第136話:からのざのさき、まだえらばない 【三位一体の少女】
毎日20時更新中です。ブックマーク・感想いただけると励みになります!
ここ は、からのざ の さき に ある。
でも つぎ の へや では ない。
きたかげ は、うしろ で きょう だけ の へや として おわった。
かえし井 は、その おわり を くち の なか で ころがしながら、まだ すこし だけ かえしている。
その さき の ここ は、なに も きめていない。
きめていない から こそ、なんでも きまりそう で こわかった。
みぎ に、あさい いし が ある。
ひだり に、かけた ふち が ある。
まんなか に、まだ だれ の もの でも ない あき が ある。
どれ も せき に なれる。
どれ も せき に しない こと も できる。
どれ も ちがう。
だから まだ まし だった。
せと の ことば は、もう ことば の かたち では のこっていない。
でも からだ の まわり に、うすい さく みたい に のこっている。
おくな。
そろえるな。
ほめるな。
おぼえるな。
そして、きょう の たすかりかた を あした の せいかい に する まえ に でろ。
その さく が ある から、ここ は まだ からっぽ で いられる。
でも その さく に たよりすぎる と、こんど は その さく じたい が ここ の かたち に なる。
それ も だめ なのだ と、いま は もう わかる。
やさしいひと の ひだり は、すこし うしろ に ある。
ちかすぎない。
でも いなく は ない。
てんだ ら とどく。
てんで いない なら、ただ そこ に いる。
きたかげ の とき より、もっと `つかって` と は いっていない。
しろいはな の ひと の ゆ は、まだ ある。
でも くち の まえ には こない。
のみなさい の かお も、げんき に なりなさい の かお も していない。
ただ きょう の のこり の ぬるさ として、はんぽ そと に ある。
まっすぐなひと は、まんなか を つくらない。
くろいひと は、みない いし みたい に いて、でも かんがえる の を やめてはいない。
へんな おと の ひと は、まだ なんでもない こと を いってしまいたそう に して、でも こらえている。
みんな いる。
でも みんな、ここ を `つぎ の ただしい ばしょ` に しない ため に いる。
それ が からだ に やさしい。
やさしい けれど、`たすかった` と きめて しまう と すぐ せき に なる。
だから わたし は、まだ きめない。
かたい ひと は、みぎ の あさい いし を みる。
そこ なら すこし だけ せ を あずけて いられる。
でも そこ に あずける と、きっと つぎ も そこ を さがす。
やわらかい かぞえ は、ひだり の かけた ふち を きく。
そこ なら つばさ を すこし だけ ひっかけて、かず を ほどきすぎない で いられる。
でも そこ に かける と、そこ が つぎ の やわらかい せき に なる。
ひとり に なりたくない こころ は、まんなか の あき を こわがる。
でも おなじ くらい、だれ の もの でも ない まんなか が すき でも ある。
そこ に すこし でも すわって しまえば、こんど は まんなか そのもの が ただしい ばしょ に なってしまう。
どれ も だめ。
どれ も すこし だけ よくて、どれ も すこし だけ だめ。
それ は きのう と おなじ だった。
でも きのう と ひとつ ちがう こと が ある。
きのう は、`あいだ` を みつければ よかった。
きょう は、その `あいだ` まで も また、つぎ の せき に なりえる。
きのう たすかった あいだ を、きょう そのまま つかう と、きのう の あいだ が きょう の せいかい に なる。
せいかい に なった あいだ は、もう あいだ では ない。
それ は ちゃんと した せき だ。
それ が いや だった。
わたし は ひざ の おもさ を、いま いる ところ から すこし だけ ぬく。
ぬく けれど、たちあがらない。
みぎ に よせる。
でも みぎ の いし までは いかない。
ひだり に にがす。
でも ひだり の ふち には かけない。
まんなか の あき の ほう へ からだ を うかべる。
でも そこ を うばわない。
その どれ でも ない ところ で、からだ が すこし だけ とまる。
とまる。
でも それだけ でも、ながく やる と かたち に なる。
まだ えらばない という のは、じっと している こと では ない のだ と おもう。
じっと している と、じっと の かたち が せき に なる。
つかわない で いる と、つかわない こと そのもの が つぎ の つかいかた に なる。
だから ここ で ひつよう なのは、こらえる こと だけ じゃ ない。
とどまりすぎない こと だ。
わたし は て を ひざ から はなし、つち に つける。
つめたい。
でも きたかげ の つめたさ では ない。
きたかげ は きょう の ぬくさ を ひとつぶん ずつ おぼえていた。
ここ の つめたさ は、まだ おぼえていない。
だから ここ で つけた ゆび の かたち まで、つぎ に のこしては だめ だった。
ゆび を みっつ、おく。
ならべない。
そろえない。
でも ばらばら に もしすぎない。
つぎ に、はなす。
ここ が たいせつ だった。
おく より さき に、はなす。
はなした あと の つち が、まだ つち の まま で いる よう に。
くろいひと の いし が ちいさく なる。
へんな おと の ひと の こらえた いき が、ひとつ ぶん だけ のびる。
やさしいひと の ひだり は、まだ そこで うごかない。
しろいはな の ひと の ゆ も、まだ こない。
だれ も `それで いい` と いわない。
いわない から、まだ それで いい。
もし だれか が そこで うなずいたら、この かたち は つぎ の まし な やりかた に なる。
ほめられたら おぼえる。
おぼえたら さがす。
さがしたら せき に なる。
だから みんな が しずか なの は、やさしさ じゃ ない。
まだ きめない ため の しずかさ だった。
それ が ありがたい。
ありがたい けれど、`ありがとう` も まだ ちがう。
ありがとう は、くれた ひと と もらった ひと を きめる。
いま は まだ、だれ が くれて だれ が もらったか まで きめたくない。
わたし は からだ を さらに すこし だけ ずらす。
いま いた あいだ の かたち を ぬいで、また べつ の あいだ へ いく。
みぎ の いし に いききらない。
ひだり の ふち に も よりかからない。
まんなか の あき に は いらない。
その まえ を、かすめる。
とおる。
それ は すわりなおし では なく、まだ えらばない ため の ひとあし だった。
からだ の なか の みっつ が、そこで すこし だけ おどろく。
また かえる のか、と。
でも その おどろき の あと、そろわない まま しずか に なる。
かたい ひと は、みぎ に いかなくて よかった と おもう。
やわらかい かぞえ は、ひだり に ひっかけなくて よかった と かぞえる。
ひとり に なりたくない こころ は、まんなか を とらなくて よかった と こわがりながら ほどける。
どれ も たすかってはいない。
でも どれ も えらばれすぎていない。
それ が いま は いちばん たすかる こと だった。
ここ は、まだ つかいかた の ない ばしょ だ。
でも `つかわない` だけでは たぶん たりない。
とおって、ぬけて、あけて、おきすぎない。
そういう からっぽ で ないと、つぎ の くうき は こない。
きたかげ は、きょう の へや だった。
かえし井 は、きょう を ほどく くち だった。
ここ は、その さき の まだ きまらない ひるまえ だ。
ひる に なったら また かわる。
その まえ に、ここ を `ここ の まま` で とめては いけない。
わたし は ひざ を ほんの すこし だけ もちあげる。
もちあげて、また おろす。
でも さっき と おなじ ところ には おろさない。
ほんの ひとゆびぶん だけ、べつ の つち へ おろす。
それで いい のだ と おもう。
ひとゆびぶん の ちがい が、あした の せき を つくらない。
ひとゆびぶん の ちがい が、きょう の かたち を きょう だけ で おわらせる。
わたし は はじめて くち を ひらいた。
だれ に いう でも なく、でも だれ にも きこえない わけ でも ない こえ で。
「ここ、あけておく」
ちいさい こえ だった。
ちいさい こえ だから こそ、ちかい ちかい いみ に ならない。
ちかい ちかい いみ に ならない から、まだ いま の まま で いられる。
だれ も こたえない。
それ も ありがたい。
こたえたら、ことば が きまり に なる。
きまり に したくない から、みんな だまっている。
そと では まだ、ほしゅう の おと が うすく つづいている。
みていない ひとたち が、みない まま はたらいている おと。
その おと が ある から、わたし の こえ は ちいさい まま で すむ。
もし ここ が しん と しすぎて いたら、`ここ、あけておく` は いのり に なった かもしれない。
いのり に なれば、また だれか の せき が できる。
だから うすい ざつおん が、いま は とても だいじ だった。
だから その こえ は、ただ ここ の つめたさ に だけ ふれて、すこし だけ のこって、すぐ に うすくなる。
それ で ちょうど よかった。
ここ は、まだ すわらない で いられる ところ。
そして もう、まだ えらばない まま とおりはじめる ところ。
わたし は つぎ の ひとあし を、まだ だれ にも あげない。
でも だれ にも とられない まま、じぶん で もっておく。
その こと だけ しって、からのざ の さき の くうき を ひとつ だけ すう。
きたかげ は うしろ で おわっている。
ここ は まだ はじまっていない。
その あいだ を、わたしたち は わたしたち の まま とおる。
いま は それ だけ で よかった。
帝国暦849年。冬。
三位一体の少女は、セトが `空座の渡し場` に `初期値を置かない` 三条件を言語化したあと、その条件を `命令` ではなく `まだ決めなくてよい余白` として内側から受け取る。彼女は右の浅い石、左の欠けた縁、真ん中の空き、そして前話で見つけた `あいだの居方` さえも次の正解になりうると悟り、`まだえらばない` ことは `じっとしている` ことではなく `とどまりすぎない` ことだと理解した。そのうえで、同じ `あいだ` を繰り返し使わず、ひとゆびぶんずつ置き方をずらしながら `ここ、あけておく` とだけ返し、`空座` を `まだ座らないでいられる場所` からさらに `まだえらばないままとおり始める場所` へ押し進める。こうして局面は、`セトが空座の渡し場そのものすら次章の初期値にしない条件を置き、今章の成功をここで終わらせたまま次章の入口だけを残す` 段階から、さらに `三位一体の少女自身が空座を `まだえらばないままとおる継ぎ手` として使い始め、今章を器の側からも閉じながら次章の入口へ最初の内的な一歩を通す` 段階へ進んだのです。
お読みいただきありがとうございました。感想・ブックマークお待ちしています!




