第29話『逆転の発想』
『事態は了解しました。そちらの文化祭の開催期間中は緊急のカラーイラスト案件という建前で缶詰にしたいと思います。今後も不審な接触があればすぐ私までご連絡を』
翌朝、起きたら米原さんからメールが届いていた。
瞳子は拳を握る。不審者の侵攻はひとまず水際で食い止めた。
うちの学校は一般観覧もOKだから三葉先生が入っても法に触れることはないのだが――断じてそういう問題ではないのだ。もしあの人がセーラー服姿でうちのクラスを訪れて「来ちゃった♡」なんて親しげに呼びかけてきたら、殺意を抱かない自信がない。
(日果はガッカリするかもだけど、できるだけ三葉先生は遠ざけよう。無防備なあの子のためにも、私が防波堤にならなきゃ……!)
使命感を燃やしつつ瞳子は朝の教室へと向かう。
結局、昨日の打ち合わせではネームの改善案は出せなかったが、少なからず手ごたえは感じられた。ミステリ的なアプローチとか、コメディ的なアクセントとか。一発解決の妙案は出ずとも、少しずつ正解ににじり寄っている気がする。ああいう建設的なやり取りを続けていればじきにアイデアが出るだろう。
(ホームルーム前にもちょっと雑談がてらネタ出しを……)
そう思いつつ、瞳子は2年3組の扉を開けた。
見れば――日果の机の周りに人だかりができていた。
「えっ」
何をやったんだあいつ。まさか集団で詰め寄られるようなド級の問題発言をかましたのか。あるいはあの悪辣お化け屋敷のアイデアを披露したという可能性も、
「フォロワーもうちょっとで2万じゃん!」
「単行本とか出るのこれ?」
「なんかタイムラインに流れてるの見たことあるかも」
が、違った。
どうやら日果のアカウントが話題になっているようだった。先日、葵に堂々と漫画の原稿データを見せていたのでバレるのも時間の問題だろうとは思っていたが。
「プロも目前らしいよ! マジですごくない!?」
その葵が身振り大きく他の子に吹聴している。やはりこの騒ぎの発信源は彼女のようだ。
「そんな滅相もない。昨日の打ち合わせでも編集さんから手厳しい意見をもらったばかりで」
「えぇすごい! 打ち合わせってどんなことやるの?」
「ええっとね。お料理で喩えると――私がレシピを出したら、編集さんが『あなたの持ち味は和食だから洋食メインの献立は控えるべき』ってアドバイスしてくれる的な」
「前から思ってたけど、大淀さんって比喩が独特だよね」
「もしかしたら一周回ってセンスあるのかも」
ないぞ。日果が凄いのは認めるが、比喩のセンスは間違いなく終わっている。
「日果。どういう状況これ?」
「おおっ。おはよう水無月さん。昨日はありがとう!」
瞳子は人垣の後ろから呼びかける。教室はそこそこ騒がしかったが、日果はしっかりこちらに気付いて手を振ってきた。正直わりと嬉しかった。
「今朝ね、お化け屋敷のデザインイラストを藤田さんに提出したんだ。『開かずの間』のやつ。そしたらクラスのみんなで回し見が始まって、それに合わせて住之江さんが漫画のことも広めてくれて、こういう感じに」
だいたい想像通りの顛末だった。
日果はクラスの『変な子』から一転『見所ある変な子』に認識を改められたようだ。いいことだと思う。これで少しでもクラス内に友人が増えれば――
「ところで藤田さん。折り入って相談が」
日果がわざとらしい揉み手で実行委員の藤田さんに声をかけた。
「相談?」
「お化け屋敷のデザインとポスター作製は私がやるから、代わりに他の作業はやらなくてもいいかな?」
微妙に空気が冷えた。
そうだった。こいつ、お化け屋敷の設置物を『ゴミゴミしたもの』と呼んで準備作業を面倒くさがっていた。今までの前向き姿勢は決して文化祭そのものに乗り気だったわけではなく、ポスター制作や背景デザインという物珍しい作業をやりたいだけだったのだ。
「もちろん忙しいなら当番頻度は調整するけど……せっかくだし何度かは出てみない?」
「じゃあ一度か二度なら」
さらに空気が冷えていく。日果としては譲歩したつもりなのだろうが、「一度か二度」という言い草が露骨なほどやる気のなさを醸し出している。これまで無自覚ぼっちを貫いてきたノンデリっぷりは伊達ではない。
「日果」
瞳子は人垣をすり抜けて、日果の肩に手を触れた。
そして日果に語り掛けるという体で――周りへの言い訳を述べる。
「打ち合わせが厳しい結果で焦るのは分かるけど、そこまで作業に追い込まれることないって。少しくらいリフレッシュしようよ」
日果はあくまで原稿でナーバスになっているだけであり、文化祭を面倒に思っているわけではないんだぞ――と。
「え。別に作業に追い込まれてるわけじゃ」
「みんなで楽しくワイワイ作業してたらきっといい感じに頭もスッキリするからたぶん! 一緒に楽しも!」
頼む。どうか察してくれ。そう願いながら瞳子は日果の肩をゆする。
仮に日果がクラスで浮くことを気にせずとも、そんな惨状に陥ったら瞳子の方がキツくなるのだ。
「ううん……水無月さんは文化祭の準備、好き?」
「もちろん! 絶対いい思い出になるから! やらないのもったいないって!」
「じゃあ私も一緒にやる」
ぽんと日果が掌に拳を打った。
同時に瞳子は安堵に溜息をつく。こちらの真意を察したわけではないようだが、まあ結果的にやる気になってくれたならそれでいい。ヘマをしないように日果との当番日は合わせてもらおう。
だが、まだ本格的に安心はできない。
そもそも日果は協調性がない。他人の感情に頓着しない。もし文化祭の準備が楽しくないと判断したらまた作業を投げ出そうとするかもしれない。
(この子の興味を繫ぎ止めるためには……)
日果がやりたがっていたのは、教室を自ら思い描いた『開かずの間』に仕立て上げることだ。しかし、段ボールの間仕切りや暗幕で迷路のように仕立てた通常のお化け屋敷では背景が隠されて彼女の願望を満たせない。
だからといって、客を密室に閉じ込めるなんてコンプラ違反の原案を採用するわけには――
「あっ」
しかしそこで瞳子は気づいた。
閉じ込めるという案もナシではない。そのシチュエーションがきちんとエンタメになっていれば。
昨日、いろんな構成のアプローチを考えていたおかげで思いついた。そう、謎解きのような形式にしてしまえばいいのだ。
「あ、あのさっ。いきなりな提案なんだけど、脱出ゲーム風のお化け屋敷なんてどうかな?」
指を立てながら瞳子はクラスの面々に呼びかけた。




