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泥濘のレクイエム ―英雄の残火と、継ぎ接ぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第56話:特等席の遊戯、狂犬に仕掛けた起爆剤 【ゼクス】

お読みいただきありがとうございます。毎日20時に更新しています。

「くははははッ! あー、傑作だ! 腹が痛い!」


帝都の軍事塔、特務室の仮本営。

薄暗い執務室の中に、俺の爆笑が響き渡った。

机の上に置かれた『遠見の水晶』――かつて教会の宝物庫からくすねてきた最高級の魔導具――には、西の果て『忘却の荒野』で繰り広げられている、極上の大乱闘が鮮明に映し出されていた。


水晶の中では、特務室が誇る狂犬ファウストが、文字通りボロ雑巾のように宙を舞っていた。

隻眼の剣士レオンの鉄剣が狂犬の左腕を叩き斬り、魔法使い(セト)の爆炎がその包帯の顔面を焼き焦がし、トカゲの魔族ガルドの骨槍が胴体に風穴を開ける。

そしてトドメとばかりに、魔王軍の参謀ヴェルが放つ無慈悲な重力魔法が、狂犬を泥の底へと何度も何度も叩き潰しているのだ。


「し、室長……! ファウストが、一方的に解体されています……ッ!」


傍らで水晶を覗き込んでいたヴェインが、青ざめた顔で悲鳴を上げた。


「あれだけの猛者を四人も同時に相手にするなど、いくらファウストの異常な再生力でも限界が……! このままでは、特務室の貴重な戦力が失われてしまいます!」


「当たり前だろ、ヴェイン。相手は腐っても、数年前に世界を終わらせかけた『アレンの同窓会メンバー』だぞ?」


俺は笑い涙を拭い、安酒のスキットルを傾けた。


「飼い慣らされた暗殺者なんぞが、あの化け物どもに正面から勝てるわけがない。

……だが、最高の仕事をしてくれたじゃないか。あいつら全員の足止めと、極度の『疲労』を引き出しているんだからな」


俺は水晶の映像を、泥沼の端っこで震えている二つの影へとズームした。


一つは、灰色の極光を放つ『聖剣』を右腕に同化させ、完全に腰を抜かしているスラムのガキ(カイル)。

もう一つは、巨大なマーブル模様の『卵』を抱きしめ、大人たちの戦いを見守っている踊りリノ


「見ろ。

神と魔王の力が混ざった【聖剣】と、アレンたちの魂を宿した【卵】。この二つの『規格外のバグ』が、至近距離に揃っている」


俺の言葉に、ヴェインが息を呑んだ。


「あの二つは、互いのマナに共鳴し合っている。

……卵の表面に、すでにいくつもの細かいヒビが入り始めているのが見えるか?」


「は、はい……。聖剣の放つ『浄化と腐敗の波長』が、卵の中のマナを強制的に刺激しているようです。


……しかし室長、このままでは卵が孵る前に、聖剣の力に耐えきれず壊れてしまうのでは!?」


「だから、俺が『手伝ってやる』んだよ」


俺はニヤリと笑い、懐から銀色の小さな起爆スイッチのような魔導具を取り出した。


「いいか、ヴェイン。ファウストの背中にあるあの重たい『鉄の棺桶』。あれがただの武器箱だと思っていたか?」


「え……?」


ヴェインが水晶の中のファウストを見る。

何度も泥に叩きつけられ、メスを手放し、四肢をもがれながらも、ファウストは背中の棺桶だけは決して手放さずに狂い笑い続けている。


「あれはな、あいつ自身の異常なマナを貯蔵し、限界を超えて圧縮するための『魔力炉』だ。


……そして同時に、俺がいつでもあいつを【超特大の汚染爆弾】に変えられるように仕掛けた、遠隔起爆装置でもある」


「なっ……!? では、ファウストをあそこに送り込んだのは、最初から……!」

「ああ。歴戦の英雄どもを巻き込んで、あの泥沼ごと自爆させるための『捨てデコイ』だ」


俺は、銀色のスイッチに指をかけた。


「レオンもセトも、魔族のヴェルも、狂犬をボコボコにして油断している。

……そこに、この狂犬の命とマナをすべて圧縮した大爆発が起きたらどうなる?」


水晶の中の大人たちは、自分たちをかばいながら戦っている。

逃げ場のない泥沼の底。もしそこで規格外の爆発が起きれば、彼らだけでは絶対にガキ(カイル)とリノを守りきれない。


「ガキの右腕にある『聖剣』は、持ち主の生存本能に反応して、すべての力を解放して防壁を作るだろう。そして、リノが抱えている『卵』も、外からの致死の危機に直面すれば、中身を守るために強制的に【孵化】せざるを得なくなる」


俺は、最高に歪んだ笑顔を浮かべ、指に力を込めた。


「さあ、見せてみろアレン。

お前が残した不良債権と、お前自身の魂の器がぶつかり合った時、そこから一体どんな化け物が生まれるのかをな!」


カチッ。

俺が遠隔起爆のスイッチを押し込んだ、その瞬間。


水晶の向こう側。

泥沼の底でヴェルに首を撥ねられそうになっていたファウストの背中の『鉄の棺桶』が、不気味な赤黒い光を放ち始めた。


『――ア、アァ……?

アァァァァァァッ!? ナンデ、棺桶ガ、熱イ……!? 身体ガァァァァァッ!!』


水晶越しにすら伝わってくる、狂犬の最期の絶叫。

棺桶に貯蔵されていた致死量のマナが、ファウストの肉体ごと強制的に臨界点へと達し、内側から膨張していく。


「あばよ、狂犬。お前は最高の花火だ」


俺がスキットルの酒を飲み干した直後。

忘却の荒野の泥沼は、天地をひっくり返すほどの【赤黒い大爆発】に完全に飲み込まれた。

遠見の水晶は、あまりの魔力波に耐えきれず、パリンッ!と甲高い音を立てて粉々に砕け散った。


「さて。盤面は完全にひっくり返ったぞ。生き残るのは、誰だ?」


俺は葉巻の煙を吐き出しながら、西の空を見つめて歓喜の笑いを漏らした。


帝国暦849年。

絶対の黒幕が引いた最悪の引き金により、忘却の荒野はついに「神の剣」と「魂の卵」が激突する、究極の混沌(ゼロ地点)へと突入した。

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