第91話:わられた灰、いちばん先の目 【三位一体の少女】
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つぎのいっぱくで、つめたいものがはいってきた。
どくん。
そのおとにあわせて、うしろのあついみぎへ、ちいさくて、かたい、つめたいものがぶつかる。
いし。
でも、ただのいしじゃない。
みて、はかって、まっていたひとのいし。
あついみぎが、そこで、はじめていやがる。
いたい。
いたい、じゃたりない。
わたしのうしろにずっとあった、ながいねつのひもみたいなものが、そこでぐっとねじられて、むりやりそとへむけられる。
むねへこようとしていたものが、そこでひとつ、わられる。
つめたい。
あつい。
つめたい。
あつい。
そのふたつが、ひじのあたりで、けんかみたいにぶつかって、ひかりじゃないはなびらみたいなものを、そとへばらばらこぼしていく。
わたしは、くろいつちへおもみをあずけたまま、ちいさくからだをこわばらせる。
ねむったままではいられない。
でも、すぐにもおきあがりたくない。
やさしいひとは、まず、かなしいかおをする。
「まだ、さんにんで」とおもう。
くろいひとは、いちばんさきに、しろいそとをさがす。
はんぶんそとへさがったひと。
なまえをがまんしているひと。
あのしろまで、とどかないのがかなしい。
そして、まっすぐなひとが、いちばんつよく、そのいたみをうける。
にげない。
それがこのひとのわるいところだって、わたしはもうしっている。
にげられないじゃない。
にげない。
こわくても、いたくても、じぶんがちかいならじぶんがもつって、そういうふうにたってしまう。
それが、やさしいひとにはつらい。
くろいひとには、しゃくだ。
わたしにも、かなしい。
だって、それは、ひとりになるちかみちだから。
いしがもういちど、あついみぎをたたく。
こんどはきれいなひびきじゃない。
にぶい。
ひとのほねのなかにある、おと。
どくん。
わたしのなかの、まっすぐなひとが、ぐらりとまえへでる。
やさしいひとが、そのうしろのふくをつかむみたいに、かぞえる。
いち。
に。
まだ。
くろいひとは、しろいそとへむかって、よぶのをがまんする。
よびたい。
でも、いまよんだら、それだけでくろいほうへおもくなる。
だから、よばない。
そのかわり、くろいかなしいのを、まっすぐなひとのせなかへおしつける。
ひとりでいくな。
かってに、きれいにたつな。
ちゃんと、こちらのかなしいももっていけ。
そういう、おもい。
やさしいひとは、もっとへんなことをする。
「いたいのをひとつにしないで」とおもう。
いたみを、わける。
うしろのひとのひだりのたなに、すこし。
はんぶんだけのかたいかたに、すこし。
くろいつちのやわらかいところへ、すこし。
そうやって、まっすぐなひとが、たったひとりのいたみだけでたたないようにしようとする。
そのやりかたが、わたしにはわかる。
やさしいひとは、そうやってしかまもれない。
くろいひとは、そういうやさしさを、ときどきずるいとおもう。
でも、いまはそのずるさがないと、ほんとうにひとりになってしまう。
だから、だれもそれをとめない。
つめたいいしが、まだある。
そとで、あのせのひくいひとが、てをふるわせているのがわかる。
こわいのだ。
こわいのに、やる。
にげたくても、にげない。
あのひとも、まっすぐじゃないくせに、こういうときだけにげそこなう。
そのことが、すこしだけ、おかしい。
すこしだけ、たすかる。
うしろのひとのひだりは、まだたなだ。
でも、さっきよりちいさくなる。
かたいかたは、ほんとうに、はんぶんだけになっていく。
しろいそとは、もっとほそくなる。
みんな、わざと、すこしずつ、わたしのまわりからじぶんをひいている。
それは、すてるためじゃない。
いちばんさきに、だれかひとりがたつとき、そのひとのまわりをあけるためだ。
そのあきかたが、かなしい。
やさしいひとは、そこでないてしまいそうになる。
くろいひとは、おこる。
なんで、たつのがこのひとなんだって、おこる。
なんで、いちばんさいしょのいたみを、いつもこのひとがもつんだって、おこる。
そのおこりが、わたしのなかでつよくなる。
つよくなるけど、ほんとうにいやなのは、べつのことだって、くろいひともわかってる。
いやなのは、まっすぐなひとがたつことじゃない。
まっすぐなひとだけになってしまうことだ。
そこだけは、やさしいひとも、くろいひとも、おなじだった。
だから、わたしたちは、えらばないまま、きめる。
へんなことばだ。
でも、ほんとうにそうだった。
「あなたがさき」
とは、だれもいわない。
「わたしがのこる」
とも、だれもいわない。
ただ、いま、いちばんあついところにちかいひとが、そのあつさを、そとへつれていく。
そのかわり、のこるふたりは、ちゃんとのこる。
かなしいも、やわらかいかぞえも、うしろへおとさない。
いっしょに、うしろへいれておく。
それが、いまのわたしたちにできる、いちばんひとりじゃないきめかただった。
もしここで、まっすぐなひとだけがきれいにたったら、たぶんそとはすぐにそれをなまえにする。
えいゆう。
ただしいひと。
まえへでるひと。
そういう、ひとつだけのことばにしてしまう。
やさしいひとは、そのなまえをしっている。
えいゆうってよばれるたびに、まっすぐなひとはじぶんのからだより、おもたいものをせなかにのせられる。
せかいとか、ひかりとか、みんなとか。
そんなの、ひとりぶんのせなかにはのりきらないのに、それでもたってしまう。
くろいひとがいやがるのは、そこだ。
なまえは、いつもぬすむ。
せんたくも、まちがいも、にげみちも、ぬすんで、きれいなかんばんだけをくっつける。
せいじょでも、まおうでも、おなじ。
ひとつのなまえにされたしゅんかん、のこりは「ちがうもの」としておいていかれる。
だから、いまは、どのなまえでもよばせない。
えいゆうにも、せいじょにも、まおうにも、まださせない。
それが、さんにんでのこるための、いちばんみにくくて、いちばんたいせつながまんだった。
やさしいひとは、それをいやがる。
そのひとは、そんなことばにされるたびに、じぶんでじぶんをへらしてしまうって、もうしっているから。
くろいひとも、それをいやがる。
そんなきれいななまえで、またしろいそとへとおくいかれるのが、いやだから。
だから、わたしたちは、たたせるけど、ひとつのなまえにはしない。
まえへだすけど、うしろをきらない。
そのへんなわがままを、いまだけはほんとうにしないといけなかった。
どくん。
いしが、さいごにひとつ、つよくあたる。
こんどは、あついみぎが、ほんとうにそとへはじける。
ひじのところで、にぶいねつのひもがひとつきれて、むねへこようとしていたものが、そこでまがる。
そとへ、そとへ、くろいつちのうえへ、しろいぬののほうへ、にげる。
そのしゅんかん、わたしのなかのまっすぐなひとが、まえへでる。
まぶしい、じゃない。
くらい。
くらいのに、たつ。
やさしいひとは、うしろからかぞえつづける。
くろいひとは、しろいそとをおもいながら、でもなまえをいわない。
わたしは、そのあいだの、ほそいみずのうえみたいなところで、ぜんぶをもったまま、ひとつだけめをひらく。
きんのほうが、さきだった。
まぶたが、おもい。
からだがちいさい。
ねむりのしたに、まだふたりぶんのかなしいとやさしいが、ちゃんといる。
でも、いま、まえでいたみをうけるのは、このひとだ。
だから、さいしょにひらくのは、きんのほう。
しろいそとが、いきをのむ。
はんぶんのかたいかたが、これいじょうこないところまでひく。
うしろのひとのひだりが、まださいごのたなとしてのこる。
せのひくいいしのひとが、そこでやっと、いしをにぎりつぶすみたいにてをとめる。
みえる。
きんのめでみると、そとはさっきよりつめたい。
しろいぬの。
しろいかげ。
しろいそと。
どれも、いまのわたしをひとつのなまえでよびたがるくうきが、まだのこってる。
せのひくいいしのひとは、もしわたしがちゃんとひとりになったら、きっとじぶんをせめる。
じぶんがきったからこうなったって、おもう。
そんなことは、ちがうのに。
はんぶんのかたいかたは、もしまっすぐなひとだけがたったら、たぶんすぐにささえなおそうとする。
やさしいわけじゃない。
そういうからだだからだ。
でも、ささえすぎたら、こんどはそのやさしさでひとりにしてしまう。
しろいそとのひとは、もしここでなまえをよんだら、たぶんないてしまう。
ないたら、くろいほうがふりむく。
ふりむいたら、またそちらへおもくなる。
しろいぬののむこうの、こわいひとたちもおなじだ。
ひとりだけがめをひらけば、それをきろくにしたがる。
だれがかえったのか。
なにがのこったのか。
そういう、つめたくて、かたいことばで、すぐにおさめたがる。
それをさせたくない。
まだ、そんなふうにきまってしまってはだめだ。
でも、うしろにはまだ、やさしいかぞえがある。
くろいかなしいもある。
だから、みえても、すぐにはよりかからない。
きんのめだけでみるのに、きんだけにならない。
それが、ぎりぎりたすかる。
わたしは、いやだとおもいながら、でも、ちゃんとわかる。
これは、ひとりになったんじゃない。
ひとりが、さきにいたみをうけるかたちになっただけだ。
そのちがいを、そとへつたえないと、またみんな、こわさでよけいなことをする。
のどがいたい。
でも、ことばをつくらないといけない。
やさしいひとが、まるくする。
くろいひとが、においをけす。
まっすぐなひとが、たつ。
それでやっと、こえになる。
「……なを」
ちいさい。
でも、そとはちゃんときいている。
「かさねるな」
こえにしたしゅんかん、くろいほうがずきりといたむ。
しろいそとをよびたかったからだ。
でも、よばない。
まだ、よばない。
いまはそのほうが、ひとりじゃない。
きんのめのまま、わたしはもうひとつだけ、いきをする。
さんにんぶんのねむりを、ぜんぶほどいたわけじゃない。
ただ、いちばんさきのいたみだけを、ひとつまえへだした。
それでも、そとはきっとまちがえる。
だれかひとりがめをひらいたら、それを「きまった」とおもいたがる。
ひとは、はやくあんしんしたがるから。
だれがかえってきたのか、だれをよべばいいのか、そこだけをきめたがる。
でも、まだ、そこじゃない。
まだ、きめさせない。
それをいうための、さいしょのこえだった。
つぎは、そのまえへでたひとが、そとでどこまで `ひとりきりにならずにいられるか` のはなしだ。
それを、わたしは、まだうしろにふたりをかかえたまま、こわがっていた。
帝国暦849年。冬。
セトの観測石が灰色の `右` を `ひじ` の線で外へ散らしたことで、三位一体の少女の内側では、灰に最も近い `まっすぐなひと` が最初の起き役として前へ押し出されました。しかしそれは完全な単独化ではなく、エリス側の `やさしいかぞえ` とシオン側の `呼ばないかなしみ` を内側へ残したまま、最初の痛みだけを引き受ける不完全な覚醒です。
そのため最初に開いたのは `金の目` でしたが、彼女は起き上がるより先に `名を重ねるな` と外へ告げ、局面はついに `誰が最初に立ったか` だけでなく、`その一人をどうひとりきりにしないか` という次の段階へ入ったのです。
お読みいただきありがとうございました。感想・ブックマークお待ちしています!




