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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第141話:おなじじゃないたすかり、いちばんめのふし 【三位一体の少女】

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からのざ の そのさき は、しずか だった。


でも きたかげ の しずけさ とも、からのざ の しずけさ とも ちがう。

もっと うすい。

うすい けれど、きれい じゃない。


きれい な しずけさ は、かたい。

だれか が みつけたがる。

だれか が `これ が ただしい` と いいたがる。

そういう かたさ が ある。


いま の しずけさ は、まだ そこまで そろっていない。

そろわせない ひと が いる。

わたし は それ を、ことば じゃなく からだ で しっていた。


かえしい の くち を ぬけた ところ に、さいしょ の ふし が ある。

ひろい へや では ない。

せまい みち でも ない。

ひだり に ひくい いし。

みぎ に あさい くぼみ。

まんなか に、すわる には たらない くらい の たいら。

どこ も `ここ` と きめる には たりない。

でも、からだ を まったく おけない ほど では ない。


それ が ふし なのだと おもう。

とまる ため では なく、つぎ へ わたる まえ に からだ を すこし だけ ほどく ところ。


くろいひと は、みぎ の あさい くぼみ を みる。

かげ が ふかくて、みえにくい から。

やさしいひと は、まんなか の たいら を みる。

いちばん ころばなさそう だから。

まっすぐなひと は、ひだり の ひくい いし を みる。

つぎ へ いきやすい ほう だから。


みっつ が みる ところ が ちがう。

それ で いい。

いま は `おなじ ところ が いちばん` に ならない ほう が いい。


うしろ で、ぬるい き の する もの が すこし だけ うごく。

でも まえ へ は こない。

やさしいひと の みず だ。

きたかげ なら、もう すこし だけ ちかく に あった。

からのざ でも、もっと `ほしいなら とれる` ところ に あった。

いま は ちがう。

とろう と おもえば とれる。

でも `まず それ` に は ならない。


ひだり も すぐ には こない。

やさしい て では なく、あまった て。

いま は まだ そこ に ない。

でも `なく なった` わけ では ない。

その ちがい が、わたし に わかる。


むだぐち の ひと は、わざと さむい こと を いわない。

かわり に、どこか みえない ほう で いし を けった みたい な ちいさい おと が した。

いみ が ない。

だから ありがたい。


かたい いし の ひと は、たぶん みている。

でも、みる ばしょ を ひとつ に きめていない。

みつめられない という こと は、ここ が まだ せき に なっていない という こと だ。


そして いちばん いやな いし の ひと は、たぶん かぞえている。

でも まえ と おなじ かぞえかた は しない。

その いやさ を かんじる。

いや だけど、すこし たすかる。


わたし は、まず ひだり を みない。

きのう たすかった もの を、さいしょ に みる と、からだ が そこ を こたえ に する。

それ は だめ。


だから さき に、まんなか の たいら へ つまさき だけ を おく。

おもみ は のせない。

ただ `ここ にも からだ は とどく` と だけ しる。


つめたい。

でも きたかげ の おんせき みたい に `いて いい` と は いわない。

からのざ の へり みたい に `まだ えらばなくて いい` と も いわない。

もっと そっけない。

`とおるなら どうぞ`

そういう つめたさ。


わたし は そこ へ つまさき を おいた まま、みぎ の くぼみ に て を ちかづける。

ふれない。

ふれそう で、ふれない。

その かんかく だけ を ためす。


くろいひと が すこし わらう。

ここ は すき だ と いっている。

でも いま その わらい だけ で えらぶ と、くろいひと の ふし に なる。

それ も だめ。


だから こんど は ひざ を ひだり の ひくい いし へ うつす。

おもみ は ぜんぶ のせない。

のせる まえ に、ひだり が くるか どうか を まつ。


こない。


それ で よかった。

こない から、わたし は じぶん で ひざ の かたち を きめなおす。

もし ここ で ぬくい て が すぐ きたら、また それ が さいしょ の こたえ に なってしまう。


ひだり の ひくい いし は、つめたい だけ じゃない。

ざらざら している。

むかし の て の あと が ある。

でも `だれ の て でも いい` ざらつき で、`この て に あわせて つくられた` ざらつき では ない。

それ が いい。


わたし は ひざ を そこ へ うつして、つまさき を まんなか の たいら から はずす。

からだ が すこし だけ かたむく。

その とき に はじめて、ひだり が くる。


すぐ では ない。

ちょうど でも ない。

ちょっと おそい。

でも、おそい から こそ `そこ しか ない` に ならない。


わたし は その ひだり を つかまない。

ひじ の した を ひとさしゆび だけ ひっかける。

それ だけ で たりる と、からだ が わかった。


やさしいひと が、うしろ で いきを とめる。

とめる だけ で、なにも いわない。

それ で いい。

`あぶない` も `だいじょうぶ` も、いま は いらない。


わたし は その ひっかけた ひだり を すぐ に はなす。

つかんだ まま いく と、ひだり が みち に なる。

みち は たどられる。

それ は だめ。


はなした あと、みぎ の くぼみ へ て を ひらいて つく。

こんど は ふれる。

でも てのひら ぜんぶ では なく、こゆび がわ だけ。

からだ を あずける ほど では ない。

でも `この ほう に も にげられる` と だけ おぼえる。


その とき、そと の くうき が すこし だけ かたく なった。


みえない。

でも わかる。

だれか が とおく で `そろってる` もの を さがしかける と、くうき が そう なる。

いま ここ が うすすぎる しずけさ に なったら、たぶん そこ を たどられる。


すぐ に、ほか の おと が ひとつ まじる。

しろい ぬの が どこか で すれた。

その つぎ に、いみ の ない せきばらい。

それ から、もっと とおく で ほしゅう の き を うつ おと。


そろわない。

それ が たすかる。


わたし は はじめて、ここ が `おなじじゃない たすかり` で つくられている のだ と わかった。

だれ も わざと へた に している のでは ない。

だれ も わざと こわしている のでも ない。

ただ、きのう の たすかり を きょう の こたえ に しない ため に、すこしずつ べつ の ほう へ ずらしている。


その ずれ は、すこし こわい。

でも きのう と おなじ たすかりかた の ほう が、いま は もっと こわい。


わたし は みっつ の なか で、だれ にも かたむきすぎない よう に いきを はく。

くろいひと は、`もっと はやく` と いう。

やさしいひと は、`まだ いたい` と いう。

まっすぐなひと は、`つぎ を みろ` と いう。


どれ も ほんとう だった。

だから どれ も、いちばん に は しない。


わたし は みぎ の くぼみ から こゆび を はなし、ひざ を すこし だけ まんなか に もどす。

でも まんなか へ すわりは しない。

ひだり の ひくい いし も まだ せなか に のこす。

みぎ の くらい くぼみ も、にげみち の まま のこす。


それで からだ は、どこ にも きまりきらない。

きまりきらない まま、たおれない。


それ が いちばんめ の ふし の かたち だった。


すわる のでは ない。

とおる まえ に、からだ を ひとつ に しすぎない こと。

つぎ の いちほ に、どれか ひとり が かって に えらばれない よう に する こと。


わたし は そこで ちいさく いきを すって、はじめて みず の ある ほう を みた。

うしろ でも まえ でも ない。

ななめ。

やさしいひと は、そこ に だけ まだ いた。


わたし は とりに いかない。

でも `あとで とれる` とは わかる。

その わかりかた が、きたかげ とも からのざ とも ちがった。

ここ は まだ、`ほしい なら とれる ばしょ` ですら ない。

`いま とらなくても つぎ が ある` と だけ わかる ばしょ だった。


それ なら だいじょうぶ かも しれない と、おもった。

だいじょうぶ、では なく。

かも しれない。

その くらい が いま は いい。


「……ここ、まだ」


こえ は ちいさかった。

だれ に いう でも ない。

でも みっつ の なか では、ちゃんと とおった。


ここ が つぎ の へや では ない。

ここ も また、きょう だけ の とおりみち かも しれない。

そう わかった まま いられる なら、この ふし は まだ せき に ならない。


ひだり が こんど は こない。

それ で いい。

ぬるい みず も こない。

それ で いい。

むだぐち の ひと は、こんど は ほんとう に なにも いわない。

それ も いい。


みんな が べつべつ に `よすぎない`。

その べつべつ が、わたしたち を つぎ へ わたしてくれる。


わたし は いちばんめ の ふし を、すわらない まま ぬけた。

ぬける とき、うしろ に のこる のは `うまく いった かたち` じゃ ない。

ひだり の ぬくさ の おそさ。

みず の とおさ。

いみ の ない おと。

みない しせん。

つめたい いし の ざらつき。

その どれ も、つぎ には そのまま つかえない もの ばかり だった。


それ が ちょっと うれしかった。


おなじ たすかりかた じゃ ない のに、ちゃんと たすかる。

おなじ ところ に すわらない のに、ちゃんと つぎ へ いける。


それ なら まだ、だれ も ひとり に ならない かも しれない。


いちばんめ の ふし の さき で、わたし は ふりかえらず に もう いちど だけ いきを すった。

くうき は まだ すこし かたい。

でも、きれい すぎる かたさ じゃない。

わたしたち が こわしながら とおっている かたさ だ。


それなら、つぎ も いける と おもった。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、セトが `綺麗に助からない` よう再設計した直後の最初の節で、今度の助かり方が `何もないこと` でも `きのうと同じ形` でもないと内側から理解する。カイルの `左` は遅れて間に合う `余りの手` としてしか現れず、ミナの湯も正面を作らず、リノの拍も意味を持ちすぎず、レオンとセトの視線も中心を作らない。その不揃いさの中で、少女は最初の節を `座る場所` ではなく `どこにも決めきらないまま次へ渡るための節` として初めて通し、`同じ助かり方を繰り返さない` という新しい条件を器の側からも受け入れ始める。こうして局面は、`セトが痩せすぎた成功そのものを追跡の目印にしないため、綺麗に助からない新しい通し方へ再設計を始める` 段階から、さらに `三位一体の少女自身もまた、そのずれた助かり方の中で最初の節を通り、空座のその先を同じ正解にしないまま渡り始める` 段階へ進んだのです。

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