった。僕はただそれを見ていることしか出来なかった。その視線に気づいた雅はそっと微笑んだ。僕は慌ててそっぽを向いた。そんな様子に雅は笑った。


「ふふふ……可愛いわね」


「今はもう男性だ、可愛いというのはどうも……」


顔が赤いことを指摘すると、夕日のせいだと言いはった。


翌朝、教室に入るとフェルニアが座っていた。相変わらず皆が周りに集まっていた。


「おはよう、フェルニア」


「あら、おはよう」


昨日の事など無かったかのように挨拶した。皆がざわめき、隣で何故か夢依は少し不機嫌になっていた事に少し疑問を覚えた。


「……どうしたの?」


「別に……」


少し膨れながら席に座る夢依に首を傾げながらも、僕席に座った。隣に淳がやって来た。


「昨日あいつと何かあったのか?」


「何かって?」


「いや……何故か妙に親しげだったからな」


「そう?」


フェルニアの周りに居たクラスの皆が僕を見ていた。視線を合わせまいと外を見ようとした時、不意にフェルニアと目があった。そして微笑んできた。苦笑で返して外の方に視線を向けた。周りがかなり騒がしかったが気にしないことにした。


暫くすると琴珠が入ってきた。皆は慌てて席に着いた。


「あー……皆揃ってるな、来週から遂に祭り……真龍王激流祭が始まる。冬風と夢依は後で生徒会室に来てくれ」


「分かりました」


「はい」


「それじゃあ、一限始まるまで自由にしてていいや」


僕と夢依は琴珠と生徒会室に向かった。中に入ると生徒会の人々がこちらに視線を向けていた。


「いらっしゃい、冬風くんに夢依さん」


会長の春香が微笑みながら迎えてくれた。その隣には生徒会副会長らしき人が居た。やや小柄で茶色っぽいサイドテールの女性だ。だけどさっきから何故か僕だけが睨まれている気がする。


「失礼します」


「失礼します、あの……要件は?」


「あぁ、祭りの打ち合わせのために来て貰ったのよ」


「打ち合わせ?」


気が付くと僕と夢依は同タイミングで首を傾げていた。


「えぇ、打ち合わせと言ってもどっちがAブロックに出てどっちがBブロックに出るかってね」


「うーん……」


「そう言われても、どっちがどうなんだか」


「簡単よ、Aブロックは前半戦みたいなもの。1~2日に出る、Bブロックは3~4日に出てもらうわ」


「ということは、1日1戦ということですか?」


「そういうこと。なんせ強者どもが集まるからな、半日くらいかかる試合もある。だが1戦しかしない理由は、殆ど戦う前の選手たちの体調管理も兼ねてなんだ」


「……そういうことですか」


「どういうことよ?」


「物凄く簡単にいえば、他の選手達の体力温存させるみたいな感じかな?」


「本当に簡単ね……でも、それならもう答えは当然Bブロックにするわ」


「……というわけで、Bブロックにさせていただきます」


「分かった、では私達がAブロックで出るとしよう」


春香が微笑むと、何か書類を書き始めた。その姿に見とれていると、隣りにいた少女が更に不機嫌になるのに気がついた。


「あ、あの……隣に居る人は?」


「紹介しよう、私のパートナーであり生徒会副会長の天琴悠和だ」


「……よろしく」


僕を睨みつけながら挨拶してきた。当の本人は気付いていながらも面倒なことになるのは嫌だから放置していた。


「はい、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


軽く挨拶すると、春香が僕の方を何度も見てきていた。


「……何ですか?」


「あ、いや……今日は胸元を開けていないんだなっと思って」


「はい?」


「前に会った時は開けていただろうが!しかもあんな大きい物を魅せつけるかのように……!」


「……?」


本当に分からず、首を傾げた。


「貴方……本当に忘れたのか!」


「忘れたも何も、僕は何も分からないんですよ……」


「遂にとぼける気か……」


悔しそうに顔を赤らめながら怒鳴る春香、その空気に耐え切れなかった夢依が止めに入った。


「会長、落ち着いて下さい!」


「何故止める!」


「冬風からも言ってよ!」


「会長、本当に何を言っているのか分からないですよ」


「あの時あの場所に居た貴方が、何故覚えていない!」


「大体あの時って何時の時ですか!」


「トーナメント戦が始まり、最後の戦いの時だ!」


目を瞑り必死に記憶を辿った。すると一つの心当たりがあった。


「もしかして……僕が眠りについた後のことですか?」


「そうだ、貴方が眠りに……眠り?」


春香は思わず首を傾げた。


「あの時は雅とのリンクを修復するために、そして僕自信の修復のために眠っていたんです。だからその時の事は分からないんですよ」


「だが、あの時確かに貴方は夢依と一緒に……」


「会長、あの人は冬風の契約精霊なんです」


「え……?」


「あの時一緒に居たのは雅なんです、だから冬風が知らないのも無理はありません」


その言葉を聞くと、少しの間呆けた顔をしていた。


「つ、つまりだ……あの時私は冬風ではなく、その契約精霊と話していたということか……?」


「はい」


春音は椅子から転げ落ちた。


「会長!」


悠和が慌てて駆け寄った。春香はまだ信じられないような顔をしていたが、とりあえず落ち着いてくれたようだ。


「……しかし、契約精霊が実体化するなど聞いたことがない。ましてや契約主の代わりに学校に来るなど、それこそ聞いたことがないぞ」


「雅は……その……何というか」


「何?」


「……」


僕が言い淀んでいた最中、雅が隣に出てきた。


「貴方……この前の」


「あら、お久しぶりね」


「そうですね……あの時とは全く雰囲気が違いますから。あの時は制服を着ていたこともあって冬風だと思い込んでいましたが、今貴方を見て別人だと確信できました」


「それは良かったわ」


ふふふと微笑んでいた。春香は安心したような表情を見せつつも雅から視線を外さなかった。


「それで、貴方は一体何者なんですか……ただの精霊には見えません」


「そうねえ……答えちゃってもいいかしら、冬風?」


「何で僕に聞くんだ……まぁこうなっちゃったら仕方ない、いいと思うよ」


「分かったわ。私は冬風と契約している神……正確に言えば水神よ」


「か……神?!」


春香は血相を変え椅子から飛び上がった。さっきまで僕を睨んでいた悠和や、部屋に居た琴珠も驚きの表情を隠せずにいた。


「そんな馬鹿な……今の今まで神と契約した学生など……いや、神と契約した人など見たことも聞いたこともないぞ!」


「知らないだけで居たのよ……昔神と契約していた人は、たった一人ね」


「……誰ですか」


「月詠春音……この名に聞き覚えはない?」


「……っ!」


春音と言う言葉に、夢依意外の全員が反応を示した。夢依には話していなかったから知らないのも無理は無い。


「馬鹿を言え、彼女は剣術だけでのユスティア最強の剣士の座を勝ち取った人だ。私は資料でしか拝見したこと無いが、そんな事は一切書いていなかった。彼女がそんな嘘を付くとは私には思えない!それに資料に書いてあったあの事件も、本当なのか!」


「表向きではね。実際あの子が契約していた者の名前とかそういうの知っているの?」


雅の問に誰も答えなかった。いや、答えることが出来なかった。それもそのはず、月詠 春音に関しての情報は一切公開されておらず、剣術だけで勝ち上がったと資料にも書かれていたのだから。


「そりゃあ知らないでしょうね……あの子は一切私の力を使わなかった、剣術だけで最強の座を勝ち取ったのも事実よ。そして、あの事件のことも」


それを聞いた瞬間、心の何かを砕かれる音がした。ずっと信じてきたことが一瞬にして裏切られた感じがした。


「貴方……まさか……」


「そうよ、あの子と契約していたのは私よ」


そう言い切った雅の表情は何処か悲しく、触れたら壊れそうなほどに脆く、儚いものだった。昔母様と何があったのかは僕も知らなかった。だが言葉など無くても分かった。


何故なら上位契約を交わす祭、雅の記憶を見てしまったのだから。それも雅視点で。


「そう……あの事件も本当なのね。失望したわ……まさかあの最強の剣士が、人殺しの最低剣士だったなんて」


その言葉が終わると同時に僕は耐え切れず生徒会室を飛び出していった。皆は呆然とその後姿を見ていることしか出来なかった。


「……冬風」


夢依は飛び出していった冬風を追って、生徒会室を後にした。


「……本当だったらその時のことを詳しく聞きたい所なんだが、仮に聞いたとしても話してくれないでしょう?」


「そうね、こればかりはここで話すわけにはいかないわ」


春香は再び椅子に座った。


「……分かりました、ではその事は今は聞かないでおきます。でも彼女と冬風は一体どんな関係ですか。苗字が同じに聞こえましたが」


「あら、分からない?春音は冬風の……実の母親よ」


「……!」


春香は自分の軽率さを悔やんだが、時既に遅しだった。春香にとって春音は憧れの存在だった。昔剣術について調べていた頃があり、書物を漁っていた。その中に春音に関する記事が書いてある書物を見つけた。それを読んだ春香は驚き、憧れた。しかし大きくなり書物を読み返している内に、驚愕の事実が判明した。


ー最強の剣士、月詠春音がまさかの人殺し!ー


その一面を読んで衝撃を受けた。まさかずっと憧れてきた剣士が人殺しをしていた。だがその事を一切信じられず、ずっと心の中で否定し続けてきた。しかし雅の言葉を聞いて事実を聞き、心のそこから失望した。だが軽率に口に出すべきでは無かった、彼女の子が直ぐ側に居た。気付かなかったとは言え、とんでもないことを言ってしまったのだから。


「そんな……」


「あの子はね、冬風が生まれて3年足らずでこの世を去った。まだ赤ん坊の冬風を残して。冬風は冬風なりに春音のことを調べ、そして事実を知った。だけど冬風はこう言っていたのよ……”もしそれが真実だったとしても、僕はきっと大事な何かを守るためなんだろう”って。私はあの事件のことを知っている、だからこそ冬風の言葉に驚いた、だからこそ私は春音と同じ道には進ませたくなかった。でも、やっぱり親子ね」


「……」


雅は何も言わず生徒会室の出口の方に歩いて行った。春香は何も言うことが出来ず俯いたままだった。


「ま、待ってくれ……一つだけ教えてほしい、彼がその真実を知った時……どんな顔をしてた?」


だが雅は答えなかった。扉を開き、外に出て閉めようとした。しかし締め切る寸前で手を止めた。


「……微笑みながら泣いていたわ。その事実が書いてあった書物を大事そうに胸に抱きながら」


最後にそう言い残し、生徒会室の扉は閉められた。春香は暫く俯いていたが、勢い良く顔を上げ生徒会室の出口に向かった。


「会長、何処へ行かれるのですか?」


「……済まない、暫くここを空ける」


「へっ?会長……?」


こうして、春香は生徒会室を後にした。




10話は10月下旬に投稿する予定です。

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