エピローグ:百合な彼女とシスコンの彼が付き合うことになった理由
最初から最後まで、劇的なことは起こりません。
それでもよろしければ、最後までご覧ください。
理由なんてものは些細なことでいい。
五十鈴は目を開けた。
ゆっくりと体を起こす。現実に戻ると同時に、息を吸って息を吐く。
学校から帰って来て、ゴロゴロと地面を転がって、ウダウダと色々なモノを罵って、何食わぬ顔で夕飯を食べて、暴れるのに飽きてぼんやりと天井を見ていたら、いつの間にか寝てしまったらしい。
思い出すと同時に息苦しくなる。体が重い。だるい。やる気が起きない。
なんとなく、携帯電話に手を伸ばす。
メールが二通届いていた。一瞬顔をしかめたが、勇気を振り絞って開く。
一通目は美恵子からだった。
『ごめんなさい。やり過ぎました。明日、ちゃんと謝りに行きます』
美恵子なりに反省はしたような気もするし……どうでもいいような気もする。
「……はぁ」
自分の心が分からず、五十鈴は大きく溜息を吐いた。
謝って済むと思ってんのか、あの女。そんな風に思う自分がいるのだ。
坪倉五十鈴は百合である。それは動かしようがない事実だ。綺麗な女性を見るとときめくし、可愛い女の子を見ると頭を撫でたくなるし、写真を撮っては悦に浸るような……五郎曰くのクソ百合であることは、否定できない。肯定するしかない。
(だったら、このイライラはなんなんでしょうね……)
そう思いながら二通目のメールを見る。空野博だった。
『俺のことは嫌いになってもいいけど、植草五郎のことは嫌いにならないでください!( ∵ )』
無表情になりながら『空野君のことは最初から嫌いなので大丈夫です』と返信した。
携帯を放り投げてベッドに横になる。ガリガリと頭を掻いて、息を吐いた。
と、不意に携帯が鳴る。着信音にびっくりながらも、放り出した携帯を回収して、届いたメールを確認した。
空野博からだった。
『っていうか、趣味じゃないならサクッとお振りになってしまえばいいじゃん?』
『うるさい死ね。五郎君に殺されれば良かったのに』
『洒落になってないから。俺、今病院だぜ? 右腕ぼっきり折れてんだよ。暇で暇でたまんねぇよ。っていうか生徒会の仕事がぶっちゃけヤバい』
『私の知ったこっちゃありませんね。もう辞めますし』
『辞めるって、五郎と気まずくなってんなら、辞める必要なくねぇか?』
そう問われて、五十鈴のメールを打つ指が止まる。
口元が引きつる。携帯を二つにへし折りたい衝動に駆られる。誰のせいでこんなんなってんだと絶叫しつつ、理性を保つためにメールを送った。
『とにかく辞めます』
『まぁ、辞めるなら辞めるでいいけどさ……その前に、会長の謝罪だけは聞いておいてくれねーか? 俺はどうも、あの人がなんの考えもなしに暴走したとは思えないんだよ』
『……正直、気は進みませんが……』
『あと、植草のことが気になるなら、今日の植草の引き取り手のハートマン大佐に事情を聞け。電話番号を添付しておく。0Z0-XXXX-YYYY』
最後に返って来たメールには、聞き捨てならないことが書いてあった。
「……ハートマン大佐?」
見知らぬ電話番号に電話をかけるのは気が引けたが、博の知り合いなら大丈夫だろうと判断して、五十鈴は添付された電話番号をクリックした。
『はい、如月ですが……どちら様でしょうか?』
聞き覚えのある名字。確か、五郎は『敵』と言っていた気がする。
顔は微妙。目は真っ黒。美恵子にアルバイトをするかと言われてほいほい生徒会室までやってきた……五郎のクラスメイト。
「あの……私、坪倉五十鈴といいます。えっと……空野君に、植草君のことが気になるなら、こっちに電話をかけてくれと言われまして」
『気になるの? 告白にビビってさっさと逃げたくせに?』
「っ!?」
いきなり失礼な上に、心に直接剣を突き立てるような物言いである。
五郎が『敵』と評価した理由が分かった気がする。
この男の言葉は、心にクる。
「き、気になりますよ……気になるからなんなんですかっ!? 確かに逃げましたけど、だからこそ気にしちゃうんじゃないですか! 気にしちゃ駄目なんですかっ!?」
『うん、駄目』
「はぁっ!?」
『なぜなら、植草は『坪倉さんが気にしていないか気になっている』からだ』
「…………は?」
『要領を得ないって声色だね……まぁいいや。最初から説明しよう。幸いなことに植草は今すごく忙しい。会話を聞かれるようなことはないだろうさ』
電話の相手の『如月』は、一拍置いてから、声のトーンを落として話し始める。
『僕は詳しい事情は知らないけど、植草から概要は聞いてる。……そういうことを踏まえた、クソ他人のクソ戯言だと思って欲しい』
「……逃げ道を作っておくあたり、卑怯者のやり口ですよね」
『相変わらず、ウチのクラスの良い男は女の趣味がよく分からんなぁ……』
ぼやきながら、如月は言葉を続ける。
『そもそもさ、なんで植草が会長と距離を置きたがってたのか、理由は知ってるの?」
「男の子なら姉離れしたいと思うのは当然でしょう? 本人もそう言ってましたし』
『はっはぁ……アレを『普通の男の子』にカテゴライズしちゃうんだ……』
「言いたいことがあるんなら、はっきり言ったらどうですか?」
『植草は良い奴なんだよね。だから会長を距離を取る。でも、それは自分じゃなくて会長を慮ってのことなんだよ。会長の『足手まとい』にならないようにしたいんだ」
「……足でまといって……そんなこと、お姉さまは絶対に……」
「だから、植草の独断だ。植草は自己評価が低過ぎる。『好きな人を駄目な自分に付き合わせるわけにはいかない』と思っている。そして……植草は自分に嘘を吐く。会長とも本音を言えばこのまま現状維持がいいと内心では思っている。思っているだけだ。口に出さない想いを、平気で無視できる奴なんだよ、植草は』
「………………っ」
『今回、植草はかなり焦っている。なぜなら『最初から言うつもりがなかったから』だ。恋心を圧殺する程度、奴は平気でやる。姉の足手まといにならないように自分から姉を切り捨てようとする男だ。……だから、植草の一番望む結末ってのは『坪倉さんにふられつつ、関係に気まずさを引きずらない』ことなんだよ。あっちは付き合おうなんて最初から思っちゃいないんだ。付き合いたいとも、思っていない』
ふられつつ。。
ふられるのが……前提条件に入っている。
気まずさを越えて、五十鈴の中で怒りが込み上げてくる。なんだそれはと叫んで、携帯を叩き折りたくなった。今すぐ五郎に会って殴ってやりたい気分だった。
こっちが告白を受け入れようかどうしようか、死ぬほど悩んでいるというのに!
『沈黙が長いけど……まさか、悩んでたりしてないよね?』
「してますがなにか? してると悪いんですか? 男は死ぬほど嫌いだし気持ち悪いと心底思ってますが、五郎君はそんなでもないから悩んでるんでしょうが! 私は百合ですが例外はいっくらでもあるんですよ! 巨乳巨乳言ってる男子だってたまには貧乳で抜いたりするでしょう!? それと似たようなもんですよ!」
『心が痛いからそういうこと言うなよ……じゃあ、付き合うの?』
「正直、男とは付き合いたくありません」
『無理じゃん』
「無理ではないです。百歩……千歩くらい譲れば、まぁ……なんとか」
『そこまで譲ってお付き合いする必要ってなくね?』
「無理ではないですし、嫌ではないのです。しかし……男子というのが一番のネックで……五郎君が女性なら全てが解決するのですがねぇ」
『ド●えもんでも頭抱えそうな無茶言いやがる……大体、男のなにが嫌なのさ?』
「胸をガン見されるのが一番嫌ですね。生徒会室のあなたのように」
『いや、アレは野郎じゃなくて女の子でもガン見するレベルだと思うけど……まぁいいや。一番嫌ってことは、二番目も三番目もあるってことで、そーゆーのを諸々含めて男子が嫌だって結論なんでしょ? 植草がそーゆーことをすると思えないけどなぁ』
「するかもしれないでしょうが。五郎君だって男の子ですよ?」
『少なくとも無許可じゃやらないってば』
「それくらい、分かってますよ……だから『付き合っちゃおうかな?』とか思っちゃうんですよ。でも、散々百合百合言ってるくせにやっぱりお前も雌豚だったんだなとか、心の中の自分が囁いて自己嫌悪したり、やっぱりやめようかなとか思ったり……」
『……なるほど。こりゃ面倒だ。植草じゃなくても躊躇するわ』
「なんですか? 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか?」
『気持ちの落とし所を探してるだけで……付き合いたいとは思ってんじゃねぇの?』
「………………」
咄嗟に、返事ができなかった。ついつい、考えてしまった。
断る理由は数多に思い付く。百合だから。五郎が男だから。なんか嫌だから。
ただ……そういう理由をかいくぐって、なんとかならないかなと思いを巡らせている自分が、確かにいるのも事実だった。
返事に窮していると、如月はあからさまに溜息を吐いて言葉を続けた。
『ま、僕から言えるのはここまでだ。あとは二人で決めたらいいさ』
「役に立たない男ですね……」
『無害だと思ってた男から好意を聞かされて、パニくった上に逃げ出した女よりはましだよ。もういいから、押し倒せ。押し倒すのが嫌なら手でも握ってろ』
そう言い放って電話は切れた。
博のメールごと電話番号を削除したい気持ちに駆られたが、それはなんとかぎりぎりで堪えて、携帯電話の電源を切り、充電機に突っ込んで、布団に横になった。
「……寝ますか」
イライラした気持ちを打ち切るように、五十鈴は息を吐いて肩の力を抜いた。
幸いなことに、意識はすぐに落ちてくれた。
「昨日はごめんね。五十鈴ちゃん。……本当にごめんなさい」
「でもね、正直言うと確信犯なんだよね。五郎ちゃんはお馬鹿な上に頑固だからね……あれくらいしないと好きとか嫌いとか、絶対に口にしないほど、嘘吐きで、頑固で、お馬鹿さんだから、ね」
「でもまぁ今回はしてやられたね。退会届の中身が白紙だとは思わなかったよ」
「空野君の代わりは……しばらく、私が埋める。大変そうだけど仕方ないね」
「んじゃ、五郎ちゃんのことは任せた!」
「ちなみに……なんやかんやあって、五郎ちゃんを捨てることになったら言ってね。今度は本格的に拾いに行くから」
「ああ、それから、五郎ちゃんから女の匂いがするかもしれないけど、大体私だから」
「五郎ちゃんがシスコンをやめても、私はブラコンをやめないのサ!」
「私が言えたことじゃないですが、五郎君の周囲はロクなのがいませんね!」
「それをぼくに言われても……」
翌日の昼休み。五郎は五十鈴はいつも通りに空き教室にいた。
なんとなく足が向いた。いるかなと思ったらいた。だから一緒にご飯を食べる。五郎が全身に貼っている湿布の匂いが鼻を付いたが、気にならなかった。
いてくれたら嬉しい。そんな風に思う自分の心を、五十鈴は持て余していた。
ガツガツとヤケクソ気味に焼きそばパンを齧り、五十鈴は牛乳を口に含む。その様子を見ながら、五郎は口元を緩めた。
「やっぱり、坪倉さんは生徒会は辞めないんだよね?」
「惰性とはいえここまで続けて来たことですからね。そう簡単にはやめませんよ。まんまと騙されて、アクションを起こしたお姉さまが悪いのです。そういうわけで、五郎君の勉強は生徒会室で行います。公の場なら、お姉さまも自重するでしょう」
「桜庭副会長の目の前ってのは……かなり気が引けるなぁ……」
「凄まじくキッツいこと言ってましたもんね?」
「大体本音だけど、悪いことしちゃったなぁ」
口元を引きつらせつつ、五郎は弁当を食べながら言う。
「あの時は必死過ぎて全員ぶっ飛ばすことしか考えてなかったけど、女性の顔面を掌底でどついたり、空野君の腕へし折ったり、洒落にならないしね」
「今回の件はお姉さまが全面的に悪いので、五郎君が気にする必要はありませんし、そもそも、お姉さまの暴走を止められなかった生徒会メンバーも悪いのですよ?」
「……そうだね」
思った以上にあっさりと、引きずることなく、五郎は納得した。
少しだけ、会話が途切れる。食事の音だけが空き教室に響いていた。
気まずいと言えば気まずいが、五十鈴はこれを好機と捉えた。五郎の方も気まずさは感じているだろうし、それならそれで、さっさと本題に切り込もうと意を決する。
(私は……まだるっこしいのは、嫌いですからね)
カツサンドに噛み付きながら牛乳を飲み干して、意を決して五十鈴は口を開いた。
「あの」
「ん?」
「昨日のことですが……その……五郎君が私を好きというのは、マジ、なのですか?」
「………………」
五郎は口を閉ざしたまま、顔を真っ赤に染めて目を逸らした。
初々しい反応である。ちょっと可愛いと五十鈴は思った。
目を逸らしながら、五郎は口を開く。
「うん……まぁ……ね。マジです」
「いつ頃から?」
「いつ頃って言われても……はっきり自覚したのは旅行の時かな? 『五郎君が女の子なら良かったのに』って言われた時『女に生まれてたらワンチャンあったのかな?』って普通に思ってて愕然としたし……実際惚れたのはもっと前だと思う」
「すっげぇ分かり辛いですよ! もっと露骨に表現してくれないと分かりませんよ!」
「漫画やゲームのキャラじゃないんだから、振られることが確定してる好意なんて全面に押し出せるかぁ! 恋愛対象が百合とか完全に死亡フラグだからね!」
「おっとぉ……そんなに強気でいいんですか? 振りますよ? 振っちゃいますよ?」
「どうぞご自由に! 付き合って下さいと一言でも言った記憶はないからね!? そもそも、百合相手に告白みたいな自殺行為をするつもりはなかったんだよ!」
「如月なにがしの言った通りですねぇ」
「ちょっ……如月がなんか言ってたのっ!? あいつは基本ムカつくことしか言わないから真に受けちゃ駄目だよっ!?」
「そうですね。話して後悔しましたしマジでムカつきました……が、収穫は残念ながらあったんですよね。腹が立ちますけど」
深々と頷いて、五十鈴はゆっくりと息を吐く。
昨日一日考えて、今日もずっと考えた。
考えに考えて考え抜いて……結局、答えは出なかった。
「私達は、現状でお付き合いしてるようなものなんですよね」
答えが出ないのが答えだと、そういう風に割り切って、そのままを口に出した。
五十鈴の言葉に、五郎はあからさまに口元を引きつらせた。
「いや……そう、かな? お付き合いって、少なくとも告白がないと始まらないもんなんじゃないの? なぁなぁの有耶無耶じゃ駄目だと思うけど……」
「じゃあ、告白して下さいよ。惚れた弱みとかそんな感じで」
「……好きです。付き合って下さい」
「ひゃいっ!? ……っ……ごめんなさい。まだお友達で!」
「告白しろって言われたからしたのに、普通に振りやがった!」
「いや、まさか告白しろと言われてマジでその場で告白するとは……ああ、いやいや。ちょっとストップ。帰らないでください。もうちょっとお話がありますからね!」
弁当箱を抱えて立ち去ろうとする五郎を必死に引き止めて、その場に座らせる。
案の定というか、当然というか、五郎は凄まじく嫌そうな顔をしていた。
「んだよぅ。駄目なら駄目でもういいじゃん。ぼくは今から家に帰って不貞寝するから。三日くらい休んだら何事もなかったかのよーに学校来るから。やっぱりぼくに恋愛する資格なんてなかったってよく分かったからさっさと解放してさしあげろ、ちくしょーめ」
「そこまでやさぐれなくても……」
「ぼくみたいなクソッたれでも告白することぐらいできるって分かったのは収穫だったから。今回の教訓だったから。今はやさぐれてるけど三日経ったら元に戻るから、振るなら振るで後腐れなくお願いします」
「いや、別に振ったわけじゃありませんからねっ!? すごくびっくりして……つい」
「坪倉さん。女の子の言う『お友達でいましょう』っていう言葉は『あなたを異性として認識できません』って、暗に言ってるんだよ? 分かってるよね?」
「ククク……そういう女に限って、男が金持ちになった途端に股を開くんですよねェ」
「発想が怖いっ!」
「誤解されるような返事をしたのは悪かったと思います。ごめんなさい。で……ここからが本題なのですが、私達はなんやかんやと有耶無耶の間に、無理矢理お付き合いをする羽目になったじゃないですか? 名目上であろうと、口裏合わせだろうと、一応お付き合いをしている状態なわけですよね?」
「まぁ……そうだけど……でもそれは、脅迫の賜物だし、一ヶ月限定でしょ」
「そこで、私から提案です」
さて、ここからが本当の勝負。
息を吸って、息を吐いて、呼吸を整えて、真っ直ぐに五郎を見る。
考えても分からなかった。どう足掻いても分からなかった。……分からなかった。
告白にびっくりして、頬が今でもにやけていた。
分からなかったけど、分かったから……丸投げした。
「一ヶ月後、お付き合いを継続するかどうかは、五郎君が決めてください」
丸投げして委ねた。自分の行く先を。この関係を、五郎に委ねた。
そうしてもいいかなと思った。
このまま続けてもいいかなと思ったから、委ねることにした。
ついさっき……数十秒前に、告白されたその時に、そんなことを思ってしまったから、委ねた。気の迷いかもしれないが、それでもいいかなと五十鈴は思った。
五郎は唖然としていた。ポカンとしていた。いきなり選択権を渡されて、完全に思考が停止しているようだった。
一分かけて再起動した五郎は、恐る恐る口を開いた。
「それ、なんか意味あるの? ぼくに委ねられても継続一択しかないんだけど?」
「鈍いですね。愛想が尽きたら捨ててもいいですから、私と付き合ってください。これから積極的に動きますから見捨てないで……と、暗に言っています」
「その言われ方だと、ぼくが鬼畜野郎みたいじゃん!」
「私と付き合って下さいは本音ですがね?」
「……さっき『まだお友達で』って言ったじゃん……」
「言葉は裏を読みましょう。『まだ』ということは変える意志があるということ。私は攻撃値にステータスを極振りした防御がペラッペラな女ですからね。自分から告白したい派閥の人間なのです」
「……いや、でも……坪倉さんは、女の子が好きで、男は嫌いなんだよね?」
「ええ」
「ぼくは野郎だよ?」
「散々迷いましたけど……ついさっき『まぁ、いいや』と思っちゃったんですよね。我ながら百合としては三流もいいところです。男の告白ごときにときめくとは……」
「……でも、ぼく、本格的な駄目人間だし……」
「自分から告ってトドメ刺した男がなに言ってるんですかね……前も言いましたけど、人間なんて駄目な所があって当然なんです。穴がでかかろうが小さかろうが同じことですよ。……それに、真の駄目男は女の子の窮地に助けに来たりはしません。助けに来てくれた時も結構ときめきましたからね? 手段は残虐でドン引きましたけど」
「……ハハ……いや、ホント、生徒会の人たちと剛力君には悪いことしたと思ってるよ……」
「そういうわけで、私と付き合って下さい。よろしくお願いします」
「……こちらこそ……よろしく、お願い……します」
五十鈴が差し出した手を、五郎は口元を緩めながら握る。
五十鈴が見たこともない……とても、とても嬉しそうな笑顔だった。
いつもの茫洋とした印象のある笑顔ではなく、屈託のない笑顔だった。
「ふむ……なるほど。これはこれでなかなか……」
「ん?」
「いえいえ、なんでもありません。まぁ、五郎君が絶対に断らないのは分かっていましたけど、そんなに簡単に了承していいんですか? 私ははっきり言って、お姉さまの百倍くらい面倒くさい女ですよ?」
「なにを今更……そーゆー所もひっくるめて好きになったに決まってるじゃん」
「っ……ごほっごほっ……ま、まぁそれはともかく……呼び方は五十鈴でいいです。彼氏彼女なんだから、名前で呼ぶくらいは許可しましょう」
「えっと……五十鈴さん?」
「呼び捨てでもいいですよ?」
「いや、しばらくはさん付けで。いきなり呼び捨ては正直無理」
「では、そのように……こんな風に、して欲しいことやして欲しくないことは、ちゃんと申告しましょう。少なくとも不意打ちはなしの方向で」
「不意打ちはしないしできないよ。手を握りたいくらいは、言うかもしれないけど」
「こんな風に?」
あっさりと、五十鈴は五郎の手を握る。それくらいなら抵抗なくできた。
手を繋いだ途端に、五郎は顔を真っ赤にして目を逸らした。
乙女か! と、ツッコミを入れそうになったが、ぎりぎりで堪える。
(……うん……そうですね。無粋なツッコミは、今後もやめておきましょうか……)
口元が緩む。背筋が震える。にやにやと、五十鈴は楽しそうに笑っていた。
「ほら、これくらい付き合ってる男女なら普通ですよ? 毎日するんですよ?」
「不意打ちは禁止じゃなかったっけ?」
「かもしれない=したい。と、解釈しました」
「拡大解釈じゃないか!」
「おやおや? 私と手は繋ぎたくないと? 惚れたというのは嘘だったのですか?」
「嘘じゃないし、手も繋ぎたいし、大好きだよ。……いきなりだったから、すごくびっくりしただけで……嫌なわけないじゃん」
「えっと……はい……あ、明日、お弁当作ってきますね! 彼女ですし!」
「え? いや、どういう風の吹き回し?」
「いえいえ……なんとなくですよ、なんとなく! あっはっはっ!」
五十鈴は誤魔化すように笑いながら、ここでようやく悟る。
付き合う付き合わないを五郎に委ねた以上、自分がこの関係を保ちたいのなら、五郎と仲良くする以外に方法がないと……今更ながらに気づいた。
そして、それを楽しんでいる自分が、ここにいる。
(自炊なんてしたことありませんが、お祖母ちゃんに聞きながら、挑戦してみますか)
そんな決意を固めながら、五十鈴は自分の矜持をへし折った。
百合をやめるつもりは毛頭ないが。
生まれて初めて、男の子を、五郎のことが可愛いと……心の底で、認めた。
付き合う理由などそれで充分だと言うかのように。
二人は仲良く手を繋ぐ。
そういうわけで、シスコンが百合に落とされるまでのお話でしたww
今回、長丁場になりました。明らかに携帯小説としてはやり過ぎです。趣味の
小説にしちゃ少々長過ぎた気がしないでもないですが、百合をサブキャラとして
ではなくメインキャラとして扱った場合、色々と回り道が必要になってしまい
面白くはあるけど、文章量がかさむ……というのが、今回の教訓です。
五郎君も好感度が一定以上を越えないと変化が分かり辛いという、小説以外の
媒体でやったら『攻略不可能キャラ』に見えるほどのクソ仕様にしたので、さ
らに文章量がマッハで加速。これでも多少削った方です。
楽しかったですがねww
ちなみに、次の機会で使うと思いますが、一ヶ月後に五十鈴さんはクソみ
たいにデレます。
さて、次は誰を主人公にしようかなと悩みつつ、今回はこれにて〆です。
読了感謝。またどこかでお会いしましょうww