第10話 真実の過去
投稿が遅れて申し訳ないです、色々忙しくてこっちの投稿が疎かになってしまいました事をお詫び申し上げます。
生徒会室を飛び出した僕は宛もなく走っていた。息を切らしながら飛び込んだ場所は屋上だった。
「はぁ……はぁ……」
屋上には誰もいなくて助かったと思いつつ空を眺めると雲一つない快晴だった。そんな気持ちの良い空模様にもかかわらず、僕は涙を流していた。
「っ……!」
フェンスにもたれ掛かりながら腕で目元を隠した。涙ぐんだ瞳には、太陽の光は眩しすぎた。僕の感覚には無音の静寂と真っ暗な視界だけが残った。だがその暗い視界に映ったのは、まだ母様が生きていた頃の微笑みだった。それを思い出し、また瞳に涙を浮かばせた。
「母様……」
気が付かぬ内に呟いていた。そのまま涙を拭い去り、フェンス越しにエーテル方面の空を眺めていた。
暫くすると背後から屋上の鉄扉が開く音がした。ゆっくりと振り返ってみると、そこには夢依が立っていた。
「よくここが分かったね……」
微笑みながら呟くように言葉を発した。だがその瞳には微笑みなど一切映っておらず、代わりに映っていたのは悲しみだけだった。
「……分かるわよ、だって冬風はいつも何かあると屋上に行くじゃない」
「ははは……確かにそうだね、学校内で唯一一人きりになれる場所だからね」
乾ききった笑いをしながらも、フェンスの外に視線を戻した。夢依はそれを察したように隣に立ち、一緒に外を眺めていた。そして少し静寂の時間があったが、風の音がそれを見事に消し去った。それと同時に夢依は僕の方に視線を向けた。
「ねぇ……さっきの生徒会室での話なんだけど」
「……ごめん、そのことに関しては僕は余り知らないんだ。僕が生まれるより前の出来事だったし、記事か資料かでしか載ってなかったんだ。実際見た訳でもないし、誰かから聞いたわけでもないんだ」
「そう……ごめん」
「何で夢依が謝るのさ、気にしなくてもいいよ」
はははっと笑ったが、瞳に深く刻まれた悲しみは消えてはいなかった。夢依は僕が笑った後、俯いてしまった。
「どうしたの?」
「冬風って余り自分の事話してくれないよね」
「話せる事なんてあまり無いからね。それに……話したくないんだ」
「……何でって、そんな事聞くまでもないか」
ため息をつきながら肩を落とした。それからまた暫くの静寂が始まった。実際には数分しか経ってはいないのだが、僕にとっては数時間にも思えた。
「夢依、僕は……」
そんな静寂な空気を破ろうとした瞬間、屋上入り口の方からまたしても鉄扉の開く音が聞こえた。そっちに視線を移してみると、フェルニアが立っていた。
「フェルニア……?」
驚きの表情を見せるも、フェルニアはそんな事お構いなしと言わんばかりに僕の手を取ってきた。
「冬風、貴方にはグライエンに来てもらいます。何でもクラウディオ殿下が貴方に直接会いたいそうなので、大至急に」
「へっ……?!」
フェルニアは僕の手をどんどん引っ張っていった。しかし屋上から出入りする扉は一つしかあらず、フェルニアはそれとは別方向に向かっていった。何が何だか分からない僕はフェルニアの手を振り払った。
「一体何処に行こうとしているんだよ、それに何で僕なんだ」
「それはクラウディオ殿下が貴方に興味を持たれたから、それにこれから向かうのはグライエンですが」
淡々と説明するフェルニアに呆然としていた。
「そんな事急に言われたって……!」
「はぁ……仕方ありません」
フェルニアはため息を吐いた後にフィンガースナップを鳴らした。すると何処からかこの前のメイドが夢依を拘束していた。
「なっ……!」
「貴方が駄目なら、彼女を連れて行くしか無いわね」
そう呟くと転移魔法陣を展開した。僕は固まったままだったが、悔しそうに歯を食いしばりフェルニアの腕を掴んだ。
「待って、もし僕が行かないと言ったらこうするつもりだったの?」
「そうよ、不本意ながらだけどね」
「……そうか、なら今すぐ夢依を離せ。行けば良いんだろ、だったら行ってやる。しかし条件が一つ、もしも僕が不在の間に夢依達に何かあったとしたら……僕は何をしでかすか分からないよ?」
殺気にも似た威圧に、フェルニアは少し怯えていた。無理も無いだろう、少しだけとはいえ常人では耐え難いほどの重力をかけたんだもの。
「……分かりました、それではこっちに」
「うん……」
メイドが夢依の拘束を解いたのを確認すると、魔法陣の上に立つ。
「雅、夢依の事は暫く頼んだ。僕が何故行くかは雅には分かっているでしょう、だから僕が不在の間夢依の事を頼んだ……」
(えぇ、分かったわ)
小言の様に呟くと脳裏に音声が流れた。それは雅の声だった。恐らく今は遠い所か神界に居るのであろう、念話みたいなものだ。魔法陣が紫色に輝くと、夢依が大きな声で僕に叫んだ。
「冬風!!」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから!」
言葉を言い終わると同時に転移された。この言葉が届いたのかどうかは分からないが、最後の最後に夢依は安心したような表情をしていた様に見えた。
…………。
冬風、フェルニア、メイドが魔法陣に消えた後夢依は一人屋上に取り残されていた。魔法陣は既に跡形もなく消え去っており、どうしようもないと思い教室へ戻ろうとした。鉄扉の取っ手に手をかけようとした瞬間、何もしていないのにひとりでに扉が開いた。そこに立っていたのは春香だった。
「はぁ……はぁ……あれ、夢依さんだけですか?」
「はい……」
息を整えながら周りを見渡してみたが、誰もいなかった。
「そうですか……」
諦めて生徒会室に戻ろうとした時、今度はフェンスの方から物音がした。視線を移してみると雅が立っていた。
「雅、どうして?!」
「冬風に頼まれてね、あの子がいない間私が夢依を守るわ」
「そう……所で、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
春香が鉄扉を閉めた後夢依はずっと胸に抱えていた疑問を雅にぶつけた。
「冬風のお母さんの事、教えて欲しい……」
「それは本人に……聞いても分からないのよね」
「そうみたい、冬風は資料とかでしか見たこと無いって言っていたし」
「そう……もし聞きたいのであれば話すけど、生半可な気持で聞かないほうがいいと思うわ。下手に同情なんかされたら、冬風絶対落ち込むというか何も話してくれないほどに拗ねちゃうとおもうから」
「ふふ……」
その姿が容易に想像できたのであろう、夢依は思わず笑ってしまった。
「……私は聞きたいです、どうして彼女はあんな事をしたのか」
春香は夢依の隣に立った。
「そうね……言うなとは言われてないし、分かったわ」
3人はフェンスにもたれかかる様に座り、雅は話し始めた。
「あれは丁度、私がエーテルに連れてこられた時の話からかしらね」
30年以上前、雅はとある海と隣接した街で独りぼっちだった。そこは雅が生前住んでいた街なのだが、今は戦争で焼き払われたりして目も当てられないほど酷い状態だった。大切な友人や大好きだった両親も戦火に焼かれ、誰も居なくなっていた。
唯一死んでも尚ここに留まったのは雅一人だった。だがその雅も早くこの世から消えて皆に会いたいと思っていた。そんな事を思いながら海を眺める毎日だった。だがある日、その街に一人の男性がやって来た。
「うわ……これは酷いな、昔の面影なんて無い」
男性はコートを羽織っていて、髪の長い人だった。男性が街を見て回っていると、偶然雅と出会った。
「君は……この世の者ではないな、だが何か底知れぬ力を秘めている」
「……っ!」
その頃の雅は何を言っているのか分からず、逃げる体制をとっていた。
「あぁ、待ってくれ。怪しい物じゃない、昔にこの街に来たことがある只の旅人さ」
男性は笑いながら両手を上げて降参の体制をとった。雅は少し警戒しながらも逃げる体制を解いた。
「一体何をしに来たのですか……」
「何しにって……俺は旅人だからな、世界を旅するのは当たり前のことだ。この街に来たのは近くを通りすがったからだ」
「……」
「信じられないか?」
「はい、少なくとも悪い人には見えませんが……正直な所信じていいのか迷っています」
雅はそっぽを向いた。男性は苦笑交じりに笑った。
「それで……君はこれからどうしたいんだ?こんな街に居てもやることないだろうし、大切な家族の所へ行きたいとかでも思っていたのかな?」
「それを貴方に言う義理は無いです」
「こりゃあ手厳しいね、だけどそういうってことは真実なんだろう?」
「……」
俯きながら黙りこくってしまった。確かに今更何をした所で、こんなちっぽけな自分に何が出来るのかなんてたかが知れてる。何処にも行く宛など無いのだから。助けてくれる人も居ないのだから。
「……もし良かったら、俺と旅でもしないか?世界を回って色んな所を見てみれば、その荒んだ心も落ち着くかもしれないぜ?」
男性は思いっきり笑いながら親指を立てた。
「……今の所は何とも言えません。今日初めて会った人ですし、それに……人には頼りたくありません」
突き放すように冷たく振る舞った。
「何で頼りたくないんだ?」
「皆……死んじゃうから、私が頼っちゃうと……皆死んじゃうから。敵兵に囲まれたあの時だって、食料が尽きて飢え死にしそうになった時だって……私が頼った人は死んじゃった。友達も親も皆……私が頼ってばっかりだから苦労をかけさせて、死んじゃった。皆が死んだのは……私のせいなの……」
俯きながら泣きじゃくった。今まで頼りにしてきた人達は死に、それを自分のせいだと思い込んでいた。ずっと心の奥底で力のない自分のことを憎み続けてきた。だから誰にも頼らず、誰にも迷惑をかけず自分一人だけで生きていこうとした。
しかし現実はそう甘くはなかった。あっという間に敵兵士に見つかって殺されてしまった。そして、冷たく暗く深い海の中に沈められてしまった。
「……」
男性はため息をつきながら頭を掻いた。そして雅の所まで歩み寄り、そっと頭を撫でた。
「あのな、人が死ぬのは当たり前なことなんだ。人間誰しも死はあるが、それが早いか遅いかってだけの話だ。さっきの話を聞く限りじゃあ、君が悪いとは到底思えない。俺はそこまで頭が働く方じゃないがそれだけは言える。きっと君に頼られて死んでいった人達はそれで良かったんだと思うぜ。人間は頼られることは嫌いではないからね。だからさ、辛くなった時や悲しくなった時、自分では乗り越えられない壁にあたった時なんかは頼ってくれても良いんだ」
その言葉に雅は更に泣いてしまった。当然の如く男性は慌てふためいて何とか慰めようとしていた。
雅は暫く泣き続け、徐々に泣き止んでいった。男性もホッとしたように胸を撫で下ろしながら優しく頭を撫でた。
「……当に?」
掠れた声で呟いた。男性は聞き返して耳を傾けると、雅は更に涙を零しながら男性の方に顔を上げた。
「本当に……頼っていいの?本当に……死なない?」
「あぁ、どんどん頼っていいし死んだりしない。約束しよう」
「うん……」
2人で指切りをした。こうして雅は男性と共に世界を旅することを決意した。
「そう言えば名前を聞いてなかったな、俺は月詠綾香だ。よろしくな」
「私は雨霧雅、普通に雅でいい」
「そうか、じゃあ俺のことも綾香と呼んでくれ」
「うん」
こうして2人で世界中を旅した。雅の街より酷い状況に陥っていた町やそれなりに設備が整っていた街など、色んな街を見て回った。
その分だけ出会いもあり、硬く閉ざされた雅の心は少しずつ開いていった。そして1年と数ヶ月になる頃には普通の女の子と大差なく話せる様になった。霊体のわりに他の人と話せるのは不思議だが、やはり触れることは叶わないようだ。
2人で旅を始めてから数年後、とある土地に訪れた。そこは何も無いただの草原だったが、何処か不思議な力の満ち溢れる場所だ。
「凄いな……ここは」
「不思議な場所……」
生い茂る草木の中を歩き進んでいた。すると古ぼけた祠が建ててあった。木製で蔦とか苔とか色々生えていたけど、とても立派ではあった。雅が祠に触れると淡青く輝き出した。
「な……何これ」
「雅……?」
困惑する二人を放置して、祠に触れていた雅は淡青い光に飲み込まれて消えていった。
「……!」
必死に祠の周りを調べたが何も出てこなかった。名を呼んでも返事は帰ってこず、陵春は諦めずに祠の前で雅の帰りを待つことを決めた。心の奥底ではこの世界に満足して成仏したのかとも思ったのだが、雅の性格上それはないとも思った。
それから数日後、陵春は祠のすぐそこで寝ていた。夜が明け今日も雅を待とうと体を起こそうとすると少し違和感を感じた。
「ん……?」
視線を違和感の場所へ向けてみると、いつの間にか帰ってきていた雅がぐっすりと寝ていた。
「……はぁ、寝ている間に帰ってきたのか。良かった、あんなお別れは嫌だもんな」
安堵のため息をつきながら空を眺めて呆けていると、いつの間にか雅の目が覚めていた。
「んぅ……陵春?」
「起こしたか、悪い」
「気にしないで……ただいま」
「あぁ……おかえり」
二人は起き上がり、陵春が今後の予定を決めようとしていた。しかし雅はずっと浮かない顔をしていた。
「……どうした?」
「その……私あの時消えた後、気が付いたら神殿みたいな場所に居たの。そしたらその中から和服姿の綺麗な人が出てきて、私にこう言ったの。”貴方はもうあの世界に居ることは出来ない、このまま成仏して消えるか神になってこの世界に留まるか”って」
「それで……どう答えたんだ?」
「私は陵春ともっと一緒に居たいし、一緒に居られるなら神にだってなんだってなってやるって……その後はもう神になるための試練を受けて、晴れて私は神になることができたわ」
雅のその言葉に陵春は少し疑問を感じた。神になるかならないかは最高神の決定次第、もしくは最初からそう決まっていたものや強大すぎる力を持っているものだけだ。雅はこれと言って特出した力はないし、普通の幽霊よりちょっと力が強めってだけで他にはあまりない。
「……なぁ、その人の名前とか分かるか?」
「確か天照……って言っていた気がする」
「なっ……!」
天照大神、この国の最高神の一人だ。彼女の炎は太陽よりも熱く、天岩戸に引きこもって太陽をも隠したという逸話まである神だ。
「……」
「どうしたの?」
「彼女の目的は分からないけど、雅が神になった以上やらなきゃいけないことが出来た。今から俺の故郷に行こう」
「えぇ?!」
「ただ……神となるとあまり目立たせてはいけない。こうなったら已むを得ない、これを使おう」
そう言って懐から取り出したのは一つの青い勾玉だ。
「綺麗……」
「これは……名前は分からないが、どうやら精霊から神までの力及び実体を入れることが出来る容器みたいなものだ。どういう原理かは知らないけど、これに入っていれば少しは楽になるだろう」
すると、雅は少し苦笑いした。
「やっぱり……ばれてた?」
「当たり前だ、明らかに息苦しそうな呼吸法だ」
おそらく神になったばかり、もしくは信仰が少なすぎるせいで力が無いのだ。いくら神でも信仰がなければ意味がない、強大な力を出せるのはほぼ信仰のおかげといってもおかしくはない。
「ごめん……じゃあそうさせてもらうね」
雅が勾玉に触れると吸い込まれるように消えていった。勾玉は少し重量を帯びた。
「よし……」
勾玉をマントの内側に隠すようにしまった。そして急いでエーテルに向かう。
祠の場所から出発してから数日、ようやくエーテルに到着した。入口あたりには誰もおらず、まだ繁栄もしていない寂しい山奥の村みたいな感じだった。村の中に入っても人っ子一人外にはおらず村の皆は家の中でいつ来るかもわからない敵の脅威に震えていた。そんな中堂々と突っ切り、陵春はまっすぐ月詠家の裏山に向かった。
「ここなら誰にも見つからないかな……」
呟くと山の斜面に手を触れた。
「……魔力結界、この山を媒体に神域を作成。ここに雅の祠を奉る!」
一瞬だけ眩いほどの光が放たれたが、すぐに収まった。光で目を閉じていたが薄っすらと目を開けてみると祠が完成していた。
「よしよし、イメージ通り」
自信満々ににやけながら中に入ろうとした瞬間、背後から人の気配を感じた。
「……誰だ」
振り向いてみるとまだ小さい頃の春音が立っていた。
「お父さん……これは?」
「春音か。ここは危ないから家にー」
「もしかして何か居るの?」
「……」
図星を突かれて黙り込んだ。その沈黙を破るかのように陵春の懐の勾玉が弾け、雅が中から姿を現した。
「ふぅ、結構窮屈なものなのね」
「この人は?」
「……?この子は誰なの?」
「はぁ……仕方ない、紹介するよ。こっちは俺の娘の春音だ。そんでもってこっちが最近神になったばかりのひよっこの雅だ」
「よろしくね、春音ちゃん」
「よろしく」
二人は微笑みながら握手を酌み交わしていた。
「……っ!」
「どうしたの?」
「い、いえ……何でもないわ」
握手をした瞬間とてつもない寒気に襲われた。一瞬の出来事だったため良くはわからないと思っていたが、明らかに良くないものが春音に憑いていた。
しかし今の雅にはそれを知る機会は訪れるわけもなかった。置いてけぼりというか仲間外れにされた感じがした陵春は先に祠の中に入り、儀式の準備を終わらせていた。
「雅、準備が出来たからこっちに来い」
「はーい」
雅はワクワクしながら祠の中に入っていった。こうして雅はエーテルの月詠家に祭られた。当時の春音の年齢は9歳、小学生にして陵春の次に強い剣士まで育っていた。だが彼女の驚くべきところはそこじゃない。今まで戦ってきた相手の剣術を瞬間的に分析、そして自分のものにしていくという事だった。14になるころには陵春と同じくらいの強さにまで成長していた。
春音がフィリアスの若霧魔法学園に行きたいと言い出したのはその頃だった。エーテルだと十分に力を試すことが出来ないからと言ってエーテルを飛び出していった。陵春はそのことを心配に思い、出発前に雅と契約をさせていた。春音の魔力量はそこまで大したものではないが、雅程度だったら大丈夫だろうと思っていた。春音がエー テルを飛び出して行ってから数週間後、謎の病で陵春はこの世を去った。だが春音がそのことを知るのはずっと先の話だった。
春音が龍彦と知り合ったのは高等部2年の頃、新龍王激流際の準決勝の時だった。その頃には雅もかなり成長し、神としてはまずまずの感じになっていた。春音も剣術だけで雅の力を借りずに準決勝まで勝ち上っていた。準決勝のフィールドで二人は出会った。
「貴方が月詠 春音か……一度会ってみたいと思っていた。剣術だけで勝ち上ってくるものが居るとは思わなかった。その実力、俺の魔法で確かめさせてもらおう!」
「え……えぇ、お手柔らかにね」
こうして戦いは始まった。お互いにそれなりの接戦を繰り広げていたが、剣術だけで数々の魔法を打ち破り結果的に勝利を掴み取ったのは春音の方だった。
この後も春音は勝ち続け、新龍王激流祭を見事制した。あの戦いの後から、二人の関係は始まった。祭りが終わった後もちょくちょく会い、お互いに親睦を深めていった。
しかしそんな春音が何も言わず姿を消したのはあの祭りから数か月後の事。その頃春音は17になっていて、祭りのおかげもあって世間では人気者だった。しかしそんな人気者が世間から姿を消したときはものすごく大騒動になった。よもや誰もユスティア最強の剣士が姿を消すとは思いもしなかったのだから。その噂を聞いて龍彦はユスティア中を必死に駆けずり回った。
自分が住んでいる地域のホルギルス・隣のベルグルム・王都のフィリアス・そして最後にクリスティアヌスと。だが何処を探しても春音は見つからなかった。
「はぁ……ここも駄目だったか。畜生……何で何も言わずに……っ」
日も傾き始め途方に暮れ何の希望もなくエーテルに向かい、一泊することにした。だが当時のエーテルには宿屋はなく野宿覚悟だった。そんな思いを心の奥底にエーテルをふらついていると、大きな屋敷から見覚えのある女性が出てきた。その女性はずっと探し続けていた春音だった。
「春音……!」
「あら、龍彦さん。よくここが分かったわね」
「お前な……探したんだぞ、今までずっとここに居たのか?」
「そうよ」
「はぁ……とりあえず、いくつか聞きたいことがある」
まず始めに何故失踪したのかと理由を問いてみると、彼女は数年前に知らずの内に亡くなっていた父親の墓参りに来ていたという。墓参りだけで数週間……いや、数ヶ月も行方を晦ますだろうか。龍彦は聞きたいことだらけで何から聞けば良いのかこんがらがっていた。
「ふふふ、とりあえず時間も遅いし家に入りましょう」
「あ……あぁ」
龍彦が言葉を発する前に春音は手を引っ張って家の中に入った。広い屋敷に落ち着かない龍彦は、裏山を散歩していた。夜も完全に更け辺は真っ暗な闇に包まれていた。
「あれ、こっちで合ってたっけ……」
自分の勘を頼りに歩きまわっていると、背後からいきなり葉を揺らす音が聞こえた。それにびっくりし、思わず臨戦態勢をとっていた。しかしその葉の影から顔を出したのは春音だった。
「あ、ようやく見つけた。もう……勝手に歩き回ったら迷子になるって言いませんでした?」
「聞いたような聞いてないような……」
「むぅ……人の話は最後まで聞いてくださいよ。まぁ折角ここまで来たんですし、丁度この山の上に凄く夜景の綺麗な展望台があるんですよ。一緒に見に行きます?」
「……あぁ」
こうして2人は展望台の方へと登っていった。途中本当に熊に出会ったりだとかハプニングもあったが、それらを難なく乗り越えてようやく展望台に到着した。
「……」
山に囲まれ真っ暗な闇に浮かぶ眩しいほどの光に、龍彦は言葉を失った。なんて言っていいのか分からないほどにその場所は幻想的な場所だった。その景色に圧巻されながらも春音の方に顔を向けると、その横顔は何処か儚くて寂しそうにも見えた。
「……もしかして、昔の事を思い出してたのか?」
言葉をかけると我に返ったように体を跳ねさせた。
「あ……はい、昔父と一緒にここに来たことがあって、その時と余り変わらないなと思っただけで……」
「そうか……」
「あの時は2人だったからそこまで寂しくはなかったんです。私の母は私を産んだ時に……だからずっと父と2人で過ごしていたんです。だから寂しくはなかったんです。でも……唯一の身寄りも亡くなってしまい、私はこれからどうすればいいのか……分からなくなっちゃって……」
気が付くと春音の瞳からは大粒の涙がポロポロ溢れていた。無理もない、今までずっと寂しい思いを我慢していたのだから。今まで話していて、こんな感情を見せたのは初めてだった。
「……無理するな、寂しいなら寂しいって言えばいいだろ。俺は別に何処にも行きやしないんだから……と言っても、行く宛がないというのが本音だけどな。この前言ったと思うが、俺は親と大喧嘩して絶縁して今は一人暮らししている。だから別に俺のことを心配してくれる奴も居ない。だから……お前が寂しい時は何時でも側に居てやるから、もう泣くな」
優しく涙を拭ってやりながら頭を撫でた。春音は必死に涙を止めようとしているが、どんどん溢れでて止まる様子もない。どうしようかと途方に暮れていると、エーテルに来る前に春音にあったら渡そうと思っていたものがあったと思いだし、こっそりとポケットの中を探した。案の定それはすぐに見つかった。
「……春音」
頭を撫でるのを止め、一つの黒い箱を差し出した。中を開けてみると入っていたのはそこまで宝石は大きくないが、綺麗な宝石がはめ込まれた指輪だった。
「これは……?」
「俺は……お前のことが好きだ。……結婚して欲しい。結婚したらずっと一緒にいることが出来る、だから寂しい思いもさせることなんて無い。だから……」
震える指先で指輪を差し出しながら頭を下げた。言葉も噛みまくりで上手く言いたいことが言えなかった。
「でも、私……龍彦さんに迷惑かけたくないし……」
「迷惑なんかじゃない、お前が頼ってくれるだけで俺は……嬉しいんだ」
「でも……でも……っ!」
「言っただろ、俺はお前が好きなんだって。ずっと一緒に居られるならどんどん頼ってくれてもいい、お前に苦労はかけさせない……だから……だから……」
その後、暫く春音は呆然と立っていた。そして今にも消えてしまいそうなほどか細い声で呟いた。
「……とに、私でいいの……?」
「お前でいいんじゃない、俺はお前がいいんだ……」
「……」
長い沈黙の後、春音は指輪をゆっくりと手に取った。
「不束者ですが……よろしくお願いします」
瞳から涙を浮かばせながら微笑んでいた。龍彦はそんな春音を優しく、そして力強く抱きしめた。
「……っつ!」
抱きしめていた途端急に春音が肩を抑え痛がり始めた。最初は力を入れすぎたかなと思っていた龍彦だが、その痛がりは尋常ではなかった。
「……どうした」
「何でも……ないわ、ちょっと……子供の頃の傷が疼くだけ……」
見せてもらうと酷いまでに紅く染まっていた。出血しているかと思いきや、そんな感じではなかった。まるで血管そのものが浮き出ているみたいな感じだった。
「……悪い、今の俺ではこれを治すことは出来ない。だが、これを抑えることは出来る」
優しく紅く染まっている部分に指を触れると、紅さは徐々に普通の肌の色へと戻っていった。これが何なのか春音に追求しようとしたが、さっきの激痛で体力を相当持って行かれたらしく疲労困憊だった。その為今日は聞かないでおいた。
それから数週間後、フィリアスの城で結婚式が行われて2人は晴れて結ばれた。彦道は嬉しそうに髭を触り、式に呼ばれた人達の殆どは教職員や学校の友達ばかりだった。だがやはり龍彦の両親の姿は無かった。本人はさほど気にしてはおらず、盛大な結婚式はあっという間に幕を下ろした。
結婚したことによって若霧魔法学園から中退除名されたものの、2人は元からエーテルに住もうと決めていた。2人の荷物はそこまで多くなく、引っ越しの作業はあっという間に終わった。
「ふぅ……ちょっと休憩」
龍彦は荷物を全て運び終わり、縁側で一人くつろいでいた。空を眺めて呆けていると、隣に春音が座り龍彦の肩に寄りかかった。
「お疲れ様、早く終わって良かったわね」
「だな。それにしても……今日からここに住むのか。内装覚えるの大変そうだな……」
「ふふふ、大丈夫よ。一週間もすればすぐに覚えるわ」
「そうか……?」
「えぇ、私も小さい頃よく迷ったけど一週間もあれば覚えられちゃったし」
「ははは……」
龍彦は苦笑混じりに笑った。だが、本人にとってはそんなことよりも春音とずっと一緒に暮らせる事に心を弾ませていた。
「……改めて、これからもよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
それから数年後、第一子として秋水が生まれた。そこまで大きくない普通児だったのだが、一つ問題があった。それは生まれつき体の抗体の働きが弱いことだった。だから体が弱く、よく病に侵されていた。
当時の設備ではどうしようもなく、結局そのまま育てる事になってしまった。2人は相当過酷な運命を秋水に背負わせてしまうことを悔やんだが、考えても仕方ないと思いせめて強く育てることにした。
それから秋水が5歳になるまで色々大変なことがあったが、12月中旬に第2子である冬風が生まれた。秋水の時より出産に時間がかかったが、至って健康児だった。しかし冬風も問題が出てきた。
それは新生児時からの魔力数値が異常な反応を示していたことだ。本来出産したばかりの新生児には魔力測定を行わないのだが、普通ではあり得ない現象が冬風の周りで頻繁に起こっていた。不安に思った龍彦が医者に頼み、魔力測定をした。すると、無意識に溢れ出る魔力数値だけを計測しただけで軽く龍彦の半分近くまで行っていた。龍彦の魔力数の最大値はユスティアの最高記録に記載されてはいないものの今までに居ないくらい強大だった。だが、そんな龍彦の魔力数値の半分近くまで行くことは本来であれば絶対に不可能だった。
「これは……まずいな」
このままいけば、自分の魔力で冬風自信が危険な状態になってしまう。魔力制御が出来ない以上、出来ることは一つしか無かった。龍彦は冬風に触れようとするが魔力の渦に弾かれた。
「っ……」
魔力の渦は宛ら触れさせまいとする魔力障壁みたいなものだった。それにムキになり、魔力障壁を魔力でねじ伏せた。
「手荒な真似はしたくないが……こいつの為だ、仕方ない」
そう言って冬風の胸の上に乗せたのは一つの青いクリスタルだった。そのクリスタルが冬風の胸の中に消えていった瞬間、魔力障壁は一瞬にして消え去り溢れ出る魔力も消えた。
「ふぅ……」
冬風に埋め込んだクリスタルは、時が経つほど効力は薄れるが力を封じ込めるクリスタルだ。簡単に言うならば、幼い頃は抵抗力もなく難なく封じ込めることができるが大きくなるにつれて抑えこみが効かなくなってしまう。言うなれば欠陥品なのだがその頃までには魔力の使い方を完全に教えようと思っていた。
秋水と冬風が生まれ、春音は何かを悟り初め2人と龍彦を連れてフィリアスにある城へと向かった。その理由は他でもない、もし自分の身に何かあった時助けてあげて欲しいと頼みに行ったのだ。勿論彦道は快く了承し春音は安心した。
だがその帰り道フィリアスの駅に行くまでの道中、春音達は何者かに襲われた。全身ローブで顔は分からないが、奴の狙いはあからさまに2人の赤ん坊だった。龍彦はローブの奴と春音を連れて距離を取った。
「ちっ……こんな公衆の面前で襲うとは、良い度胸してやがる……こうなったら……?」
今まさに魔法で消し飛ばそうとしていた龍彦に、赤ん坊の2人を渡した。
「お願い……ちょっとだけ……預かってて」
「お、おい……」
「大丈夫……すぐに終わらせるわ」
春音は立ち上がりローブの奴の方へ一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄った。心なしか春音は息を荒げ、汗をかいているようにも見えた。しかも足取りはふらついていて、やたらと肩を抑えていた。ローブの奴は一瞬尻込みしたが、春音に向かって小型の刃物を突き付け突進した。しかし春音はそれを読んでいたかのようにかわし、すれ違いざまに魔力武装の濡霞で首と胴体を断ち切った。辺からは悲鳴が聞こえ、その場に残るは死体と流れ出る血液だけだった。
「……」
龍彦は無言で立ち、春音の元へ歩み寄った。そして抱えていた赤ん坊を渡した。
「帰ろう」
「……えぇ」
この騒動は記事にされ、ユスティア全域の人々が驚く事件となった。そして話が重なりいつしか春音は2人の赤ん坊を救った人とは裏腹に、人殺しのレッテルを貼られていた。
しかしそれから数年後、病で春音はこの世を去った。貼り付けられたレッテルは時が経つに連れて剥がされていった。だが現在でも名を出せば思い出す人も多いかもしれない。
「……という訳よ、長話で悪かったわね」
「いえ……聞きたいといったのは私達の方ですし、それに……春音さんにそんな過去
が……」
夢依と春香は話を聴き終えて、呆然としていた。特に夢依は知らなかった冬風の過去を知り、かなり動揺していた。
「もしかしたら……今も残っているかもね」
「何が?」
「龍彦が埋め込んだクリスタルよ……トーナメント戦の時の事覚えてる?」
「えぇ……」
「あの時冬風が多色魔法使って倒れたでしょ、本当ならあの程度で倒れるほど冬風の魔力量は少なくない。つまり考えられるのは一つ、あのクリスタルの力が働いて魔力供給を阻害したとしか言えないわ」
「で、でも……あの時急激に魔力を使ったせいだって冬風が……」
「それはあくまで限界値が低い人の話、限界値が計り知れない冬風が多色魔法程度の量を一気に使った所で体に影響が出るわけ無い。つまりクリスタルが限界値を低くしていたか、もしくは抑えこまれていたから一切使うことが出来なかったか……」
雅はフェンス越しに空を見上げ、フェンスを強く握り締めた。
「いずれにせよ……早く取り除かなきゃ……それに、春音の死因は病死だと言ったけど私はそれだけだとは思えないの。いえ、そうだとは思えないの方がいいのかしら」
「?」
「話の途中で春音が肩を抑えて痛がっていたと言ったわよね、あの傷は私が初めて彼女に合う前からあったの。つまり、もっと子供の頃から刻まれたものだったわ。しかもあれは……少しだけ本人に問いて見てみたことがあるけど、あれは傷口というよりも呪いの類だったわ。しかも……寿命をかなり縮める奴よ」
「そんな……」
「しかも……龍彦にも言わず一人で血反吐を吐きながら頑張っていた、本当だったら何時死んでもおかしくない状況だったのに……心配かけまいと一人で戦っていた。」
「……」
一瞬の静寂が辺を包み込んだ後、春香が雅に微笑んだ。そして頭を下げた。
「過去の話をしていただいて、本当にありがとうございました。私……あの事を知った時はずっと酷い人かと思い込んでいました。でも大切なモノを守るためにやったことなんだと知り、本当は酷い人では無かったんだなと思うことが出来ました。春音さんは……やはりお強い人ですね」
「……そうね、あの子は本当に強いわ」
春香と雅はクスリと笑った。夢依は横で何かを考えていた。
「どうしたの、夢依」
「いや……さっきの話を聞いて思ったの、本当に似てるなって」
「何が?」
「その春音さんと冬風よ」
「あぁ……確かに」
「でしょ?」
「ふふふ……親子は似るって言うものね」
「そうね」
こうして、春音の真実を知った春香と夢依。だが2人は今日聞いたことは冬風には言わないらしい。理由は分からないが、雅は黙って2人を見守ることにした。
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